フォーサイト、魔導国の冒険者になる 作:塒魔法
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ただ、名前だけなので詳しい部分は空想などで補っております。
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さらに地下へと続く人工ダンジョン。
ゴールへと無事にたどり着いた蒼の薔薇は、ひとつの宝箱を囲んでいた。
「しかし、ずいぶんと豪勢なことだよな。突破試験に合格したチームに、宝箱ひとつプレゼントなんてよ?」
ガガーランが両手に抱えてみせるのは赤色を基調としたシンプルな木の箱だ。
彼女は軽々と持ち上げてみせているが、その重量を考えると並みの人間ではこうはいかない。アダマンタイトを預かる女戦士の膂力だからこそなせる業であった。それでも、さすがのガガーランと言えど片手ではこの重量を支えられそうになく、両手でどうにか持ち手部分を握る格好を取らざるを得ない。
ものは試しと宝箱の重量挙げをやってのけたガガーランは、箱を元の場所に置く──そんなに大きくない箱だが、意外にもズシンという音色を奏で、洞窟内の空気を震わせてみせた。
「じゃあ、開けてみましょうか?」
「さて。何が出てくるのやら──」
「よくある金銀財宝か?」
「古代の遺物とか?」
期待に胸が膨らむ五人。
ガガーランのような力量がなければ持ち運ぶこともできないような財となれば、果たしてどれほどのものか──
チームを代表し、ラキュースが蓋を開けた。
「え?」
「ああ?」
「なに?」
「これ?」
「うん?」
全員が首を傾げた。
そのわけは、いたって単純。
「布の、……袋?」
それが五つ。
蒼の薔薇の人数分。
布袋は実に簡素なもので、特別な刺繍や宝飾があるわけではなく、ごく普通の背負い袋にしか見えない。
「これが、お宝?」
ガガーランがぼやくのも無理はない
あれだけの重量があるのであれば、中には金貨や銀貨が満載されていると思って当然。
だが、蓋を開けてみれば、中身はつまんでもちあげることができる、ただの布製品だなどと、誰が予想できるものか。
イビルアイが理解を示す。
「なるほど。宝箱自体の重量が重いタイプか」
小さな魔法詠唱者が指摘したことは事実であった。
全員が背負い袋を手にとって確かめた空箱は、木の外見からは想像もできないが重い金属で出来ている。
「盗難防止用ってところかしら? それにしても、この布袋は?」
「使ってみればわかりますよ」
一同はヘッケランを見やった。
彼の手には、ラキュースたちが手にするものと遜色ない──どうやら大量生産品らしい背負い袋が。
見渡してみると、どうやらフォーサイトのメンバーたちも同じものを手にとりだしている。
「ヘッケランさんたちも、この袋を? ──でも、これは一体?」
「百聞は一見に如かず」
そう言って、ヘッケランは自分の背負い袋からいろいろと取り出し始めた。保存のきく携帯食料や長旅には必須の水袋、戦闘を左右することになる各種ポーションや魔法のアイテム、武装のメンテナンス道具など、冒険者であれば当然のように携行しているだろう品々──しかし、
「え、どういう──!」
「おい、もしかして!」
ラキュースとガガーランが声をあげる。
ティアとティナも沈黙のうちに目の前の現象を理解した。
チームの頭脳──イビルアイが事実に対して、疑念の言葉をもらしていた。
「ちょ……あんな布袋のどこに、あの量が?」
布袋はそれほど巨大というものではない。せいぜい2キロ前後で袋がパンパンになるだろう程度の大きさである。
なのに、ヘッケランが取り出し、商店のごとく陳列していった袋の中身は、どう考えても背負い袋の許容量を超過していた。
このアイテムがいかなる意味を──とくに冒険者にとってどれほどの価値があるものか。
考えるまでもない。
「“
「ご、50キロを、持ち運び?」
「イビルアイのカバンよりも便利」
「ガガーランの全身鎧も詰め込めそう」
「へぇ……こいつは、たいしたもんだぁ」
「マ、マジックアイテムを、恩賜って……え……この量を?」
ラキュースたちの五つと、ヘッケランたちの四つ。
貴重なはずの魔法の道具が、合計で九つ。
無論、マジックアイテム自体は、然るべき工房や技術者、魔法詠唱者の手によって製造されるもの。ラキュースたちにしても、冒険の果てに獲得したり、然るべき手段で購入したりして、自分たちの戦闘や冒険に利用させてもらっている。
だが、一般の冒険者に支給されるものなど、身分証明証としてのプレートくらい。
それに対して、魔導国ではミスリルのプレートやオリハルコンのプレートを支給するのみならず、マジックアイテムを下賜するというのだ。それも、チーム単位ではなく、個人単位でマジックアイテムを供与可能という現実。
