フォーサイト、魔導国の冒険者になる   作:塒魔法
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蒼の薔薇、フォーサイトと邂逅す

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「はぁぁ……」

 

 魔導王との謁見もひと段落ついて、ラキュースたちは重苦しい空気を肺の外に追い出した。

 屋敷の外に出るまで張り詰めていた雰囲気が、伸びきった糸が切れるように、フッと緩む。

 吸い込む空気がこれほどおいしいと感じることは、滅多にない。

 

「……いつになく緊張した」

「王国の王よりも緊張した」

「まったく──今でも思い出しただけでブルっちまう」

 

 ティアとティナがこらえていた汗を拭い、ガガーランが籠手に覆われた両手を掲げ見せる。

 アインズ・ウール・ゴウン魔導王。

 どんな稀代の名君と比較しても超絶的な威と力を顕示した……王の中の王。

 

「どうだった、イビルアイ?」

 

 同じアンデッドとしての意見を求め、チームの魔法詠唱者に訊ねてみる。

 

「どうもこうもない……あれは、確かに、ヤルダバオトを討滅しても、なにも不思議ではない……」

 

 化け物だ。

 王の屋敷の敷地内で口に出して明言こそしないが、同じアンデッドでありながらもイビルアイは、そう評するよりほかにないらしい。いくら盗聴防止用のアイテムがあるとしても、あの魔導王を前にしては、そんな工作など児戯に等しいのではあるまいか。

 イビルアイは呻く。

 

「うーん。アンデッドなのに、いっそ異様なほど神聖な、一瞬だけ見えた気がした、あの黒い、漆黒の後光……そして、尋常ではない、ありえないほど膨大に過ぎる魔力……あんな存在、少なくとも私は、見たことも聞いたこともないぞ」

「……イビルアイでもわからないとなると、打つ手なしよね」

 

 イビルアイの正体は、十三英雄に倒された──ということになっている『国堕とし』の吸血姫。

 リグリットたち十三英雄の幾人かと戦い、その果てに敗れ、そうして保護された少女は、御伽噺にうたわれる魔神たちと戦いもした、生ける(?)伝説の一人なのだ。

 そんなイビルアイをして「規格外」と言わしめる魔導王……伝説のアンデッドを数多調伏し、支配下に置く能力……どれもが小さな魔法使いの認識を超え過ぎていた。

 

「それにまさか、あのメイドさんたちが……ヤルダバオトのメイド悪魔だったとは、な」

 

 イビルアイが嘆息めいた調子で肩をすくめた。

 つい先ほど知った──あの情報は、ラキュースも驚くしかなかった。

 イビルアイの質問が終わった後、ラキュースが噂に聞いていた話……「魔導王はヤルダバオトの配下を、その支配権を奪略した」という情報を確認してみた。

 その返答を、魔導王はあっけなく肯定する形で示した。

 

「君たちもすでに見て会っているではないか」

「……会っている?」

 

 そうして紹介されたメイド悪魔の内の二体が、ラキュースたちを魔導王のもとまで案内してくれた、あの気さくなルプスレギナと、丁寧な物腰のソリュシャンというメイドだったのだ。これは、その二人と王都で交戦したナーベが「確かに、彼女たちは私が、あの時に戦ったメイドたちです」と言っていたので確定だ。

 他の三体のメイド悪魔……イビルアイが交戦したアルファとデルタ、そして、ガガーランたちとも戦った蟲のメイドも、今では全員が魔導王の管理下に置かれ、魔導国内で勤労に励んでいるという事実。

 なんだったら、ここへ連れてきて紹介しようかと提案されたが、さすがに恐ろしすぎて固辞させてもらったほどだ。

 もはや何が何やら。

 

「いずれにせよ。これでヤルダバオトの脅威は、完全に解消されたとみて間違いない……あとラキュースや王女様が懸念すべき問題は」

「ズーラーノーンだったか? 俺たちが八本指をブチのめした後に、王国の裏で暗躍し始めた?」

「正確には、八本指が幅を利かせる前から、王国や帝国にいた連中だけどな」

「次から次へと……『悪の種は尽くまじ』という、バアさまの言う通りだ」

「ええ。このエ・ランテルでも、つい一年前にアンデッド騒動を巻き起こしたという話よ」

「──おい。まさかよ、その時の連中が騒いだせいで、魔導王陛下さまがお目覚めになった感じか?」

「さて、どうだろうな。人間程度のやることで、あの強大に過ぎるアンデッドがどうのこうのというのは、私個人としてはありえんとしか言えない。……私並みのド外れた異能(タレント)でもあれば、話は別かもだが」

 

 仲間内でも公然の秘密となっているイビルアイの“生まれながらの異能”。

 イビルアイ本人は、ひとつの都市を容易に壊滅させると言っている。

 リグリット曰く『確かに、あの異能を使えれば、そういうことになる……使えれば』と。

 

「お疲れ様でした、皆さん」

 

 ラキュースが呟く途中、声をかけてくる仁者の音色。

 その偉丈夫の姿に対し、少女の声が即座に色めき立つ。

 

