フォーサイト、魔導国の冒険者になる   作:塒魔法
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クレマンティーヌの強さ・レベルは、アンデッド化によるモンスターレベル獲得(あとアインズ様のアンデッド強化)と、生前の職業レベルの残りなどがあれこれ作用したことによって、とりあえずLv.40~50前後……戦闘メイド(プレアデス)並みというイメージ


アンデッド・クレマンティーヌの逃亡

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 ・

 

 

 

 先日のこと。

 

 ヤルダバオト征討の一件により、メイド悪魔を演じていた戦闘メイド(プレアデス)たちは、魔導国内での活動に何の支障もなくなった。

 それはつまり、ユリたちもまた、魔導国の属国……バハルス帝国を、大手を振って歩けるということを意味する。

 魔導国の紋章旗を掲げた八人乗りの馬車が、とある建物の前で停まる。

 

「着いたわよ、皆。──ここが」

「アインズ様が“フォーサイト”とかいう冒険者チームから聞いてたトコっすね!」

「…………帝国にある、私営孤児院の見学任務」

「アインズ様が目をかける人間共が推挙していた施設、ね」

「久しぶりにぃ、姉妹(プレアデス)全員でお仕事ぉ」

 

 任務をこなせる楽しみを各々の口調に乗せる、見目麗しいメイドたち。

 ユリ・アルファ。ルプスレギナ・ベータ。シズ・デルタ。ソリュシャン・イプシロン。エントマ・ヴァシリッサ・ゼータ。

 そして、彼女たち“元メイド悪魔”を監視する要員として、アインズ・ウール・ゴウン魔導王に協力する冒険者・漆黒の二人、モモンとナーベが同席している。噂に聞くヤルダバオトの配下──万が一にも制御不能に陥り、暴走することになれば、ただの人間たちで対応することは不可能という懸念、そういった不安を取り除く上で、魔導王に伍すると評される冒険者・漆黒の英雄たちが監視役を務めるのは、至極あたりまえな配慮といえた。おかげで各方面への根回し……ジルクニフによる仕事もスムーズに進んだ。

 

「皆さん。一応、確認しておきますが」

「ご安心を、パ……モモンさん。我々の任務は、魔導国で営まれる孤児院の参考資料となるものを、ひとつでも多く持ち帰ること。わかってるわよね、皆?」

「わかってるっすよ、ユリ姉! これでも私、人間との付き合いには慣れてるんすから!」

「…………私も、聖王国で、勉強した。がんばる」

「もちろんです。アインズ様の統治せし属国の民を害するなど、とてもではありませんが」

「ありえないぃ」

 

 モモンは隣の席に座るナーベにも振り返る。彼の背負う双剣を貞淑に準備する黒髪の美姫が、無言で頷くのを確かめた。

 

「では、行きましょうか」

 

 馬車に乗る全員を代表するように、モモンがそう宣告しても、誰も嫌な顔一つしない。

 アインズ謹製の同胞に対し、礼を失する愚を犯すはずもなかった。

 馬車の扉を御者である死の騎兵(デス・キャバリエ)が開く。周囲はアインズの生み出した死の騎士(デス・ナイト)が隊伍を成し、一般人の立ち入りを制限している。

 先頭を行くモモンに連れられるように、ユリたちが、そして最後尾をナーベが歩む。──馬車の上に乗って昼寝していた魔獣(ハムスケ)を叩き起こして。

 

「お、……お待ちしておりました……皆さま」

 

 帝国の孤児院、その経営者にして代表・院長と思しき若い女性が、一行を歓待してくれる。

 応対を務めるのは、メイドたちの長姉の役目。

 

「あなたが、リリアさんですね?」

「は、はい」

「ああ、そう堅苦しくなさらずに……我々は、帝国の宗主国となった魔導国より、こちらの孤児院の見学をさせていただくために(まか)り越しました、アインズ・ウール・ゴウン魔導王陛下の忠実なシモベ、戦闘メイド(プレアデス)のユリ・アルファと申します。本日は、どうぞよろしくお願いいたします」