「ただし。これは一人一個までが無料です。壊したり失くしたりしても再支給はなく、既定の料金で購入する以外、再入手はできない品です」
「陛下からの恩賜品ですからね~。当然ですけど、悪用や転売、窃取は厳禁です」
「万が一発覚し次第、そのような
「いまのところは、そういう奴が出たって報告はないですけど……ね?」
アルシェが言葉を向けた先には、魔導国──このエ・ランテルの法の番人がいる。
モモンは少女の声に片手をあげて応じた。
「ええ。幸いなことに。──私が直接、この都市の人々に手を下すようなことはおこっておりません。これもひとえに、この都市に暮らす皆さんの協力のおかげです」
蒼の薔薇は感嘆したようにモモンの語り口を耳にする。
舞台役者のごとく透き通った声は心地よく、誰もがその調べに聞き入ってしまう。
「無論、すべてがうまくいっているとは言い難い。建国初期は何者かがエ・ランテルの子供を魔法で唆し、魔導王の行進列を妨害したことまである」
「な! そ、そんなことが?」
「ええ、イビルアイさん。そのときのことがキッカケで、私は魔導王の監視者──この都市の法の執行者として働くようになったのです」
王国には伝わりようがなかった、モモンやナーベたち“漆黒”の転向……その真実をようやく知れた。
「その話、詳しく訊きたいところですが」
「ええ。ラキュースさん……第二階層が待っています」
エルダーリッチのKが扉を開けた。さらに地下へと至る階段が現れる。
「んじゃあ! 行くとしますか!」
闇の先へ率先して向かうヘッケラン。
その背中を追うイミーナ、ロバーデイク、アルシェ。
そんな新米冒険者とは思えない意気を纏うチームと共に、蒼の薔薇は第二階層を目指す。
「──これは」
階段を降りた先に待っていたものに、アダマンタイト級冒険者たちは瞠目せざるをえなかった。
「神殿……?」
神官のラキュースがそう見紛うほど荘厳な空間。
魔法の明かりやランプで照らされた柱は高く、ドワーフの匠の腕が活きていると一目でわかる。
その奥深く。闇の帳の向こうから、
「何かが来る?」
真っ先に気付いたのは、双子の忍者。
足音はなく、目に見える形もない。
だが、気配だけは、感じられる。
ティアとティナの警戒を受け、蒼の薔薇は職業柄、つい武器を構えそうになる……が、
「蒼の薔薇の皆さんは、さがっておいてください」
フォーサイトが悠然と前に進みだす。
ヘッケランが二つの剣を抜き払い、イミーナが弓矢を構える。
ロバーデイクの
「第二階層の“
そのアンデッドは、
神殿に無数に並ぶ影の中。
そこに蠢く何者かの気配。
だが、それは形もなければ音もない。ふと、影から影と蠢動し続ける刃の引っ掻き傷が、音もたてずに地下空間のアチコチへ刻み込まれ始める。
ラキュースは気づいた。
ガガーランも、ティアも、ティナも、イビルアイも、それが何かわかった。
影の谷を徘徊する影絵のアンデッド────
「“
ラキュースたちが驚愕したのも無理はない。
ほとんど書物の中にしか登場しないこのアンデッドは、強力かつ凶悪な存在だ。
おまけに、このモンスターの厄介なところは──
「おいおい! 非実体系統のアンデッドの中でも最悪なヤツだぞ!」
この存在は、剣や矢などの物理攻撃が通じない、いわゆる
これを相手にする場合、現実世界の攻撃はなんの意味もなさない。
先ほどまでのアンデッドの軍勢──スケルトンやゾンビは、ガガーランたちのような前衛でも砕き潰せる実体があった。しかし、このアンデッドは伝承の通り、影から影へと徘徊する影絵──そして、影の中に入り込んだ生命を、切り裂き引き裂き喰い尽くす残虐な悪魔。
「おい! 明かりを落とせ! 早くしろ!」
イビルアイが明確な対処法を叫んだ。
影が生じるのは光があるから。
すべての光を失えば、影が生まれる道理はない。
ところが──
「ヘッケランさん! ランプを消して! アルシェさんも〈
ラキュースの警告を、フォーサイトは軽く笑って受け流した。
そして、
「ご心配なく」
ヘッケランは笑みを消して前へと向き直った。
フォーサイトの全員が、戦いの空気を纏ったのだ。
「こいつと戦うのは……今日だけでも“六度目”ですんで」
フォーサイトは戦う。
ならば蒼の薔薇も応戦すべきだと、ラキュースたちは態勢を整えようとしたが、
「皆さんは下がっていてください」進路をモモンとナーベに阻まれた。「先ほどの戦闘で消耗された体では、万が一ということもありうる。国賓たる皆さんにもしものことがあれば、王国との関係にも影響しかねない」
ラキュースは抗弁しようとモモンの腕を掴んだ。
「大丈夫です……どうかご覧ください。彼らを」
フォーサイトの戦いぶりを。
人工ダンジョン・第二階層は、いわゆるボス戦
ここで「伝説のアンデッドを討伐すること」
それが、オリハルコン級冒険者の条件