「モモン様! お、お久しぶりでございます!」

 

 遅れて蒼の薔薇の後を追ってきた男と美姫──蒼の薔薇の案内を務めてくれる二人の冒険者を、一同は歓待する。

 特に、イビルアイの喜びようときたら。

 

「またお会いできて、本当に、本当に嬉しいです!」

「お久しぶりです。──王都で別れた時から、お変わりないようで、何よりです」

「あ、ありがとうございます、モモン様!」

 

 いつになく威勢のいいイビルアイの語気に、ラキュースは頬が緩んでしまう。

 

(200年以上も生きる『国堕とし』が……これじゃあ、かたなしね)

 

 だが、相手が漆黒の英雄となれば、それも致し方ないというところか。

 

「イビルアイ、嬉しいのは解ったけど、今は仕事中よ」

「わ、わかっている。けど、せっかくお会いできたのだから、もう少しくらい!」

「だーめ。──モモン殿。できればこのまま、魔導国の冒険者組合にも顔を出してみたいのですが、構いませんか?」

「ん……宿屋で休息をとられた方がよろしいと思いましたが。理由をお尋ねしても?」

 

 予定変更の申し出に、モモンは僅かに疑義を呈する。

 

「魔導王陛下にあれほどの期待をかけられた以上、我々も存分に、この国の冒険者について学びたいのです」

 

 魔導国において始まった『真の冒険者』計画──その概要を、理念を、王の口から直接聞かせられたラキュースは、逸る思いを抑えることが出来ずにいた。

 あるいは、この魔導国における冒険者の姿こそが、これより後、王国を含む近隣諸国……否……あまねく全世界においての指標として成立するかもしれない。その時に、旧態のそれに拘泥していてはいけないと、ラキュースは肌で感じたのだ。この魔導国には、学ぶべきことが数多くある。 “蒼の薔薇”を率いる戦乙女は、完全に理解し尽したのだ。

 

「今は寸刻も時が惜しいのです。宿で寝て休むよりも、より多くのことを学ぶには、自らが動くよりほかにないと思いますので」

 

 ラキュースの気持ちを、蒼の薔薇の皆が理解してくれた。口々に不平不満のお小言を漏らしてはいるが、その音色はリーダーの意見を諫めるものでは断じてない。むしろ、「やっぱりそうなるよな」という、諦めに近い合意であった。

 そんな乙女の心意気に対し、モモンはしきりに頷きを返してくれる。

 

「──判りました。先方には、私から話を通します」

「ありがとうございます」

「予定を前倒しにすることになりますが、そうですね──組合に行く道すがら、冒険者養成用の人工ダンジョンを見学されるのはいかがでしょう? そこで、私の肝入りのチームに、ダンジョン内を案内してもらう手筈になっています。彼らは今日、人工ダンジョンに“籠る”つもりとも聞いておりますし」

「承知しました。我儘を聞いていただき、ありがとうございます」

 

 宿で長旅の疲れを癒す間も惜しんで、ラキュースたちは魔導国を見て回った。

 もともとアダマンタイト級冒険者として、体力には自信がある。それはモモンたちも同じことだが、彼らは現在、エ・ランテルやカッツェ平野のみならず、属国となった帝国領、さらには同盟でつながったドワーフの国や聖王国、さらにはアベリオン丘陵地帯にまで、その活動範囲を拡大させている。そんな広範囲で任務をこなし帰還した後であるモモンたち。彼らを引き回すことになるのは心苦しいところだが、漆黒の英雄は気さくに案内人を務めてくれた。

 エ・ランテルの基礎的な三重円の構造に、新たに設けられた亜人地区……旧スラム地区などを潰した区画のこと。潰れたスラムの住人たちを派遣して開墾と農作が進められた廃村にも、アンデッドたちが多数派兵されていること。大規模農業が可能となり、尚且つ街道整備や霜竜による空輸などの流通手段確保により、魔導国では安価ながらも美味な食料に恵まれ始めていること。

 そうして、

 

「ドワーフとクアゴアを使った、地下都市建造計画?」

「ええ。人工ダンジョンを作成するにあたって、新たに立案された都市開発の一案です。アゼルリシア山脈で敵対関係にあった両種族を教導し共同させることで、地下空間の掘削開発……ゆくゆくは、地下都市なるものを建造することで、増え続ける都市人口と、それを支えるためのインフラを整備する予定なのです」

「……そんなことが、本当に?」

「今のところは、順調に計画が進行している模様です。もともと穴掘と工作が巧みな山小人(ドワーフ)は、鉱脈を掘ることにかけては世界一。ですが、いかに彼らと言えども、落盤事故や粉塵による雪白(アラバスター)病などの危険を考えると無茶はできない。ですが、土堀獣人(クアゴア)たちは地中での活動に最適化された亜人。ドワーフが事故死しかねない状況でも、彼らは難なく生還し仕事を果たせるのです。この両者が手を結ぶことができれば、鉱山での活動だけでなく、なんてことない地下の大工事にも、もってこいというわけです」

