道重神格化の欺瞞(その4)認められたいからこそアイドル

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鞘師里保はサンジェルマン伯爵に呼ばれて山荘を訪れた。
モーニング娘。は不人気のため今年いっぱいで解散するのは確実だが、その元凶であるつんくを排除する計画のためである。
しかしサンジェルマン伯爵は鞘師里保を見ると浮かない表情を見せたのである。
「鞘師里保よ。事情が変わったのだ。佐藤優樹が天才だと発覚した。佐藤楽曲で最後の勝負をすることにしたのだよ」
佐藤が作曲に打ちこんでいることは鞘師も知っていたが、曲は聴いたことがなかった。
「そんなにすごい曲なんでしょうか」
「現段階ではすごくない。だが、音楽の基礎がしっかりしているし、かなり可能性を感じる。かつてわたしがリヒャルト・ワグナーと名乗っていた頃でも、15歳であれは作れなかった」
「佐藤は作曲家になりたいわけではないでしょう」
「だからいいんだよ。佐藤はワナビじゃないんだよ。作曲家になる夢など無いのに、ただひたすら曲を作っている。あいつは絶対音感もあるし、ピアノもなかなか上手いし、ドラムも叩ける。演奏スキルもかなり有望だ」
「佐藤楽曲でモーニング娘。を立て直せるんでしょうか」
「佐藤が傑作を生み出すまであと何年か掛かるだろう。その前にモーニング娘。が潰れてしまう。そこで、わたしがギタリストとして参加する案を考えた。佐藤楽曲が未完成な部分はわたしのギター演奏で補う」
「なるほど。まあいいんではないでしょうか」
鞘師里保は何となく頷いた。
元々はサンジェルマン伯爵の悪魔的な大傑作をやるはずだったが、佐藤が本当に天才ならそれはそれで面白いだろう。
サンジェルマン伯爵は透き通るような白い肌をした金髪の美少女であり、彼女がギタリストとして参加するなら、かなり有力なメンバーであるように思えた。
楽器担当なら鞘師のセンターを脅かすこともない。
「わたしのギターの腕は信用してくれ。かつてSteve Vaiを指導したこともあるが、少なくともあいつよりは上手いつもりだ。だが、わたしが参加するにはひとつ条件がある。鞘師里保よ、そなたは芸能界を今すぐ引退しろ」
唐突に思いもしなかった要求をされて、鞘師里保は言葉を失うしかなかった。
「悪魔は代償を求めるのだよ。犠牲が必要だ。鞘師里保が引退するという犠牲があれば、わたしがギタリストをやる。まあ強要はせんから、そなたが拒否するならお流れだ。つんく楽曲で突撃して轟沈するがいい」
「サンジェルマン伯爵の力はどうしても必要です。モーニング娘。に力を貸してください」
「だから鞘師が引退すれば、わたしは何でもやると言っている」
「わたしが引退したらマイナス材料です。伯爵がプラス材料でも相殺されるじゃないですか」
「センターは牧野真莉愛でいく。あいつはアイドル属性かなり強いし、鞘師みたいなちんちくりんと違ってスタイルもいいからな」
「確かに牧野はいいですよ。いつかはセンターになると思います。でもこの鞘師里保がセンターでないモーニング娘。なんてありえません」
「その鞘師がセンターだと今年で潰れるんだよ。そなたが潔く引退すれば、モーニング娘。は救済される。万が一の場合は、わたしの悪魔の力で延命させる。今年で終わりにはしない。おまえが引退すれば、モーニング娘。のみんなが幸せになれるんだ。モーニング娘。のために引退してくれ」
「いやです。自分が解雇された後にチームが優勝しても嬉しくないです」
「エゴの極みだな。実は今回の計画は道重さゆみちゃんも賛同してくれているのだよ」
サンジェルマン伯爵の後ろには、いつの間にか道重さゆみが立っていた。
その表情は、先ほどのサンジェルマン伯爵の言葉を肯定していた。
「道重さんひどすぎます。わたしを排除してモーニング娘。延命とかあり得ないですよ」
