2042話
石版に関して知ったレイは、すぐにその石版を貸して欲しいと頼んだ。
幸いにも、グリムにとってこの石版のマジックアイテムは、特に必要がないものであるということで、すぐに話は纏まった。
……実際には、何だかだとグリムがレイに……そして、レイの周囲にいるエレーナ達に甘いというのもあったのだろうが。
その石版をどうやって受け取るのかといったことも問題だったが、グリムにしてみれば空間を渡る程度のことはそう難しい話ではない。
レイに貸すと決めると、その数秒後にはレイ達がいる部屋にその石版は姿を現していた。
この家は、マリーナの精霊魔法によって守られている。
それこそ、誰かが無断で忍び込もうとするようなことをすれば、間違いなく精霊が感じ取ることが出来る筈だった。
にも関わらず、グリムはそんな精霊に一切気取られるようなことはないまま、石版を転移させてきたのだ。
テーブルの上に置かれている石版は、縦三十cm、横五十cm程の大きさの石版。
「これが……」
『うむ。じゃが、その石版は最初に使った物の専用になる。……正確には、それを解除するマジックアイテムもあるらしいが、残念ながら儂は持っておらぬな』
「それは、また。……微妙に使いにくいな」
「でも、その石版を使うのはゾゾで決まりでしょ?」
対のオーブに映し出されているグリムの言葉に、レイは戸惑ったように呟くが、マリーナの言葉でそれはそうかと頷く。
ゾゾがどうしてもレイと一緒に行動をすると決めている以上、言葉を勉強するといったことはまず不可能だ。
ましてや、リザードマンが本当にレイ達の発している言葉を口に出来るかどうかというのも、分からない。
(いや、それは心配しなくてもいいのか)
レイが知ってる限りでも、ゾゾはレイの名前を呼ぶことが出来ていたのだから。
そこまで考え、ふとレイは石版を見て疑問を抱く。
「あれ? グリム、この石版はゾゾ……異世界から来たと思われるリザードマンに使わせる予定なんだけど、そうするとこの場合はどうなるんだ? 結局ゾゾが何かを言いたくて、その言葉が石版に表示されても、俺がゾゾの使っている言葉や文字を分からないと……」
結局意味はないんじゃないか?
そう告げるレイの言葉に、対のオーブの向こうにいるグリムはそっと視線を逸らす。
グリムも当然のようにそのことに気が付いてはいたのだが、それでも今回の一件で使えそうなマジックアイテムは、この石版しかなかったのだ。
また、グリムも何の目論見もなく、この石版を持ってきた訳ではない。
『以前……何かの古文書で、この手のマジックアイテムを使って、言葉の通じない相手と意思疎通をしたことがある、という話を見たことがある』
「そうすると、この石版でも同じことが出来ると?」
『分からん。あくまでも儂が見たのは古文書……かなり古い本だったし、それに出て来たのもその石版ではなく、もっと別のマジックアイテムだった』
「つまり、実際に試してみるしか出来ない、と」
『うむ』
気のせいか、レイの目から見たグリムは少し嬉しそうな様子を見せていた。
古文書に書かれている内容が事実だったかどうか、それを確認出来るのが嬉しいのだろう。
「そうなると、取りあえず試してみるか。グリムはどうする? ここに対のオーブがあれば、ゾゾを部屋の中に入れた時に間違いなく見つかるだろ。そうなると、色々と不味いことになるかもしれないし」
『ぬぅ。だが、儂もどうなるかは確認したいのじゃが』
レイとグリムの会話を眺めていたヴィヘラは、部屋の隅に色々な小物が置かれているのに気が付く。
「なら、対のオーブをあの小物に紛れさせておいたら?」
結局他に良い案もなく、ヴィヘラの案が採用になる。
グリムにとって幸運だったのは、対のオーブ越しではグリムの放つ圧倒的な存在感が分からないことだろう。
対のオーブを小物に紛れさせ、グリムの視界を遮らず、それでいて出来るだけグリムの姿を隠せるようにと小物を配置する。
「どうだ? 視界を塞いでないか?」
『うむ、問題はない』
そう告げるグリムだったが、グリム程のアンデッドがこのような状況になっているというのは、それを実際にやったレイにとっても、どこか微妙な気分になってしまった。
もっとも、本人――アンデッドだが――は全く気にしていない様子だったが。
「じゃあ、これからゾゾを呼んでくるから、声は出さないようにしてくれよ」
『任せておけ』
自信ありげなようすのグリムをその場に残し、レイは次に部屋の扉を開ける。
すると、そこには当然のようにゾゾの姿があった。
「レイ●●? ●●●●●?」
「ちょっと中に入ってくれ」
喋りながら、部屋の中に入るように促す。
ゾゾはレイの言葉に素直に従い、部屋の中に入る。
この部屋は決して広い訳ではないので、ゾゾ今までいたレイ達以外にゾゾが入ったけだけで、妙に狭く感じてしまう。
ゾゾもレイの言葉だから特に気にすることなく部屋に入ったが、自分がここで何をすればいいのかといったことを疑問に思ったのか、レイに視線を向ける。
その視線を向けられたレイは、テーブルの上にある石版をゾゾに渡す。
渡された石版が何なのか、ゾゾには分からないのだろう。
疑問を抱きながらレイの方に視線を向け……その視線を向けられたレイは、早速その石版を使わせようとして、硬直する。
(あれ? この石版を使わせるには、どうすればいいんだ?)
