フォーサイト、魔導国の冒険者になる 作:塒魔法
<< 前の話 次の話 >>
11
応接室に現れた漆黒の全身鎧は、実に気さくな様子で、あの裏路地で別れた時と変わらない調子で、フォーサイトの一行を歓迎してくれた。
モモンが長卓の上座の位置にある上質な黒革の椅子に腰かけ、美姫ナーベは彼の斜め後ろに付き添い、直立不動の姿勢を維持する。
ヘッケランとロバーが廊下側の二席、女性陣がイミーナとアルシェと双子の順で、窓際の四席に座る。
「ちょうどよい時に来られました。あと少しで、私とナーベは任務で都市の外に向かうところだったもので」
「ああ、そうでしたか」
なるほど、受付嬢が慌てた理由も、モモンと入れ違いになることを阻止しようとしての計らいだったのだなとひとりごちる。
ヘッケランはたまらず謝辞を零した。
「すいません。お手間でしたら、俺ら日を改めて」
「いえいえ。任務と言っても、国内の定期巡回ですので、お気になさらず」
魔導国は現在、廃村になった近郊の村々にも人と物資を送り、農耕と開墾を広げさせている真っ最中。各地には駐屯用および農夫補助──つまりは屯田兵としてのアンデッドである
また、それ故に、今の“漆黒”は魔導国と、属国となった帝国以外での活動は不能になっているのは如何ともし難いらしい。
「アンデッドや亜人に慣れる国民はまだ多くはない。そんな中で、“漆黒”たる我々がそばにいることを感じていただくことは、この国に住む人々の希望になってくれているようですので」
「確かに、そうですね」
ヘッケランたちフォーサイトもだいぶ慣れたつもりではいるが、人口の少ない開墾村では、事情が全く違う。遠方の村では都市ほどの安全は望みようがなく、いくら魔導王の派兵するアンデッドが人を襲わないと言われても、万が一という可能性もある。たとえアンデッドが無害だとしても、森などの未開拓地ではモンスターの脅威にさらされるかもしれない。その不安と恐怖を解消するために、英雄たる“漆黒”のモモンがいてくれるだけで、大きな励みになるというもの。現に、ヘッケランたちは彼が『安全を保障する』と言ってくれたからこそ、このアンデッドの国に赴く決意を固められたのだ。
「さて。今から少しだけ、皆さんのお時間を頂いてもよろしいでしょうか?」
「? ……ええ。それは構いませんが?」
ヘッケランに続き、イミーナやロバーが居住まいをただす。アルシェも妹たちに「大人しくしててね」と念押しする。ウレイとクーデは果実水のおかわりをもらいながら、静かに過ごすように努めた。
「では、基本的なことから」
モモンは魔導国での身の振るい方や安全上の留意点など、入国の際にナーガの管理官が行ってくれたものと似たことを確認してくる。まるでフォーサイトの意思状況を確認するようなやりとりであったが、この国で生きていくことを目指す以上、アンデッドや亜人と共存する事実を再認識させる意味では有用であった。と同時に、「後日、講習でもお話しすることになるでしょうが」と言って、魔導国の冒険者が今後目指す“事業”についても、説明を加えられる。
「魔導王アインズ・ウール・ゴウン。彼が目指すのは、『真の冒険者』──モンスター退治の傭兵ではなく、未知を既知に変えていくための存在になることは?」
「それなら、帝国の闘技場で、俺とイミーナとロバーデイクは聞かせてもらいました」
「……なるほど。あの場に直接いたのですね。……アルシェさんは?」
「あ、はい、いえ……私は、妹たちの世話があって、闘技場には」
「なるほど。ですが、ヘッケランさんたちから、話は聞いていたと」
アルシェは生真面目に頷く。
……やや頬が赤みを帯びているのは、旅の疲れからだろうか?
少女の隣に座るイミーナが妙にニヤニヤとした笑顔を浮かべているのは、マジでなんでだ?
