昔の良き思い出が蘇がえったり、新たな食の冒険ができるような料理を提供していく
■思いがけない事からスタートした料理への道
スウェーデンで過ごした幼少期の思い出から振り返っていただけますでしょうか。
バーセリウス氏:
私は、森や湖がすぐそばにあるような自然に恵まれた環境で育ち、とても活発な子どもでした。四季折々の移り変わりを楽しみ、冬は友人らとスノーボードに明け暮れていました。暖かい季節は祖父の別荘で過ごすことが多く、祖父は野生植物、例えばハーブやベリー摘みなど、自然とのかかわりについて私にたくさんのことを教えてくれました。
母親の作るスウェーデンの家庭料理もよい思い出です。母はプラムやベリーのジャム、エルダーベリー(※1)の漬物などの保存食から、肉やポテトが入った家庭料理の代表格であるシチューなどまで何でも手作りしていました。スウェーデンスタイルの伝統的なパンも週末ごとに手作りしていました。家じゅうに充満するできたてのパンの新鮮な香りが今でも思い出されます。
※1: エルダーベリー
スイカズラ科ニワトコ属のエルダーという落葉低木植物の果実
料理人になるのは子どもの頃からの夢だったのですか。
バーセリウス氏:
食べ物に関心があって食べることが大好きだったけど、料理人になりたいと思ったことはありませんでした。ティーンネイジャーのときはプロのスノーボーダーになりたいと思っていました。高校時代に、経済学、グラフィックデザイン、建築の勉強をしましたが、将来どんな仕事につきたいという強い思いはまったく浮かんできませんでした。
そこからどのように料理の世界とリンクしたのですか。
バーセリウス氏:
姉のミカエラがロンドンに住んでいたので、よく訪ねていました。彼女はホスピタリティを学び、ホテルで働いていたので友人にシェフがたくさんいました。遊びに行くたびに、ガストロノミー(料理法や調理スタイル)など、興味深い料理の世界の話を耳にするようになりました。
ホリデーシーズンのある日、姉の知り合いのシェフから「人手が足りないのでちょっと手伝ってくれないか」と声がかかるようになりました。短期のアルバイトでしたが、私にとってそれがキッチンで働いた最初の経験になり、飲食業界への最初の一歩となったのです。
■初めてニューヨークを訪れ、この街に魅せられた
ニューヨークに最初に来たのはいつですか。
バーセリウス氏:
ティーンネイジャーのときに、旅行で初めてニューヨークを訪れました。街のエネルギーがすごくて、いろんな人が共存して多様性があり、創造力を刺激するものが溢れるこの街にすぐに恋をしました。iPhoneがない時代ですから地図を見ながら、いろんな場所を探検しました。たくさんの刺激を得て、ニューヨークにまた戻りたいと思うようになり、今に至ります。
ご自身のレストランをオープンすることになった経緯は何だったのですか。
バーセリウス氏:
2011年に元同僚のシェフと意気投合し、ブルックリンのカフェ&バーの混合店で、週3日だけのポップアップ形態で、北欧料理の店フレイ(Frej)をオープンすることになりました。私たち2人のシェフが料理をし、広告や宣伝などは一切しなかったにも関わらず、数週間で噂が口コミで広がり、ニューヨークタイムズ紙などのメディアがフレイについて書いてくれました。徐々に予約を受け付けられなくなり、ウェイトリストも溜まっていくばかり。
2012年に同じ場所に「Aska」としてスタートさせ、オープンから11ヵ月後にミシュランの一つ星をいただきました。私は本格的にやっていくには、混合店ではなくきちんとした場所が必要だと思うようになり、2014年に最初の「Aska」をクローズし、より広い店舗スペースを探して新しい「Aska」のための準備を始めました。
ところで、「Aska」とはどういう意味なのですか。
バーセリウス氏:
「Aska」はスウェーデン語で灰という意味です。フレイというのは北欧の神話で、農家や収穫の神を表し、またスウェーデン語で種という意味もあります。神話の中でフレイは炎の剣で刺されて死に、世の中のすべてがフレイと共に焼かれてしまいます。私がそのストーリーを頭に描くとき、新しい世界を待ちわびた、灰色のじゅうたんで覆われた焦げた森林が浮かぶのです。灰は美しく、その下にエネルギーが宿っています。それでフレイの後の店を「Aska(灰)」と名付けました。