「もちろんわかってる。でも伯爵は代償が必要だって言うの。鞘師がセンターだからこそ、生け贄として価値がある。芸能界からすぐに引退して欲しい」
「わたしは絶対に引退しません。それでモーニング娘。が終わるとしても構わない」
「モーニング娘。のためになるんだよ」
「人に認められたい女の子が集まっているのがモーニング娘。です。道重さんだって、人に認められたくてやっていたわけでしょう。わたしもそうなんです。どうしても認められたい。認められてから死ぬならいいけど、無名のまま死ぬのは耐えられないです。わたしの考えはおかしいでしょうか。認めて欲しくて頑張ってるからこそアイドルではないでしょうか。道重さんのファンだって、道重さんみたいな類い希な美人が、モーニング娘。という泥船に乗りながら、正統派アイドルとして認められるために頑張ってる姿を応援してたんです。バラエティー番組で頭からローションをかぶっていた道重さんだからこそ、シンデレラになりたいという強い欲求があり、そこに共感してたんです。確かにわたしがセンターをやっているせいでモーニング娘。は今年で終わります。広島アクターズスクールにいた頃に、中元すず香だけアミューズに優遇されていて、わたしは黙殺されてましたが、いつかアミューズが後悔するだろうと思ってました。しかし、今の現状を見れば、アミューズが正しかっただけなんです。モーニング娘。とBABYMETALの格差を見れば、それは明らかです。でも、わたしは、中元すず香にひとつだけ勝っている自信があるんです。どうしてもアイドルとして認められたいという強い願望を持っていることです。このままでは死んでも死にきれないと悶絶していることです。これは中元のような天才にはわからないでしょう。中元は人から認められることに飢えてないし、マイペースでやってるだけです。わたしが素材として劣っているのは間違いないです。でもわたしは本当に認められたいんです。人から認められたいという渇望なくしてはアイドルたり得ないというのは、わたしの思いこみでしょうか。まるで趣味のようにマイペースでやっている中元がアイドルと言えるでしょうか」
鞘師里保は中元すず香への劣等感をぶちまけ、そして自分の中のもやもやの正体に気付いたのである。
シンデレラストーリーの渇望こそがアイドルの本質であるはずだ。
確かに中元すず香の実力はすごいかもしれない。
だが、のんびりとマイペースで天賦の才を開花させているのだから、そこにアイドルとしての情熱があるわけもなく、老人が盆栽をやっているのと同じなのである。
「さゆみは鞘師の言ってることは本当に正しいと思う。モーニング娘。は決して、アミューズみたいに選ばれた人間の集まりではないけど、ほんの一瞬でも認められたいと思って命を賭けている。鞘師がそこまで言うのなら、サンジェルマン伯爵の力を借りずに自分でやっていいと思う」
「でも道重さんの卒業で動員力を失ったモーニング娘。をわたしが支えるのは無理でしょう。今年で終わるというのは確かだと思います」
道重さゆみに自分の考えを肯定して貰っても、鞘師の心は晴れなかった。
絶対に芸能界引退はしたくないが、自分の我が儘でモーニング娘。を終わらせるのも後ろめたい。
そこに口を挟んだのがサンジェルマン伯爵だった。
「わたしから提案をさせて貰おう。鞘師里保の引退を条件としていたが、この条件の変更は受け入れる。道重さゆみちゃんの肉体なら、それだけの価値はある。ビジネス百合だと疑われている鞘師里保との関係。それがビジネスではないと、ベッドの上で証明し、その映像を世界中に公開するのであれば、代償として認めるし、わたしもあらゆる協力は惜しまない」
「さゆみでいいならやります。そのかわりモーニング娘。を助けてください」
