アラン・マラフォス (Alain Malafosse)(スイス)

【概略】
141025 malafosse[1]アラン・マラフォス (Alain Malafosse)は、アルジェリア系フランス人で、フランスで医師免許・博士号を取得した。1997年(38歳)、スイス・ジュネーブ大学・教授(神経精神医学)、ジュネーブ大学付属病院・精神病遺伝学ユニット長に就任し、18年間、勤務した。

2013年(54歳)、論文のデータねつ造が発覚し、2014年(55歳)2月、170万フラン(約1億9千万円)の研究費詐欺でスイス・ジュネーブ州検察から逮捕状が出た。しかし、逮捕される前に、南仏のモンペリエ近くの小さな街・サンブレ(Saint-Bres)市の副市長(市会議員、評議員?)に再選され、フランスに移動した。2014年6月フランスのサンブレで逮捕された。 写真出典

  • 国:スイス
  • 成長国:フランス
  • 男女:男性
  • 生年月日:1958年
  • 現在の年齢:61 (+1)歳
  • 分野:精神病遺伝学
  • 不正論文発表:2013年(54歳)
  • 発覚年:2014年(55歳)
  • 発覚時地位::スイス・ジュネーブ大学・教授(神経精神医学)、ジュネーブ大学付属病院・精神病遺伝学ユニット長
  • 発覚:内部告発
  • 調査:スイス・ジュネーブ大学医学部の内部調査。2014年1月~2014年5月。調査期間は4か月
  • 不正:ねつ造・改ざん、研究費横領
  • 不正論文数:1報(撤回)
  • 時期:研究キャリアの初期から? 途中から?
  • 結末:スイス・ジュネーブ州検察の逮捕状。大学辞職

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スイス・ジュネーブ大学病院(Hopitaux Universitaires de Geneve:HUG)。出典

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スイス・ジュネーブ大学病院(Hopitaux Universitaires de Geneve:HUG)入口。出典

★主要情報源:
① 2014年9月4日のリトラクチョン・ウオッチ(Retraction Watch)の記事:Retraction appears for psychiatrist sought for arrest in alleged fraud scheme | Retraction Watch
② 2014年4月3日の「The Local」紙の記事:Doc sought for Geneva fraud elected in France – The Local
③  2014年9月26日の「Medical Observer」紙の記事: Journal Retracts Bipolar Study with ‘Fabricated’ Data | Medical Observer

【経歴】
不明点が多い。

  • 1958年:フランスに生まれる
  • 19xx年(xx歳):フランスの〇×医科大学を卒業。医師免許
  • 19xx年(xx歳):フランスの〇×医科大学で博士号取得
  • 1988年(29歳)(推定):フランス国立科学研究センター(CNRS)・神経生物・分子細胞研究室ポスドク
  • 1991年(32歳)(推定):フランス国立保健医学研究所(INSERM)・実験医学研究室を主宰
  • 1997年(38歳):スイス・ジュネーブ大学医学部・神経精神医学・教授(推定)、大学病院・精神病遺伝学ユニット長(推定)
  • 2013年(54歳):データねつ造論文を出版。この時点で、精神病遺伝学では世界的に著名である
  • 2014年(55歳):不正研究が発覚する。フランスに移動。スイス・ジュネーブ州検察からの逮捕状。サンブレ(Saint-Bres)市の副市長(市会議員、評議員?)に就任し、同時に、大学と大学病院は辞職

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写真出典

【不正研究と発覚の経緯】

大雑把に言えば、「精神病は遺伝子(制御の変化)によって引き起こされる」という、とても画期的で魅力的な学説を、アラン・マラフォスは提唱していた。

2013年6月6日 アラン・マラフォスは、「児童虐待を受けている子供はグルココルチコイド受容体(glucocorticoid receptor)遺伝子NR3C1がメチル化(遺伝子の変化)され、それが視床下部-下垂体-副腎系(hypothalamic-pituitary-adrenal axis、HPA軸)の変化を引き起こし、大人になって双極性障害を引き起こす」という以下の論文を、著者7人の論文の6番目著者として「Br J Psychiatry」誌に発表した。紙版は2014年1月に出版されたが、電子版出版は2013年6月6日に出版された。

