愚かな盗作作家の、惨めな末路
月の見えない夜だった。
私は息を殺し足音を忍ばせて、小さな街灯だけが頼りなく照らす、薄明かりの夜道を歩く。
(……はぁッ……ッ、はぁッ)
目の前をひとりの男が歩いている。
夜の闇に溶け込むような黒いスーツ姿――コミカライズ作家の柳生ナツだ。
彼は『小説家になろう』という小説投稿サイトから作家としてデビューし、遂には漫画原作者という地位にまで上り詰めた成功者である。
……だが私は知っている。
柳生ナツは私からあるものを盗んだのだ。
彼の手にはコンビニの袋がぶら下げられている。
これから帰って一杯始めるつもりなのだろう。
チープな白いビニールの袋からは、720mlサイズの日本酒の瓶と、適当なお摘みが覗いて見えた。
静かな夜道に彼の歌う上機嫌な鼻歌が響き渡る。
背後からみた足取りも、なんだか軽やかで楽しげだ。
その背中を睨みつけながら、私はバールのようなものをギュッと握りしめる。
手のひらは汗でじっとりと濡れていた。
(お前さえッ……お前さえいなければ……ッ)
大きく息を吸いこんだ。
叫び出しそうになる気持ちを空気と一緒に体の奥に押し込んでいく。
まだここは住宅街だ。
もう少し先にいけば大きな公園があって、柳生ナツはそこを通る。
事前にリサーチは済んでいるのである。
(まだだ……。やるならそこだ……)
そう自分を宥め賺して、逸る気持ちを抑え込む。
思えばこれまで色々あった。
暗闇のなか、前を歩く彼の背中を眺めていると、様々な出来事が走馬灯のように思い起こされる――
私はライトノベル作家だ。
いや、『だった』というべきか。
最近流行りのネット小説を書いて運良く多少の人気を博し、とある賞を受賞して商業デビューすることも出来た。
多くの作家仲間ができ、楽しい日々を過ごすことが出来た。
……セピアに色褪せてしまったその思い出たちは、今でも私の宝物だ。
目の前の彼――柳生ナツも、そんな作家仲間の一人だった。
全てが狂い出したのはあのときからだった。
ある日私は担当編集のD氏に呼び出された。
そしてこう告げられたのだ。
『あ、猫さん? おざっす! 以前話していたコミカライズの話。あれ、柳生先生に回しましたから! アハハ!』
唖然とした。
コミカライズの機会を盗まれただと?
ぽかんと口を開ける私に、担当D氏は尚も容赦のない追い討ちをかける。
『それと隣の部屋の女騎士。あれ打ち切りですから。続巻しないんで! アハハ! 柳生先生見習って、一から出直して下さいね!』
胸が張り裂けそうになる。
だが私はこれを予見してもいた。
以前から気になっていたのだ。
柳生ナツの私をみる表情。
憐れみのような優越感を滲ませたそれ。
きっと彼は、すべてを知っていたのだろう。
(――はッ!?)
気付くともう公園だった。
(やって、やる……ッ)
憎い。
私はどうしようもなく彼が憎い。
胸の奥から湧き上がる八つ当たりのような憎しみの赴くまま、私はバールのようなものを振り上げて柳生ナツに飛びかかった。
「うわああああああああッ!!」
「な、なんだ!? 猫正宗!?」
彼は驚愕して振り返る。
「柳生先生さえ! 柳生先生さえいなければッ!」
バールのようなものを振り下ろす、その瞬間――
「死ねぇ! 猫正宗ッ!」
そばの茂みから、何者かが飛び出して来た。
「な!? お前はたっくん!?」
「俺の書籍化デビューを返せ!」
「なんの話だ!? おうふッ!」
たっくんは書籍化作品をもってはいないものの、私の大切な作家仲間のひとりだ。
そのたっくんがボロボロと大粒の涙を零しながら、私の脇腹にナイフを突き立てた。
柳生ナツは目の前の急展開に腰を抜かしている。
「畜生! ホントは俺が受賞する筈だったのに!」
「げほッ、だから何の話だと――」
たっくんが刺し入れたナイフをグイッと捻った。
「あぎゃッ!?」
口からコポリと血が吹き出た。
刺された脇腹からは止めどなく血が流れ出す。
体温が、視界が奪われていく。
「全部知ってんだよ! お前の『隣の部屋の女騎士』。あれは元々俺が練ったプロットをパクったヤツだってこともな!」
「な、なぜそれを――」
たっくんは私の体からナイフを引き抜いて、再びそれを振りかざした。
いつのまにか姿を現していた月が、血に濡れたそのナイフの刃を鈍く照らす。
――グサッ、グサッ
滅多刺しにされる音がする。
――ガッシ、ボカッ
いつのまにか柳生ナツも一緒になって、私から奪ったバールのようなものを振り上げていた。
(ちくしょう……。ままならねぇなぁ……)
滅茶苦茶にされた私の体から、血とともに命そのものがこぼれ落ちていく。
「はぁッ、はぁ。思い知ったか、猫正宗!」
その言葉を吐いたのは柳生ナツか、たっくんか。
意識が暗闇の底に落ちていく最中、ふたりが砂を踏み立ち去る足音だけが耳に届く。
だがやがて、それも聞こえなくなった。
(ひ、ひひひ……)
もう何も分からない。
残ったのは惨めな末路を歩んで這い蹲る私だけ。
栄光の未来へと立ち去った彼らは、私にさようならは言わなかった。
猫正宗さんには「月の見えない夜だった」で始まり、「さようならは言わなかった」で終わる物語を書いて欲しいです。
というお題に沿って即興で書いた短編になります。
そうそう。
本編とはなんら関わりありませんが、萩鵜アキ先生原作の『冒険家になろう!〜スキルボードでダンジョン攻略〜』が、双葉社モンスターコミックスにてコミカライズされまして、大好評連載中です。
面白いので、是非お読み下さい!
それでは本作をお読み下さいまして、ありがとうございました!