「待ってください。なんで道重さんがそんなはしたないことをするんですか。誰からも聖女として崇められている道重さんの肉体を辱めるなんて、そんなの絶対にあり得ません。わたしが芸能界を引退した方がいいですよ」
「鞘師里保よ。そなたはわたしの提案をちゃんと聞いたのであろうか。道重さゆみちゃんにAV男優と寝ろとは言ってない。道重さゆみちゃんと鞘師里保で本気の性行為を行い、それをビデオで記録して、全世界に公開すると言っているだけだ。あのピンクのシャツを着た道重信者も、鞘師里保とのセックス映像が流出するなら、歓喜の声を上げるだろう」
「道重さんはわたしのことなんか好きじゃないですよ。すべてがビジネス百合です。横浜アリーナで唇を重ね合わせたのも、会場を盛り上げるための手段だったんでしょう」
鞘師里保はうちひしがれていたが、いつの間にか奥の部屋に導かれていた。
サンジェルマン伯爵がカメラを構える前で、道重さゆみが服を脱いでいく。
「道重さん。本当にそんなのはやめてください。こんなわたしみたいな売れないアイドルとやったら道重さんが汚れます」
だが道重さゆみの裸身を見ると、鞘師里保も目を奪われるしかなかった。おそらく世界の誰もがそれを夢見るであろう一糸まとわぬ姿が目の前にあるのだった。この聖性に触れる資格などないことはわかっていたが、鞘師里保の中で膨れあがる欲望は理性を踏みにじり、まるで夜盗が女に襲いかかるように、道重さゆみの華奢な躰を抱え込み、白い素肌に吸い付いたのであった。ベッドに押し倒された道重さゆみは鞘師里保の背中に手を回し、襟足に舌を這わせながら服を脱がせていった。その絡みついて焼けるような熱さは、自分が特別に寵愛されているという感覚を鞘師里保に与えた。もうこれ以上の記述に意味はあるまい。決して怠惰から筆を省くのではない。道重さゆみと素肌を重ね合わせ、お互いに骨の髄まで貪り合うことは、どのような言葉でも表現できまい。性を知らない無垢な少女である道重さゆみが、今こそ鞘師里保と本当の意味で巡り会った。床上手な美女もいいであろうし、それを表現するなら通俗的な言い回しで足りるが、道重さゆみが性に目覚める瞬間となると、ただ単に美少女であるだけでなく、歴史上類い希なる賢明さを持った人物が、ずっと畏れていた未知なる甘美さに触れ、その熱さに陶酔し溺れていく様子を書かねばならない。誰も見たことのない超越的な世界の具現、千年王国であり大日如来の曼荼羅世界、それを現す単語があるはずもない。だが、そのような永遠たる楽土を鞘師里保はまさに自らの肉体で経験したのであり、もはや道重さゆみの百合がビジネスだとひねくれることも出来なかった。
「いやあ、素晴らしいものを見せて貰った。ここまでの本格的な百合を見せられたとなると、わたしも本気で取り組まなければならない」
行為が終わって惚けていると、サンジェルマン伯爵がベッドの横に立っていた。
「この撮影したビデオはわたし個人の宝物として門外不出にする。世間の期待に応えないのが悪魔だからな」
「ああ、そうしてくれるなら有り難いです」
「つんくを追放するのはわたしがやっておこう。佐藤楽曲で勝負を賭ける。そう言えば、中元すず香はシンガーソングライターになりたいんだよな。これに関しては完全なワナビだぞ。あらゆることを何も言わずに実現していく中元が口に出すのだから、作曲なんぞ何もわかってない。中元は直感で閃いていることは何も言わずにやる。作曲に関してはセンスの欠片もないから夢を語るんだよ。中元が現段階で作曲してないのは、作れないと断定していいんだ。佐藤優樹こそが本物であるのは間違いない。つまりモーニング娘。は、自ら天才作曲家を抱えているという点においてBABYMETALを凌駕しているのだよ。あいつらは他人が作った曲を歌ってるだけだ」
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