オーバーロード ~経済戦争ルート~   作:日ノ川
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今回でジルクニフとアインズ様の邂逅まで進むはずだったのですが、その前に必要な話を書いていたら長くなったので切ります



第87話 最大の誤算

「連絡は不可能だとみるべきか」

 次の会議で提出する書類を纏めながら、土の神官長レイモン・ザーグ・ローランサンは一人呟く。

 自分が指揮する法国最強の特殊工作部隊群である六色聖典。その中でも情報収集や諜報活動を担当する風花聖典から選抜された者たちを、現在身分を偽って王国貴族と共に件の魔法詠唱者(マジック・キャスター)、アインズ・ウール・ゴウンが開催する本店開店を記念したパーティーに送り込んだのだが、その後連絡がない。

 現地での行動については既に伝えてあるが、作戦開始前に一度こちらに連絡が来る手はずになっていた。

 この時間になってもそれがないということは魔導王の宝石箱の本店は、想定以上に強力な魔法防御策を取っている可能性が高い。

 しかし、それも考えて彼らには神が残した遺物も渡していたのだが、アインズの防衛力がそれを上回っているのならば事態は深刻だ。

 

「まさか本当に我らの神と同等以上の力があるとは……後は帝国がどう動くか、だな」

 アインズの正体については未だに最高執行機関内でも判断が分かれている。

 六大神や八欲王と同じように世界の揺り返しによって現れた存在。あるいは従属神ようなその配下。

 神人のような神々の血を覚醒させた存在。

 そして法国にも存在するような神の遺物を偶然得ただけの者。

 全ての可能性が考えられるため、それを確かめる意味でも風花聖典にも貴重な神の遺物を持たせて調査に向かわせたのだ。

 

 風花聖典に任せた仕事は大きく分けて二つ。一つは言うまでもなくパーティーの様子やアインズを観察し、その力や人となりを調べること。

 特にアインズが今後周辺諸国とどういった付き合いを望むかだ。

 いつかの会議で闇の神官長マクシミリアンが言ったように国を興すのか、それとも商会として単純に金集めに精を出すのか。

 アインズの正体が何者であれ、目的を調べることで採るべき対応が変わってくる。

 

 そしてもう一つが、帝国の皇帝ジルクニフと接触することだ。今回に関してはこちらの方が重要かもしれない。

 アインズと友人関係にあると国内外にアピールを続けているジルクニフが治める帝国が、今後他国に対してどんな行動に出るのかを早急に調べなくてはならない。

 帝都で開催された舞踏会に招かれた者によると、アインズは礼儀作法こそそれなりに修めていが、他人の顔や名前もろくに覚えられずに受け答えにも苦労しており、有能な人物には見えなかったらしい。そのアインズをフォローし、巧く操っていたのがジルクニフである。

 二人がどれほど親密な仲かは不明だが、手綱に握っているのがジルクニフならば危険だ。アインズがいかに強力な力を持っていようと今はあくまで一商会の主。周囲に対する影響力の意味では皇帝の方が遙かに上なのだから。

 元から帝国は王国に戦争を仕掛け併呑しようとしてることでもわかるように国土拡大を狙っている。

 自国だけではなく最近は帝国に麻薬を蔓延させ国力を弱めさせている王国だけならば何の問題もないが、アインズを経由して過ぎた力を持ってしまったら、王国だけではなく他の国にも戦争を仕掛けかねない。

 更に人類の守護を目的とし、人間同士の争いが過激になった際には、表裏どちらの面からも介入する法国は帝国が今後も国土拡大を目指すのならば邪魔な存在になるはずだ。

 

 だからこそ、風花聖典には確認と忠告を込めてジルクニフに手紙を渡すように命じている。

 内容は要するに風花聖典が調べることと同じものだ。アインズに関する情報や今後どのような関係を構築していくのか。

 それを問いただす詰問書に近い。

 ここでジルクニフがこちらの意図を読み、正確な情報を送って法国と敵対の意志がないと示せば良し。だが返答を拒否したり、風花聖典の調べと異なる虚偽の情報を掴ませようとするなら、その時は帝国を人類を脅かす驚異として警戒しなくてはならない。

 ジルクニフは皇帝として有能であり、頭も切れる。数少ない逸脱者であるフールーダを法国に引き込もうとせずに、任せているのも彼ならば巧く使いこなせるだろうと考えてのことだ。

