漆黒の英雄譚 作:焼きプリンにキャラメル水
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苦手の方はこの話を飛ばしていただいても大丈夫です。
トブの大森林・・・
その場一帯が揺れていた。
それは物理的な揺れだけでは無かった。
森林内の植物は『それ』に養分を奪われて枯れ果てた。
動物たちは『それ』を恐れて逃げ纏う。
「やったぞ!俺は薬草を手に入れた!!」
薬草を引っこ抜いた男は嬉しさのあまり声をあげた。
自身は『十三英雄』と同じになれた。そう錯覚したのだ。
だが嬉しさのあまり先程の警告を忘れていたのだ。
薬草は・・・『それ』の頭部にあるということを。
そして・・・・・
『それ』は目覚めてしまった。
森の中で『それ』は叫んだ。
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モモンを始めとしたミスリル級冒険者たちとピ二スン、アウラやマーレが森の中心部に向かう。
その場に着いた時、それはいた。
巨大な木の様なモンスター。推定100メートルはある植物、触手が六本生えている。恐らくあれがザイトルクワエだろう。
その足元ではイグヴァルジや他のクラルグラのメンバーたちが倒れていた。血は流していないことから死んでいる可能性は低いだろう。だがピクリとも動かない様子から気絶しているのは確かな様だ。唯一イグヴァルジだけは明らかに意識があったが足を負傷したのか地面が揺れる中匍匐前進でザイトルクワエから距離を取ろうとしているようだ。
モモンは『闘気』をザイトルクワエに発して敵の強さを判断する。
(難度200は超えているな・・・)
「ピ二スン、あれがザイトルクワエか?」
「そうだよ!!ヤバいよ!!ヤバいよ!!ザイトルクワエが復活しちゃった!!もう終わりだ!!」頭を抑えてパニックになっているピ二スンが叫ぶ。
それを見た影響なのかミスリル級冒険者たち(流石にナーベや各リーダーは冷静さを残していたが)、メンバーの大半はパニックになりかけているのが明白であった。
(仕方ない・・ここは・・)
「モックナックさん!ベロテさん!『クラルグラ』の救出をお願いします!私があいつを押さえます!」
「そんな!無茶だ!」
「分かった!モモン殿」
ベロテの目の前にいるアレはミスリル級冒険者が太刀打ちできるようなものじゃないと身体で感じた。だがそれに反してモックナックはモモンの指示に従うことにした。そうするのが最善だと判断したからだ。
「だがモックナック!それじゃモモン殿が!」
「信じろ!ベロテ。あの人なら大丈夫だ。これが最善なんだ!」
「っ・・・それは分かっているが」
最善だからモモンが殿を務めるべきだと主張するモックナック。最善だと分かってても誰かを犠牲にするような選択に納得できないベロテ。ここにきて冒険者としての経験の差・・年月の差というべきものが表れていた。
「っ・・分かった!モモン殿!『クラルグラ』は俺たちに任せてくれ!」
短い時間、正確には1、2秒程考え仕方ないと判断を下し行動を開始する。感情が納得できなくても仲間を危険に晒すのは彼らにとっては最悪の選択肢だったからからだ。
「安心して下さい!私は死にませんから!」
そう言ってモモンは背中の大剣を抜いた。両腕に漆黒の大剣が握られる。
「ナーベ、お前はここで彼らの支援を頼む」
「ですが・・・」
「頼む」
「分かりました。ご武運を」
ザイトルクワエが口をモゴモゴとすると何かを吐き出した。高速で飛行するそれが何かは分からない。だがその先には他のミスリル級冒険者たちがいたのだ。
「っ!!」
ナーベは
(種?撃ち落とせただけで破壊できていないことからかなりの硬度があるね。だとするなら本体の硬さは・・・)
「時間は稼いであげる!!急ぎなさい!!」珍しくナーベが叫ぶ。
「ナーベ殿!支援感謝する」
そして『虹』『天狼』による『クラルグラ』救出作戦は開始された。
「くそ!俺はこんな所で死んでいい人間じゃねぇ」
手に取った薬草を強く握りながら叫んだ。
「くそ!くそ!」
「俺は『英雄』になるまで死ねねぇんだよ!」
そう言って匍匐前進するイグヴァルジであった。
だがザイトルクワエから伸びた一本の触手がイグヴァルジに絡みつく。
「なっ!?ふざけんな!」
絡みついた触手に引っ張られていく。イグヴァルジの視界が大きく反転した。そこで見えたのは触手を勢いよく口元に寄せようとするザイトルクワエの姿であった。
「こいつ!俺を食う気か!!?」
それに応えたかの様にザイトルクワエは勢いよくイグヴァルジを自身の口の中に放り込もうと投げ入れ・・・・
それはイグヴァルジが走馬灯を見ていた一瞬の出来事であった。
辺り一面に広がる喧騒も、地面の揺れも全てが止まっているかの様であった。
まるで世界の時間が止まっていたのだ。
だがそんな中動く人物が1人だけいた。
その者は漆黒の大剣を二本持ち、ザイトルクワエの口にあたる部分に向かって大きく飛び跳ねる。
二本の大剣を振り上げて自身の武技を発動させる。
「
そう言って武技を込めた一撃をザイトルクワエに叩き込んだ。
その瞬間、時間は再び進み始めた。
「っ!?」イグヴァルジは状況が飲み込めなかった。
自分は先程ザイトルクワエの口に放り込まれようとしていたはずだ。だが何故か知らないが触手の拘束は外れ地面にいた。
その横にはモモンがいた。
「お前一体何を!!?」よく見るとザイトルクワエの職種が一本切断されたような長さになっていた。口らしき部分は爆発を起こしたのかような傷を負っていた。
(こいつが俺を助けたのか?)