今まで、ゾゾとのやり取りは身振り手振りでやって来た。
だが、基本的にそのよう方法で意思疎通をしている以上、大体の意思疎通は出来るが、細かな意思疎通は難しい。
実際に石版を使ってみれば確実にゾゾもレイが何を言いたいのか分かるのだろうが、グリムからこの石版は最初に使った者しか使えないという話を聞いている。
そうなると、実際にレイが石版を使ってみるという選択は即座に消えた。
「あー……どうすればいいんだ?」
「レイが持っている、何か別のマジックアイテムを使ってみればいいんじゃない?」
迷っているレイに、マリーナがそう告げる。
その言葉に、レイはなるほどと納得した。
マジックアイテムなら、それこそレイはミスティリングの中に大量に持っている。
いや、ミスティリングの中だけではなく、普通に身に着けているマジックアイテムも多かった。
とはいえ、まさかここでデウスサイズや黄昏の槍のような長物を取り出す訳にもいかず、少し迷った末にレイが取り出したのは流水の短剣。
本来なら水を自由に操って鞭のような武器として使うマジックアイテムなのだが、炎の魔法に特化しているレイとは致命的に相性が悪く、水道代わりにしか使えない。
その代わり、レイの莫大な魔力の為か、貴族や王族でも飲めるかどうかといったような、天上の甘露とでも呼ぶべき味の水を作り出すことが出来る。
「見てろよ?」
ついでにコップも取り出し、流水の短剣に魔力を流して水を生み出す。
その水はコップに溜まる。
レイはそんなコップの水を飲みながら、ゾゾの持つ石版を指さす。
流水の短剣と何度か繰り返し石版を指さし、流水の短剣で水を生み出す。……ちなみにそのコップの水は、二杯目以降、エレーナ達がそれぞれ飲んでいた。
やがて、ゾゾがレイの指さした物……自分の持っている石版に目を向ける。
レイがマジックアイテムを使っているというのは、今までのやり取りで理解出来た。
そして何度も自分の持っている石版を指さしているのを見れば、その意味も何となく理解出来るようになる。
ゾゾが持っている石版に魔力を流し……やがて次の瞬間、石版が薄らと光る。
決して眩いとは言えない、そんな光。
その光が周囲にいる者達の前から消えると、そこには何も変わらず石版を持っているゾゾの姿があった。
「これでいいのか、レイ?」
「どうだろうな。多分、いいと思うんだが」
戸惑った様子で尋ねてくるエレーナに、レイもまたそぷ答えることしか出来ない。
実際、この石版を使うのが初めてである以上、今の光が正式な状況なのかどうかは、まるで分からないのだから。
少し戸惑いつつ、レイは視線をとある場所……置物に紛れている対のオーブの方に向ける。
そんなレイの視線を受け取ったのか、対のオーブの向こう側でグリムが微かに頷く。
(おい、今ちょっと躊躇ってなかったか?)