Childhood maltreatment and methylation of the glucocorticoid receptor gene NR3C1 in bipolar disorder.
Perroud N, Dayer A, Piguet C, Nallet A, Favre S, Malafosse A, Aubry JM.
Br J Psychiatry. 2014 Jan;204(1):30-5. doi: 10.1192/bjp.bp.112.120055. Epub 2013 Jun 6.
PMID:23743517

ここで、双極性障害を学んでおこう(以下出典:双極性障害 – Wikipedia)。

141025 Bipolar-Disorder-CRAZIEST-MENTAL-DISORDERS1[1]写真出典:https://fuzzyscience.wikispaces.com/Bipolar+Disorder

双極性障害(そうきょくせいしょうがい、英: bipolar disorder)は、躁状態と鬱状態という病相を繰り返す精神疾患である。ICD-10では、うつ病とともに「気分障害」のカテゴリに含まれている。古い呼び名では躁うつ病、あるいは他の名称として双極性感情障害とも言う。

一卵性双生児における一致率は50 – 80%と、二卵性双生児 (5 – 30%) よりも高いことから、遺伝的要因の関与が高いことが指摘されている。

関連遺伝子を多数持ち潜在的リスクのある人が、ストレスなどの外的要因にさらされた時に発生すると考えられ、統合失調症と同様に、ストレス脆弱モデルという概念で説明されうる。

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2013年12月(55歳) アラン・マラフォスが公的研究費を私財化していると、スイス、ジュネーブ大学に公益通報があった。

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写真出典:ジュネーブ大学医学部長アンリ・ブエナムン(Henri Bounameaux)

2014年1月(55歳) 別途、アラン・マラフォスがデータねつ造しているとの公益通報がジュネーブ大学医学部長アンリ・ブエナムン(Henri Bounameaux)になされ、医学部内の調査委員会が調査を開始した。

その結果、2013年6月6日電子版出版の「Br J Psychiatry」論文にデータねつ造があったことが判明した。つまり、遺伝子NR3C1のメチル化に変化があったと論文に記載されていたが、実際、変化を示す実験データはなかった。

その点に関して、アラン・マラフォスは「私に責任がある」と述べ、6人の共著者は「アラン・マラフォスのデータねつ造を全く知らなかった」と述べている。

2014年2月(55歳)、170万フラン(約1億9千万円)の研究費詐欺でスイス・ジュネーブ州検察からの逮捕状が出た。しかし、逮捕される前に、南仏のモンペリエ近くの小さな街・サンブレ(Saint-Bres)市の副市長(市会議員、評議員?)に再選され、フランスに移動し就任した。同時に、スイスのジュネーブ大学と大学病院は辞職した。フランスは自国民を他国に引き渡すことはないとの話だ。

地図で見ると、スイスのジュネーブ(赤楕円)は、ほぼフランスに囲まれている。モンペリエ(青楕円)は450㎞ほど離れている。サンブレ(Saint-Bres)はモンペリエ郊外の人口630人(2007年)の小さな街である(SAINT-BRES – Map of Saint-Bres 30500 France)。
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本当にアラン・マラフォスが公的研究費を私財化したのだろうか?

2014年4月3日の記事によると以下のようだ(原典がフランス語なので誤解があるかも):Herault : un conseiller municipal de Saint-Bres recherche par la Suisse

マラフォスは私財化していないと主張している。

1995年以来、ジュネーブ大学病院の精神科単位で、人々の自殺の生物医学的原因を研究していた。自殺を試みた自殺精神疾患者のエピジェネティクス研究である(エピジェネティクス、epigenetics:DNA塩基配列の変化を伴わない後天的な遺伝子制御の変化)。

