私は両親のことを覚えていない。
愛を求めていたあの頃がいつの話なのかも忘れてしまった。
どうして、どうして皆は私から離れて行ってしまうのだろうか。
私はその時、悲しかった気がする。
「初めまして。儂はアルバス・ダンブルドアという。君がラムズラ・リンネじゃな?」
「ラムズラ…リンネ?わたし?」
「そうじゃ。君の名前じゃ。」
「ラムズラ…リンネ。ラムズラ…」
少女が自分の名前を確かめるように何度も呟くのを朗らかな笑顔で眺めながらも、アルバスは驚いていた。勿論、顔には出さなかったが。
「…アルバス…そっち、誰?」
少女はこれから紹介するつもりだった彼を指差した。
「こちらはリーマス・ルーピンじゃ。今日から君の面倒を見てくれる。」
「よろしくね、ラムズラ。」
「パパ…ママ…」
アルバスは目を見開いた。少女は自分の両親から過激な暴力や暴言を受けたのに、まだその存在を覚えているなんて…
だが、まだ5歳にも満たないこの少女に真実を告げるのは酷だろう。そう思ったアルバスはまずこれから彼と少女が住むことになる住居に案内することにした。
「さて、ちょいと歩くが、歩けるかね?」
「…歩く。」
少女は両手を使って、懸命に立とうとするが一向に立てそうな気配は見られない。それを見かねたアルバスは、ラムズラを抱っこした。
子どもを何人も持ち上げたことはないけれど、この少女がとても軽いことがよく分かった。
力を入れたら崩れてしまいそうで怖くなったアルバスはふんわりと優しく抱いた。
「ところで、ペロペロ酸飴を食べるかね?」
「…食べる、ください。」
何故最後だけ敬語なのかが疑問だった。だが、少女の生い立ちから推測してすぐに理解してしまったため、少女がこれまでどんな酷い環境の中生きてきたのかを悟り、ローブのポケットに入っていたマグルのお店に売っている飴を取り出した。
ペロペロ酸飴は幼児には向かないお菓子だろう。
「ぶどう味じゃ」
少女の小さい口に飴を入れると、美味しそうに食べていた。少女の顔は笑顔で溢れており、見ているこちらまでもが笑顔になってしまう。成長が遅くても、この子は生きている。今はそれで十分な気がした。
「ダンブルドア、着きましたよ」
「ありがとう、リーマス。責任を持ってこの子を育てるんじゃよ。」
「分かっています。」
「ああ、それと…」
そう言ってアルバスはポケットの中に入っていた飴を全て取り出した。
「この子に食べさせてあげておくれ。」
「ラムズラはぶどう味が一番好きみたいですね。」
彼はそう言ってアルバスから少女を受け取った。彼もアルバスと同じく、優しく抱きしめるような形で抱っこしている。
「そうじゃな。それでは、儂はここまでじゃ。後は頼んじゃぞ。」
「はい、勿論」
ダンブルドアが消えた後、リーマスは気を引き締めた。
「ラムズラ、立派に成長するんだよ。」
—————
「リーマスさん」
「なんだい?」
「私にも手紙…届いた」
「初めて会った時のラムズラはあんなに小さかったのに…よく成長したね。誕生日おめでとう、ラムズラ」
「ありがと」
ラムズラと会ってからはや7年。平均よりまだ背が小さくて、口数も少ないけれど、彼女は立派に成長してくれた。嬉しい限りである。
7月6日。今日は彼女の誕生日だ。ラムズラ自身もとても楽しみにしていたようで、いつもより口角が上がっている。
「さて、ラムズラ。プレゼントだよ」
そう言って白いリボンで結んである青い箱を渡すと、それを胸の上に抱いて嬉しそうに輝いている瞳をこちらに向けた。
感激すると何も喋らなくなるのも昔からだ。
一緒に過ごしてくる内にラムズラの特徴がだんだんと掴めてきている気がする。
「嬉しい、ありがと」
こういうことがあった時に、10秒後には何かしらの言葉を喋るのもいつも通りだ。
