matsui michiakiのブログ

少年老い易く学成り難しをしみじみと感じています

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XI 他の試み
 
 このようにして、気球によるパリ帰還は実現困難であることが判明。ツール派遣部や航空特別委員会はなおも空想的提案に耳を傾けたが、幾つかが採用されたにしても、実行段階で様々の障害に遭遇して立ち消えになった。これらをつぶさにみて行く余裕はわれわれにはない。案のみを列挙するにとどめたい。
 パリ~フォンテーヌブロー間の鉄道架線を利用して電信線に代替させる案、パリ上空に打ち上げられた2つの繋留気球を支点として電線の一方の端を別の気球で包囲前線外に運び、安全地帯でこれを固定し、ツールまで伸ばすという案などがそれ。
 なかでも有望視されたのがセーヌ川利用案である。川底に電信線を敷設する案については我々はすでにみてきた。気球第44便シャンジー将軍号(12月22日出発)は、セーヌ川を渡河するための潜水用具一式を積載していた。結局、この計画は、この気球そのものが捕獲されたために実現しなかった。また、通信文を詰めた潜水球体をセーヌ上流で投下し、それがパリを通過したときに回収するという案も熱心に研究されたが、いろいろな理由で失敗に帰した。さらに、セーヌの川床を這う潜水艦の建造計画も練られた。これは休戦協定の締結で日の目を見なかった。
 番犬の利用まで試みられた。1月13日に出発した気球フェデルブ号はパリへの通信文を送るために5匹の番犬を積んでいた。しかし、パリにもっとも近い非占領地域で放たれた番犬は1匹もパリに戻らなかった。プロイセン軍の銃弾の餌食になるか、雪中で道に迷ってしまったのである。
 砲声による通信方法も検討された。砲声を合図に使うやり方は古くから海戦の指揮によく使われた。また、ワーテルローの戦いの結果はこの方法で、その日のうちにパリに届いたといわれる。パリ籠城戦でも11月初旬のオルレアン争奪戦のときの砲声がパリまで轟いた。けれども、一発の砲声はせいぜい数十キロまでしか到達しなかったことと、他の砲声との混同が容易に起こりえたこととのために実用化には無理があった。
 さらに、光信号も少しばかりの希望を与えた。だが、予備的研究の不足と指導部の不熱意とで実現にまで漕ぎつけなかった。普仏戦争以後の軍事的行動では、これは体系化されて大いに活用された。
 その他、パリの地下を走る地下墓地を利用して郊外に脱出するという案、流木を利用するという案もあった。いずれも名案には違いなかったが、前者は秘密の通路はプロイセン前線の外にまでは伸びていず、後者はプロイセン側がそうした方法を嗅ぎつけていたので、ともに失敗に終わった。 
 
 
 
