Summer Pockets蒼ルート SS   作:空門いるか
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蒼と幸せな日々をこれからも…(1話)

蒼が長い眠りについてすぐの事だ。

 

「羽依里さん、七影蝶に関する本ってありますか?」

 

蒼の方を一瞬見て、藍はそんなことを聞いてきた。

 

「蔵にあるにはあるけど、読めないぞ。書物自体相当古いものらしいから。鏡子さんが訳してくれたもので良ければ持ってこようか?」

 

藍が何をやりたいのかは何となくわかる気がする。藍には七影蝶が見えない。蒼が以前話してくれたことだ。

多分、だからこそ自分に何か出来ることは無いか探そうとしているんだろう。

 

「いえ、書物は原本で構いません。全て持ってきてください」

 

「全て!?」

 

「はい、全てです。あと鏡子さんも連れて来て下さい」

 

「鏡子さんも?」

 

どういうことだろう……。

 

「まあいいか。じゃあ今から書物取りに戻って鏡子さんも連れて来るよ。明日には俺も1度地元に帰らなきゃならないし。」

 

「お願いします、羽依里さん。」

 

「分かった。……蒼、ちょっとだけ行ってくるな…」

 

椅子から立ち、気持ちよさそうに眠っている蒼にそう声を掛け、俺は部屋から出た。

 

「蒼ちゃん……。羽依里さんと一緒に居られる時間を減らしてごめんね。でも私も蒼ちゃんのために何か出来ることを見つけたいから」

 

二人きりの部屋でそんな声がぽつりと響いた。

 

**********

 

蔵に着いた。

結局夏のほとんどを蒼と過していたのもあって、蔵の整理の手伝いは出来ていない。明日には俺は1度この島から帰ることになるし、少し申し訳ないような気がする。

 

「鏡子さん、その……蔵の整理を手伝えなくてごめんなさい!」

 

鏡子さんから必要とされなかったとは言え、七影蝶のことでお世話になっただけに謝りたかった。

 

「え?うううん。良いのよ、羽依里くん。わたしがまだいいって言ってたからね。ところでいきなりどうしたの?今朝は空門さんのところに一日中いるって言ってた気がするけど……」

 

少し心配そうな顔で鏡子さんはそう言った。

なんだかんだ藍のことも蒼のことも昔から知っている鏡子さんだ。俺とはまた違った想いを抱いているんだろう……。

 

「藍から七影蝶に関する書物を読みたいとから原本を全て持ってきて欲しいと言われて……」

 

「七影蝶の書物を?原本で?」

 

七影蝶の話も知っている鏡子さんはここ一週間の出来事にある程度予想は着いているんだろう。

察してくれたのか深く聞いては来なかった。

 

「……うーん、いいけど、全部だと結構重いよ?」

 

鏡子さんの視線の先には人の身長程も積み上がった書物があった。

 

「な、何だこの量……!?」

 

さすがに想定外だった……。

二、三冊程かと思っていたが分厚い本が軽く十数冊あった。

 

「あれから沢山出てきてね……」

 

鏡子さんは苦笑していた。

整理するのに結構時間がかかったんじゃないか。

そう考えると申し訳なさが増した。

にしてもこの量を手で持っていくのはさすがに難しい。

 

「こいつに乗せて押して行きます……」

 

この夏ずっと付き合ってくれた相棒のカブを指さす。

 

「あと、藍が鏡子さんにも1度会いたいらしくて……」

 

「わたしに?なんだろう……。それじゃあ一緒に行こっか。本はいくつか持つよ」

 

「いえいえ、俺とコイツに任せてください!」

 

鏡子さんは一瞬キョトンとした後微笑みかけてくれた。

 

「羽依里くん、何だか頼もしくなったね……。男の子だね」

 

カッコつけたものの少し気恥ずかしくなった。

 

「じ、じゃあ行きましょうか」

 

誤魔化すように歩き始めたが、鏡子さんは笑顔でついてきてくれている。

大人の余裕のようなものを感じる。

本当にいくつなんだろうか……。

怖いからもう聞かないけど……。

 

