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【書評】

蓮田善明(はすだぜんめい) 戦争と文学 井口時男著

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◆三島に通じる「反抗」の最期

[評]佐藤秀明(近畿大教授・三島由紀夫文学館館長)

 蓮田善明といえば、三島由紀夫をデビューさせ、敗戦直後に特異な自死を遂げた国文学者として知られている。

 十六歳の三島由紀夫が書いた「花ざかりの森」を、三島の恩師清水文雄とともに『文芸文化』に掲載し、絶賛した人である。成城高校の教員をしながら二度応召し、戦地から古典文学についての評論を送り、ジャーナリズムからも注目されていた。敗戦の四日後に、ジョホールバルで連隊長を射殺し拳銃自殺した最期は、三島の自決にも少なからぬ影響を及ぼした。

 『文芸文化』で蓮田の評論を読み、その皇国史観に沿った頑迷な論文に、正直なところうんざりさせられた記憶がある。しかし本書は、そういう堅固な壁を突き崩して、蓮田の柔らかな内面にまで分け入るのだ。古典文学や近代文学、西洋哲学や当時の統制思想の該博な知識も駆使した、優れた評伝的文学論である。

 蓮田善明については、三島が感銘を受けた小高根(おだかね)二郎の『蓮田善明とその死』があり、松本健一、松本徹、奥山文幸らの著書や論考もある。しかし、本書ほどこのファナティックな国文学者を、鋭くかつ柔軟な批判を加えて徹底的に検討したものはない。

 とりわけ興味深かったのは、自由主義的な教育者だった蓮田が、強烈な聖戦主義者に「自己改造」し、軍隊や世間の俗化に抗してロマン主義的な孤高の文化観を構築し、実践していくところである。また、その最期が「玉音放送」の趣旨を破り、終戦を決断した天皇に向けての「反抗」だったと捉えている点である。そしてそれは三島の自決も同じだと述べ、二人はまさに「師弟」だったというのである。これは刺激的な説で、人によっては許容し難い見解に思えるかもしれない。しかし、この洞察には我が意を得たりで、正鵠(せいこく)を射ていると思う。

 本書は、三島ファンや古典文学愛好者だけのものではない。強い個性がいかに思考を改造し聖戦思想を極端に体現したかを辿(たど)る本であり、広くこの国の思想や文化を考える読者にも開かれている。

(論創社・3024円)

1953年生まれ。文芸評論家。著書『暴力的な現在』『少年殺人者考』など。

◆もう1冊

『蓮田善明/伊東静雄』(新学社近代浪漫派文庫)。蓮田の小説「有心」など。

 

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