「どういたしまして。」
ラムズラは自室のソファに勢いよく座った。
…私は変わっている。それは今も昔も変わらない。
私は自分についてあまり知らない。リーマスさんは本当のお父さんではないらしい。気づいたらリーマスさんと一緒に過ごすのが当たり前となっていた。それに、ぶどう味の飴は一向に尽きる様子がないのも不思議だ。でも、ぶどう味はとても美味しいのでそれはそれでありがたい。
それに、私は魔法を使える。リーマスさんに私が魔女で、平均6歳で魔法の暴走が起こるといっていた。だが、私には魔法の暴走は起こらなかった。その代わりなのか、私はいつでも、勿論今でも普通に魔法を使うことができる。リーマスさんも当初は驚いていたけれど、アルバスさんに体に異常はないと言われてから、今では馴染んでしまっている。
魔法省には、私たち未成年が魔法を使うと『臭い』でわかってしまい、それが二回行われれば魔法使い・魔女の命の次に大切とまでいわれる杖を真っ二つに折られてしまうそうだ。だが、運が良いことに私はまだ杖を持っても良い年齢ではないので、法に引っかかることはなかった。それを利用してリーマスさんに沢山の魔法を教わったが、楽しくて仕方がない。
でも、一番不思議で仕方がないのが動物と喋れることだ。
最初は魔法使い・魔女はこれが当たり前なのだと考えていたが、リーマスさんに聞いたらとっても珍しいことだそうだ。自分ではそんな感覚はない。
先程、ホグワーツの入学許可証を持ってきてくれた梟はこの時期は仕事が多くて大変だ、と愚痴っていたのも皆には聞こえないらしいのだ。
ひどい疎外感に襲われて、少し寂しくなってしまった。
気をそらすために、リーマスさんがくれた誕生日プレゼントの箱を開けることにした。
一昨年は兎の大きなぬいぐるみ。
去年は手袋。因みに、その手袋は魔法具で装着すると手から雷がでる仕組みだ。これは私が今まで教えてもらった魔法やそれ以外のものを応用して作った物品だそうなので、とても興味深かった。
なら、今年はなんだろう。
高揚感が駆け巡る中、少しドキドキしながら箱を開けた。
そこには、私の目と同じ赤色の宝石がはまっている髪飾りが入っていた。薔薇の形を催しているだろうそれは、幻想的でとても美しかった。
生まれてからアクセサリー系は身につけたことはなかったので、少し気分が高まった。
早速、ドレッサーの椅子に座って付けてみたが、我ながらにいい感じだと思う。
リーマスさんに見せようと念じれば、リビングまで瞬間移動ができる。
ただ、魔法は何回か使うと疲れてしまう。特に、難度の高い魔法だと1、2回でバテてしまうのであまり使わないようにするため、歩いて行った。
下に降りると、ルーピンさんはマグルのテレビを見ていた。
私がルーピンさんの肩をトントンと軽く叩けば笑顔で振り返ってくれた。
「?どうしたんだい?あぁ、気に入ってくれた?」
ルーピンさんはまるで私の心を読んだかのように的確な話題を振ってくれる。言葉が達者ではない私にはとてもありがたい。
「うん。好き。」
「ははっ、気に入ってくれて良かったよ。とても似合ってる。」
「ありがと。ルーピンさんも好き。」
「ラムズラは本当に素直だね」
「そう…なの?」
自分ではそんな自覚はなかった。
「ああ。あ、もう少しでラムズラの好きな番組が始まるよ。」
「見る!」
自分の隣にポフンッと座ったラムズラはやはり体重が軽い。ホグワーツで友達ができるか、勉強についていけるか、いじめられたりしないか、など心配事が沢山出てきた。だが、あっちにはダンブルドアもいる。
きっと大丈夫だろう、とラムズラの笑顔を見て癒されたリーマスはそう締めくくった。
あの子の人生に光が差しますように———