「話は後だ。これを」そう言ってモモンはポーション・・赤いポーションをイグヴァルジに振りかけた。イグヴァルジの足の傷が癒されていく。
「無事で良かった」
「何で俺を・・・俺は・・」
イグヴァルジが続きを言おうとした所でザイトルクワエの触手がムチにようにしなり攻撃してきた。それをモモンは二つの大剣を使って防いだ。
「話は後だ。お前の仲間たちが待ってる!早く行け」
イグヴァルジは倒れている仲間たちの元へと走り出した。先ほどまで大事そうに持っていた薬草は乱雑にポケットに突っ込んだ。
(・・・・・)
この時イグヴァルジが思ったことは彼自身しか知らない。
「モモンさん!!彼らの救出は終わりました!!」
ナーベが叫ぶ。
それを聞いたモモンは大声で「分かった」と叫ぶ。
ザイトルクワエが大声で叫ぶ。
既に六本あった触手は二本に減らされており、顔や口を斬られたことで種を吐き出すことも叶わなかった。
「腕が二本、口は使えない・・・こうなると大きな的だな・・だが・・」
(このまま戦えばこっちが不利だな)
単純な話、ザイトルクワエの樹皮?が硬すぎるのだ。
武技以外では大したダメージを与えられていない。
「・・・・となると弱点を突くしかない訳だか・・・」
(あるいは単純に強化して攻撃するしかないわけだが・・・)
「仕方ない・・・アレを使うか・・・」
ザイトルクワエが触手でモモンに向かって攻撃してくる。
モモンはそれらを躱し続けた。
(有効範囲に入った)
「
瞬間、世界が静止した。
モモンが取得した武技『十戒』の1つ。
自分よりある程度弱い存在などであれば限りなく時間が止まる。
例えるなら通常の時間は走っている馬車の上に人間がいる状態。
だが『明鏡止水』発動中は馬車の上で人間が
この武技の発動者は自分の周囲との『時間』を切り離すことが出来るのだ。その気になれば馬車(相手)を追い越すことも出来る。ただし自身や自身の触れているもの以外の時間を動かすと発動は強制的に解除される(攻撃も時間を動かす行為だからである)。
この武技の性質上、モモンの実力よりも上の存在には効かない。だがこの場にいる者の大半には効いている。
それはザイトルクワエだって例外ではない。先程イグヴァルジを助けたのもこの武技である。
『時が止まった』ような武技である。
「
モモンはザイトルクワエの頭頂部から切り裂く為に大剣を大きく振り上げた。
モモンが取得した武技『十戒』の1つ。
爆発する斬撃を放つことが出来る。
その性質上通常の斬撃では効果的なダメージを与えられない相手でも、
爆発による内側へのダメージを与えられるためザイトルクワエの様な相手でも効果が見込める。
これは余談だが端から見ていたら『隕石が落下して爆発』した攻撃に見えるだろう。
だがモモンはこれでもまだ足りないと判断していた。それゆえ更に武技を発動させる。
「
これもまた武技『十戒』の1つ。
今までとは異なり非常に単純な武技である。
2つの武器を持った所で攻撃力が足される訳ではない。
だがこの武技を使えば武器の攻撃力を発動中は足すことが出来る。
その威力は計り知れない。
そして・・・・再び異なる武技を発動させた。
「
これも武技『十戒』の1つ。
自身の能力を向上させる『能力向上』などとは全く異なる。
この武技は自身の能力を任意に『倍加』することが出来る。2倍や3倍なども可能。
例えば『攻撃力』だけを倍加させることも出来るし、能力全てを倍加させることも出来る。そこに『双極』が加わると攻撃力は格段に上がる。
ただしどれだけ倍加するか、より多くの能力を倍加させるかで使用難易度は桁違いに変わる。
ちなみにミータッチは課全拳を10倍まで使いこなしていた。はっきり言って反則級の実力である。
モモンはザイトルクワエを一刀両断しようと大剣を振り下ろした。
即ち、聖遺物級の大剣ダメージ(攻撃力)×爆発による内外ダメージ(星火燎原)×課全拳による攻撃力の2倍化(課全拳・2倍)×2倍の威力(双極)×2(二本の剣)となる。
だからだろう。
その一撃がザイトルクワエを容易く切り裂いたのは当然といえよう。
ザイトルクワエの身体が一刀両断にされて爆発を起こす。
まるで呪詛を撒き散らすかの如く、断末魔をあげる。
そして2つに分かれたザイトルクワエが倒れ地面に最後の揺れを起こすと
森はいつもの静寂を取り戻した。
誰かが静寂を破った。
「うぉー!!!モモンさんが勝ったぁぁぁ!!!!」
「うぉーーーーー!!!スゲェぇぇぇぇ!!!」
ザイトルクワエを倒せた。
モモンはザイトルクワエの生死を『闘気』で確認すると、喧騒の中に入っていった。
・・・・
・・・・
・・・・
「お姉ちゃん・・・アレってやっぱり『十戒』?」
「アインズ様の言った通りだね。特別な武技である『十戒』を使えるなんて・・。報告しないとね」
そう言ってダークエルフの双子はピ二スンを連れてその場を後にした。
次回、帰還・・