 だがその有能さを人類同士の争いに向けるとなれば捨ておけない。

 その時は王国を併呑させて帝国内で優秀な人材を育てる第二案すら破棄し、別のやり方を模索しなくてはならなくなる。

 

「あの皇帝がゴウンの力の危険性に気づかないとは思えないが、最悪の場合は──」

 続く言葉は心の中でのみ呟く。

 

(漆黒聖典、いや。神人の投入も検討しなくてはならないか)

 アインズの持つ最大戦力であるデス・ナイトと魂喰らい(ソウルイーター)の軍勢。もし帝国がそれらを使い周辺諸国に戦争を仕掛けるのなれば、その時は法国の最強戦力である神人でしか対応できない。

 異種族殲滅の為ならばともかく、弱小種族である人をその強大なる力を持って救済してくれた六大神の血を引く者を、人同士の争いに投入するなどあってはならないことだ。

 そんな最悪の事態になさないように、レイモンは手を組んで神に祈りを捧げた。

 

 

 ・

 

 

「陛下。彼らがバジウッド殿に接触しました」

 ジルクニフと自国の貴族との話が一段落つき貴族が離れていったところで、ニンブルは報告した。

 王国貴族でありながら、法国と懇意にしている者の存在がいることはかねてから調査が済んでおり、この場に呼ばれた招待客の中にも確認されている。

 その貴族がバジウッドに接触した。

 つまり法国がジルクニフと接触したがっているということだ。

 

「何? この場でか?」

 いつも通り、いや、いつもより分かり易く機嫌の良いジルクニフの眉が持ち上がり、怪訝な顔つきになる。

 当然だ。魔導王を名乗り、魔法においては絶対とされていたフールーダを遙かに超える魔法詠唱者(マジック・キャスター)が作り上げた店内で話などしては盗聴して下さいと言っているようなものだ。

 それはつまり法国はアインズの力を知らないか、それ以上の盗聴対策を持っているかのどちらかとなる。

 

「はっ。できれば早急に。とのことですが、断りますか?」

 そうした方が良いとニンブル自身は思う。

 法国は自分たちの力に絶対の確信を持っているのかも知れないが、実際にアインズが戦う現場を目撃したニンブルからすれば、想定が甘すぎる。

 ジルクニフならば当然それを理解するはずだが、敢えて意見を口にしたのは、元から自分たち四騎士はジルクニフにある程度意見をすることが許されている事に加え、今のジルクニフがいつもと違って見えたからだ。

 先ほどグライアード侯爵がアインズとの挨拶に割り込んできた時もそうだ。

 あれは明らかにジルクニフを利用し、アインズとパイプを作ろうとしていた。

 いつものジルクニフならばその行為に不快感を示し、これ以上余計な行動をさせないように釘を刺すぐらいのことはしそうなものだが、特に気にした様子もなく今も自由に行動させている。

 もっともそれすら策略の一つで、その件でジルクニフが帝国貴族たちにパーティー内で自由な振る舞いを許したと思わせ、他にも似たような行動をする者を洗い出すため。と考えることもできるので、こちらも何も言えなかったのだが、ここでも同様に楽観的な行動を採れば、その時はもういつものジルクニフではないと判断するしかない。

 

「……ふむ。いや、この場で話すことに意味があるのかもしれない」

 僅かに考えた後、ジルクニフは言う。

 いつもの自信に満ちた薄い笑みを浮かべてはいるが、だからこそニンブルはジルクニフがいつも通りではないと察する。

 

(やはり、か。今までの状況からようやく希望が見えたのだから仕方ないとも言えるが──)

「陛下。それは少々危険かと。どうしても必要でしたら、先に私が会って話を伺って参ります」

 ジルクニフが冷静ではない可能性を考慮して事前に考えていた提案を口にする。

 これならば例えその場での話が聞かれていたとしても、ジルクニフではなく自分と王国の貴族が勝手にしたこと。と言い訳できる。

 しかし、その話を聞いたジルクニフは笑みを解くと瞳を細め、睨むようにニンブルを見て小声で告げた。

 

「バカを言うな。これは王国との戦争で重要な意味を持つ情報だ。私が直接聞かねば意味がないだろう。奴らの出方を窺うために先にフールーダを待機させておけ」

 