この研究には自殺を試みた多数の患者が必要だが、スイスで患者を集めるのは非常に困難なので、フランスで、フランスでも困難だが、フランスで集めていた。

フランスのモンペリエに関連のNPO法人を設立し、そのNPO法人の活動として、自殺精神疾患患者を集め、患者からのアンケートや血液サンプルを収集し、スイス・ジュネーブ大学病院の精神科研究室に送ってもらう。それらを元に、自殺精神疾患者のエピジェネティクス研究、神経学的評価を行っている。

マラフォスのチームがフランスのNPO法人に支払っている額は毎年約10万ユーロ(約1,400万円)だった。支払いは、スイス・ジュネーブ大学のマラフォス研究室の予算で執行していた。

マラフォスは、「この支払はスイス・ジュネーブ大学病院(HUG)のルールに従っている。大学病院事務局の関知しないところで、勝手に執行していたのではない」と主張している。

そして、「私(マラフォス)は、ねつ造疑惑の調査委員会が設立されたことを2013年11月17日に知ったが、私財化捜査の存在は知らなかった。2013年12月、病気休暇でスイスからフランスのサンブレ(Saint-Bres)に行った。2014年1月初めにスイスに戻った時、私は自分のアパートの鍵が変更されていたので、物事の異常な状態に気がついて、アパートには戻りませんでした」。

ただ、フランスのモンペリエのNPO法人の住所がマラフォスの親戚の住所と同じなので、このNPO法人は研究費の私財化のためのダミー組織だと疑われている。
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141025 alain-malafosse-hier-a-son-domicile-de-saint-bres_853417_667x333[1]写真出典

2014年6月25日 スイス警察の国際的依頼で、南仏のモンペリエ近くにある小さな街・サンブレ(Saint-Bres)でマラフォスは逮捕され、7月1日に正式に副市長(市会議員、評議員?)を辞職した(Scoop34: EXCLUSIF/ Mandat d’arret, Alain Malafosse entendu)。

2014年11月現在、スイス・ジュネーブ大学・神経科学センターの研究グループのリストから、アラン・マラフォスは削除されている(University of Geneva – Geneva Neuroscience Center)。ただ、アラン・マラフォスのサイトは残っている:University of Geneva – Geneva Neuroscience Center

★【動画】アラン・マラフォスの学術講演「Conference Alain Malafosse, Fondation FondaMental, 12 decembre 2012」、(仏語)54分48秒、fondationfondamentalが2012/12/19 に公開

【撤回論文】
2014年10月25日現在で1論文が撤回されている。

  1. Childhood maltreatment and methylation of the glucocorticoid receptor gene NR3C1 in bipolar disorder.
    Perroud N, Dayer A, Piguet C, Nallet A, Favre S, Malafosse A, Aubry JM.
    Br J Psychiatry. 2014 Jan;204(1):30-5. doi: 10.1192/bjp.bp.112.120055. Epub 2013 Jun 6.
    PMID:23743517

その後、類似の論文(以下。2014年5月)も出版された。大丈夫? 信用する研究者はいないと思うけど。

「妊娠時にPTSD(心的外傷後ストレス障害)だった母親から生まれた子供はグルココルチコイド受容体(glucocorticoid receptor)遺伝子NR3C1のメチル化(遺伝子の変化)が多く、視床下部-下垂体-副腎系(hypothalamic-pituitary-adrenal axis、HPA軸)の変化を引き起こしているかもしれない」。著者8人の論文の7番目著者として発表した。
The Tutsi genocide and transgenerational transmission of maternal stress: epigenetics and biology of the HPA axis.
Perroud N, Rutembesa E, Paoloni-Giacobino A, Mutabaruka J, Mutesa L, Stenz L, Malafosse A, Karege F.
World J Biol Psychiatry. 2014 May;15(4):334-45. doi: 10.3109/15622975.2013.866693. Epub 2014 Apr 1.
PMID:24690014

【事件の深堀】

なにかありそうだけど、深堀れない。

【白楽の感想】

《1》 欧州の事件は面白い

①スイスの大学で事件を起こしたフランス国籍の教授が、逮捕される前に、自分の家があるフランスの小さな街・サンブレ(Saint-Bres)に移動した。フランスは自国民を他国に引き渡すことはない。EUになって欧州域内は自由に移動できて、就職できても、スイスはEU加盟国ではない。犯罪者は引き渡さない。という記述もあったが、結局、引き渡したようだ。

日本に在住の外国人研究者が事件を起こしたとき、海外に逃亡できるのだろうか?