新しい「Aska」を2016年にオープンし、そのたった4ヵ月後にミシュランの二つ星を獲得。それから今まで3年連続ずっと二つ星を維持しています。どんなお気持ちですか。
バーセリウス氏:
私やここのスタッフにとっても、長年一生懸命にやってきたことが認められたのですから報われる思いです。それと共に、日々最高のパフォーマンスをし続けなければならないということを私たちに確信させたきっかけになりました。飲食業界で働けることを誇りに思いました。
ミシュランのみならず、ニューヨークタイムズ紙、フォーブス、イーター、GQマガジンなどさまざまなメディアに評価されています。星の数ほどあるほかのレストランは成し得ないことを、あなたはやってのける。その秘訣は何でしょうか。
バーセリウス氏:
まず私がいつも考えているのは、キッチンに立っていようといなかろうと、このレストランのことです。近辺の農家や生産者に働きかけたり、また自分たち自身で見つけたりして、最高の食材を調達するために非常に時間をかけています。食の冒険をしていただきたいという思いから、お客様がこれまで出合ったことがないであろう新しいフレーバー(滋味)と食材を紹介するのが大好きです。もちろん、皆さんがなじみのある、昔の良い思い出が蘇ってくるような食材を使ったものもお出ししています。
それに加えて特筆すべきは、私が提供しているのはただ質のよい料理だけではないということです。お客様にすばらしいダイニング体験をお届けできるように、温かくてウェルカムな雰囲気をクリエイトし、質の高いサービスを提供することに私たちは細心の注意を払っています。特別な体験をお届けできるよう、私の従業員は全員同じ気持ちで取り組んでくれています。
同じ目標を持ってもらえるように、シェフやスタッフをどのようにトレーニングしますか?
バーセリウス氏:
人は皆それぞれに個性があり、長所と短所があります。私はいつも長所に注目するようにしています。そして、私たちが一緒に成長して成功できるよう、お互いが助け合うためにはどうしたらいいかということを模索しています。
■最高の食材を調達するために最善を尽くす
先ほど「最高の食材を調達」とおっしゃっていましたが、食材はどこから調達していますか。
バーセリウス氏:
高品質の食材を調達するために、フレーバーから新鮮さまで、そしてどこでどのように栽培されたかというのは、私にとってとても大切なことです。個人的に、生まれ育ったスウェーデンの食材を料理に取り入れるのが好きです。ときには、フィンランドのキャビアやイギリスのゲーム肉(※2)、スコットランドやノルウェーのラングスティーヌ(赤座海老)などを輸入することもあります。しかし、ニューヨークはすばらしい食材の宝庫であり、私たちが料理で使用するほとんどの食材はここで調達することができます。気候や土地柄が似ているからでしょう。子ども時代に慣れ親しんだ食材の多くを今住んでいるアメリカ北東部で調達できるのは、私にとってラッキーなことです。
※2: ゲーム肉(game meat)
鹿肉をはじめとする狩猟野生動物の肉。ヨーロッパなどの高級レストランでは、最上の肉として取り扱われている。
若いシェフやこれから何かをやり遂げたいと思っている人にアドバイスをお願いできますでしょうか。
バーセリウス氏:
あなたの直感を信じてください。そして、スキルを上達させ目標を達成するために、謙虚でいて、一生懸命に働くことです。成功までの道は長い旅のようなものであり、決して一晩では到達できないものです。一つひとつのことに、ゆっくり時間をかけて丁寧に行ってください。
今後の予定を教えてください。
バーセリウス氏:
私の料理本『Aska』が、Phaidon社から5月に発売されます。この本は、たくさんのレシピはもちろん、「Aska」をオープンするまでのプロセスやメニューを生み出すひらめきのヒントなども紹介しています。プロモーションの一環として、私にとってのスタート地点であるスウェーデンをはじめ、数週間ヨーロッパに行く予定です。今はそれを楽しみに待っているところです。
(聞き手・文:安部かすみ、人物・外観写真: Albert Cheung、料理・店内写真:Charlie Bennet)
Instagram: @fredrikberselius, Aska @askanyc