グリムの様子が少し変なように見えたことを若干心配に思うレイだったが、ともあれゾゾに石版を使わせることに成功したのは間違いないのだ。
(あれ? この石版って一応借りてるんだよな? けど、一度使ったら、その人――ゾゾはリザードマンだけど――しか使えないんじゃなかったか? それって、この石版を返しても意味がないんじゃ……登録者を削除するマジックアイテムはグリムも持ってないって話だし)
本当に今更の話だが、そう思う。
本来なら、もっと前にそのことに気が付いていなければおかしかったのだが、やはりゾゾとしっかり意思疎通出来るようになるということで浮かれていたのだろう。
取りあえずその件については後で聞けばいいだろうと判断し、若干戸惑った様子を見せるゾゾに向かって話し掛ける。
本来の使い方とは色々と違うのだろうが、出来ればきちんと意思疎通出来るようにと祈りながら。
「ゾゾ、俺の言ってることが分かるか?」
そうレイが告げた瞬間、ゾゾの持っている石版に見たことのない……少なくても、この近辺では使われていない文字が表示されていく。
「っ!?」
その石版を見たゾゾは、誰が見ても驚愕と表現出来るような様子で、石版を見て、レイを見て、石版を見て、レイを見る。
何度かそのような行為を繰り返し、改めて口を開く。
当然のように、ゾゾが何を言ってるのかは殆ど意味が分からなかったが……
『ここに表示されている文字はレイ様の口から出た言葉で間違いないでしょうか?』
ゾゾが持っている石版には、間違いなくそのように……レイが読める文字が表示されていた。
『おお』
レイだけではなく、この場にいる全員の口からそんな驚きの声が上がる。
……何だか対のオーブの向こう側からグリムの驚きの声も聞こえてきたような気がしたレイだったが、取りあえずそれは気のせいだったということにする。
そもそも、対のオーブからでは現在ゾゾが持っている石版を見ることは出来ないのだから。
もっとも、グリムであればどのようにかして、石版を見ることが出来ても不思議ではないのだが。
そうして驚きが少しだけ収まったところで、レイは頷く。
「そうだ。この文字は俺が言ってることがそのまま表示されている……んだと思う。残念ながら、ゾゾ達が使う文字を俺は読めないので、正確には分からないが」
レイの言葉が、またしても石版に表示される。
それを見たゾゾは頷き、口を開く。
『さすがレイ様です。このようなマジックアイテムを持っているとは。これで、私もレイ様の言葉が理解出来るようになりました』
石版に表示された文字を見て、レイは頷くと同時に疑問を抱く。
レイが知っているゾゾ……今のゾゾではなく、最初に突っかかってきた時のゾゾを思えば、このような丁寧な言葉を発するか? と言われれば、首を傾げざるを得ないからだ。
「なぁ、このゾゾの言葉遣い……何か妙じゃないか?」
そう尋ねるレイだったが、エレーナ達が知っているのは、あくまでもレイに負けて従うようになってからのゾゾだ。
そんなゾゾしか知らなければ、いかにも執事然とした様子の今のゾゾの言葉遣い――文字だが――を見ても、特に違和感はない。
「そうか? 別にゾゾらしいと思うのだが」
皆を代表し、エレーナがそう告げる。
マリーナとビューネの二人も、そんなエレーナの言葉に同意するように頷く。
だが、最初にゾゾと会った時のことを覚えているレイとしては、そんなエレーナの言葉に納得は出来ない。
(元々異世界の相手との通訳とかが考えられていた代物じゃない以上、もしかしてこの文字は正確じゃないのか? ……まぁ、それでもお互いの言葉が分からないよりは、随分と意思疎通が楽なのは間違いないけど)
半ば無理矢理自分を納得させ、レイは改めてゾゾに視線を向ける。
ゾゾは石版でレイとやり取りが出来るということを疑問に思ってはいたようだったが、それでも今までと違ってレイと話すことが出来るようになったというのは、嬉しかった。
そんなゾゾに、レイは口を開く。
「こうして言葉が通じるようになったことだし、改めて聞く。ゾゾ、お前は誰だ? 具体的には、どこに所属している?」
レイの言葉はゾゾが理解出来る言葉になって石版に表示される。
その文字を見たゾゾは、レイに向かって一礼してから、改めて口を開き……その文字が石版に表示された。
『改めまして、レイ様。私はグラン・ドラゴニア帝国第十三皇子、ゾゾと申します』
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