あるいは逆に、外国に在住の日本人研究者が事件を起こしたとき、日本に逃亡できるのだろうか?

外国で研究ネカト事件を起こした日本人研究者は日本のメディアで報道されないから、日本で大学教授・研究者に在職している。このような人がかなりいる印象だ。調査し対処する公的機関を設けるべきだろう。

②名門大学の臨床医学系の教授が55歳で小さな街の副市長(市会議員、評議員?)になる。ふ~ん。文系ならともかく、臨床医学系ではどうだろう、日本では考えにくい気がする。

《2》 著者7人の論文の6番目著者

撤回された2013年論文は、著者7人の論文で、アラン・マラフォスは6番目の著者である。生物医学論文の常識では、この論文が高く評価されれば、栄誉は第一著者か最終著者にいく。著者7人の論文の6番目著者は、論文への貢献度が最も低い研究者で、まあ、つけたしである。栄誉はいかない。

それなのにどうして、悪いことの責任だけをとらされるのか? 論文ねつ造の責任が第一著者か最終著者にいかないのは不思議だし、6番目の著者にいくのは「かなり」不思議である。語られていない事実があるように思えて仕方ない。

それに、撤回された2013年論文の大きなポイントは、「遺伝子NR3C1がメチル化(遺伝子の変化)され」たことだ。この部分がデータねつ造だと、論文撤回は当然だが、逆に、この部分のデータをアラン・マラフォスが提供したなら、著者7人の論文の6番目というのはヘンだ。

著者7人の所属を並べてみよう。全員、ジュネーブ大学医学部に所属し、番号4に同じ研究室の人が2人いるが、他は研究室が異なる。
1. Nader Perroud, MD, Department of Mental Health and Psychiatry, Service of Psychiatric Specialties, University Hospitals of Geneva, and Department of Psychiatry, University of Geneva;
2. Alexandre Dayer, MD, Department of Mental Health and Psychiatry, Service of Psychiatric Specialties, University Hospitals of Geneva, and Departments of Basic Neuroscience and of Psychiatry, University of Geneva;
3. Camille Piguet, MD, Department of Neuroscience, Faculty of Medicine, University of Geneva;
4. Audrey Nallet, MSc, Sophie Favre, PhD, Department of Psychiatry, University of Geneva;
5. Alain Malafosse, MD, PhD, Department of Psychiatry, University of Geneva, and Department of Genetic Medicine and Laboratories, Psychiatric Genetic Unit, University Hospitals of Geneva;
6. Jean-Michel Aubry, MD, Department of Mental Health and Psychiatry, Bipolar Programme, Service of Psychiatric Specialties, University Hospitals of Geneva, Switzerland.

アラン・マラフォスの研究室からアラン・マラフォス1人だけが著者である。アラン・マラフォスだけがMD, PhDである。

疑問は解けない。

《3》 55歳の教授

撤回された2013年論文のねつ造部分はDNAのメチル化である。55歳の医学部・教授が、自分で実験作業をするだろうか? 日本では、通常、あり得ない。スイスではどうなっているのだろう?

では、

  • 誰も実験しないで、アラン・マラフォスがデータをねつ造したのか?
  • テクシャンが出したデータを、アラン・マラフォスが改ざんしたのか?
  • テクシャンがデータをねつ造したのを、アラン・マラフォスが責任をとったのか?・・・これはないでしょう。

事実はどれなのでしょう?

いずれにせよ、著者7人の論文の6番目の論文で、ねつ造データを提供した動機が理解できない。失うものが大きい、一方、得るものがほとんどない行為を、どうしてしたのだろう?

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