 

*********

 

「藍、持って、きたし、連れて、きた、ぞ」

 

上り坂がいくつかあるとさすがに疲れる。

後ろを見ると鏡子さんは苦笑していた。

 

「羽依里さん、お疲れ様です。想像以上に多いですね……」

 

藍もここまで多いとは思っていなかったか。

 

「鏡子さん、お久しぶりです。空門藍です」

 

「本当に久しぶりね。最後に会った時はまだ小さかったからちょっと驚いちゃった。身体の調子はどう?」

 

「まだ1人じゃ起き上がることも出来ないですけど、蒼ちゃんがいつもマッサージをしてくれていたので、腕や足は多少動かせます。そのおかげでリハビリ期間も普通より短く済むそうです。蒼ちゃんには感謝ですね」

 

良いことのはずなのに。喜ばしいことのはずなのに。空気は重い。感謝を送る相手がまだねむっているから…。

 

「そ、それより。藍。鏡子さんにどんな用事なんだ?」

 

俺は早々と話題を変えた。

こんな空気は蒼も望んでない。蒼の方を見ると心無しか表情の強ばりが減ったように見えた。

 

「鏡子さんに少しだけ教えて貰いたいことがあります。1ページだけでいいので翻訳しているところを見せて下さい」

 

「?」

 

俺も鏡子さんも藍が何を意図しているのかよく分からなかった。ただ鏡子さんがその通りやってみせると……。

 

「鏡子さんありがとうございました。多分もう大丈夫です」

 

そう言うや否や、藍は自分で書物を読み始めた。

 

「そういえば藍はなんでも出来るって蒼が言ってたな……」

 

俺も鏡子さんもこれ以上もなく驚いていた。こんな昔の文献を簡単に読めるようになるなんて……。

 

「半分は蒼ちゃんのおかげです。眠っている間、色んなことを話してくれましたから」

 

そう言いながら読み進めるペースは早くなっていく。

 

「すごいわね……」

 

同感だった。

蒼が聞かせていたから、とかそういうレベルではない。

 

**********

 

夕方になった。

鏡子さんはもう家に戻ったが、藍はずっと書物を読み続けていた。

俺は蒼と手を繋いで色んな話をしていた。話題が無くなっても病室で手を繋ぎ続けた。

ただ、蒼となるべく長く一緒にいたいから…。

夏の最後の日だから…。

俺はまだここを離れる気にはなれなかった。

 

**********

 

夕日が沈む頃には藍は大量の書物を読み終えていた。

 

「……ほとんど伝承ばかりであまり大きなヒントは得られませんでしたが、七影蝶の行動については大体把握しました。恐らく蒼ちゃんの蝶はまだこの島にいます」

 

その言葉は俺にとっては大きな希望だった。

あのまま蒼の七影蝶が海を越えてしまうんじゃないか……。

そうしたら目を覚まさせることは……。

そんなことを蒼が眠ってから考えていた。

 

安心したからか少し身体の力が抜けた。

 

「……そっか…」

 

「ただ、羽依里さん。その他には何も分かりません。私だけではこれ以上は手伝うことは出来ないかもしれません」

 

「いや、それだけでも十分有難い情報だよ。あとは任せてくれ……」

 

「いいえ、もう1つやれることがあります。私にも羽依里さんにも出来ないことですが、やれば必ず蒼ちゃんを救う手掛かりになることがあります。来年の夏までにはきっと成し遂げてみせます……」

 

藍にも俺にも出来ないこと……?

