フォーサイト、魔導国の冒険者になる   作:塒魔法
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冒険者寮にて

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 帝国のワーカーだった“フォーサイト”は、冒険者の寮に入寮した。

 

 寮での生活など、ヘッケランたちには苦でもないと思われた。

 環境が変わることへの漠然とした不安はあったが、チーム全員であれば乗り越えるのは簡単なこと。

 今までと同じように、乗り越えていくだけ。

 

 宿屋だったらしい建物を改装改築した寮は、二つの建物をひとつに繋げたような構造をしており、そこへ志望者たち住人を男女別で区分けしている。部屋の中は、あの孤児院を思い出させるほど質素で単純な造りだが、張り替えたばかりの木の香りは鼻に心地よい。広さも手狭ということはなく、相部屋としては広めかもしれない。室内には日用品などの私物を入れる木箱のほか、家具であるシングルベッドや机、衣装ダンス、タオルや桶などの洗面用具も、各部屋の中に人数分揃えられている。何か他に欲しいものがあれば、建物の一階にある食堂横の売店で各自購入することになっているが、ヘッケランたちのようにすべて準備してきた者には今すぐ必要となることはない。

 

『室内の机に置かれております“白プレート”を身につけてください。それで、あなた方は正式に、魔導国の“冒険者見習い”として、その地位と人命を保証されます』

 

 入寮の際に男女別でイミーナたちと別れたヘッケランとロバーデイクは、男子寮の管理を務める死者の大魔法使い(エルダーリッチ)から、懇切丁寧に説明を受けた。

 それ以上の詳細については、机の引き出しの中の資料を見るようにとも告げられる。ただ、大概は入国時に管理官であるナーガから説明を受けたものばかりなので、見なくても支障はないだろうとのこと。

 部屋に通され、促されるままプレートを身に着ける前に、アンデッドの寮管理者から念を押された。

 

『同時に、あなた方は祝い金として、金一封を魔導王陛下から恩賜されます。ただし、そのプレートを身に着けた瞬間に、あなた方は魔導国の法を守る臣民となる。御方より与えられた祝い金や寮の調度品を持ち出す行為……窃盗し、国外に逃亡するなどのバカをしないことを、寮管理者としてここに強く推奨いたします』

 

 さもなければどうなるか。

 想像するのも恐ろしいことになると、簡単に予感できる。

 

『以上で説明を終わります。すべてにご納得いただけましたら、書面にサインを。そして、見習い用の“白プレート”を身に着けた時点で、あなた方は魔導王陛下の国民と認定されます──よろしいですか?』

 

 ついで『引き返すならば今しかない』という趣旨の注意勧告も添えられた。

 アンデッドは、ヘッケランたちを憐れんでいるわけではなく、ただの事務作業として、志願者の最後の意思確認を行っているだけだと、その口調の冷淡さから読み取れる。

 ヘッケランはロバーを見やり、共に頷いた。

 二人同時にサインを終え、机の上にあったプレートを首にかける。

 

「これ、なんだ? すげぇ軽いぞ?」

「ミスリルでもオリハルコンでもないですね……」

 

 もちろん、銅・鉄・銀・金などでもない。白い硬質なプレートは、金属とも木材とも言い難い。見たことも触ったこともない、この不思議な細板が、ヘッケランたちの身分証明にして保証書となるわけだ。

 

『ようこそ、真の冒険者を志す方々』

 

 そう言って、アンデッドは室内の鍵付木箱の鍵と部屋の鍵を、使用者となるヘッケランたちに手渡す。

 

『初回講習まで、僅かに日数がある。それまで、この国を存分に冒険し、見聞を広げておくがよい』

 

 死者の大魔法使い(エルダーリッチ)は、己の務めを果たしたのを確認し、あっさりと退室していった。

 ヘッケランは渡された二つの鍵の内、個人用の木箱をあけるものを早速使う。黒い錠前を外し、中身をあらためる。

 

「金一封──なるほどな」

 