「っ! 失礼しました。確かにその通りです。出過ぎた真似をして申し訳ありません。直ちに命を実行します」

 ジルクニフの口から出た言葉は出任せだ。

 相手は法国と繋がりのある貴族として王国でも既にマークされており、情報は大して持っていない。

 だがジルクニフがそう口にすることで、例えこの会話を盗聴されていたとしても、法国は関係がなくあくまで王国と帝国の戦争に対してのことだとアインズに誤解させることができる。

 この一瞬でジルクニフはそうした策を作り上げ、自分に聞かせることで先にフールーダにもそのことを伝えておくように指示を出した。

 これはそう言うことだろう。

 

(危険が皆無ではないが、少なくとも陛下は冷静だ)

 考えればジルクニフはこれまで、皇帝でありながら必要とあれば自分の命すらチップに賭け、尚かつその賭けに勝ち続けてきた男だ。

 自分たちはそんな男だからこそ、仕えているのだ。

 ならばこの一見無謀に思える状況でも勝算があるに違いない。

 ニンブルは早速ジルクニフの言葉無き指令を全うすべく、一礼した後行動を開始した。

 

 

 ・

 

 

「そうですか。あれらと皇帝が会うと……分かりました、ではそちらは予定通りに」

 伝言(メッセージ)を切ると、デミウルゴスは水晶の画面に映る男に冷たいまなざしを向けた。

 

「やはり、動いたわね」

 自分と並んで水晶の画面(クリスタル・モニター)で、会場の様子を監視していたアルベドが画面から目を離すことなく言う。

 

「ええ。彼はここで脱落、と言ったところですね。よりにもよって法国と手を結ぶとは、評議国ならばまだ使い道があったものを」

 帝国の皇帝ジルクニフの動向は、デミウルゴスの配下に収まった現地の魔法詠唱者(マジック・キャスター)フールーダから逐一伝えられていた。

 主の力を見てなお、その偉大さに頭を垂れるのではなく、戦いを挑もうとするなど本来は主に対する不敬としてさっさと処理したい所だったのだが、慈悲深い主は幾度もジルクニフにチャンスを与えた。

 マーレや奴隷だった森妖精(エルフ)を脅して情報を得ようとする前に、先回りで帝国に多数のデス・ナイトを派遣し護衛させることで、その考えが読まれていると知らせ、聖王国では出し惜しみなくデス・ナイトや魂喰らい(ソウルイーター)を使用することで、こちらの戦力の強大さ──現地の者から見ればだが──を見せつけ降伏を促した。

 それでもジルクニフは諦めず──どうやったのかはまだ不明だが──ソリュシャンの擬態に気付き、それを利用して畏れ多くも主の弱みを握り、主と法国を手玉にとって魔導王の宝石箱を管理しようと画策した。

 その時点でナザリックの者からすれば極刑も当然の行いだが、主はそれでも最後のチャンスと今回のパーティーにジルクニフを招待し、己が威信を掛けて開催した舞踏会を遙かに上回るものを見せつけ諦めさせようとした。

 主賓としてジルクニフを招くと主から聞かされた際に、そうした意図がある指示だと判断したからこそ、デミウルゴスは今回のパーティーを敢えて帝国の舞踏会になぞらえさせ、同時にフールーダに指示を出し、ソリュシャンの擬態を見抜けたと偽りの報告をさせた。

 このパーティーを見てもまだ主に勝てるなどと勘違いをして法国と手を結ぼうというのならば、その時こそ完全に帝国はナザリックの敵となる。主もそのつもりだろう。

 そしてジルクニフは最も愚かな選択をした。ということだ。

 後はここで法国の人間と接触した証拠を押さえ、今後王国か聖王国のどちらかを焚きつけて法国に宣戦布告をさせる。

 その際にその証拠を用いて帝国が既に法国と手を結んでいると知らしめれば、法国と共に帝国も纏めて葬ることができる。

 

「アインズ様が再三に渡って慈悲を掛けて下さったと言うのに、何と愚かな」

 口にしながら、ふと違和感に気付く。

 ジルクニフは愚かな選択をした。それは間違いない。ならば何故主はそんな愚かな男にこれほど慈悲をかけたのだろうか。

 この結末になるであろう事はデミウルゴスも薄々勘付いていた。

 人間は希望があると思ったのならば諦めようとしない。それがどれほどか細い綱渡りの先にあるとしてもだ。

 そのことに主が気付かないはずがない。

 ならば──

 