とてもぼかした表現をされた。藍はまだ詳しく教えてくれるつもりは無いらしい。

 

「羽依里さんはこれからは蒼ちゃんだけを見てあげてください。私より羽依里さんの方が蒼ちゃんと居られる時間は少ないですから……。蒼ちゃんの幸せな時間を減らしたくありませんから」

 

俺に他のことを考えないで蒼を見ろということか……。

確かにそうかもな……。

藍が必ず成し遂げると言っているのだから信じよう……。

なんたって蒼のお姉さんなのだから。

 

**********

 

俺は夜が更ける前に蒼へ「お休み」と声をかけ加藤家へと戻った。

鳥白島での最後の夜で眠れないかと思ったが、これからも週末には訪れると決めたからか、意外とぐっすりと眠れた。

 

夏が終わり、俺は一度地元に帰った。

 

**********

 

 

……

 

 

そして……

……再び夏がやってくる。

 

この1年間、イナリが病室にいるところは見かけなかった。

外でのみきたちと一緒にいるところはたまに見かけたが……。

俺が居ない時に蒼に会いに来てくれてるのかもな……。

 

秘祭に向かう前に夕方に1度蒼の所に顔を出すことにした。

病室のドアを開けると――。

 

「よっ!」

 

良一がいた。

良一だけじゃない、天善やのみき、しろはもいる。

当然蒼と藍も。

 

「みんな集まって。どうしたんだ……?」

 

蒼に何かあったのかふと不安になったが、そんな状態ならこんなに落ち着いているわけもないと、自分に言い聞かせた。

 

「蒼ちゃんはいつも通り可愛く眠っています」

 

そんな不安を読み取ってくれたのか、藍がそう言った。

 

「羽依里さん、今から蒼ちゃんを探しに行くんですよね……」

 

「……ああ、蒼を探しに行く」

 

藍のその言葉にしっかりと自身の覚悟を乗せて返した。

のみきたちには何のことか分からないんじゃないかと思ったが、どうやらそうでも無いらしい。

 

「みきちゃんたちには羽依里さんが1度地元に帰った時に七影蝶について話しました。あることをやって貰うのに必要でしたから…」

 

これには少し驚いた。

やはり幼なじみとして藍も4人を信用しているんだろう。

それより…。

 

「あることっていうのは……?」

「これだ。」

 

俺がそう聞くと、天善が封筒を差し出した。

封筒の中身を見ると数百枚はあるだろう紙が入っていた。

1枚を取り出すとそこには鳥白島の地図と小さな✕印が数十個もついていた。

どうやら数百枚全てが似たような紙のようだ。

 

「これは……?」

 

俺にはこれがなんなのかまだ分からない。

でも、これが何を示しているのか何となくわかるような気もした。

 

「蒼ちゃんの蝶が確認できた場所に印を付けて貰いました」

 

衝撃的なことを聞かされた気がした。

 

「七影蝶を見つけたのか!?」

「いえ、落ち着いて下さい。みきちゃんは少し蝶が見えるようですけど、私たちは全く見えません。結論としては蒼ちゃんはまだ見つけられていません」

 

どういうことだろう……。確認したのに、見つけられていない……。

 

「その印はイナリが蒼ちゃんを感じ取った場所です」

 

イナリの……?

そう言えば、蒼が動物は蝶について人よりも敏感に感じ取れるって言ってたな。

それに……、蒼が眠りについたあの日、イナリは蒼の蝶にいち早く反応した。

この1年イナリを外でしか見かけなかった理由にも納得がいった。

 

「イナリとみきちゃんたちで行動してイナリが感じ取ったところをみきちゃんたちに印を付けてもらいました。最後に1番印の数の多かったところをピックアップして1枚の地図に纏めています」

 

1枚の紙が手渡された。

 

涙が出た…。

蒼のためにここまでやってくれるのみきたちに感謝しかない。

 

「……みんな、本当にありがとう…」

 

「何を言ってるんだ。私たちこそこんなことでしか手伝えないことが申し訳なく思っている……。蒼を任せたぞ!」

 

「駄菓子屋に看板娘がいないとしまらないからな」

 

「卓球で勝ち逃げなど許さない」

 

「蒼を……起こしてきて……」

 

みんな蒼のことが好きなんだ。分かっていたことだ。ここにいる連中だけじゃない。島にいるみんなが蒼の帰りを待っている。

 

