第八話:暗殺者は依頼を受ける
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兄を殺してくれと、桃色の髪をした少女は告げた。
少女はファリナ姫。
すなわち、その兄はアルヴァン王国の王子となる。
王子殺しは洒落になっていない。
「私に王族殺しをしろということですか?」
王族殺しの罪は重い。
なにせ、依頼を受けた時点で王族への殺意を持ったとして一族郎党皆殺しにされても文句は言えない。
むろん、依頼したものも同罪。公になればファリナ姫はともかく、四大公爵であっても死罪を免れない。
「はい、それがこの国のためになります」
「理由はグランフェルト伯爵夫人に骨抜きにされたということですが、それだけで殺すのは早計では?」
「いいえ、十二分に排除するに足りえます。ちょっとおかしいんですよね。ただ、惚れて、熱を上げて多少の便宜を図ったり、貢いでいるだけならいいのですが、どうやら貴族派に与しているようなんです。王子がそんなことをすれば王国派と貴族派のバランスが崩れます」
この国の貴族には二種類いる。
まずは各領地ごとの権力と独立性をより強めようとしする貴族派、もう一つは王族を中心に考える王国派。
トウアハーデは王国派だ。
国というものを考えた際、各貴族が独自に動くよりも王族が中心になって統率をとったほうが国益になると考えているからだ。
でなければ、国の手足になって動いたりしない。
「そういうことですか。では、殺してほしい王子とは?」
王子と一口で言っても、公式だけで五人いる。
隠し子をいれると十二人。
その誰かで深刻さもまるで変ってくる。
「第二王子のリクラです」
大物だ。
次代の王は、長男か次男、そのどちらかと目されている。
もともとは長男であり、実績もずば抜けた第一王子が頭一つ抜けていた。
しかし、近年になってリクラは目覚ましい活躍をし対抗馬になっている。
「当初、私たちはリクラ王子を次の王にする予定でした。素直でわかりやすくて、操りやすい。でも、だからこそグランフェルト伯爵夫人に目をつけられたんでしょうね……ただ、不気味なんです。素直ではあってもバカじゃない。恋をしたからと言って国を裏切るなんて。洗脳、薬物、いろいろ考えられますが、わかっているのはもう手遅れってことだけ」
あまりにも見切りが早いと思ったが、そうせざるを得ないほど深刻な状況か。
蛇魔族ミーナに操られているのなら、たしかに手の施しようがないだろう。
可及的速やかに排除するべきというのは俺も同意しよう。
王子が魔族の操り人形なんてこは許容できない。
トウアハーデとして、刃を振るう価値がある。
「その任務だからこそ、ファリナ姫直々に依頼されたというわけですか」
「ええ、おじ様だけですと、あなたはおじ様が国家転覆をしようとしているって疑うでしょう」
たしかにそれはあるだろうな。
王族殺しともなると、王族直接でもないと信用できない。
「道理にかなっていますね。なら、一つ大きな疑問があります。質問の許可をいただけますか?」
「ええ、どうぞ」
少々不遜ではあるが、これほど話が大きくなると見過ごせないことがある。
「王族が直接依頼をしないといけない。そう考えているにも関わらず、なぜ、ファリナ姫ではなく偽物を出したのでしょう? そんなことをされては余計な勘繰りをしてしまいます」
ファリナ姫の表情が固まり、ゆっくりと微笑む。
それはさきほどの笑みとはまた違う。さきほどまでのは可憐であるが、どこか作り物臭かった。
だが、今の笑顔は言うならば生きた表情。
「……なぜ、私が偽物だと思ったのでしょうか?」
「その髪です。王家の女性にのみ発現する桃色の髪。それがあなたを偽物だと証明しています」
「桃色なのに?」
「ええ、その色はまさにファリナ姫と同じ色です。見事な調合です。その色を再現するのがどれほど難しいか……しかし、わずかながら染色剤の匂いがします。匂いが控えめのものを使い、香水で隠しているようですが、私にはわかります。その髪は染めて作り上げたもの。本人であれば、そんな真似をしないでしょう」