 木箱の中には金貨袋がひとつ。

 袋を開け、机の上に広げると、中には金貨一枚と、銀貨が合わせて四十枚ほど詰まっていた。

 太っ腹なことこの上ない。最低の宿でも一晩が五銅貨であることを考えれば、単純に計算すると一か月以上の宿泊費が与えられたことになる。しかも、ヘッケランたちは宿泊施設を使う必要がない。この寮こそが、ヘッケランたちの寝泊まりする場所に他ならないのだから。

 

「魔導王陛下は、我々のような下々のものに、余程の期待を寄せているようですね」

 

 振り返れば、ロバーデイクの方も同額の金貨袋があった。

 期待という言葉が胃の腑に重く感じられてくる。

 

「荷物を置いたら、イミーナたちと落ち合おう」

 

 そのあとはどうするか──久々の作戦会議で決めることにする。

 

 

 

 

「ヘッケラン、ロバー、こっちこっち!」

 

 建物の一階にある食堂スペース……おそらく宿屋時代は酒場だったのだろう一角に、イミーナの姿が。

 六席分のテーブルには、アルシェと双子も座っている。

 

「悪い。待たせたか?」

「全然。いま来たとこ。ね、アルシェ」

「うん」

「イミーナさんとアルシェさんも、“白プレート”を?」

 

 二人の仲間の首には、男衆と同じ見習いの証が輝いていた。

 にこやかに魔導国の冒険者の証を確認し終え、ヘッケランとロバーは席に着く

 

「それじゃ、せっかく食堂に来たわけだし、腹ごしらえといくか?」

 

 腹が減っては何とやら。特に、食べ盛りの双子は待ちに待った昼食に顔を輝かせていく。

 ヘッケランたちは席を立ち、厨房で従業員の女性たちに指示を行っている女性(?)に声をかけた。

 白黒の衣服は、従業員(ウェイトレス)の正装ということはあるまい。それよりも注目すべきは、その女体美。イミーナとは比べるべくもない胸の果実は、暴力的なほど蠱惑的だ。が、しかし、その頭は──

 

「い、……犬?」

 

 どう見てもどう考えても、犬。

 そこいらにいるアンデッドの死相に比べればなんてことはない異形だが、やはり見慣れないものには、思考が停滞を余儀なくされる。

 しかも頭頂部にツギハギ傷を施した姿が印象的な黒髪の女性は、義務的かつ業務的な声色で振り向いてきた。

 

「はい。ご注文ですか?」

「あ、え……えと、俺ら今日、はじめてここを使うもので」

「あなた、メイドさん?」

「ねぇねぇ、メイドさん?」

 

 ヘッケランの声にかぶさるように、双子たちが前へと進み、好奇の視線と共に問いを投げた。

 投げられた犬頭の女性は、そこに佇む幼女たちと向かい合う。

 白黒の衣服は──確かに、言われてみればメイドの装束に違いなかった。

 メイド服の女性が幼い子供と視線を同じにするように身を低くする様は、慈母のような雰囲気すら錯覚させる。

 ──犬なのに。

 

「はい。ご覧の通り(わたくし)、アインズ・ウール・ゴウン魔導国にて、国家の直営機関での従業員指導の任を魔導王陛下より与えられておりますメイド長、ペストーニャと申します。お嬢様方」

「やっぱり!」

「私たちのまえのお(ウチ)でも、あなたみたいなメイドさんがいたの!」

 