「……じゃあ、行ってくるよ…。きっと蒼を連れて帰るから…」

 

涙を拭い、また蒼を起こすために動き出す。

 

「蒼……。少しだけ待っててくれよな…」

 

 

空門の神域で、遅咲きの花が満開になっていた。

木の根元の祠から、釣り灯籠を取り出す。

すぐに見つけることが出来るのか、それとも何十年も時間がかかるのか。

でもそんなことは関係ない。

 

「さて、始めようか」

「ポン!」

ーー辿ろう、2人の記憶を。

 

***********

 

まずは印の多いところを探すか…。

藍たちから貰った地図を広げる。やっぱりというかなんというか駄菓子屋が多いようだ。ただ、どの場所にもそこそこ満遍なく現れている…。

どちらかと言えば偏りがあると言った感じだ。

祭事の期間外では蝶の動きに制限が余りないのかもしれない。

 

「駄菓子屋から探して山に行ってみるか」

 

駄菓子屋と同じくらい濃い場所はやはり山だった。

 

 

この1年間駄菓子屋の看板娘は不在だ…。

おばあちゃんは蒼が帰ってくると思ってか、他の人をバイトに入れてはいない。

 

蒼と送った日々を忘れたことは無い。

バイトで忙しくてもそれだけはなかった。

かき氷を投げあったこともあった。鑑定勝負を受けたこともあったな。下着姿も見たな。肩を並べて寝たこともあった。家まで送り届けたことも。膝枕をしたことも。

全部覚えている。

涙は出さない。

これから先にまた何度でも見られると信じているから…。

 

蒼との思い出を思い出しているうちに駄菓子屋に到着した。

 

「……蒼、いるか?」

 

答えなど帰ってくるはずもないが、駄菓子屋でのことを思い出して声を掛けてしまう。

 

「イナリ……。蒼はいるか?」

 

「……ポン…」

 

悲しげな鳴き声が空虚な夜風に運ばれる。

一年前、蒼から注意された言葉を思い出した。

夜の山には近づくな…か。

やっぱり祭事中は蝶は山に多いのかもしれない…。

思い出の場所だから、居てくれたら嬉しかったんだけどな…。

少し落ち込むもまだ夜は始まったばかり、気合いを入れ直す。

 

「……よし、山に行くぞ!」

 

「ポン!」

 

俺達は山に向かった。

道中チラホラと七影蝶を見かけた。

藍の時とは違ってイナリの反応を判断材料にできるから、触るようなことはしない。むやみにプライバシーを侵害することは蒼に怒られそうだしな。それに俺が起きられなくなったとき、蒼が悲しむ。

もう負の連鎖は断ち切らなければならない…。

 

「イナリ……。お前が蒼とずっと一緒に居てくれたことに感謝しなきゃな」

 

「ポン!ポン!」

 

イナリは元気に尻尾を振っていた。

釣り灯籠の周りを蝶達が舞うようにして俺達についてくる。

山に入ってもイナリが蒼を感じ取ることは無かった。

 

**********

 

ついに迷い橘のもとまで来た。

 

「今日は会えないのかもな……」

 

正直、藍が蒼のそばを舞っていたように、蒼も俺の周りを…と期待していた。

ただ、あの時も毎日見かけた訳では無いから、少し運に左右されるのかもしれないな…。

 

祠に釣り灯籠を納めて蝶は迷い橘の周りを舞う。

朝になったら消えるだろう。

 

途中まで元気だったイナリもすっかり落ち込んでいる。

 

「イナリ……。辛いところ悪いが道案内を頼む……」

 

「ポン……」

 

俺とイナリはとぼとぼと山を下りた。

 

 

蒼……どこにいるんだ?

