漆黒の英雄モモン様は王国の英雄なんです! (通称:モモです!) 作:疑似ほにょぺにょこ
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「これは──」
眼前にある巨大な壁に描かれている絵。壁画とでも良いのだろうか。それにしてはあまりにも稚拙。まるで幼子が描いたかのように稚拙でしかなく、一体何を表現しているのかが分からない。
「これは、本当に御方が遺したものなのでしょうか」
私の後ろに居るカルカ・ベサーレスが私と同様の事を考えていたようだ。しかし何がかおかしい。確かに一見すると稚拙だ。どこを切り取っても稚拙だ。では切り取らなければ。全体を一つとして見るならば、どうだ。もしこれは、近くで見るものではないとするならば。
目を瞑り、ゆっくりと振り向く。目を開き、見えるのは遠くで座り、伏する数多の者たちの姿。その姿はあまりにも遠い。本来であればどんなに遠くでも最前列は私の居る位置から10メートルも離れて居ない筈だ。しかし彼らの座する位置は100メートルを超えている。それ以上近付いてはいけないと、誰かに言われたのか。近づくなと。
「デミウルゴス様、もうよろしいのですか?」
「いや、違う。違うんだ、カルカ。これは近くで見るものではないようだ」
座する彼ら──ワービースト達の方へと歩いていく私に、もうこの壁画への興味が失せたとでも思ったのだろうか。カルカの視線は彼らに向いて居た。虚偽には死を、と。
「────」
彼らの長である者の前に立つ。見下ろす彼らからは恐怖を感じ無い。まるで飼い主の前に伏せる従順な家畜の如く、静かなものだ。
「デミウルゴス様──?」
私は振り返った。カルカの方──否、壁画へと。何故気付かなかったのか。絵だったからか。壁画だったからか。何故、それを絵だと思ったのか。
完全に計算された配置。その完全さを打ち消すための稚拙。そこから算出されるのは──
「枝が邪魔だね、《ヘルファイヤーウォール/獄炎の壁》」
振り払われる私の手から黒い炎が放たれる。それは私が思い描く通りに、まるで隠すかのように壁画を覆う木々を焼き払っていった。
「あぁ、やはり貴方様は意地悪だ──」
獄炎の熱が空へと逃げていく。炭すら残さず塵となった木々を舞い上げながら。
熱風に煽られ、踏鞴を踏むカルカも釣られて壁画──いや、壁書へと視線を移したようだ。
『我が愛する子、デミウルゴスへ──』
そう、まるで悪戯書きのようなそれは、私への──私の御方、ウルベルト・アレイン・オードル様の言葉だったのだ。
「これは──」
ズンッと腹の奥に響く低く重い音。仰ぎ天井を見る。あらゆる魔法、物理攻撃を防ぎ無効化する強力な結界に守ってあるはずの天井は揺れ、軋み、ぱらぱらと塵を振らせていた。
ここは神殿最下層。地上から十層も下にある場である。例え地上が局地的地震に見舞われようが決して震える事すらないここが震えている。それがどれほどの異常事態なのかは想像に難くない。
「何があったの?」
「ば、番外席次様!貴方様もお早く!!」
バタバタと駆けていく一人を捕まえて聞き出そうにも埒が明かない。まさか何者かがここ法国に襲撃を掛けたというのか。王国か帝国か。様々な想像を巡らせるもそのような事態に陥るとは思えなかった。いや、一人──
「だから何があったの」
「ゴウン王国伯爵──いえ、世界皇を名乗るアインズ・ウール・ゴウンが法国に襲撃を行っているのです!」
「っ──数は?どこまで侵入されているの?」
捕まえた神殿兵を肩に担いで一気に加速する。ことは一刻を争う。この衝撃。恐らく敵はすでに深部へと──
「て、敵はアインズ・ウール・ゴウン一人です。お、おお恐らく今の一撃は地上からのものです!」
「何を馬鹿なこと──なに──これ!?」
二層上がっただろうか。あと八層上がらねばならない──はずだった。
「──なんで──空が──」
「ひ、ひぃぃ!?」
階段を上った先にあったのは、天井無き空。周囲にある絶壁から今いる位置が八層──相当地下深くあるだろう事はわかるというのに、七層以上が跡形も無い。まるで最初からなかったかのように、ぽっかりと空いてしまっているのだ。
恐慌状態に陥ったのか、担いでいた神殿兵は奇声を上げながら気絶してしまった。このまま放置すればいずれ彼は死ぬことになるだろう。しかし先に上っていった者たちはどうだ。恐らくこの状況を生み出した力によって諸共消し飛ばされたのだろう。
「ちっ──《フライ/飛行》」
気絶した神殿兵を九層へと蹴り落とし、一気に空へと──いや、地上へと上っていく。