「あら。次は私ね」

 アルベドに誰かから伝言(メッセージ)が届いたらしい。

 一時思考を中断し、アルベドの変わりに今度はデミウルゴスが会場を監視する。

 そうしながらも隣のアルベドにも意識を向けていると、彼女の翼が一瞬震え、何かに驚いたような気配を出した。

 

「──そう、分かりました。場所はこちらで把握しています、ええ……では後ほど」

 その驚きを声には一切出さないまま、誰かとの会話を終了させたアルベドに、デミウルゴスは即座に尋ねた。

 

「誰からです?」

 

「シクススからよ。アインズ様はこれから聖王女、国王と会談した後頃合いを見計らって、皇帝に会いに行かれるそうです──ソリュシャンを伴って」

 最後の言葉に目を見開く。

 この状況で、フールーダに正体が気付かれている事になっているソリュシャンを伴って皇帝に会いに行くとすれば思いつく理由は一つだけだ。

 

「ここで踏み絵をさせるつもりですか」

 

「ソリュシャンを連れて行くのならば、そういうことでしょうね。法国とアインズ様どちらに付くかを選ばせる。そして同時に、ここであの人間を使うおつもりかも知れないわ」

 アルベドの言葉を聞き、何が言いたいのか瞬時に理解した。

 守護者たちが集まった会議によって作り上げられた今回のパーティーは、全てが主が屈辱に耐えつつ敢えて下げた名誉を回復、いやそれ以上に高めるためのものだ。

 だからこそ、続く法国での作戦を開始するには格好の舞台だと理解し、話題にも出たがそのアイデアは採用しなかった。

 主にも提出はしていないはずだ。

 

「ですが今回のパーティーは、帝国の舞踏会でアインズ様を侮った者どもにその力を見せつけるためのもの。あれを使ってしまったら、課程はどうあれパーティー自体は成功とは言い難くなります」

 

「だからこそ、なのでしょうね。アインズ様は私たちからは提案できないと理解していたから御自ら動いたのでしょう。もしかしたら不可抗力を装うことで、私たちが気に病まないようにしているのかも知れないわ。あの御方は本当に慈悲深くお優しい方だから」

 ウットリと瞳を蕩かすアルベドだが、デミウルゴスも主の慈悲深さについては理解している。

 

「初めからそのつもりだったと? アインズ様ならば、私たちがそう考えることにお気付きなっても不思議はありませんが、流石に準備不足では?」

 アイデア自体は存在したが採用されては居ないため、そちらの準備は一切行われていない。今から変更したとしても自分やアルベドが動けばナザリック側は問題ないが、人間たちに対して何の工作もしていないため、そちらがきちんと動いてくれる確証がない。

 

「私たちならばそうでしょうね。ですがアインズ様は恐らく私たちがパーティーの計画を立てている間に下準備を終わらせている」

 先ほどまで平静を保っていたアルベドの声が僅かな畏怖と情愛によって震えている。

 

「何を根拠にそのようなことを」

 

「あの娘は今、王宮に蒼の薔薇を呼んであの話をしているのでしょう? 転移が使える者がメンバーにいる蒼の薔薇を」

 アルベドがそう言った瞬間、背筋に寒気が走った。

 確かにラナーは今、王宮に蒼の薔薇のリーダーラキュースを招いている。しかしあれは単純に次の作戦への布石を王の居ないうちに済ませるためであり、そもそもラナーとラキュースの予定がこの日に空いていたのも偶然の筈だ。

 

「まさか。そんなバカな。如何にアインズ様と言えど、この状況を狙って作り出せるはずが──」

 確かに今ここには作戦を実行するための全ての要素が揃っている。この方法なら、パーティーを成功させた上でジルクニフを使い、次の作戦の狼煙を上げることが可能となる。

 だがその多くは、偶然や運によって作られた状況の筈だ。

 他者の行動を先読みし意のままに操るためには、偶然や運はできる限り排除するものであり、デミウルゴスが愚か者を嫌うのは彼らが、その愚かさ故に時として想定外の行動を取り計画が崩れるからだ。

 そうした要素すら計画に組み込んで誰にも気付かれずに実行に移す。そんなことができるはずがない。

 

