フォーサイト、魔導国の冒険者になる 作:塒魔法
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フォーサイトが魔導国を訪れてから、数日後。
冒険者組合が用意した寮の講堂に、冒険者を志す白プレートの持ち主たちが集められた。
ヘッケランたち四人──ウレイとクーデは、孤児院併設の託児所に預けてきた──は、そこに居並ぶ冒険者見習いたちを眺める。
そうそうたる顔ぶれ、とは言い難い。
駆け出しの冒険者にありがちな危なっかしい雰囲気や、冒険者という職種に変な期待をしているような若人なども散見される。無論、ヘッケランたちのように、しっかりと武装を整えた連中も、いるにはいる。もともと、このエ・ランテルで冒険者をしていたらしい連中だ。彼らの中にはミスリル級などもいるようだが、全員例外なく見習い用の白プレートを身に帯びている。
ヘッケランは、そのうちの一人に声をかけた。
「モックナック」
チーム“虹”を代表する立派な冒険者の男は、いやな顔一つ見せず応える。
「ヘッケラン──フォーサイトも揃い踏みだな」
この男は、魔導国建国時に、多くの冒険者が都市を捨てる中、故郷を捨てることを良しとせずに踏みとどまった、ド根性の持ち主だ。聞くところによると、魔導王陛下と直接言葉を交わした場面を見たものがおり、その時の会話で漆黒のモモンにも一目置かれているとかなんとか、なかなかの評価を得ているらしい。
それ故なのか。
彼とは寮での部屋割りが隣同士であるため、ここ数日、自然と近所付き合いを深めていった。
なので、少しからかいを込めて、親しさと共に尋ねる。
「元ミスリル級なのに、俺らのような新米と同じ白プレートで、本当に納得してるのか?」
「はは! 言っているだろう、ヘッケラン。俺は魔導王陛下の考えをじかに訊く機会を得た。その時に、もう一度冒険者として、さらなる高みを目指すと、心に誓ったのだ!」
モックナックは歯を剥いて笑った。見渡したチームの全員も、納得の表情を浮かべている。
「たとえ、自分が彼のような高みに至れずとも、俺の子や孫が、その極致に到達してくれるかもしれない──その時に、俺の後を継ぐかもしれない者たちに、無様な自分をさらすような真似だけはしないと、あの高潔な二人の御仁、モモン殿と魔導王陛下の評価に値する冒険者となるよう、努力を寸毫も惜しまぬよ!」
「──熱いなぁ」
熱い男だ。
彼の仲間に訊く限り、彼がこれほどの熱意を懐いたのは、魔導王陛下と話をした直後だという。
故郷がアンデッドの国に成り代わってしまったことを悲観していた当初とは打って変わって、魔導王陛下への敬意と尊重の念を懐くようになったと。
そうこうしていると、この都で顔なじみとなった者達との談笑のさなか、講堂の出入り口が閉められる音を聴いた。
講習開始の時刻。アンデッドの骸骨がドアボーイを務めていた会場の空気が、緊張に凍り付いていく。
そして、講堂の壇上に、一人の男が姿を現す。
「おはよう、諸君。私は、魔導国の“新”冒険者組合の組合長、アインザックという」
モックナックとも顔なじみらしい、エ・ランテルの“旧”冒険者組合の長。
だが、彼も王国がエ・ランテルを魔導国に割譲した際に、この都市に残って魔導国の民に数えられるようになった。随分と美しい、ブルーに輝く短剣を腰に帯びているが、あれが噂に聞く、魔導王陛下からの恩賜品に違いない。あれこそが、魔導王陛下は信賞必罰を是とする、規律と道理にもとづいて行動する王君であるという、何よりの証拠となっていた。
続けて、彼を補佐するように傍にいる男が名乗りを上げる。魔術師組合の長、テオ・ラケシルと。
「我等二人は、魔導王陛下からの命を受け、君たち魔導国の冒険者を志す者達を監督し教育するように仰せつかっている──これから紹介する方々も」
アインザックは手元の書面を見下ろし、頷いた。
「そこで先に言っておくが、──ここは“魔導国”。ここで暮らすうちに諸君らも何人かは、この魔導国の実態を把握してきていると思う。アンデッドの警備兵。ゴブリンの軍団。門前の巨人に空を行くドラゴン……人も亜人もモンスターも、分け隔てなく魔導王陛下の臣下として、この都市で暮らす者達だ。それを踏まえたうえで、問う。