ちらりと周囲の壁を見ると、つい先ほどまであったのだろう残骸が──苦々しい現実が見えた。ギリギリ逃げれたと言えるのか、壁に掴まりぶら下がる下半身の無い死体。上半身が残っているのはまだいい。腕だけ、足だけ、頭が半分だけ残っているものなど見るも無残なものばかりで誰一人として生き残ってはいない。まるでそれを狙ったかのように。
「は──ははは──」
地下を抜け、地上を超え、空へと舞い上がる。眼下に広がる法国の都。何も変わらぬその姿。ただ違うのは、神殿があった場所が綺麗に無くなっている。ただそれだけだった。いや、それだけではない。周囲を囲む魔力の炎。あれは恐らく王国で使われたと報告にあった『ゲヘナの炎』とやらなのだろう。
「ギィッ!!硬いし熱い──報告だと入ることも出ることも出来たらしいけど、これが本来の使い方って事なのね」
力任せに武器を奮い、炎に叩き付けるもまるでその衝撃がそのまま跳ね返ってきたかのように身体が吹き飛ばされる。それだけではない。直接触ったわけでもないのに服のあちこちが、身体のあちこちが焦げている。恐らくは攻撃する者に対して自動で攻撃するのだろう。これでは出ることも出来ない。しかも相当高く上った筈なのに、炎の壁の先が見えない。飛び越えて出ていくことも出来なさそうだ。
「アインズ──ウール──ゴゥゥン!!!」
であれば、この結界を作り出した者を倒す他ない。神殿の殆どを消し飛ばした者を。魔法を切り、そのまま落下していく。そして再び魔法を使い、さらに加速する。狙うはただ一人。神殿があった場所の横に立つ者。アインズ・ウール・ゴウンへと。
「あぁ、やっと来たか。《ソード・オブ・ダモクレス/天上の剣》で倒せたとは思っても居なかったが、まさか無傷だったとはな。情報の修正が必要か」
渾身の一撃が奴に当たろうとした瞬間、何もなかった場所に突然巨大な白い盾が現れ防がれてしまっていた。金の装飾を施された白い盾はまるでかつて神殿内部に飾られていた壁画に描かれていた白き神の、神盾のようだというのは何の皮肉なのだろうか。
「あァァァァァッッ!!!」
「何を怒っているのかね。私は力なき者を容易く殺めるような愚者ではないのでね、我が民になる者達には建物を含め一切危害を加えていない。安心したまえ」
雄叫びと共に再び一撃を加える。しかしまるで幼子をあやすかの様に私の武器の先端を摘み、優しくしゃべりかけてきた。異常だ。命のやり取りをしている筈なのに。
「私は知っているぞ。お前が法国に組しているのは強き者を探しているからなのだと。強き者の子を孕むために居るのだとな」
「だ、ま、れぇぇぇっ!!」
私は何に怒っているのか。理不尽に殺された仲間を思ってなのか。法国を無残にも蹂躙されたからか。まさか。まさかだ。私に愛国精神などない。弱者を仲間などと思ったことも無い。奴の言う通り、確かに私は強き者の子をこの身に宿す。ただそのために法国にいたはずだ。だというのに。この身を焦がすモノは何なのか。
大きく離れ、力を溜める。このような理不尽。あの時に見たはずなのに。どこか現実味の無いそれに、私は目を逸らしていた。
「アァァァァァァ──」
「ふむ、強化系のスキルに似ているな。しかし少し変質化しているか。やはりあの方が欲しがるはずですね。確かに惜しい。あぁ、惜しい」
ゆっくりと身体を屈めていく。使えるのは一回。一撃だけ。それ以上は体が持たない。なぜこんなことをしているのか。なぜこいつを倒さなければならないと思って居るのか。何を私は怒っているのか。奴を倒せばそれは分かるのだろうか。
「非常に興味深いですが時間かかりすぎですね」
「あ──え──」
アインズ・ウール・ゴウンの姿が『熔けた』。比喩ではない。幻覚ではない。文字通り熔けたのだ。その一瞬。一瞬のせいで遅れてしまう。
「とりあえず殺してから捕獲しましょう。少しばかりレベルは下がりますが誤差でしょう」
熔けたナニカが容を作り上げる。白き鎧。白き剣。白き盾。それは──
「白き──神──」
「というわけで、一度死んでくださいね。《次元断切/ワールドブレイク》」
アインズ・ウール・ゴウンだったもの──かつて存在した白き神の姿をしたものから放たれたそれは私を貫──
「遅れた、か──」
炎の結界を突破するのと、奴が番外席次を消し飛ばした一撃はほぼ同時だった。否、奴の強力過ぎる一撃が結界を揺らしたが故に突破できたというべきか。
「いえいえ、丁度いい時間でしたよ」
『我ら』が地上に降り立つと、まるでうららかな昼下がりを満喫しているかのような声色で私を出迎える。そこに巨大な穴と化した神殿跡と、彼の左手に掴まれた彼の者の頸が無ければそれは本当にそうであったかもしれない。しかしそれらが、あまりにも異常な現実を叩き付けるものとなっているのだ。
「口調が剥げているよ、アインズ・ウール・ゴウン」