 XII 伝書鳩
 
 人智は思いのほか無力であった。これらの手段は全て失敗を宿命づけられていた。よって、古来よく知られた伝書鳩による通信のみが残った。平和を象徴するこの幸せの鳥は時の運命の悪戯により戦争の使者となった。パリを発つほとんど全ての気球が伝書鳩を積んでいた。フランス全土の人々がパリからの通信文に対する返答を託したのはこの伝書鳩にであった。この小さな愛すべき鳥のおかげで、陸の孤島と化したパリは食糧こそ欠乏したにせよ、ニュースの枯渇は生じなかった。
 鳩によって通信文を運ぶという方法は太古の昔から知られていた。大洪水の末期、ノアは地上の状態を知るために鳩を放った。エジプトの古代の記念碑はすでにファラオの時代に、キプロスおよびカンディア島(クレタの別名)から戻ってきた海軍士官が自らのエジプト帰還を告知するために伝書鳩を使ったという古事を伝えている。 中世においては、イスラム教徒が伝書鳩を使ったという記録のみが残っている。伝書鳩はアラブからヨーロッパに伝わり、16世紀にオランダの水兵が最初にこれを導入。それはバグダードに因んでBaga dittesと呼ばれた。オランダ独立戦争時のハールレムの包囲(1572~1573年)、レイデンの包囲(1574年)において籠城軍が外部との連絡にこれを使った。
 この後200年の間は伝書鳩はさしたる功績を挙げていない。記録の物語るところでは、ワーテルローの戦いの結果を伝書鳩によっていち早く知ったロートシルトが巨富を獲得したという伝説が残っている。これを真似て、投機家や銀行家の間で証券相場の変動の情報交換のために鳩を使うことがしばらく流行した。
 1860年の秋、パリが包囲の脅威に晒されたとき、同市には鳩舎は少なく、また、伝書鳩はほんの僅かしか残っていなかった。これらは全て前線に駆りだされていたためである。ノール県から800羽の伝書鳩が包囲の完成直前に大急ぎでパリに持ちこまれた。しかし、政府は未だ、伝書鳩通信の検討に本腰を入れていなかった。気球に鳩を積んでパリの外に運び出し、地方からの返信をこれにより空輸するという案を、だれが最初に政府に提言したのかははっきりしない。アンベール将軍の記述では、ベルギー人ヴァン・ローズベックとなっている。
 いずれにしても、郵政局長官ステーナケルスはかなり早い時期から(おそらく九月初旬から)伝書鳩通信の可能性を察知していたようだ。彼自身、気球でパリを脱出する際に一羽の鳩を携え任地ツールに飛んでいる。当時、パリには鳩協会レスペランス[希望]があったが、この協会は政府の管轄下におかれた。会長カシエと副会長ローズ・ベックらは政府から特命を与えられ、ツールに飛んで、そこで伝書鳩通信の責を負うことになった。同協会の秘書ドゥルアールはパリに残留し、伝書鳩の収集と世話に当ることになった。ステーナケルスはアンドル=エ=ロアール県知事デュリュエルから提供された一室を鳩小舎とした。
 鳩が運んだ文書はもっぱらツール派遣部の公文書であった。一羽の鳩が運ぶことのできる重量はわずか二グラムであり、小さな紙切れへの筆写では伝達できる情報量に自ずと限度があった。派遣部は機密保持と簡略化のために暗号による電文方式を採用。また、伝達の確実性を高めるために、同一の通信文を複数の鳩に託した。こういうわけで、当初は伝書鳩通信の一般公衆への利用はまったく考えられていなかった。
 十月半ば、著名な化学者でツール在住のバルズイユが写真技術を使って通常の通信文を縮写し、たった一羽の鳩でも比較的多くの情報を運ぶ方法を考案した。政府はこれを承認し、ただちにアンドル=エ=ロアール県の電信検査官ド・ラフォリにその体系化を命じた。彼はアマチュア写真家として名を知られていた。彼はのちにその任務についてメモを残している。
 先ず通信文が紙の上に大きな文字で手書きされる。次いでそれは、100×65センチの板に固定された厚紙の上に糊づけされた。このパネルが写真撮影され、4×6センチのアルビュミン紙に陽画として焼きつけられた。これで300分の1に縮写されたわけである。レンズで撮影状況の点検を受け、合格すれば細いロール状に巻きあげられ。絹糸で鳩の尻尾の中心に固定された。この写真版も、パリへの到着を確実にするために数羽の鳩に託された。
 従来、郵便と電報業務は別々の機関で取り扱っていたが、政府は包囲という特種事情を勘案し、10月12日の政令でこの2つの業務の一本化を命じた。理由は単純、パリに踏みとどまった電信局長官ランポンは地方での電信局の仕事を指揮できなくなったからである。偶発事は永続することになった。以来今日に至るまで、フランスでは郵政局は郵便と電信の両方の業務を行うことになったのである。
 通信文を写真撮影して小さなフィルムとし目的地に運ぶという妙案は、地方の一般公衆に対してもパリとの交信の道を開くことになった。11月4日の法令によって派遣部はこの旨を公告。これによると、料金は1語毎に50サンチーム、最大語数は20語と定められた。用語はフランス語のみを使用し楷書書きすることが義務づけられた。比喩語や数字を使うことは軍事機密漏洩を防ぐ観点から禁止された。不着の場合でも政府に対する賠償義務は生じなかった。地方からパリ向けの全ての通信物は郵便局と電報局で受けつけられ、次いで、それらはツールに集中され、先程示した方法で写真化されてパリに送られることになった。
 11月4日の公告が新聞上で発表されると、地方の公衆は大喜びで大挙して郵便局の窓口に殺到した。「マーム父子」印刷所がタイプ印刷を担当。しかし、その量はあらゆる予測を超えていた。マームは政府に対し、軍隊に徴用された印刷工の呼び戻しを要請し、かつ他の印刷業者にも協力を呼びかけた。伝書鳩通信の監督官ド・ラフォリによれば、11月10日から派遣部がツールからボルドーに移転した12月11日までの1カ月間に、マームおよびジュリオ印刷所でタイプ化され写真化された書簡は約9800通であったという。

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