 

蒼の笑顔をまた見たい。

蒼におはようと言いたい。

蒼と話したい。

今までよりもその想いが強くなる。

手が届きそうで届かないから……。

島にいるのは分かっているのに見つけられていないから……。

 

蒼もこんな気持ちで毎年藍を探していたんだろうか。

それも自身の記憶をも犠牲にして……。

1年前蒼が頑張っている姿を俺は見た。けれど、俺が見たのは一部だ。あれを数年もやっていたのだと考えると、その場に居れなかったことを悔やんでしまう。

過去のことはどうしようもないけれど、それでも蒼が苦しむところを想像してしまうと、胸が苦しくなる。

 

**********

 

そんなことを考えているうちに、山を下りきった。

 

「もう帰って今日の祭事は終わりだな……」

 

そう思って加藤家の方向に歩き始めると、誰かとすれ違った気がした。

 

誰か……?

そんなの分かり切っていた。

1年前よく見掛けたあの姿。

顔は見えなかったけれど、彼女は…笑っていたように思う…。

 

「……蒼…?」

 

振り返ると誰も居なかった。

 

代わりに蝶が1匹だけ木陰で休んでいた。

 

ここは……。

蒼が眠り始めてからここで立ち止まることは少なくなっていた。

蒼自身は診療所にいる。

当然ここで蒼を起こすことはこの1年間無かった…。

よく考えたらここも山の裏手みたいなもんだもんな…。ここから蒼の灯篭見かけて蒼のところまで通ったこともあった……。

初めて出会った場所で待っている……。

とても蒼らしい。

 

「イナリ……。蒼だよな…」

 

最後に確認をする。

 

「ポンポンポーーーン!!!」

 

心做しか、イナリも泣いているようだった。

 

俺達は急いで蒼のもとまで向かった。

 

俺は蒼の蝶に触れた……。

 

恋の記憶……。

 

俺と蒼の2人の記憶……。

 

気づいたら涙が流れていた。

1年前見た記憶だ……。

あの時捕まえてやれなかった記憶だ……。

 

「良かった…。迎えにきたぞ……蒼…」

 

だが、蒼を目覚めさせるまではまだ安心できない。

 

早く診療所まで戻ろう。

 

「イナリ!診療所まで戻るぞ!」

 

「ポン!」

 

俺達は診療所まで急いで戻った。

蒼も俺の周りを飛んでついてきてくれた。

 

**********

 

病室の中は静かだった。

聴こえるのは2人の寝息だけ…

藍も寝ているようだ。

のみきたちも恐らく帰ったのだろう。

 

「蒼、起きてくれよ……?」

そう言って俺は蝶を片手に優しく蒼に口づけする。

 

**********

 

ずっと、声が聞こえていた。

 

それはとても安心できる声

 

やわらかくて、温かくて、まるで目覚めを促す太陽のようで

 

とても大好きな声

 

思わず、微笑んでしまう

 

体はー、ちょっと自由に動かないけど……

 

やさしい眩しさに、心を揺らされる

 

少しだけ息苦しくなった

 

波紋のように……

 

鼓動のように……

 

体の中を、ぬくもりが巡る

 

口が動く……

 

最初になんて言えばいいのか、知っている

 

ずっと、言っていた言葉

 

ずっと言いたかった言葉

 

「えへへ……」

 

「ちょっと寝すぎちゃった……?」

 

「おはよう」

 

**********

 

「おはよう…蒼……本当に寝すぎだぞ…」

 

泣きながらそれでも嬉しさから笑顔になる。俺は蒼を優しく抱きしめた。

 

「もう一生離さない……」

 

少し腕に力が入ってしまった。

 

「羽依里、苦しい…よ」

 

「あ、ご、ごめん」

 

抱きしめた腕を解く。

感情が溢れて何を話していいのか分からなくなった。

妙な沈黙が続く。

 

「コホン、羽依里さん。もういいですか?」

 

「あ、藍、起きたのか!?」

「あ、藍!?」

俺も蒼も驚く。

 

「蒼ちゃんが見つかるかもしれないのに、呑気に寝てられません。目覚めさせるにはキスが必要だから空気を読んで寝たフリをしていただけです」

 

「狸寝入りだと…!?」

 