「おっと、これはいけない。私とあろうものが。フフフ──久しぶりに興奮しすぎだな」
再びアインズ・ウール・ゴウン──奴の姿に戻り、肩を揺らし笑う。手に持つ頸に興味が無くなったのか、空間の狭間に捨てていた。
「ほう、ほうほう。一体だけとは思って居なかったが、まさかの複数同時起動か。興味深いな。壊してしまうのが勿体ないくらいだ」
「これだけ居ないとまともに相手できるとは思って居ないからね。それで、招待は受けてくれるかな」
興味深いと言いながらも、緊張も驚きも恐怖もしていない。精々人形遊び程度にしか思われていないという事。それも一体での強さは理解していてである。
「心配せずとも今から貴様のところに行くつもりだったぞ、白金の竜王<プラチナム・ドラゴンロード>ツァインドルクス・ヴァイシオンよ」
「それはよかった。拒否されたら無理矢理連れていくしかなかったからね。無駄な力を使う必要が無くなって大助かりだ」
全く底が見えない。欠片ほども勝てる気がしない。先ほど奴が放った一撃。遠くから見たあの魔法。かなりの隠ぺいを掛けての巨大術式だったが、何故なのか。いや、『何から』隠したかったのか。いや、分かりきった話か。
「では、ご案内──」
「必要はない、待っているがいい。震えながらな」
気付かなかった。いや、気付けなかった。奴の手が変質していたことに。『我ら』に付着したそれが何かに気付いた時にはもう遅い。
「しまった、あれは『古き漆黒の粘体/エルダー・ブラック・ウーズ』の──ヘロヘロ様の強酸か」
突然すべてのリンクが切れたことに気付いた私は思わず立ち上がろうとするも、己が課した封印に邪魔される。解くには未だ時間がかかる。その時間稼ぎにと思って居たのだが。
「あぁ──全て持って行ったのが裏目に出るとはね。流石は『始まりの者』だよ」
油断していたとはいえ時間稼ぎにすらならなかったとは。これが奴の本気という事なのだろう。消沈し、ゆっくりと首を横たえた時に、ぱきりと音が響く。あと三つ。もう間もなく来るというのに。
「封じられたままで戦えるのかい、ツアー」
「まさか。成す術も無く蹂躙されて終わりだね。少なくとも半日は持たせる心算だったのに」
一体いつ入ってきたのか、リグリットが台座に腰かけていた。その見た目はいつものものではない。かつて見た彼女の戦装束だ。
「やめるんだ、リグリット。君では勝てない。いや、勝負にすらならない」
「じゃあ、どうするっていうんだい。座したまま死ぬって、そう言うのかい。なぁ、ツアー」
声が震えている。怒りからか、恐怖からか。私はそれを拭うことも出来ない。
「──すまない」
「謝罪が聞きたいわけじゃないんだよ!!わしは──」
「──今、スヴェリアー・マイロンシルクとオムナードセンス・イクルブルスがやられた。もう間もなく奴がここにやってくる。早く逃げるんだ、リグリット」
青空の竜王<ブルースカイ・ドラゴンロード>と金剛の竜王<ダイヤモンド・ドラゴンロード>が奴に同時攻撃を行ったようだ。しかしつい先ほど、強大な魔力と共に二人の気配が無くなった。死体すら残さず殺されたのだろう。
「ツアー!」
「彼の目的は君ではない、私だ。だから──すまない──」
何かを言おうとする彼女をそのまま強制転移させる。
満ちる静寂。皆もう退去は終わっている。もうここには、私一人しかいない。
「もし私に生まれた理由があるとするならば──」
ゆっくりと首を持ち上げ、天井を見上げる。もう、間も無く。間も無くやってくる。
どこから来る。空から建物ごと圧し潰そうとするのか。横から建物ごと消し飛ばそうとするのか。
「きっと、今──だね」
ぐっと力を入れる。ぱきり、と静寂に包まれたここにぱきりと澄んだ音が鳴った。あと二つ。もう少し。間に合えば、良いけれど。
「ですよね、皆さん」
無理矢理立ち上がる。まるで幾重にも重い鎖で繋がれたかのように、思う様に動けない身体を無理矢理。ガァ!と、大きな声が漏れた。
「皆さんの仇、私では取れないと思いますけど──でも、きっと──」
ミシミシと全身が悲鳴を上げる。まだ封印が解け切れない。しかし封印もまた悲鳴を上げていく。
「きっと、繋げますから──」
封印が解け切るが先か。身体が持たぬが先か。内から噴き出すかの如く、己が咆哮が建物を大きく揺らした。
同時設定のワービースト国の裏話をちらっとプラス、ツアー前哨戦です。
鎧同時起動は最近公開された設定です。・・・最近ですよね?
次話、9章完結!
というわけで、お題目募集は次話の一般公開時点で終了となります。
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