フォーサイト、魔導国の冒険者になる   作:塒魔法
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しばしの別れ、そして

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「本当に、お世話になりました」

 

 深々とお辞儀するのは、金髪を朝日に輝かせるラキュースの姿だ。

 彼女たちアダマンタイト級冒険者“蒼の薔薇”が訪問してより数日後、ついに帰還する時を迎えた。

 

「いやぁ、惜しかったな……あの地下ダンジョンの第三階層、もうちょいで攻略できたと思うんだが」

「あれはしようがない。あんな鬼仕様のダンジョン、世界でも例を見ないぞ」

「だな。あの地下迷宮、本気で攻略しようと思えば、数日単位の時間がいる」

 

 そう名残惜しそうに告げるガガーランとティアとティナ。

 女戦士の武錬や神官の信仰系魔法でもどうしようもない規模の敵の数……複雑に入り組んだ迷路と悪辣な罠……おまけに、それらの難行を突破した末に、最後の広間で待ち構えていたのは、第三階層を預かるボスモンスター。

 

「まぁ。私たちはあの地下ダンジョンの攻略だけが目的でやってきたわけではないのだ。本業の任務の合間としては、及第点だろう」

 

 そう総括するイビルアイに、見送りに出向いた漆黒とフォーサイトは首肯でもって応じる。

 蒼の薔薇は、魔導国で行われている“新しい冒険者システム”をお披露目され、実地での調査を行ってきたが、どれもが瞠目して然るべき内容の連続であった。さらに並行して理解されたことも多い。潤沢なアンデッド軍による武力の拡充のみならず、エ・ランテルの都市開発事業や多種族協和政策、ルーン武器の普及や魔法技術の洗練化なども順当に進行し、建国からわずか数ヶ月とは思えないほどの発展ぶりを随所に表し始めている。

 一年……否、あと半年もすれば、蒼の薔薇の住まう王国は、魔導国における生活水準・文化レベルを“下回る”と言われても、なんら不思議ではない。

 何より、これほどの国を預かるアンデッドの王の力量……あらゆる魔を導く王の知性と治世は、並大抵のものではないと言わざるを得ないものがあった。

 

「モモンさん。──本当に、このたびは大変お世話になりました」

「いえいえ。私も皆さまのお手伝いが出来て、うれしかったです」

 

 王都で別れた際の、過日の約束を果たせた。

 固く手を握り合う蒼薔薇と漆黒の二人。

 

「できれば、魔導国とはより良い関係を──友好国として、今後とも共に歩んでいければと、王国貴族──アインドラ家の嫡女として、願わずにはいられません」

「──私も。魔導王を監視する立場の者として、両国の友好の懸け橋になれるよう、全力を尽くしたいところです」

 

 両手にこもる力を今一度固くする二人の冒険者。

 名残惜しくも別れはくるもの。

 

「あの、モモン様!」

 

 だが、まるで抗うかのように、一人の冒険者がモモンのもとへ駆けていく。

 

「イビルアイさん──どうかなさいましたか?」

「あの、私……」

 

 仮面越しでも伝わる緊張の声。

 小柄な体躯で、指にはめている指輪をイジりながら、イビルアイは指輪を強くはめなおす。

 

「今回、この魔導国で、私たちは学びました。アダマンタイトの、さらにその先があるということを」

 

 モモンの首に下げられた、ナナイロコウの輝きをイビルアイは見つめている。

 

「私は、もっと、もっともっと、今以上に魔法の研鑽を重ねて、きっと、いつか、あなたと並び立てるだけの魔法詠唱者になってみせます!」

 

 驚きを面にするラキュースたち。

 ガガーランなどは「今から魔導国に鞍替えしてもバチは当たらないぜ」と笑うが、

 

「バカを言え。この私が、仲間を見捨てていくものか!」

 

 ヘッケランは、意外にも仲間思いな、正体不明の魔法詠唱者の心意気に対し、感心の首肯を落とす。

 やはり、アダマンタイト級は仲間たちの絆も強いことが条件なのだと納得を得る。

 

「でも、モモンさんから仲間になってほしいと言われたら?」

「ぬぐッ! ……いや、でも──」

「正直に言って?」

「わ、私は、まだ、そこまでの力量には足りていない!」

 

