Dolores   作:新井白石
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第二章

ドロレスの父は、情けない小役人だった。

くたくたの背広に、グレーの髪、疲れきったような背中で、いつも所在なさげにあちこちをキョロキョロ視線を彷徨わせていた。

母の前では魔法も使わず、浪費家の母に賃金をすべて渡していたので、いつも貧しかった。

 

ドロレスは、父が母の何に惹かれたのか、わからなかった。母は愚鈍で、浪費家で、近所の誰からも嫌われている底意地の悪い人間だった。アンブリッジの娘というだけで、周囲はドロレスにつらく当たった。

母はよく父をなじった。稼ぎが少ないとか、風格がないとか、世間体が悪いとか。

そのたびに、父はぺこぺこと頭を下げる。ぼそぼそと言い訳をして、母に許しを請う。

 

父は魔法使いであった。母がいないとき、滅多にないことであったが、父はドロレスに素晴らしい魔法の世界のことを語ってくれた。ロンドンにあるダイアゴン横丁のすばらしさ、そこにはイギリス中のありとあらゆる素晴らしいものが売っている。名門の魔法学校のホグワーツのこと、ホグズミートという魔法族だけの村のこと、ドロレスはそんな話を聞いて期待に胸を膨らませた。きっと自分ならホグワーツからの手紙が来るはずだ。そうなれば、こんな家から出て、魔法族だけの世界で暮らすことができる。出来損ないと罵られることも、バケモノだと言われることもない。何よりも、自分はアンブリッジの娘ではなくなるのだ。意地の悪い母と暮らす必要もないし、誰もが私を受け入れてくれる、そんな城で魔法を学ぶことができるのだ。

ドロレスが魔法をせがむと、父は”おかあさんには内緒だよ”と言って、魔法を見せてくれた。父が杖を振ると、たばこの脂や埃で汚らしく黄ばんでいた家の壁紙が、バラのようなきれいなピンク色に変わった。ドロレスが感嘆の声を上げると、父は照れ臭そうにもう一度杖を振った。途端に、壁は元の色に戻ってしまった。ドロレスは落胆の声を上げる。あの母親さえいなければ、こんな汚い家に我慢することはないのに。母は魔法を憎んでいた。

憎んでいるくせに、母は自分の仕事をドロレスの魔法に頼っていた。怠惰な母は、たばこを吸いながらドロレスを顎で使った。掃除をしろ、洗い物をしろ、洗濯をしろ、と。ドロレスが念じると、床は磨き上げたかのようにピカピカになり、流しに溜まった皿はきちんと食器棚に収まり、洗濯ものはアイロンをかけたように皴一つない状態で丁寧にたたまれた。

お前は横着な怠け者だよ、仕事が終わると、母は決まってそのように言う。そのたびに、ドロレスは歯を噛みしめて、心の中で母への不満をぶちまけた。父の存在さえなければ、母を痛めつけることも簡単にできた。母が宝のように大事に思っている弟を傷つけることも。しかし、そんなことをすれば、父が悲しむことはわかっていた。

ドロレスは母と弟を憎んではいたが、父は愛していたのである。



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