「そういうわけで。これまでの冒険者の存在意義を根底から覆すような『真の冒険者』を目指すのが、この魔導国で標準化されていくことについて……率直に、フォーサイトの皆さんはどうお考えでしょうか?」
「……どうとは?」
ロバーが尋ね返すことに、モモンは頷く。
「これまでの冒険者の在り方を真っ向から否定する魔導王の政策に、率直な意見を述べてもらいたいのです」
モモンはここでの会話が魔導国の上層部に漏れることはないと誓約してくれた。
尊敬に値するアダマンタイト級冒険者の名誉にかけて誓われては、ヘッケランたちは答えないわけにはいかない。
「率直に言えば、不安もありますね」
「不安ですか」
「ええ。今までとは違うことを成し遂げないといけないということに、すくむ奴もいて当然だと思います」
事実、フォーサイトと同じ帝国のワーカーである“ヘビーマッシャー”……グリンガムたちは、今まで通りのワーカー稼業に専念すると、誘いをかけてみたヘッケランに言ってくれていた。帝国が魔導国の属国となっても、ワーカーとして金を稼ぐ業態の方が、彼ら大所帯のチームにはあっていると(あと、アンデッドの治める国には近寄りたくないという部分も大きかったようだ)。
ヘッケランは彼らの選択を良しとした。彼らには彼らのやり方で、自分たちの生活を守る方法がある。それを変えるも変えないも、一個人の自由であった。
「でも、俺は、俺たち“フォーサイト”は、『真の冒険者』っていうものに、賭けてみたいと思ったんです」
ヘッケランの脳裏に浮かぶのは、商家の四男として一生を家に縛られることへの忌避感──その反動で芽生えた、物語に謳われる冒険者への憧れ──そして、その現実を知った時の寂寥、失望、諦観。
だが、あの闘技場での演説に、ヘッケランの心は掌握された。
「魔導王陛下が目指す、未知を求め、世界を知り、……そんな冒険が出来たら、どんなにすげえだろうって、……ガキの頃から憧れていた、自分たちで知らないものを、未知を探してみるっていうことを、俺ら四人でやれたら、どんなにいいだろうって」
「──なるほど」
「それに、魔導王陛下が力を貸してくれるっていうのなら、のっかってみるのも悪くないかなー……っていうわけで」
正直すぎて礼儀も何もない、本当に剥き出しの感情そのものな文言であったが、モモンは委細承知した風に笑い声をこぼして頷いてくれる。
見渡せば、イミーナもロバーもアルシェも、ヘッケランの言うことに賛同の眼差しを向けていた。
「ふふ。理解しました。…………魔導王が言ったことは、確実に届いていた、と」
しみじみと考え込む姿勢のモモンは、咳ばらいをひとつ。
「では皆さん。私から最後に、もうひとつだけ質問を」
モモンの神妙な気配を感じ、ヘッケランたちは身構える
「真の冒険者として──世界の未知を探求していくうえで、真の冒険者のチームが大切にすべきこと・大切なものは何だと、皆さんは考えますか?」
ヘッケランたちは互いを見た。
この魔導国訪問までの長い道のりを、思う。
迷うことなく、“フォーサイト”はひとつの答えを導き出した。
それを受け取ったモモンは、
「──素晴らしいです、皆さん!」
感心しきったように手を打ち合わせた。
「いいや、まさか、……ここまでとは……フ、ハハ!」
驚嘆し感心の笑声を繰り返す漆黒の英雄に、なんだか気恥ずかしいやら何やら。
確認作業をひとしきり終えて満足したらしいモモンは、最後にヘッケランたちからの質問を受け付けた。どんなことでも、応えられる範囲で応えてくれると豪語する冒険者の、堂々たる振る舞いが見ていて心地よい。
ヘッケランは冒険者の給与形態を。
ロバーは人を自由に治癒してよいという法を。
そして、イミーナは自分たち冒険者の住む予定の寮のことを。
「特に、ウチのアルシェみたいに、ウレイリカとクーデリカみたいな子を連れた冒険者が住む場所って、どうなるのかなーって?」