 ティアとティナに対するイビルアイ。

 それが今回の任務で、嫌になるほどわかったという。

 モモンたち“漆黒”の仲間(メンバー)になるには、何もかもが足りていないのだ。

 

「おまえら、帰ったら覚悟しておけ! 蒼の薔薇はこんなところで、アダマンタイトで終わるチームではない! おまえたちも、モモン様たちに負けぬほどの強さを身に着けるべく、私が死ぬほど特訓してやるんだからな!」

「うふふ。はいはい」

「まぁ、お手柔らかに頼むわ」

「わかった」

「了解」

 

 姦しく笑い合う女たち。そんな蒼の薔薇の様子をどう思ったのか。

 

「ふむ。なるほど──少し、評価を改める必要がありそうだ」

 

 仲間か──そう、ぽつりと呟いたモモンの声を、ヘッケランは聞いた気がした。

 

「蒼の薔薇の皆さんの健闘を、この魔導国でお祈りしております。また、何かありましたら、その時はよろしくお願いします」

「ええ。もちろん。……今、諸国で不穏な動きを見せる連中もおりますし」

 

 ヘッケランは背筋をただした。

 あの酒場で聞かされた話を思い起こす。

 ひょっとすると、再会のときは近いのかもしれない。

 

「フォーサイトの皆さん」

 

 ラキュースの向けた微笑と握手に、ヘッケランは即座に応答する。

 

「漆黒のお二方同様に、皆さんにはお世話になりました」

「魔導国のこと、いろいろ教えてくれて、あんがとな!」

 

 ヘッケランと並んで、イミーナやロバーデイク、そしてアルシェにも挨拶を交わしていく蒼の薔薇の面々。

 そして、

 

「イビルアイさん」

 

 同じ魔法詠唱者同士の二人が握手を交わす。

 

「──世話になったな」

「こちらこそ、おかげさまでとてもいい勉強になりました」

 

 イビルアイは魔法詠唱者でありながらも、蒼の薔薇でも最強級の風格を備えた実力者。

 魔法詠唱者では戦士などの前衛に隠れるしかないという常識を、アダマンタイト級冒険者が崩したのだ。

 

「言っておくが」

「はい……イビルアイさんや、ナーベさんのような実力が伴ってこそ、ですよね?」

「そうだ。だから無理はせず、まずはおまえの持ち味を生かせ──魔法の才能と、その看破の異能(タレント)をな」

 

 しっかりと頷くオリハルコン級の少女に、イビルアイは仮面越しに満足の表情を浮かべているようだ。

 

「あ、あとですね」

「うん?」

 

 アルシェはイビルアイの耳元に顔を寄せる。

 

「私、“負けませんからね”」

「ん?」

「“同じひと”を、追いかける者同士」

「……ッ!」

 

 頬を赤らめる少女のいたずらっぽい苦笑に、イビルアイは人差し指を突きつけながら後ずさる。

 世にも珍しい、アダマンタイト級冒険者の後退であった。

 

「おま、おままま! ま、おまえ、まさか!」

「……“負けませんからね”」

 

 アルシェは再び宣言した。

 それに対し、イビルアイは動揺を抑えるように肩をおろす。

 

「……私だって、“負けはせんぞ”?」

 

 二人は互いの意を示し、正々堂々と互いの思いを確認し合った。

 

「そろそろ出発っすよ!」

 

 王都への馬車を操るのは、この国へ蒼の薔薇を送り届けた、例の元メイド悪魔さん。

 出発の刻限。

 

「では、皆さん、お元気で!」

「魔導王陛下に『よろしく』って伝えといてくれや!」

 

 魔導国の土産を満載し、蒼の薔薇は王国への帰路についた。

 イビルアイとアルシェが、互いの視線の気配に気づき、同時に頷きあう。

 早朝の通りを、馬車が門の外に出ていくまで、全員が見届けた。

 

「──行っちまったな」

「なにげに、すごい体験だったわね。あの蒼の薔薇と過ごしたなんて」

「確かに。我々も、ダンジョン第三階層・地下迷宮の仕組みを、より深く知る機会を得ました」

「私も、イビルアイさんから、いろいろと教えてもらえた」

 