 ウレイとクーデは、姉と同じ元貴族。

 まえのお家である屋敷に務める女中(メイド)執事(バトラー)は、屋敷にこもりきりになっていた二人には馴染みやすい部類の存在であったようだ。

 しかも、頭が犬だというのに、双子の天使は意にも介さず話し込む。ヘッケランはアルシェを横目に見るが……さすがに犬頭のメイドを屋敷で雇っていたわけではなさそうだ。

 双子の質問を受け入れる犬頭のメイド長は、相手が幼いからと言って無下にするようなことはない。むしろ慈しむ対象だと心得ているように、まるで手慣れてすらいるかのごとく幼女二人と(たわむ)れてくれる。二人が「どうしてお犬さんなの」と()けば、「私をそのようにかくあれと創ってくれた御方のおかげです」と言って、誇らしげに微笑んでみせた。二人がペストーニャの許しを得て犬の頭や鼻の部分……マズルを優しく撫でると、かなり良い触り心地で双子はさらに感動を深める。それに対しペストーニャという女性は──照れ隠しなのか、サービス精神なのか──「ガーオー」なんてまったく怖くない声で唸ってみせた。勿論、がおがおと爪を立てるジェスチャーをして口を大きく開かれても、双子はピョンピョンはねて笑うばかり。ますます三者の親密度が増していくようであった。

 そうして、はしゃぎきった二人を、姉たる少女が強引に引き留める。

 

「二人共。メイド長さんはお仕事の途中だから、あまり困らせてはいけません」

「「はーい!」」

 

 そうして双子はアルシェの手を握りに帰っていった。

 名残惜しげに手を振って立ち上がるメイド長に、ヘッケランはあらためて声をかける。

 

「すいません。お手間を取らせて」

「いえいえ。とんでもございません……あ、わん」

「えーと。それで、俺ら食堂を使うのは初めてなんですが」

「はい。承知いたしました。この食堂は、各利用者様が各々の好きな料理を注文することができます……わん」

 

 ヘッケランは目を丸くした。

 高級宿屋であれば珍しくもないオーダー制であるが、当然、そういったものに馴染みのないフォーサイトは、冒険者の寮での食事を、軍などで出されるものと同じだろうと思い込んでいた。軍での暮らしは大人数の共同生活故に、その日に食べられるものはほぼ限定されている。朝食はホワイトシチュー、昼食は豚肉の燻製、夕食はミネストローネなど、単品に複数の惣菜が並ぶ。作る側が大人数分を用意して、それを食べる側たる兵士たちが文句を言わずに食べるという感じ。

 だが、ここでは、魔導国の冒険者寮では、そうではないという。

 

「より正確には、一日の内で三種類、無料の料理が提供可能となります。それ以外を注文される方は別途で金額をお支払いいただきます。また、この食堂は一般の魔導国民の方々にも開放されておりますが、無料で食事ができるのは冒険者の証を、皆様のように首からさげている方のみとなります。なので、そちらのお子様お二人は、金額をお支払いになることは?」

「えと、はい。入寮した時に聞いてます」

 

 言って、アルシェは自分たちの部屋に用意されていた金貨袋を取り出す。

 

 女子寮に入室する際に、冒険者志望ではない双子たちの生活で簡単な説明を受けていたのだろう、保護者であるアルシェは真っ先に頷いた。無論、“フォーサイト”全員が帝国を出発する際に、自分たちで用意できる生活費はすべて事前に用意していた。ウレイリカとクーデリカも、そろって魔導国の国民として迎え入れられた──というか、故郷の帝国が属国になっているのでほとんど魔導国の被支配層になるわけだが。

 黒髪犬頭のメイドは淡い口調で繰り返す。

 

「では、改めてご注文を承ります。本日の無料メニューは──」

 

 

 

 

 ペストーニャのオススメ無料メニューで昼食をそこそこに平らげた“フォーサイト”は、あまりにも久しい満腹感にひたっていた。

 

「いやぁ、うまかったなぁ。あのステーキ肉」

「本当ね。あの魚料理……あくあぱっつぁ? あれ最高」

「ほんとにおいしかった。近くに湖とかもないのに魚が食べられるなんて」

「驚きですね。あれだけ新鮮な食材を、いったいどこから仕入れているのでしょう?」

 

 無料メニュー──フォレストボアのステーキ、トブフィッシュのアクアパッツァ、キノコと野菜たっぷりホワイトシチューを堪能したフォーサイトの四人。ウレイリカとクーデリカも、姉の支払いで注文したビーフシチューをおいしそうにかき込んでいる。

 

「慌てなくていいから、ゆっくり食えよ、二人共」

「うん!」

「ゆっくり食べる!」

 