そんな風に驚く俺をスルーして藍は蒼に近づいて抱きしめた。

 

「おはよう…蒼ちゃん……。そして改めて私のためにありがとう…」

 

ごめんなさいと言うべきでは無いと藍はとっくに分かっていた。

 

「藍も私のためにありがとう…」

 

「当然です。蒼ちゃんのお姉ちゃんですから……」

 

3人とも小一時間ほど涙がとまらなかった。

また蒼と一緒に笑い合える…。

それだけで嬉しかった。

1年前は短い期間だったのに日常になっていた。

その日常をやっと取り戻せた…。

そのことだけでこの夏はもっと楽しく過ごせそうだと確信した。

 

**********

 

朝診療所の先生に検査をしてもらい、リハビリの予定を立てて、それが終わってから島の人達が一斉に来るだろう…。

昼夜逆転するのも良くないから、蒼は寝てるよう藍の方から言われた。

俺も加藤家へと1度帰ることにした。

 

もういつでも蒼と話せるから…。

 

**********

 

検査の結果は全く異常なしだった。

診療所の先生は藍も蒼も何故こんなことになったのかよく分からないと言っていた。

 

リハビリは藍よりも早く終わるらしい。

 

藍よりも眠っている期間が短く、藍と俺で分担して全身マッサージをしていたことがかなり良かったようだ。

 

案の定、昼には蒼のお母さんや少年団のみんな、駄菓子屋のおばあちゃん、子供連中が押しかけてきた。

 

俺は昨夜色々話せたから、病室に居ながらも遠慮した。

 

その夜俺は七影蝶を導くお務めを早々切り上げて蒼のもとまで来た。

 

コンコン

 

「どうぞー」

 

蒼の元気そうな声が響く。

 

「こんばんは、蒼。今日はお疲れ様」

 

「羽依里!ほんとみんなすごく祝ってくれたけど、ちょっと疲れちゃった…」

 

俺に会えたことが嬉しかったのか少し声のトーンが上がっていた。

 

こういうところ本当に可愛いな。

 

でも、言った通り結構疲れたみたいだ。

だから今日は要件だけ話して帰ることにする。

 

「明日だけ七影蝶を導くお役目は休もうと思ってる。夜、食堂で蒼と藍のお祝いパーティをのみきたちが企画してくれたんだ。それで…その2時間くらい前に蒼を連れていきたいところがあって……。その…大丈夫そうか?」

 

「羽依里の頼みなら…私はそう簡単には断らないわよ……」

 

潤んだ瞳で上目遣いでそんなことを言う俺の彼女は最高だった。

 

「そ、それじゃあ、16時くらいには迎えに来るから」

 

ドキドキして声が上ずってしまう。

 

「うん。羽依里。おやすみ……」

 

「おやすみ。蒼……」

 

視線をお互いに外せない。

見つめあった状態で30秒は経過しただろうか…。

 

「……」

 

冷ややかな目でこちらを見る藍が無言の圧力をかけてきた。

 

「か、帰ります!」

 

藍にはまだ勝てなかった。

 

***********

 

夕方迎えにくると言ったものの朝から蒼に会いに来ていた。

むしろこの島でしたいことの1番が蒼と過ごすことなんだから当然のことだった。

 

週末だけじゃ話しきれなかった話を沢山蒼にした。

蒼は驚いたり笑ったり、色んな反応で楽しんでくれていた。

蒼も寝ている間に俺から聞かされた話に色んな感想を聞かせてくれた。

この幸せを噛み締めていた。

 

「これが幸せってやつか……」

 

「え?なに?」

 

「いや、なんでもないよ……」

 

声に出ていたのか…。

 

**********

 

約束の時間になった。

俺は蒼を車椅子を押しながら、蒼と初めて会った場所に連れてきた。

 

「蒼の蝶さ、ここに居たんだよ……」

 

「まあ、羽依里との思い出が深い場所だし、お、おかしくないわよ?」

 

照れながらそう返す蒼。

 