 今回の出会いは、フォーサイトの貴重な財産となった。

 単純な金銭では、とてもではないが賄うことなどできない財貨に。

 

「皆さん。この数日は本当にお疲れさまでした」

 

 漆黒のモモンは、ナーベとハムスケを背後に従えたまま、フォーサイトの働きを労ってくれる。

 

「とんでもありません。モモンさん」

 

 ヘッケランをはじめ、全員がなんでもないことのように微笑んだ。

 むしろ、こちらこそが感謝しなくては。

 

「魔導王より、今回の褒賞として、これを預かっています」

 

 言って、モモンは袋詰めにされた金貨を人数分、贈る。

 

「あと──ナーベ」

 

 謹直に返答する黒髪の女従者が、四人分の短剣を差し出した。

 

「これって?」

「これも、アインズ・ウール・ゴウン魔導王陛下からの報酬です。受け取りなさい」

 

 いっそ高圧的とも言える美姫の命令。

 だが、魔導国に住まうもので、彼女の性格や口調を知らぬ者はいない。

 

「ありがとうございます!」

 

 魔導王陛下からの報酬として有名なのは、冒険者組合長のアインザックの短剣がある。

 きっとそれと同じように、ヘッケランたちの勤労を認めてくれたと。

 まだ直接フォーサイトが王陛下に会ったことはないが、こんな下々の冒険者の働きまで労うとは。

 いったい、どれだけ度量が深く、慈悲深い王様なのだろう。

 

「今後とも、魔導国のために、この国に住む人々のために、どうか励んでください」

 

 モモンの告げる声に、フォーサイトは一斉に応え、頷いた。

 

 

 

 

 ・

 

 

 

 

 一方、ナザリック地下大墳墓。

 第一階層の墳墓、入り口にて。

 

「ああ、パンドラズ・アクター」

「これはデミウルゴス殿。お久しぶりでございます──おや?」

 

 蒼の薔薇の送別のために、アインズがモモンとなったタイミングで宝物殿への帰還が叶った領域守護者は、同胞が引き連れている外の人間──黒衣に総身を包む女の姿に、存在しない目を(みは)る。

 

「失礼ながら、そちらの方は?」

「ああ、そうだね。後々のために、君にも紹介しておかなければだね」

 

 悪魔が悠々と両手を広げ、ナザリック地下墳墓に隷属せし者の証たるメダル──コキュートス配下の蜥蜴人(リザードマン)と同じものを提げた人間、

 ……否。

 元人間を手で示す。

 

「この者は、君たちが捕らえた帝国の闇金融、そこからさらに遡っていた先の親組織……周辺諸国の害毒となる、我等がアインズ・ウール・ゴウン様とは異なるアンデッドを神と仰ぐ郎党の、元幹部。アインズ様が行方を気にしておられましたが、つい先日、戦闘メイド(プレアデス)の数人が確保したのです」

「ほお……ということは、あの計画に使われる予定で?」

「ええ、まったくその通りです。さすがは、私と同じナザリック最高位の智者ですね。理解が(はや)い」

 

 いと尊き御方・ナザリック地下大墳墓の最高支配者に創られた同胞に、デミウルゴスは羨望などよりも先に、目の前の上位(グレーター)二重の影(ドッペルゲンガー)への尊敬と礼節に即した声音で続けた。

 

「あのズーラーノーンの元幹部であり──エ・ランテルにて、英雄モモンにより誅伐された大罪人──そして、現在は組織の盟主が組み込んでいたという“アンデッド化”の魔法によって、不死者(アンデッド)の仲間入りを果たした女軽装戦士────さ、自己紹介をしなさい」

 

 デミウルゴスが促すまま、手足を冷たい鎖でつながれたわけでもなく──なのに、嗜虐の限りを尽くされた奴隷よりも従順に、ナザリックという単語を聞いただけで、生まれたての小鹿のごとく震える金髪の女が、震え続ける唇を開く。

 

 

 

 

 

 

「ク……クレマンティーヌ、です。よろしく、お願い──しまス」

 

 

 

 

 




復活!
クレマンティーヌ復活!
(いや、死んでるから復活じゃない?)


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