「ですが、その……私は詳しくありませんが。地面が穴だらけになるのは、その、地上への悪影響は?」

「そこは、魔法による補強などで十分対応可能なようです。ドワーフの緻密な計算と測定、クアゴアによる大規模な掘削工事、さらには魔導国には大地を使役するドルイド魔法の使い手もいる以上、万が一ということにはならないとか」

 

 やけに魔導国の内部事情に精通している気がしなくもないが、モモンという英雄であれば、これぐらいの情報を集めることぐらい造作もないということなのか。──あるいは、モモンという人物は、ラキュースの友人であるラナーに匹敵するほどの頭脳を持っている可能性も否定できない。

 

「見えてきました。あれが、新しい冒険者の育成のために建造された、人工の地下ダンジョンになります」

 

 その入り口は、実に簡素な──だが、六角錐のモニュメントは、まるで磨かれた宝石のように、陽光を受け照り輝くほどに精緻な造形を露わにしていた。

 

「モモンさん!」

 

 蒼の薔薇と漆黒の一行が、街の目抜き通りの円形広場へ辿り着いたそこで、一組のチームが待っていた。

 

「ご苦労様です……皆さんにご紹介します。彼らは、魔導国のオリハルコン級冒険者のひとつ」

 

 四人の首に輝くのは、確かにオリハルコンプレートの輝き。

 チーム構成はシンプルに──戦士と神官と野伏と魔法使い。

 リーダーらしい青年は微笑み、蒼の薔薇のラキュースと真っ先に握手を交わす。

 

「お会いできて光栄です。

 自分は“フォーサイト”の、ヘッケラン・ターマイトです。

 どうぞ今日はよろしくお願いします、蒼の薔薇の皆さん」

 

 

 

 

 …

 

 

 

 

 イビルアイですら知らない、200年前の事。

 

『国堕とし』という化け物は、確かに存在していた。

 それを討滅すべく、亡国の廃都市に派遣されたのが、リグリットたち十三英雄の一行であった。

 

 戦いは熾烈を極めた。

 アンデッド化──生者の生き血を求め狂い暴れる吸血姫──暴走状態に陥った少女の赤眼は、国を堕とした怪物の鬼顔そのもの。さらには、彼女を守るがごとく参戦する伝説のアンデッドの群れが、十三英雄と呼ばれる強者たちの手を阻んだ。

 当時のリグリット──“死者使い”として有名を馳せた乙女でも、どうすることもできない死の騎士(デス・ナイト)の葬列は、近隣諸国でもめったにお目にかかれない脅威そのもの。おまけに、吸血姫の暴走を相手どらなければならないというのが厄介の極みと言えた。

 

 戦いはようやく終息し、亡国の吸血姫ことキーノ・ファスリス・インベルンは、十三英雄のリーダーやリグリットたちによって保護された。

「吸血姫」は討滅され、以後、「泣き虫のインベルンのお嬢ちゃん」として、十三英雄の一行に加わったのだ。

 

 この時、リグリットは最後の最後まで吸血姫を守るべく戦い続けた死の騎士から、託された。

 死者使いたるリグリットだからこそ、その声を聴くことができた。

 

 

 

『────娘を、────頼みます』

 

 

 

 気絶した吸血姫を抱きしめ護っていた騎士──故インベルン公爵は浄化され、この世から消滅した。

 

 リグリットは、この話をキーノ本人には、話さなかった。

 

 彼女の周囲で諸共に死に、吸血姫と化した娘の濃厚な死の力を浴びた父母や使用人たちの遺体。

 その影響を受けた……キーノ本人は無自覚に、自分と同じアンデッドを乱造し続けた結果として、彼女は自分を守るアンデッドの尖兵を、時間差つきで得ていたのだ。

 

 当初、その話をキーノ本人に話すことはできなかった。

 リーダーやリグリットたちに慣れて、仔犬のように慕ってくれる少女の姿を前に、自分たちが結果的に、彼女の家族を消滅させていたのだ、などと……理解させることは難しかったし、納得させるなど到底不可能であった。

 いつかは言おうと時期を探っていく内に、その期を完全に逸していった。

 

 当時のキーノは。

 幼いままアンデッドと化し、老いず、朽ちず、誰かと共に寄り添うことなく、生きる者を食い殺す怪物として、孤独を余儀なくされた。霧煙る亡国の中で、吸血姫の暴走によって前後の記憶を失うキーノは、生前の頃と何も変わらない少女のまま、実に50年もの時を、外界から切り離された廃都市の中で、さまよい続けた。

 

 何も知らぬ少女を、ただひたすらに守る騎士(アンデッド)たちと共に。

 

 キーノにとっての父や母……家族は……愛娘を殺そうとするもの・キーノを害するすべてを殺戮してきたアンデッド……“ではなく”……生家の屋敷で使用人たちや領民から慕われ、娘を心から愛し、親子で仲睦まじく過ごす……そんな思い出の中の姿だけの方が、まだ幸せだったはずだから。

 

 

 

 

 

 

 

 




ようやく蒼の薔薇とフォーサイトが出会いました。
これで下地は完成。次回からはフォーサイト視点に戻ります。


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