 

 女性同士ということで緊張を解いた院長。

 そして、リリアは五人のメイドを監視するべく派遣された冒険者の偉丈夫に目を向ける。

 

「あの、あなたが?」

「はい。魔導国の最高位冒険者“漆黒”のモモンです」

 

 英雄の胸にあるプレートは、アダマンタイト級“以上”を示す最高級鉱石……“ナナイロコウ”。

 懇切丁寧な紳士的対応に、リリアは納得と共に会釈をおとす。

 

「あの、モモンさんは、その、フォーサイトという方々を」

「ええ。よく存じております。何しろ、この孤児院を推挙したのがフォーサイトの方々であり、何より、彼らを魔導国の冒険者に勧誘したのが、この私・モモンですので」

 

 話には聞いていたのだろうリリアは、魔導国の最高位冒険者の軽い首肯に対し、華のように微笑んだ。そんな院長の様子に何を思ったということでもないが、モモンはどこからか、一通の手紙を取り出した。

 

「我々が孤児院(ここ)を訪れるという話を聞いて、ロバーデイクさんからこれを預かっております」

「まぁ。ありがとうございます。……ロバーさんや、フォーサイトの皆さんは?」

「ご心配には及びません。彼らは今や、魔導国で立派な冒険者として働いてくれております。オリハルコン級の証を戴き、今も、さる冒険者の方々と共に、魔導国で修練に励んでいるところ」

「ええ。魔導国に行かれてからも、週二回、お手紙を頂戴していましたが──ああ、本当に、よかった……」

 

 手紙を胸に抱いたリリアは頬を濡らした。事情を知らぬ者には疑問でしかないが──ロバーデイクが冒険者をやめるきっかけとなった(リリア)の思いを考えれば、感慨も一入(ひとしお)というところ。

 何やら感極まっている院長に対し、モモンは促すように咳ばらいをひとつ。

 

「大丈夫ですか?」

 

 モモンの心配げな声に、リリアは慌てて目の端をこすった。

 

「ああ、すいません、ごめんなさいモモン様──どうぞ、皆さま。さっそく当院をご案内いたします」

「ありがとうございます」

 

 焦茶色の髪とまっすぐな瞳が眩しい女性を筆頭に、見学任務はつつがなく進行した。

 とくに、アインズ・ウール・ゴウンその人から孤児院の運用を託されているユリなどは、事細かいことまでリリアに相談し、問答し、意見を交換し合った(ちなみに、魔導国を離れているユリの留守を預かって、本日の魔導国の孤児院や保育施設で業務にあたるのはペストーニャである)。

 院の部屋割りや子供たちを相手にする際の注意事項、運用資金や人件費の計算など……リリアも、勤勉な姿勢と礼節を尽くす黒髪眼鏡のメイドによく応えた。本気で視察しているユリ以外のメイドたちとハムスケは、院の子供たちの遊びに付き合った。ルプスレギナが“かくれんぼ”で一等賞を取りかけるのを、鬼役のシズが未然に防いだ。ハムスケは子供らの滑り台や乗り物役を引き受けた。ソリュシャンとエントマは院の先生方の雑務を手伝うなどして、孤児院側の負担にならぬよう努めた。モモンとナーベは、それらの様子を監視している──ように振る舞った。

 そして、陽も傾きかけてきた頃。

 

「本日はご不便をおかけして申し訳ありませんでした」

「いいえ。こちらこそ、ユリさんや皆さんのお役に立てたのなら」

「ありがとうございます、リリアさん」

 

 すっかり打ち解けたユリとリリア。

 二人は今後とも、個人的に書簡などを交わす約束を取り付けつつ、別れの挨拶を交わした。

 そんな二人を眺める戦闘メイドの中で──

 

「……どしたっすか、ソーちゃん? 院長さんのことジーっと見ちゃったりして?」

「──ウフフッ、まさかね。いえ何でもありません。行きましょう、ルプー姉さま」

 