ずっと気になっていた。
俺でなければ、気付かなかっただろう。
しかし、暗殺者というのはどんな些細なものも見落とさないよう、五感を磨き上げ、常に周囲を観察している。
王族が直接依頼するべき案件で偽物が来た。
これは嵌められていると疑うべきだ。
「ふふふっ、あははは、ばれてしまいました。国王様にすらばれたことがないのに。さすがですね。トウアハーデの最高傑作、ルーグ・トウアハーデ! お父様、私、ルーグ様のことを気に入ってしまいました」
「ネヴァン、ネタ晴らしをするには早すぎないかい」
「大丈夫ですよ。だって、もうこの方は私の正体すら気づいておりますもの」
ネヴァン。
それは、ローマルング公爵の一人娘。
学園では先輩にあたる人物だ。
「ローマルング公爵、これはいったいどういうことでしょうか?」
「失礼、少々試させてもらった。キアンが君のことをあまりに褒めるものだからね。私に王族の名前を騙って、君をだますつもりなんて毛頭ない。言葉では信じられないだろうから証明しよう」
彼の言葉と共に、背後の使用人が前にでる。
カツラを脱ぎ捨て、濡れたタオルで顔を拭き、厚めの化粧を落とす。
すると、桃色の髪があらわになり、目の前にいるネヴァンとまったく同じ顔の人物が現れる。
「初めまして。私がファリナです。ごめんなさい。私は、こんないたずら反対していたんですよ」
「でも、結果的にルーグ様の力がわかって良かったじゃないですか。紹介します。この方が、本当のファリナ姫。そして、私はネヴァン・ローマルング。彼女の影武者をたまにやっています」
「ファリナ姫、初めまして。ルーグ・トウアハーデです。以後、お見知りおきを」
立ち上がり、ひざまずいて王族への忠節を示す。
「ああ、さっきもやっていただいたので、大丈夫です。席に戻ってください。話が進みません。あとはローマルング公爵に任せます」
ぺこぺこと、ファリナ姫は頭を下げる。
腰が低い人だ、どちらが影武者かわからない。
……本当にファリナ姫とネヴァンはよく似ている。
化粧の力で似せているのだろうが、それでも元がかなり似てないと不可能だ。
とまどう俺にローマルング公爵が笑いかける。
「ネヴァンとファリナ姫は似ているだろう。二人は従妹にあたる。だから、ファリナ姫は私のことをおじ様と呼んでいるのだよ」
「なるほど、だからこそ影武者が務まるのですね」
「ああ、見抜いたのは気が初めてだ。このように、ちゃんとした王族からの依頼だ。安心してくれたかな?」
「一応は。もう一つ気になることがあります。なぜ、ファリナ姫がその依頼をされたのでしょうか? ローマルング公爵がついていることが、王族の中でも主導権を握っていることの証明にはなりますが、本来ならあなたは第一王子か第二王子、どちらかにつくべきでしょう」
「それはだね、友の、国王の願いによるものだ。国王いわく、ファリナ姫が一番優秀だが、女性であるがゆえに王になれない。だからこそ、ファリナ姫が力を振るえるよう計らってくれと頼まれているのだ。ファリナ姫につがいをあてがい、そのつがいを王にするのが一番いいとはわかっているが、なかなかいい相手が見つからず。次善策で第二王子を操っていたのだがね。それで、功績をあげ……第二王子の発言力が強くなったところでこれだ」
そういうことか。
この国では指導者になれるのは男性だけ。
ファリナ姫は最初から、その資格はない。
だから、絡め手を必要とし、その駒に第二王子を使っていたにも関わらず、最悪なタイミングで駒を奪われた。
それなら、始末するしかない。
「納得しました。もし、この依頼を断ったら?」
「無事で済むとは思わないことだ。君は知ってはいけない秘密を知り過ぎた。それに、君には伝わっているだろう。オルナの茶葉を出し、マーハの名前を出した意味に」
「ええ、おおよそは」
……イルグ・バロールと俺が同一人物であることがばれたのは信じがたい。
そこは念を入れて隠ぺいしてあったのに。
ただ、本当にそのことを知っているか、どこまで確証を得ているかはすがらなければ。
雑談を交えながらすぐっていると、俺の知りたかった答えを語り始めた。