「何を言っているのデミウルゴス。それができるから、あの方は至高の御方と呼ばれているのではないの?」

 アルベドの台詞が、デミウルゴスの胸にストンと落ちた。

 至高とは、すなわちこの上に何者も存在しない頂点のことだ。そんな当たり前のことすら、気付かなかった自分に嫌気がさす。

 無理と知りながらも自分もまた少しでも近づきたいと願うその場所に到達しているのは、至高の四十一人のみ。

 その高さに君臨している主は常日頃から遙か先を見据えて行動してる節がある。現地の勢力ならば、不確定要素を考慮してもナザリック全軍の武力を持ってすれば容易く支配できるというのに、わざわざ経済という方法で名を広めているのは、生活に浸透することで世界を主に依存させるための策略。つまり数十数百年、いや、万年先すら見据えての行動なのだろう。

 そこまでの先読みを可能にする主ならば、確かにこの状況を狙って作り出すことも不可能ではない。

 

「……なるほど。再び作戦を変更することになりそうですね」

 

「ええ。でもそれもきっと最後よ。アインズ様が御自ら立てた作戦ですもの」

 

「それも少し残念ですね。アインズ様と共に計画を立てる時間はこれ以上ない……至高の時間ですので」

 意趣返しとばかりに至高の言葉を用いて自慢すると、案の定アルベドは不満げな表情を覗かせる。

 そのことに多少溜飲を下げつつ、デミウルゴスは立ち上がった。

 

「では変更に関して必要な各所への報告と根回しには私が動きます。あれの配置もしないとなりませんし、各所への伝達をお願いしても?」

 

「ええ。勿論。私は今目が離せないから。あの女……アインズ様にあれほどべたべたと、人間の分際で、なんて不敬な……ああ。アインズ様にも私から連絡を入れておくわ」

 チラリと水晶の画面(クリスタル・モニター)に目を向けると、宣言通り主は聖王女の下に移動し歓談を行っている。この後時間稼ぎを兼ねて王国のランポッサに会いに行き、その後行動を起こすと言うことだろう。

 アルベドの言葉はその聖王女に対してだろう。明らかに主への距離が近く話している内容も、国のためというよりは主と個人的に距離を詰めようとしているのが明白だ。

 それを見たアルベドがこうなるのは、もはや当然とすら言えるが、ぶつぶつと呪詛の言葉を口にしつつも自分がすべきことはしっかりと理解している。

 普段のアルベドであれば、感情の赴くまま聖王女を排除する方向に動きかねないが、今は主が自分たちでは提案できないだろうと気遣ってくれた作戦を遂行する事が第一、如何にアルベドといえど余計な事はしないはずだ。

 何より時間がない。

 ラナーとラキュースが会うことになっている約束の時間まであと僅か、その間に準備を済ませそれを皆で共有しなくてはならない。

 忙しくなってきたが、それを嫌がる者はナザリックには存在しない、いやしてはならない。

 主の命で主のために働き続ける。これこそが自分たちの存在理由なのだから。

 立ち上がったデミウルゴスは先ずはラナーに指示を出すべく、歩きながら彼女の影の中に入れている自分の配下である影の悪魔(シャドウデーモン)伝言(メッセージ)を飛ばすことにした。

 

 

 ・

 

 

「──そうか、分かった。爺、良くぞやってくれた」

 

「ありがとうございます、陛下。ようやくお役に立つことができ、私もうれしく思います」

 

「何を言う。お前はいつも私の願いを叶えてくれているよ」

 法国と通じている王国貴族と会う前に、フールーダからソリュシャンの件を確認することにした。

 今は時間がないのだが、ニンブルが受けた報告は伝言(メッセージ)によるものであり確実性が乏しい。

 そのためこうして直接会ってその成果を確認したかった。これから行われる会談に際しその話が必要になるかもしれない。

 もちろんここがアインズの店、つまりは腹の中も同然であり、盗聴の危険などを考えて、細かく説明させてはいない。

 

「とにかく確認は済んだ。済まないが爺、引き続きよろしく頼む。これから来る客人の相手が済んだらパーティーに戻ってくれて構わん」

 

「……そうですな。ここにある物は皆、私の常識を超える物ばかり。じっくりと堪能したいものですが──」

 ちらりとフールーダの目に怪しい輝きが灯る。

 何を言いたいのか瞬時に悟った。

 