 姉を含む大人組四人と違って、幼い双子は元貴族の出身。行儀作法などを厳しく躾けられる環境下にあった二人は、孤児院でもそうだったが、食べるのが遅いことこの上ない。だが、食事ぐらいゆっくり楽しんだ方がいいだろう。ワーカーや冒険者のように、野外でいつ生死を賭けた戦闘に陥るかもしれない環境で、早食いが身についてしまうよりは百倍マシだ。それに何より……食事中の子供がいれば、まだ席を立たずに済むという、ヘッケランの巧妙な悪だくみも、微妙にちょっぴり含まれていた。

 左右の双子の汚れた口元を拭うのは、もちろん姉の役目。

 だが、ウレイリカとクーデリカは、そうやって拭ってもらいたくて、わざと口元を汚して笑う始末。

 アルシェは苦笑して「食事中にふざけちゃダメ」と言って、「ちゃんと作った人に感謝しなさい」と(たしな)める。双子は手をあげて姉の指導を受け入れた。実に微笑ましい。

 ヘッケランは食堂を眺める。

 付け合わせの焼き立てパンも三個まで食べ放題。他の惣菜も同じ感じ。よく冷えた水は自分でコップに注ぐ……セルフ式だが、綺麗な水が重宝されて当然のはずなのに、それさえ完全無料という食堂は、俄かに活気づいていた。先ほど犬頭のメイド(ペストーニャ)さんが言っていたが、魔導国の国民も使うと言っていたのを思い出す。注文できるメニューが豊富なのもそうだが、値段も割とお手頃だ。そして一番重要なのが、どれも総じて「美味い」ということ。これならウレイリカとクーデリカの食費も不安に思う必要はない。

 冒険者と都市民が肩を並べて、笑って一緒に昼食を食べる様子を見て、ふと気づく。

 なるほど、ここは冒険者と国民の交流の場としても機能するようになっているわけだ。

 

「モモンさんは────────いないわな」

 

 ここが冒険者の食堂ならば、彼らが利用しに来ることもあるだろう。

 しかし、あの漆黒の全身鎧は、影も形もない。あの従者……美姫の姿も。白銀の魔獣も。

 ヘッケランの言葉にイミーナとロバー、アルシェも首を巡らせてみるが、結果はお察しだ。

 

「ま。そんな都合よくはいかないわよ。任務でエ・ランテルを少し離れるって話だったし」

「ええ。氏はこの魔導国の最高位冒険者。多忙を極めておられる」

「うん……そうだよね」

 

 少し残念そうに肩を落とす一行。

 ヘッケランは活を入れるように手を打ち合わせた。

 

「それじゃ、今日これからどうするかの会議……はじめるか」

 

 席が埋まりつつある食堂で、ウレイリカとクーデリカの食事が終わる前に、“フォーサイト”は会議を終わらせねばならない。

 エ・ランテル──この魔導国のどこをどう巡ろうか──四人は意見を出し合った。

 

 

 

 ・

 

 

 

「──変更、でございますか?」

 

 漆黒の英雄モモンあらためアインズ・ウール・ゴウンは、エ・ランテルの居城たる屋敷に戻り、アルベドにひとつの計画変更を申し渡した。

 否、

 

「変更というより、追加、というべきだな」

 

 アインズ・ウール・ゴウンが推し進める、新たな冒険者育成計画。

 その中に、ひとつの要素を盛り込むべく、死の支配者(オーバーロード)は──本人は軽い調子で──提言してみる。

 

「おまえたちと繋がっている王国上層部の協力者を通じて、王国のアダマンタイト級冒険者“蒼の薔薇”に対し、魔導国調査の名目で任務を与え、魔導国で暮らす冒険者たちを宣伝してみたいと、思うんだが……どうだろう?」

 

 

 

 

 

 

 

 




ペストーニャは、子供には本当に甘い(かわいい)
そして
王国の上層部で“蒼の薔薇”に通じる、アルベドたちの協力者…………あ(察し)


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