 ソリュシャンは、何かを思い出したような苦笑を唇の端に示した。

『双璧』の間で微笑が交わされながら、漆黒の美姫とメイドたち一行は国に戻るべく馬車に乗り込んだ。

 その時だった。

 

「さて、ナーベ。私はこのあとすぐに帝国皇帝と今後の冒険者組合……ん?」

「どうかしましたか、パ──モモンさん?」

 

 漆黒の英雄が、帝都の大通りの、建物の影を、注視する。

 常人では見逃して当然の物理的距離だが、ここにいる者は一人として、常人ではない。

 そして、ナーベ──ナーベラルや、戦闘メイドたちも、視線の先を同じくした、瞬間。

 

 短い金髪の女が、

 逃げた。

 

 

 

 †

 

 

 

 帝国が王国との戦争をおっぱじめた。

 その際に、皇帝ジルクニフは、とんでもない宣布を発した。

 

《バハルス帝国は大魔法詠唱者アインズ・ウール・ゴウン魔導王率いるナザリックなる組織を国として認め、国家として同盟を結んだ》

 

 その年の戦争は、帝国の完勝という形で幕を下ろした。

 しかし──

 

「……どうなってるノ?」

 

 クレマンティーヌは、エ・ランテルに建国されたアインズ・ウール・ゴウン魔導国で、例の冒険者──墓地での戦いで自らを「モモン」と名乗っていたアンデッドが、強大な力を持つアインズ・ウール・ゴウン魔導王なる魔法詠唱者(マジックキャスター)──異常な力を持つアンデッドの王と対峙したという噂を聞き、混乱した。

 モモンとアインズ・ウール・ゴウン。

 二人のアンデッド。

 まさか、あのような超級のアンデッドが、ひとつ所に“二人”も出現したというのか。

 ──いいや。

 何かがおかしい。

 戦士の勘が、エ・ランテル統治を始める魔導王の思惑を予感させた。

 諸国に知られ始めたモモンの偉業──漆黒の英雄──そんな彼を掌握し、都市の民たちの矛にして盾という役割を与えることで得られるもの──法国の元漆黒聖典・第九席次たるクレマンティーヌの勘は冴えわたっていた。

 忘れはしない。

 忘れることなどできはしない。

 女アンデッドの脳裏に、あの時、あのアンデッドが紡いだ大音声(だいおんじょう)が響き渡る。

 

 

(──「ナーベラル・ガンマ! ナザリックが威を示せ!」──)

 

 

 ナザリック。

 ナザリック。

 ナザリック。

 アインズ・ウール・ゴウン魔導王が率いる“ナザリック”。

 そして、モモンが言っていた“ナザリックが威を示せ”……

 もう、偶然でもなんでもない。

 モモンと名乗っていたアンデッドの正体は、アインズ・ウール・ゴウン魔導王!

 

「まさか……こうなることを見越して、モモンという英雄を、造っタ?」

 

 驚愕と恐怖で、何も入っていない胃の腑から吐き気が込み上がる。

 モモンの正体こそが、王国軍を虐殺した魔法詠唱者(マジックキャスター)──アンデッドの魔導王に他ならないという確信を得た。

 

「……うそ、でしョ?」

 

 そう思えば辻褄が合う。否、それ以外にはありえない論理だ。

 二人のアンデッド、モモンと魔導王が、一本の線で結ばれた。

 であるならば、いったいどこまでが彼らの掌の上だったのか。

 エ・ランテルでの事件解決から端を発した、英雄モモンの武勇。

 そして、強大な力を持つ吸血鬼の討伐。さらには、王都での大悪魔との一騎打ち。

 これらすべてに、あのアンデッドの思惑と権謀、大略と雄図が張り巡らされていたとしたら。

 普通なら馬鹿げていると一蹴される愚考だが、モモンの正体がアンデッドである事実を唯一知るクレマンティーヌにとっては、正答に至るのに苦労はなかった。

 

「どこまでバケモノじみてる、……あのアンデッド……」

 