この魔導国で生きていくことができるかどうか──できそうにないという考えを持っているのであれば、早々に荷物をまとめ、故郷に帰った方がいい。ここでは人も
人間を絶対的優位に思考するスレイン法国などとは対極に位置する思想だ。
基本的に、スレイン法国出身者は、純粋な人間以外を差別し、奴隷とすることも多い。
確か、帝国のワーカーの有名どころにそういう奴がいたはずだが、例の依頼で全滅したとグリンガムがいっていたか。
しかし、ここに集った志望者たちは、全員が何らかの形で魔導国の実情に触れている。
それができないで、冒険者組合の戸を叩けるわけもない。
「出ていく者はいないな……よろしい。では紹介するとしよう」
アインザックが手で示した先から、彼らが現れる。
まず、度肝を抜かれる巨漢が姿を見せた。
元帝国民にして闘技場経験者のヘッケランは叫んだ。
「ぶ、武王?!」
講堂の天井に届きそうなほどの、山か要塞じみた存在感。
帝国闘技場の覇者として長く君臨していた当代の武王、ゴ・ギン。
魔導王陛下に敗れ、蘇生された後、魔導王陛下の配下となったと噂には聞いていたが、まさかここで出てくるなどと誰が予想できる。アインザックは実に手慣れた調子で、「彼には主に、武技の指導などを行ってもらう」と告げていく。
その後も、屈強なゴブリンの精鋭兵や、リザードマンが数名ほど続く。
そして、その最後に──
「最後にお待ちかねだと思うが、この新冒険者組合“統括”に任命された──漆黒の英雄・モモン殿と、彼の唯一の相棒、ナーベ殿だ」
誰が強要するまでもなく、盛大な拍手と歓迎が沸き起こる。
登壇を願われた偉丈夫と美姫は、悠々と求めに応じ現れた。漆黒の鎧に、黒髪の乙女。会場に詰める者達の歓声と驚声が大きく響く。ヘッケランの隣で、イミーナに肩を叩かれるアルシェが身を固くしていた。
「皆さん。ご紹介にあずかりました、“漆黒”のモモンです」
舞台の中心にあがった全身鎧のアダマンタイト級冒険者は、実に優雅な所作で場内を眺め、そして頷く。
「早速、皆さまには今回の講習を終えた後、健康診断と基礎体力測定を受けていただきます」
志望者たち全員が首をひねった。
健康診断も体力測定も、通常の冒険者登録などの手続きには付随しない……というか、いかなる業態の仕事でも、受けなければならないという風に定められた儀式などではない。
モモンはこの診断と測定によって、より効率よく冒険者としての能力を開花させうると豪語する。
各個人がどんな能力を持っているのか──剣の腕にしろ、魔法の業にしろ、あるいは
「魔導王陛下は、ここにいる全員の未来を見据え、より良い冒険者として大成できるように便宜を図る意向にあります。より多く、より広く、より遠く、より長く、より先へと冒険を進めるために必要なものは、冒険者として能力を存分に強化すること──危険を回避する知識、苦難を乗り越える肉体、未知未踏を追い求める魂──すべて、今の皆さんには、残念ながら不足している。それでは意味がない。せっかくの風にのった種子も、降り立った地で芽吹くことが出来なければ、大輪の花が咲くことはないのです」
ヘッケランの隣で、モックナックが勢い良く頷く。
自分はまったく足りていない──そして、足りていないのであれば補えばよいという、覚悟にあふれた頷きだ。
これは、自分たちも負けてはいられない。
フォーサイトも、まだまだ伸びしろがあるはず。
モモンのような高みの頂とはいかずとも、せめてその一端でも掴めれば、御の字だ。
そうして、必要書類をアンデッドの骸骨たちに配らせつつ、モモンは雄弁な手振りで、今後の冒険者見習いたち──ここに集う者達が目指す場所を示した。
「十分な体力・魔力、基礎戦闘力を取得した、あるいは取得済みと見込まれる方には、現在、エ・ランテル地下に建造中の、ひとつの試練場に挑んでいただきます」
「試練場?」
骸骨から受け取った資料をヘッケランは眺める。
モモンは両腕を広げ、祝福を授けるように、劇場で歌う名優のごとく告げた。
「魔導国謹製の地下ダンジョン施設──そこを、皆様冒険者たちの力で、攻略していただくことになるでしょう」
「地下、ダンジョン施設?」
都市の下に?