「君とマーハは恋人なのだろう。トウアハーデとオルナに取引があるのは突き止めた。それだけでなく、マーハはルーグ・トウアハーデのことを調べすぎているし、守ろうとしている節がある。ただの他人にはそこまでしない。そのうえ、わざわざ先日のパーティで君に会いに来た。必然的に、君たちの関係が浮かび上がる」
そういうことか。
イルグ・バロールだということがばれたわけではなく、マーハが俺のことを調べ、献身的に尽くしている動きを知り、俺とマーハが恋人だと疑ったのか。
……そう思われることは致命的ではない。
というより、保険の一つであり、イルグの正体を隠すための囮。
わざわざ訂正することもない。
そのままで通そう。
「逃げられないというわけですね。引き受けましょう。ただし、サポートは必要ですし、相応の準備がいります。今すぐの実行はできません」
「それはわかっている。期限は二か月。こちらでリクラ王子のスケジュールを共有する。君のタイミングで殺したまえ」
それは非常に助かる。
「これで話は終わりですか」
「ふむ。当初の予定では。一つ、提案がある。ルーグくんが良ければ、私の姪と結婚するつもりはないかな?」
「まさか、その姪とは?」
「もちろん、ファリナ姫だ。第二王子という駒がなくなる以上、早急に新たな駒が必要となる。その点、君はいい。優秀で物分かりがよく、聖騎士であり、【選ばれしもの】。今の君ならファリナ姫とも釣り合う。次期王になるのだ、君にとっても悪くない話だと思うけどね」
「お父様、それは素敵ですね。ファリナ姫とルーグ様ってお似合いだと思いますよ」
「ルーグ様がよろしければ、ぜひお願いしたいです。あなたのことは、よく知ってます」
よく知っているというのは、俺のことを調べつくした成果だろう。
イルグ・バロールということに気付かなくとも、トウアハーデとオルナの取引。
マーハが俺のことを調べ、サポートしていることを突き止めたのだから、ありとあらゆる情報が集まっているとみるべきだ。
「それは保留させてください。お互いのために」
断りたいのだが、断れば角が立つ。
だから、相手のことを気遣ってという逃げをした。
暗殺がばれた際に、俺とつながりがあればファリナ姫も破滅する。
「優しいんですね。ますます気に入りました」
「ファリナ姫、結婚したら、ちょくちょくルーグを貸してください。ローマルング公爵令嬢として、彼が必要です。お父様も賛成ですよね?」
「これほどの男だ。反対するわけがない」
貸すというのは、おそらく種馬として。
……ローマルング公爵家は異常だ。
どこの貴族もより優れた子をなすために、多かれ少なかれ配偶者選びでよりよい血を得ようと努力する。
しかし、ローマルング公爵家は度を越している。
もてる力のすべてを使い、優秀な遺伝子を手に入れようとする。たとえ結婚していようが、より優秀な遺伝子があれば、それを取り入れ次代を作る。
逆らうものがあれば、その力をもって叩き潰してでも奪う。
相手の性格や立場、そういったものを一切無視し、ただ優れた能力と容姿だけを考慮してのかけ合わせ。
彼らはそうやって、もっとも優れた血を取り入れ続け、人間の品種改良を続けてきた。
その結果が目の前にいる、ローマルング公爵やネヴァン。
どちらも非人間的なまでに美しく、圧倒的な能力を持っている。
「そちらの話もまた今度ということに」
「では暗殺が終わったら改めて頼みますね。それと、学校が始まったら、改めてそちらで挨拶をします。私は先輩です。無視したらだめですよ。……寮でというのもちょっと燃えますね」
ネヴァンが笑う。作りもののほうじゃない笑顔で。
とんでもない人に目を付けられた。
……せめてもの救いは、ローマルング公爵の場合、遺伝子以外欲しがらないので面倒なことにならないところ。
最悪のケースでも体を重ねるだけで済む。
ただ、可能な限り逃げるつもりだ。
なにせ、タルトが頬を膨らませて、泣きそうな顔で俺を見ているから。
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