サバイバル・オブ・ザ・モモンガ   作:まつもり
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第十七話 闇夜の戦い

道沿いの木の陰に焚き火をした簡素な野営地で、モモンガとンフィーレアは野宿していた。

既に日が暮れてから長く経ち、夏の生ぬるい夜風の中、ンフィーレアはローブに包まり静かな寝息をたてている。

 

眠れないモモンガだけが木の幹に寄りかかりながら、ぼんやりと昼間の事を考えていた。

 

(結局あれは何だったんだ……。 クエスト開始の赤い印が押されてから、二十分も経たない内にクエスト失敗の黒い印が依頼書に押されていたが……。 やっぱりこの世界では、依頼書は使えなかったという事か?)

 

何故、ンフィーレアが紙に触れた事で文面が変わったのか。

何故、直ぐにクエスト失敗となったのか。

 

様々な謎は残るが、ただ考えるだけでは答えが出そうに無い事ばかりだった。

この件についてどのように扱えばいいのか、モモンガ自身も決めあぐねていたので、ンフィーレアにもは依頼書についての情報は何も伝えていない。

 

依頼書に記されたマカリという町は、地図を見るにここからは遠くなさそうだ。

恐らく明日の午前中にはつくだろうし、そこで何か変わった事がなかったか一応探って……、いや、人間の町に入るのはリスクが高いし辞めておいた方が無難か。

 

モモンガはそう考え、一息つくために夜闇を透かし、遠くの景色を眺める。

 

暫くそうしていただろうか。

やがて王都の方角から、明かりを伴わずに数体の影が歩いてくるのが見えた。

 

モモンガ達が歩いている街道は王都とエ・ランテルをつなぐだけあり、それなりに人の流れがある。

始めは急ぎの旅人かも知れない……、と考えるが、もしも人間ならばこんな真夜中に明かりもつけずに歩くのは不自然だ。

 

だとすれば街道に出没する事があるという、ゴブリンやオーガ等の亜人である可能性が高い。

 

モモンガは静かにンフィーレアの肩に手を置くと、軽く揺する。

 

「起きろ、敵襲かも知れない」

 

「……ふぇ?」

 

寝ぼけ眼をうっすら開けながら、気の抜けた声を上げたンフィーレアだったが、意識がはっきりしてくると表情に緊張感が漲ってくる。

 

(一先ずは身を隠して、やり過ごすなり奇襲するなり考えるべきだな)

 

モモンガは焚き火を急いで蹴散らすと、《インヴィジビリティ/透明化》でンフィーレアと姿を消す。

そして野営地から少し離れ、近づいてくる影の様子を伺った。

 

近づくにつれ段々と鮮明になってくるその姿は、モモンガの予想とは大きく異なるものだった。

 

死斑の浮かんだ痩せこけた体に、ぼろぼろの布切れを纏った者が三体。

そしてグールと外見は似ているが一際大きな体を持ち、頭から被った血糊に濡れたローブの中に、赤く濁った眼を覗かせる者が一体。

 

それらにモモンガは見覚えがあった。

 

(食屍鬼(グール)三体と、腐肉漁り(ガスト)一体、か? いや、でもここはユグドラシルではないし、ゲームの知識で決め付けるのは危険だな。 少なくともアンデッドに間違いは無さそうだが、他のもっと強力なモンスターの可能性も……)

 

モモンガは慎重さから手を出すのは躊躇い、ただ通り過ぎていくアンデッド達を見ているだけだったが、風下に立っているためか、モモンガの嗅覚が強い腐臭を感じた。

 

(そう言えば腐肉漁り(ガスト)は、悪臭を撒き散らし周囲の存在にデバフを付与する技を持っていたな……。ただ不快には感じるが、そこまで強い嫌悪感はない。 アンデッドの特性……)

 

「ごほっ!」

 

すぐ後ろからむせるような咳音が響く。

アンデッドとなったモモンガと違い、強烈な腐臭を何の準備も無く嗅いでしまったンフィーレアは、体が否応無しに反応する事を抑える事が出来なかったのだ。

 

(なっ! ……ま、まずい!)