「俺さ。蒼の蝶に触れてさ。蒼の……その恋の記憶を覗いちゃったんだ…」

 

「そ、そんなこと言わなくていいわよおおおおお」

 

恥ずかしさが振り切ったのか、叫んでいた。

 

それでも俺は真剣に話を進める。

 

「いや、聞いてくれ。だから、今度は俺が蒼を好きになった話をしようと思ってな。蒼だけ恥ずかしい思いをするのはフェアじゃないし……」

 

「ふぇ!?」

 

好きになったのところで蒼は盛大に取り乱していた。

 

「お、おい、そんなに大きく動いたら車椅子から落ちるぞ!」

 

「……ひゃい」

 

赤面しながら落ち着く蒼…。

ああ、俺の彼女は可愛いなあ…。

 

蒼が落ち着いたところで話を始める。

 

「俺さ、蒼と会った時さ……。ちょっとビックリしたんだよ。道端で寝てる人なんて都会じゃ見ないから」

 

蒼が少しむくれた。

 

「でもそれだけじゃなくて、ちょっと見とれてたんだと思う」

 

蒼が赤面した。

 

「倒れそうになってたところを抱きとめた時に酷い言われようだなあ、この子妄想凄いなぁって思ったけど、そういう反応を見て、少し心配になったな…。でも面白い子だなって思った。眠っているところを見ているとなんだか幸せな気持ちになって、ついついイタズラしちゃったな」

 

「イタズラ……!?」

 

「……性的なほうじゃないぞ?スリーサイズ聞き出したりとかものを食べさせたりとか……。そういうのだ。」

 

「そ、それくらい、分かってますうううう。てか、あたしにそんなこと聞いてたの!?」

 

蒼は赤面しつつ驚くという芸当をしてみせた。

 

それから蒼とであってからの俺の気持ちを余すことなく伝えた。

蒼は表情をコロコロ変えてたけど、総じて嬉しそうだった。

蒼が眠ってからの1年間についても俺の想いを伝えた。

蒼は恥ずかしさで爆発しそうだと言っていた。

俺も恥ずかしかった……。

 

でも伝えたかった……。

俺の想いを全て。

 

「だから俺は今蒼と一緒にこんな話が出来て、本当に嬉しい」

 

俺は真剣に蒼の顔を見つめた。

蒼はさっきまでとは違い潤んだ目だった。

 

「愛してるよ……蒼…」

 

何度目か分からないがそれでも今までの中でも特別なキスをした気がする。

 

「んっ……はぁ…」

 

「私もよ羽依里」

 

まだ万全じゃない蒼にできるのはここまでだ。

 

「じゃあそろそろ時間もあれだし、行こうか」

 

「うん……」

 

セミの鳴き声を聴きながら車椅子を押して食堂まで歩いた。

そこからは一言も話さなかったが、沈黙は気まずさではなく、繋がりあってる証拠なような気がした。

 

**********

 

「「「藍、蒼おめでとう(ポンポーーーン)!!!」」」

 

しろは、天善、のみき、良一、イナリ、俺が藍と蒼の目覚めを祝った。

二人ともリハビリがまだ残っているので、退院という訳では無いが、それでも盛大に祝った。

藍が居なかった10年間を、蒼が居なかった1年間を埋めるようとそれはもう盛大に…。

 

良一は「パーーーージ」とすぐに脱いでのみきにKOされていたし、天善は「きええええええええ」しか言えなくなっていた。

 

そのあと藍と蒼はのみきから水鉄砲を借りて良一と天善に追い討ちをかけるように水をかけた。

 

しろははそれを苦笑しながら見ていた。料理に大量のチャーハンがあったが全部しろはが作ったものらしい。

 

美味しかった。

 

そのあと、俺は何故か藍から水をかけられ、冷たいからと脱ぎ出すと蒼は少し赤面し、のみきからはジェノサイドモードで抹殺された。

 

楽しい夏休みがまたここから始まるんだ……。

 

 

~続く~

 



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