「分かっているとも。アインズにも紹介するつもりだ。しかし、それは私が居るときだ。くれぐれも勝手な行動は慎んでくれ」

 

「……畏まりました」

 あからさまに不満げな態度だが、それも分かる。

 フールーダとしては確実に自分より格上だと理解しているアインズと一刻も早く邂逅し、その魔法の知識を授かりたいことだろう。

 しかし、存在をほのめかすだけで他国を威圧することも可能なフールーダは外交の観点からも重要な存在である。

 そのフールーダが他国の人間の前でアインズに教えを乞うようなところを見られでもしたら大変だ。

 今から始まる王国貴族、いや法国との会談の後で改めてアインズと会いその席にフールーダを招き入れ、そこで話をさせて満足して貰うのがベストだ。

 

(まあ、これでもよく我慢してくれている方か。いつもの爺なら……)

 ふと疑問が沸き上がる。

 いつものフールーダならば、そもそも現時点で我慢などできているはずがない。

 とっくの昔にアインズの元に押し掛けるか、あるいはパーティー会場でなく、別の場所にあるマジックアイテムなどが展示されている場所に向かってしかるべきではないだろうか。

 自分がどれほど言おうと、感情には逆らえず暴走する。

 その方がよほどフールーダらしい。

 では何故今回に限って──

 

「陛下? どうなさいました?」

 

「いや、何でもない。直ぐにバジウッドが戻るから準備してくれ」

 会談の申し入れを受けるとバジウッドに伝えに行かせ、ここに人を近づけさせないために、外にニンブルを待機させている。

 

「かしこまりました。ですが陛下、その前に確認したい議がございます」

 

「なんだ?」

 

「この件が上手くいけば、本当に私の夢が叶うのですな?」

 いつもより低い声には、ゾクリと背筋に冷たい物を流されたような寒気を覚えさせられる。

 同時に先ほどの疑問の答えにたどり着いた。

 フールーダにはアインズと法国を操ることで、やがて帝国がアインズを管理する策は話してある。

 その後、帝国管理の下でフールーダがアインズの教えを受けられるようにすると約束した。

 だからこそ、ここで短絡的な行動を取っては自分の夢が叶わなくなると悟り、必死に己を律しているのだ。

 

「勿論だとも。今回の件が片づいた暁には必ずやお前の長年の夢が叶うだろうさ」

 間を置かずに返答しながら、ジルクニフは最悪の可能性に気が付いた。

 

(くそ。まずい。この会談が失敗したら、爺は裏切ると思っておいた方が良いな)

 作戦が失敗したと分かった瞬間ジルクニフを裏切り、ここでの会話を手土産にアインズに下る。フールーダは自分の夢のためならばそれぐらいはする男だ。

 そんなことになれば帝国の損失は計り知れない。

 一瞬、この場からフールーダを追い出すことも考えたが、それではアインズに対する対策だけではなく、法国の使者とも無防備な状態で会うことになってしまう。

 ここまで来て向こうが暴挙に出るとは考えづらいが、未だ法国側の態度が不明である以上フールーダを外すことはできない。

 また失敗できない理由が増えたと、内心で深いため息を吐いていると、扉がノックされる。

 入室の許可を得てから戻ってきたのはバジウッド一人であり、使者の姿は見えなかった。

 

「彼らはどうした?」

 これ以上面倒を起こさないで貰いたいものだが。

 

「それが、会談の前に先ずはこれを渡して欲しいと言われましてね」

 そう言ってバジウッドが服の内側から覗かせたのは一通の手紙だった。

 

「慎重なことだ。まあ良い。これも王国を討つための切り札になるかもしれんからな」

 軽口を返しながら指を動かし、フールーダに向かって合図を出す。ここに来る前から決めていたものの一つで、これはありったけの情報隠匿魔法を掛けろ。という指示だ。

 予定とは違うが仕方がない。

 問題は魔法詠唱者(マジック・キャスター)として格下であるフールーダの魔法で、情報隠匿が可能なのかだが、やらないよりはマシだろう。

 帝国の皇帝という立場上、機密を守るために魔法を使用して自分を守ることは当然という言い訳も立つ。

 どのみちフールーダがこちらに見切りをつける可能性が浮上した今、法国との間に何かしら成果を出さなくてはならない。

 そのために、多少の賭は必要だ。

 無言で一礼した後、複数の魔法を掛け始めるフールーダを後目に、バジウッドから手紙を受け取る。

 その際バジウッドはジルクニフの耳元で小さく呟いた。

 