 

慌ててアンデッド達の方を見るが、当然今の音には気がついたようでこちらの方を見て、警戒体勢に入っている。

 

(どうする? 逃げるか? いや、しかし足音を頼りに追ってこられる可能性がある。 不意打ちが成功する可能性が高い今の内に先手を打ったほうが却っていいかも……)

 

確か腐肉漁り(ガスト)のレベルは三で、食屍鬼(グール)は一。

今の自分はレベル五だし、魔法も使える。

数の不利を考慮しても有利に戦える相手だ。

 

結局、先手を切ったのはモモンガだった。

 

「《ファイヤー・アロー/火の矢》」

 

多くのアンデッドにとっての弱点である、炎が凝縮した矢が腐肉漁り(ガスト)に襲いかかる。

何も無いはずの空間から突如として現れた攻撃に、腐肉漁り(ガスト)の反応は遅れ、まともに炎を浴びる。

 

属性の相性とレベル差により、ガストは数秒もがいた後で地面へと崩れ落ちた。

 

「《サモン・アンデッド・1st/第一位階死者召喚》」

 

続けて召喚するのは骸骨(スケルトン)

《サモン・アンデッド・1st/第一位階死者召喚》により召喚出来るモンスターの中では最弱だが、同時に三体を召喚する事が出来る。

複数の敵を相手取るときに必要なのは、一体一体削れる状況を用意する事。 斬撃に耐性のある骸骨(スケルトン)なら、爪による引っかきを得意とする食屍鬼(グール)とは相性がいいし、壁役としては最適だと考えた結果だった。

 

だが《サモン・アンデッド・1st/第一位階死者召喚》の魔法は発動から召喚まで、僅かなタイムラグが生じる。

 

その間に勢いよく駆けてきた一体の食屍鬼(グール)がモモンガの脇を通り抜け、後ろに控えていたンフィーレアの方へと向かう。

 

モモンガは直後に召喚が完了した骸骨(スケルトン)達を残りの食屍鬼(グール)に向けてンフィーレアの方を向き直るが、その一瞬の遅れが命取りになることは、ここ数日の経験でモモンガは理解していた。

 

慌てて指を突き出すが、既に食屍鬼(グール)はンフィーレア目掛けて飛びかかろうとしている。

 

間に合わないか。

モモンガの脳裏をその考えが過ぎったとき、食屍鬼(グール)の目前に構えられたンフィーレアの手から眩い火花が吹き出した。

 

「《スパーク/火花》」

 

魔法的な視覚を持たない食屍鬼(グール)にとって、単純な光であっても一瞬視界を奪うには十分なもの。

生じた僅か硬直を逃さず、モモンガが放った《マジック・アロー/魔法の矢》が間一髪の所で食屍鬼(グール)の首に突き刺さり、その活動を停止させた。

 

残る食屍鬼(グール)達は壁役がいたこともあって、危なげなく《ファイアー・アロー/火の矢》で燃やし尽くし、戦闘は終わった。

 

モモンガにとってアンデッドを倒すのは、この世界では初めての体験だったので、何かドロップアイテムでも無いか……と目を走らせるが、倒したアンデッドが変化した塵以外は何もない。

 

ンフィーレアに視線を移すと、彼は恐怖に顔を強ばらせながら地面に蹲っていた。

 

「使えたんだな、魔法」

 

咎められていると感じたのだろう。

その声にンフィーレアはびくりと肩を震わせる。

 

「べ、別に隠していた訳じゃないですよ。 第0位階魔法なんて使えても、魔法詠唱者(マジックキャスター)と名乗れる程じゃありませんし……」

 

「責めている訳じゃない。 私達はあくまでも護衛の契約で結ばれているだけで、信頼関係がある訳でもないしな。 ただ、第0位階魔法とは初めて聞いたな。 それは何なんだ?」

