私が授業で代返困難な形式で厳密に出席をとる最大の理由は、「真面目に出席していた学生のノートを学期末にひょいと借りていく、そういう愛嬌だけで生きている人間が結局この先の社会でもおいしい位置を占めていくであろうことが容易に想像できて、それが無性に腹立たしいから」です。
-
-
補足 最近大学に通っている意味が理解できずやめるにやめれないので質問させてもらいました、、
-
大変青臭い回答となり恐縮ですが、「完璧なんてないんだけれどもそれ相応に自分なりのやり方で」眼前の世の中を受け止め、これからの自分の持って生き方を見定めていく、それができる自分を作っていくためのスタートを切る、そういうことかな、なんて思っています。ただ、(続く)
-
正直に申し上げれば、私自身、そのように学問というものの意義を消化吸収できるようになったのは30代に入ってから、大学教員として授業を工夫したりするなかでようやくそうなったのでありまして、適当な答えなのか、適当だとしても大学生が「納得してからそれを始める」ことができるのか、(続く)
-
私自身、なんの確信もないのです。こんなことしか言えなくてごめんなさいね。私自身、大学1~2年の頃はサークルの楽しさで日々をごまかしていた学生でした。
-
長文での回答ありがとうございます。 まだ1回生なので、これから素晴らしい師に出会える事を期待して大学に通いたいと思います
-
こんなところにしゃしゃり出て申し訳ないですが、どうぞそのまま頑張ってほしいなと思いました。わたしの恩師との出会いは3年生。ちゃんといい先生が必ずいますから色々講義に出て出会ってほしいと思います。
-
ありがとうございます
参考にさせてもらいます
End of conversation
New conversation -
Loading seems to be taking a while.
Twitter may be over capacity or experiencing a momentary hiccup. Try again or visit Twitter Status for more information.