そんなことが可能なのか?
造営にはドワーフたち、スラム地区などを整理した土木作業工なども関わっているらしいが、おそらく疲労しないアンデッドの骸骨たちも、存分に働かされたことだろう。街の建設現場では、彼らの手がなければ仕事が回らないような場面も散見された。それほどまでに、アンデッドの存在が都市の基礎を支えていたのだ。
もはやありえないという言葉は、少しもヘッケランの胸には湧かなかった。
あの魔導王陛下ならば、それぐらいのことを平然とやってのけるだろう。
モモンは最後に、ヘッケランたち見習い全員を見渡した。
「では、各自健闘を──皆様と共に冒険できる日が来ることを、切に願います」
そう言って、モモンは颯爽と真紅のマントを翻し、黒髪の従者を連れて去っていった。
アルシェが声をかけるタイミングすらない。
「モモン殿の言葉を全員、忘れないように。今日も任務に出かける彼の背中に追いつき、並び立てるよう、各員の奮励努力を期待する!」
再び登壇したアインザックの締めの言葉と共に、講習は終わりを告げる。
ついで、先ほど言われていた診断と測定のため、名を呼ばれたものから順に、別会場に移動となる。
「じゃあ先に行っているぞ、“フォーサイト”」
「すぐ行くから待ってろよ、“虹”の」
エ・ランテルに留まっていた冒険者たちが先に移動していく。
都市への愛着と、魔導国の支配を受け入れた彼らが優先的に、新たな冒険者の道を進み始めたのだ。帝国などの外から来た連中が後にまわるのは道理である。
「んじゃあ、いっちょ頑張ってみるか?」
「ふふ。当然でしょ?」
「まさしく」
「うん……絶対、がんばってみせる」
力強く頷く仲間たちが頼もしい。
組合長の点呼を受ける時を待ちわびながら、フォーサイトは来るべき時に向けて進みだす。
・
ヘッケランたちが、魔導国で冒険者の見習いとしてスタートを切った後。
何やら不穏な噂が……あまりにも馬鹿らしい風説が流された。
それは、魔導王陛下──アインズ・ウール・ゴウンの、死。
魔導国の王が、御逝去あそばされた、と。
だがそれは、まったくもってありえないことだ。
魔導国は平穏かつ平和な状態を維持した。
その一報は一時ながら国内を席巻こそしたが、魔導王陛下の側近たち──宰相閣下らの働きによって、まったくつつがないようにされた。魔導国も、属国である帝国も、何もかもが平静であるかのように、これといった波風も立たず、ただただ安らかであった。
その後、魔導王陛下は死んでいなかったことが判明した。
魔導王陛下は、聖王国を蹂躙していた魔皇ヤルダバオトなる大悪魔の征伐を成し遂げるべく、奴を油断させる一計を案じ、聖王国の民を救うべく魔力を浪費した状態で戦いに挑み、その直後、己の死を巧妙に演じた。だが、戦いで損耗した魔皇が傷を癒す間、悪魔に支配されていたアベリオン丘陵の亜人たちを救い上げ、万全かつ最善な状態で挑むことで、ついに勝利を果たされた。
魔導王アインズ・ウール・ゴウンは、五人のメイド悪魔なる戦果と共に、凱旋を遂げられた。
近隣諸国に、魔導国の威光が鳴り響くのは、当然の帰結であった。
そうして、王国の王都にも、ヤルダバオト征伐の報は、瞬く間に届けられた。
「おいおい。本当に、あのクソ悪魔がやられたってーのかよ?」
「ああ……しかも、魔導王とやらが、な。まったく────」
「イビルアイ、なんでそんなに不機嫌なの?」
「愛しの
双子の
「はいはい。喧嘩しないの」
王国のアダマンタイト級冒険者“蒼の薔薇”──
彼女たちは、ヤルダバオト征伐を成し遂げたという王の統べる国に、とある第三王女からの密命を帯びて、向かっている。
聖王国編、いつの間にか終了
次回、“蒼の薔薇”……ついに魔導国へ