 

モモンガはンフィーレアに自身を、自然発生してからあまり時間が経っていないアンデッドだと説明している。

この質問は特に不自然がられる事もないだろうとの判断だった。

 

「魔法詠唱者を目指す者が、強力な魔法を使用する感覚を覚える為に習得する初歩的な魔法のことです。 ……こんなのを覚えてても、大して役に立つでもないですけどね。 おばあちゃんを蘇らせる為のお金を稼げる訳でもなければ、あなたみたいにモンスターを倒せる訳でもない。 ……役立たずの力ですよ」

 

つい先日十歳の誕生日を迎えたばかりのンフィーレアが、第0位階魔法を幾つも習得している、という事はこの世界において天才と言われるような成果と言っていい。

そのことはンフィーレア自身も自覚していたが、最近の出来事を通して自分の無力さを痛感していた。

 

少し勉強が得意でも、実際には何の役にも立たない、と。

 

「役には立っていると思うがな……、さっきもあの魔法が無ければ死んでいたかも知れない。 それに今は大した事が出来なくても、これから鍛えればいい」

 

勿論モモンガの言葉はこの世界の人間が魔法を習得する為にする苦労や掛かる時間等、全く知らない上での事だったが、その言葉はンフィーレアの胸に突き刺さる。

 

ただ只管無力感に苛まれていた中で、僅かながら自分の願いを叶える手段を得る為の取っ掛りを見つけたからか。

 

(鍛える……か)

 

今は力が無くても、これから手に入れられない訳じゃない。

 

鍛えた力を使って、敵に立ち向かうという経験。

食屍鬼(グール)に使った魔法は、ほぼ反射的に発動させたものだったが、その手応えはンフィーレアの中に残っていた。

 

(しかし、街道にはアンデッドも出現するんだな)

 

二人とも、モンスターの生息地について詳しい知識を持っている訳ではないので、アンデッド達が現れた事については特に違和感を感じる事はない。

 

あのアンデッド達について詳しい事を知るのは、夜が明けてからだった。

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

「あんたら、たった二人で旅してるのか?」

 

声をかけてきたのは、街道沿いの草原で馬を休ませていた小規模な隊商だった。

徒歩で王都の方角へと向かう様子を見て、少し訝しげにモモンガ達を見る。

 

「ええ、王都に用があるのですがお金に余裕が無くて。 こう見えて私は少し魔法の心得がありまして、弟と二人で旅をしているんです」

 

《ディスガイズ・セルフ/変装》の魔法で、鈴木悟だった頃の姿に変装しているモモンガは、予め作っておいた話をする。

本当は低位の幻術による変装だけで人前に出ることに不安はあったが、人と接する事による情報を得られる等の利点を取る事にした。

 

その商人はモモンガの説明に、それ以上詮索をすることを辞めたようだった。

 

「もうすぐマカリに着くけど気をつけた方が良いかもしれないぜ。 理由は良く分からないが、昨日の昼、墓地に大量のアンデッドが現れてよ。 あそこは街道沿いの宿場町でもあるから俺達も昨日はあの町にいたんだが相当な騒ぎになった。 ……まあ偶然町に宿泊していた冒険者達が直ぐに討伐して、大事にはならずに済んだが、倒しきれずに逃がしてしまったアンデッドもいるらしい」

 

「へえ……、そうなんですか」

 

モモンガの頭に浮かぶのは昨日倒したアンデッド達。

もしかしたらあの群れは、マカリという町から流れてきたのかも知れない。

 

ただ昨日の依頼書の件、とアンデッドの大量発生。

時間帯も似通っている以上、偶然ということは考えにくい。

 

(……もう少し検証が必要だな)

 

モモンガは依頼書に関する出来事を改めて自身の胸の内に秘めておくことを決め、隊商と別れた。

 

 

 

 



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