「渡してきたのは貴族ではなく護衛でしたが、どうもやばい感じでしたよ」

 

「あれか?」

 わざと濁したジルクニフの問いかけに恐らく。とバジウッドは頷いた。

 法国でその存在が示唆されている六色聖典と呼ばれる特殊工作部隊。

 中には英雄級の人物ばかりを集めて構成された部隊もあるとされるが、そんなものを持ち出してくるところを見ると、思ったよりも法国はアインズの存在を危険視しているのだろうか。

 盗み見を警戒しつつ、手紙を開くと中には二枚の羊皮紙が入っていた。

 一枚は白紙だが、もう一枚には細かな文字が綴られている。

 

(なるほど。アインズだけではなく帝国も警戒しているのか)

 思わず眉を顰める。

 簡単に纏めると、アインズの実力とその力を何に使うつもりなのかを知りたい。

 そして帝国はその危険な力を持つ者と今後どういう関わりを持っていくつもりなのかを問いただす内容であり、返答はもう一枚に書いて渡せという指示だ。

 その内容に、ジルクニフは思わず内心で舌を打つ。

 法国はジルクニフがアインズの力を使って他国に侵略する危険性も考えている。

 いや、むしろアインズよりも帝国の方を警戒しているようだ。

 法国から見たアインズはアンデッドを使ってはいるものの、行っている内容自体は人類の為に行動しているようにも見えるのが一因だろう。

 安価なゴーレムによる国力回復、復興支援。強大な悪魔や亜人の討伐。

 その力が強大すぎるが故に警戒はしているのだろうが、アインズ個人よりもむしろ、その力を借りて帝国がどう動くのかを危惧しているということだ。

 

(バカが。あれほど危険な力を何の保証もなしに際限なく借りるはずがないだろうが)

 人類の守護者という立場では無理もないのかもしれないが少し考えれば分かる話だ。

 だが同時にこれはジルクニフが手に入れた情報が有効に使えることを証明していもいる。

 人喰いの異種族を人間に化けさせて各国の重要な拠点に派遣していると法国が知れば、帝国への警戒は薄まり、代わりにアインズに対する警戒度が跳ね上がる。

 元々この展開も想定してはいた。

 ジルクニフを介さずに法国上層部とアインズが友好的な関係を築くこと。それがジルクニフにとって最も危惧すべき展開であり、そうでなければ問題はない。

 ただでさえ周辺国家最強の力を持つ法国が、アインズの力を利用すれば帝国もこれまでのように自由な行動はとれなくなる。

 だからこそ、法国にはアインズの危険性を理解してもらった上で、それを制御できるのがジルクニフだけだと思わせる必要があった。

 こちらが動く前に法国から行動に出たのは想定外だったが、ここを乗り切ればジルクニフが思い描くルートに法国を誘導できる。

 

「陛下。それは恐らく伝言の羊皮紙(スクロール・オブ・レポート)ですな」

 羊皮紙を黙って見つめているとフールーダが横から口を出す。

 そのマジックアイテムには聞き覚えがあった。秘密の連絡をする際に用いられる物で、伝言(メッセージ)と異なり実物を送ることが可能なので、信頼性の高い通信手段の一つだ。

 だが今回の場合の使い道はそれではないだろう。

 

「もしもの場合でも、使用すれば直ぐ手元に戻り証拠は消えるか。しかし、私があちらに渡さない可能性もそうだが、そもそもこの店の中で使用できるのか? どう思う? 爺」

 

「恐らく不可能でしょうな。ゴウン様ほどの魔法詠唱者(マジック・キャスター)ならば、情報漏洩を防ぐためにそうした魔法防御は確実に行っているでしょう」

 

「だろうな」

(やはり法国は本質的にアインズをそこまで危険だとは思っていないのか。それとも単純にアインズの力を見くびっているのか。法国にはアインズが見せた以上の力があるとでも?)