 身震いした。

 非の打ち所がない。

 こんな可能性、法国のクソジジイやババア……神官長共では真っ先に切り捨てるほどの異常事態だ。

 それでいて、もはや近隣諸国どころか、全大陸を動員しても、モモンの──否──アインズ・ウール・ゴウン魔導王の術策を抑止することは叶わないだろう。

 英雄の領域に踏み込んだクレマンティーヌを、容易に破砕してしまう圧倒的な能力(チカラ)──あまねく人心を掌握すべく、英雄の役を演じきった千両役者とシナリオの(たえ)──何より、王国との戦争で、十数万人を一方的に虐殺し、王国戦士長ガゼフ・ストロノーフとの一騎打ちにも完全勝利をおさめた魔法詠唱者(マジックキャスター)……こんなものに、魔王に、一体だれが、何が勝てる道理があるというのか。

 

「は、ハハ……なんて、すごイ……」

 

 畏れ慄く感覚に、クレマンティーヌは立っていることができなくなった。

 そして、すべてを知った女アンデッドは、この情報を誰にも売らず、一切合切、外へ漏らしたりすることがなかった。

 普通に考えるなら、相手を強請(ゆす)ったり、たかったりして当然すぎる真実……国家機密と同等と言っても過言ではない情報を、他国や他者と共有する気など、クレマンティーヌには毛ほども存在しなかった。これが魔導国以外のことならば話が違ったのだろうが、今回は相手が相手だった。

 

 そんなことをしても、あのアンデッド……魔導王……“あの方”の不快と不興を買うだけ。

 

 そのような愚劣と愚昧を極めた愚行を、自らの意思で働くという気概は湧かなかった。

 安宿の床にへたり込む女の容態を、炭化死体の頭蓋骨──カジットが問い質した。

 

「大丈夫だよ、カジッちゃん──だいじょうブ」

 

 言いながら、いつものように逃亡の同伴者を箱の中に放り込む。

 そうして、涙もなしに泣き崩れる。

 

「……私、どうしたら……ゥ」

 

 思考が千切れ壊れかけるほどに、彼を思う。

 脳内で幾度も幾度も反芻され繰り返される、あの夜の“死”。

 アンデッドに成り果てても……あるいはアンデッドに成り果てたからか……忘れ去ることなど不可能な、死の神との邂逅。

 モモン──否──アインズ・ウール・ゴウン魔導王。

 あの化け物を恐れる一方で、それとは真逆の感情に、クレマンティーヌの全身全霊が支配され始めている──あるいは支配され続けている──支配され終わっているのかも、わからない。

 

「アインズ……ウール……ゴウン……」

 

 熱病のように一人の男を思う。浮つく身体をベッドに横たえた。一掻きごとに襲いくる陶酔に身をゆだねる。背筋がのけぞるほど心地よい。甘ったるい嬌声を枕に埋める。

 クレマンティーヌは、ひたすらアンデッドの王を想い、しのぶ。

 

 

 

 

 帝国の属国化より数ヶ月が経過した。

 アインズ・ウール・ゴウン魔導王がヤルダバオトなる大悪魔を征討した報が、諸国に衝撃を与えた。

 だというのに、クレマンティーヌは相変わらず、帝国帝都の端っこをうろついている。

 無論、ヤルダバオト討伐と同時に、ズーラーノーンの影響が少なかった聖王国が、魔導国と盟を結んだために──唯一の安全地帯と見做されていた逃亡先候補まで封殺されたことで、打つ手がなくなりつつあるという問題もあった。結果的に、クレマンティーヌが聖王国に逃げなかったのは正しい判断だったわけだ。

 しかし、逃げねば。

 逃げなければいけない。

 逃げなければ見つかってしまう。

 逃げなければ、いつかきっと、取り返しのつかないことになる。

 情報を流すなどして、あのアインズ・ウール・ゴウンに楯突くなど論外。もはやエ・ランテルに近づくのも、ナザリックなる組織とやらに歩み寄るのも、恐ろしすぎて耐えられそうにない。クレマンティーヌの心が、魂が、砕け散りそうなほどに怖ろしい。

