知的障害者だけが見抜いた植民地統治の奇習

飛地のカツラ

 
孤児院で育った弁護士が、初めて法廷に立って担当した事件は殺人事件。
被告のオバサン娼婦はどうも冤罪くさいと調べてみたら、実は生みの母だった・・・というお涙頂戴の香港映画。
「シェークスピア原作」とかじゃありません。

飛び地と言うのは基本的に法律の飛び地でもある。つまりA国の飛び地にはA国の法律が適用されるわけですが、弁護士などの資格や法廷での言語、その他法にまつわるさまざまな仕来たりも、A国のものが適用されることになります。 

例えば、1997年までイギリスの飛び地のような植民地だった香港では、イギリスの英米法が適用されて、弁護士や裁判官になるには英連邦での資格を取らなくてはならなかった。弁護士はイギリスの制度に基づいて、事務弁護士(ソリシター)と法廷弁護士(バリスター)に分かれ、法廷に立てるのは後者だけ。さらに法廷弁護士として10年以上の実務経験を積み優秀だと認められた勅撰法廷弁護士(クィーンズ・カウンセル・バリスター)というのもあり、3種類に分かれている。

香港ではそれぞれ中国語で「律師」「大律師」「御用大律師」と訳されている。「御用」というのはイギリスの女王から授かった位という意味ですが、御用大弁護士っていうと日本語的なニュアンスだとかなりイカガワシイですね。返還直前の香港の議会で、いつも政府の責任をガンガン追及していた野党(民主党)のリーダー(李柱銘・マーチン・リー)も、本職は御用大弁護士でした。

さて、格式高い大英帝国の法廷では、裁判官や法廷弁護士はマントのような法服を着用し、馬のしっぽの毛でできたカツラを被って法廷に立つ仕来たりだ。このカツラ、なんだかベートーベンだかモーツァルトみたいな仰々しいシロモノだが、白人ではない香港人の弁護士同士がこんなものを被って法廷で論争している姿は滑稽以外のナニモノでもない。しかしイギリスの植民地支配が150年間続いた間に、香港人もすっかり見慣れてしまい、日本人が「お相撲さん=チョンマゲ」に疑問を抱かないように、「法廷弁護士=カツラ」の概念が染み付いてしまっていた。

しかし、そんな被植民地的概念が染み付かなかった純粋な人もいたわけで、香港では被害者や証人として法廷に呼ばれた知的障害者が、裁判官や弁護士のカツラを見て怯えてしまい、裁判が進められないという事件がしばしば起きていた。つまり異民族支配に慣れきった「健常者」は何の疑問も抱かなかった裁判官や弁護士のカツラも、子供のような純粋な心を持った人(?)には、「おそろしく不気味でキテレツな格好」にしか映らなかったというわけですね。

香港は1997年には中国へ返還されて、植民地丸出しの奇習はなくなったかと思いきや、返還後も従来の制度をそのまま続けるというのが、偉大なるトウショウヘイ同志が発明した「1国2制度」の根幹。香港の法律は97年以降も引き続き英米法のままで、裁判官や弁護士の資格も英連邦基準のまま。さすがに「御用大弁護士」は、イギリス女王の任命から香港の最高裁長官による任命に変わり、資深大律師(シニア・カウンセル)と改称された。

不気味なカツラも廃止されるだろうと思っていたが、カツラ廃止の提案が出るたびに、裁判官や弁護士たちは口を揃えて「カツラを被らないと法廷の威厳が損なわれる」と猛反発し、相変わらずキテレツな姿で法廷に臨んでいる。ただし、知的障害者が出廷する場合は、カツラを被らなくても良いことにした模様。でもそれって対策のやり方が根本的に違うんじゃないの?
 

飛び地の運営実態も参照してくださいね。
 

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