 そう考えるとこの杜撰な作戦にも一応の説明が付くが、そんな相手と手を結んで大丈夫なのかという新たな問題も浮上する。

 

(しかし、確証はないが、私には分かる。アインズをこのまま野放しにしては、近いうちに王国と聖王国は奴の物になる。そうなれば次は帝国だ──背に腹は代えられないか)

 仮に法国とアインズ、両者の力が拮抗している場合、今までの行動から国を手に入れるべく動いている可能性の高いアインズよりは、六百年間人類のために行動してきた法国に付いた方が良い。

 

「返答に関しては何か言っていたか?」

 

「それが今直ぐに書いて、渡してほしいと。それを確認後、直接歓談を行いたいとのことです」

 

「なに?」

 やはり、あまりにも急すぎている。

 なにをそんなに慌てているのか、一刻も早く帝国の立場をハッキリさせたいと言わんばかりの態度だ。

 これは何かある。

 それが何かは分からないが、ジルクニフの勘がそう告げている。

 ここで法国と手を結び立場を決めるのは危険だ。しかし先ほど考えたとおり、フールーダが裏切る可能性を考えると、やはり賭に出るべきなのか。

 

(クソ。ソリュシャンという手札は隠したまま質問に答え、とりあえず会ってみてその時の反応でこの場で伝えるか決める。これが正解か?)

 苦々しげに舌を打ちたくなる気持ちを抑え、ジルクニフは考えを巡らせる。

 なにもアインズの店の中で行わずとも良いものを。

 だがここで断れば、恐らく法国はアインズだけではなく帝国をも危険と判断し、関係を構築するのが難しくなる。

 何者かの筋書きの上で踊らされているような不安が、ジルクニフの全身を包み込むがそれを意図的に無視して口を開く。

 

「分かった。歓談に応じると伝えろ」

 

「……良いんですね?」

 バジウッドでもこの歓談の危険性を理解しているようだ。

 しかし、では他にどうすればいいのか。

 アインズはこのパーティーで次々と商談を纏めている。

 今まではその力に反して、ゆっくりと影響力を広げていたアインズもこれ期に一気に勢力を拡大するつもりなのは間違いない。

 となれば時間的に今からもう一つの大国である評議国と繋がりを持つのは難しい。

 法国ではなく、改めて今度は本気でアインズと友好を結び、必要とあらば法国と敵対する手段もあるが、それではもはやアインズを止めることはできず、負けを認めることになる。

 いや、帝国の未来を考えれば自分の負けなど大した問題にはならないが、そのアインズの目的が帝国をも手に入れようとしている限り、法国を選ぶしかないのだ。

 

「無論だ。向こうもランポッサがいる中で危険を冒すのだ、王国の情報を得られるのならばこちらも多少の危険は覚悟しておくべきだろう」

 改めて法国の人間ではなく王国の貴族と会うだけだ。と声に出して宣言しておく。

 仮にここでのやりとりが魔法的な手段で覗かれていたとして、あれほど精力的に様々な貴族や商人に声をかけているアインズ本人が監視をしている可能性は低い。

 他の誰かに監視を任せているのならば、この程度の演技でも効果はある。

 そして同時に退路を断つことで弱気になりそうな自分を奮い立たせる意味合いもある。

 なんと愚かな決断をしたのだ。と少し前までのジルクニフなら今の自分を嘲笑するだろう。

 しかし、皇帝として持てる力を全て使っても勝てないと思わせる相手と出会った今の自分では、これしか方法がない気がした。

 改めてバジウッドに指示を出そうとした時、その音が響いた。

 ドアが鳴らされる音だ。

 まさか、こちらの返答前に法国の使者が押し掛けてきたのかと思ったが、声は聞き慣れたものだった。

 

「陛下。ニンブルです」

 ほっと胸をなで下ろし、気取られないように息を吐いた次の瞬間、聞こえた言葉に呼吸が乱れ、思い切り咳込んでしまった。

 

「ゴウン殿がいらっしゃいました。陛下との面会を希望しております……イプシロン嬢もご一緒です」

 ホストであり、また今回のパーティーで多数の商談を纏めていたアインズが簡単に会場を離れられるはずがないという油断があったのは間違いがない。それも件のソリュシャンを伴ってなど想定もしていなかった。

 その言葉にはまるで、鮮血帝と唄われた自分が他者に行ってきたような、死刑を宣告するかのごとき、冷たい響きが含まれていた。




次こそアインズ様とジルクニフ側の話になります
この章は次かその次で終わり、今度こそ最終章に入る予定です

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