 しかし、逃げることなど可能なのかどうか。

 もしも、もう一度、あの“死”に、恐怖と絶望の具現に、()(まみ)えることになったら──自分は、きっと──

 

「……逃げよう」

 

 その決意を固めるまで、あまりにも時間を浪費した。

 カジットの頭蓋と着替え──盗んだ金銭と武器を鞄に詰め込み、最低限の旅装を整えた。アンデッドは食料も水もなしで動けるから、これで十分。クレマンティーヌは都市国家連合に、場合によっては大陸の端にまで逃げることを決めた。

 魔導国に。

 ナザリックに。

 漆黒の英雄モモンに──アインズ・ウール・ゴウンに、……背を向けて。

 時刻は夕刻。

 旅を始めるにはふさわしくない時間だが、それは普通の人間だったならの話。

 元々が英雄の領域に足を踏み込んだクレマンティーヌ──さらにはアンデッドになったことで、夜闇を行く能力も完璧と来ている。何も心配はいらない。静かな早足で通りを進み、都市国家連合までの道を歩み始めた──その時だった。

 

「えッ?」

 

 奇妙な感覚があった。

 得体の知れない、引力のようなもの。

 交叉路を渡ろうとして、大通りの先に視線が止まる。

 普通、常人ではまったく気付きようもない、物理的距離。

 魔導国の紋章を掲げた馬車。見目麗しいメイド。白銀の四足獣と黒髪の女冒険者。

 その中心に聳える、漆黒の全身鎧。

 忘れはしない。

 あのアンデッドの偽装した姿に相違ない────だが。

 

「…………違ウ?」

 

 とっさに建物の影にひそみ、注意深く様子をうかがう。

 あの偉丈夫からにじみ出る気配……なんというか……オーラのようなものは、直感的に、クレマンティーヌが知る化け物アンデッドのそれではないことを教えてくれた。そう確信できる何かを感じたのだ。

 

「いったい、どういうことヨ?」

 

 化け物アンデッドは、やはり二体いた?

 否、否、否。

 そんなバカなことがあるものか。あってたまるものか。

 思い出せ。エ・ランテルで両者が対峙してみせたという話は、本物と偽物──モモンの影武者役がいたということ。あの全身鎧は寸分たがわずクレマンティーヌと互角に戦い、最終的に蹂躙し尽したアンデッドが身に帯びていたものに相違ない。故にこそ、それを自分の替え玉に装備させるのは当然の措置だ。あれだけのアンデッドが魔法で造ったアイテムや装備であったとしたら、それを身に纏う影武者も相応の力の持ち主であるはず。クレマンティーヌの眼が、強大な力を視野で感じとっている。アンデッドと化したが故の特殊能力か──はたまた──

 

「──ッ!」

 

 クレマンティーヌは顔を背けた。

 やばい。

 気づかれた。

 漆黒の英雄──魔導王の影武者だろう男の視線が、クレマンティーヌのそれと重なった気がした。

 両者の距離は数百メートル。通常人類では問題など無かったはずだが、あの魔導王の影武者が、ただの人類である可能性は? ──その周りにいるメイドたちの正体は?

 

「くそッ!」

 

 打てる手はひとつだけ。

 逃げるしかない。

 クレマンティーヌは夕暮れの雑踏に紛れるように、逃走を始めた。

 

 

 ・

 

 

 パンドラズ・アクターは、少しだけ判断に迷った。

 謎の監視者が存在した。

 そして、そいつはどういうわけだか、自分たちと近しい“気配”を漂わせていた。

 ナザリックのシモベ固有の敵味方識別のオーラ……それを、金髪の女から感じた……気がした。

 まったくの謎だ。

 外の存在であれば、あのような気配を(ただよ)わせるはずがない。

 もしや、この異世界に到来した別の御方の? ──否。それはありえない。感じ取れる気配は微弱なうえ、自分たちの視線に気づいて逃げるというのは、どう考えても怪しすぎる。至高の御方々であるならば逃げる理由などない上、もっと明確で強壮なオーラを発せられるはずなのだ──自分たちの主人、アインズと同じように。

 最も高い可能性としては、外の存在が何らかの技法で、ナザリックのシモベに……擬態を?

 否。

 それとも何かが決定的に違う印象が残っているのは、正直解せない。

 むしろ、あの気配は、……よくよく思い出して考えてみると、アインズの使役するアンデッドたちの気配と、似ていた。帝国にも多く派兵されている中位アンデッドたちのそれとダブっていたような──そんな淡く希薄なモノを感じたのだ。

 しかしアインズが使役する存在が、自分たちの視線から逃亡するなど、ありえるものか?

 実に興味深い……だが。

 

「ふむ。困りましたね。私はこれから、帝国皇帝との謁見……帝国の冒険者組合における、魔導国式のシステムや人工ダンジョン造営のための折衝会議に赴くはずだったのですが……」

 

 今の自分の任務を思う。これがアルベドの発足した秘密部隊・探索チームの任務中であったら話は早かったのだろうが、モモンの状態ではそうもいかない。

 そう。

 何より、時間的猶予が少なかった。

 この後の予定を遅延させるなどしていいはずがない。モモンは今や魔導国と帝国の冒険者を統括する立場。審判者にして議長である彼がいなければ、動議は進まない。

 地下の掘削工事に導入される土堀獣人(クアゴア)──亜人を率いるリユロなる魔導国の従属者と、個人的な親交をジルクニフ皇帝は結んで久しいため、現地人の中では見どころのある両者に任せるというのも実質可能だろうが、こと冒険者のあれこれには、モモンの判断と裁量は不可欠である。

 

「それに、英雄モモンが時間にルーズと思われるのも……」

 

 至高の御方(アインズ・ウール・ゴウン)の望むところではない。

 下々のものなどいくらでも待たせておけばよいとも思えることだろうが、そのような傲慢を、あの御方(アインズ)が許すものだろうか。

 そんなモモンの当然すぎる思考と判断を、黒髪の美姫が支持した。

 

「パ──モモンさんは、どうぞ皇城へ」

 

 任務を最優先で果たすべきだと提言する漆黒の美姫──ナーベは、すべてを承知したような口調で、姉妹たちと共に頷いてみせる。

 

「あれは我々が……戦闘メイド(プレアデス)が捕縛・確保いたします」

 

 もともと、ここでモモンとナーベは別行動をとる予定だった。

 馬車の中でユリが棘付き手甲を握り、ルプスレギナが聖杖を担ぎ、シズが魔銃を装填し、ソリュシャンが暗殺者の短剣を、エントマが大量の符を手に手に取り出してみせる。

 謎の気配に対し、アレと同等程度の戦力が六人分。これだけでも申し分ない戦力差と言えるだろう。

 

「わかりました。では、影の悪魔(シャドウデーモン)部隊なども支援としてお連れください。けっして、ご油断などされないように。それと、私の方からデミウルゴス殿に連絡を取り、さらにバックアップをお願いしておきましょう。何かございましたら、彼の方にご連絡を」

「ありがとうございます。そちらも、お気を付けください」

 

 ナーベラル・ガンマは微笑んだ。

 モモンは後事を彼女らに託し、ハムスケと八脚刀の暗殺蟲(エイトエッジ・アサシン)らと共に皇帝の城へ。

 

「さて──我々はこれより、帝国内で遭遇した不穏分子の拿捕(だほ)……治安維持活動を開始します」

 

 冒険者ナーベの号令と監視のもとで、メイド悪魔──もとい戦闘メイド(プレアデス)による追跡劇が、はじまった。

 

 

 

 

 

 

 




某女悪魔・某吸血鬼「「アインズ様が外で“女”を作っていたで(ありん)すって!!!???」」
アウラ「ステイ」


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