モモンは「ご心配なく」と告げてくれる。
「冒険者の寮は、組合近くの、魔導国建国時に逃げだして潰れた上級宿屋を改装改築して用意したものです。とりあえず四人用の部屋をご用意いたします。もちろん、ご婦人方専用のものを」
「ありがとうございます、モモンさん!」
「男性のお二人は、二人一部屋の相部屋になると思われますが」
「ああ。大丈夫です。というか、俺らが世話になっていた孤児院でも、そんな感じでしたし」
「──ほう。帝国の孤児院?」
モモンは少し奇妙なことに、ヘッケランたちの仮宿であった孤児院の話題に食いついた。
孤児院の規模や建物の規格、大勢の子供たちの面倒をみるうえで必要な注意点やルールなど、孤児院の手伝いをしていたフォーサイトに説明できる限りを話してみた。なかでも、院の運営資金を寄付していたロバーからの情報──経営に関することは、何がそんなに興味深いのか疑問だったが、とにかく厚い興味を惹かれている感じであった。
ヘッケランは訊ねた。
「モモンさんも、孤児院の経営者や、寄付者なんでしょうか?」
アダマンタイト級冒険者の財力であれば、それくらいのことも可能だろう。
モモンは「ああ、いや」と言って言葉を濁したが、
「ふむ。そうですね、将来的には、その、魔導国の子供らが、よい冒険者になれるような場所を運営するというのも、いいかもしれませんね」
空気が和らぐのを肌で感じた。
この御仁が、中身はかなりの年齢であることを考えると、冒険者の引退後の生活を考えているというのは納得がいく。生涯現役というのも悪くはないが、後進を育成するための院長として、子どもらに何かを教える姿というのは、想像してみるとなかなかありそうな気も。
アルシェなどは「すごい」と言って感心しきった様子だ。ロバーやイミーナよりも熱っぽい感じなのは、少し気にかかるが。
「あの、モモンさん」
「なんでしょうか、アルシェさん?」
名前を呼ばれただけで「ひゃい」と身体を震わせる乙女は、顔を俯かせつつ、二人の妹の方を見る。
「あの、その……冒険者として私たちのようなひとが任務に行っている間、妹たちのような子供は?」
アルシェ最大の関心事に、モモンは大きく頷く。
「この魔導国、エ・ランテルにも孤児院があります。そこに併設される予定の託児所を使うといいでしょう」
託児所という聞きなれない施設は、魔導国で今後普及していく予定の、児童を一時的に預かり、その間は親などの保護者が働きに出ることを可能にする──という公共事業の一環だと説明される。
剣の道場や魔法の私塾のようなものを連想するヘッケランたちだが、モモン曰く、魔導国の国民であれば誰もが利用可能になるだろう、とのこと。おまけに費用などはすべて魔導国が負担するというのだから、驚きだ。有名な道場や私塾は、無論のことながら金がかかる。趣味や道楽で人に教えを施すものもいるにはいるが、それだって潤沢な財力などがなければ、金の浪費にしかならない。
モモンは目を輝かせて喜ぶアルシェに頷きつつ、他に質問がないことを確認すると、おもむろに立ち上がる。
「さて、面接は終わりです。
お疲れさまでした、皆さん。すぐに係の者に、寮へと案内させます」
面接という聞きなれない言葉を聞いた気がしたが、ヘッケランたちは気にしない。
魔導国の冒険者の頂点に君臨する“漆黒”は、実に堂々とした様子でナーベに指示を出し、係の者らしい組合の人間──ここまで連れてきてくれた受付嬢に後事を託した。
「それでは“フォーサイト”の皆さん。今日はゆっくりと休んでください」
真の冒険者に関する講習は数日後の予定。
任務のために都市を離れるモモンと名残惜しくも別れながら、荷物を持ったフォーサイトは粛々と、組合近くにあるという寮を目指す。
「あ」
ふと、双子と手を繋ぐ少女が足を止める。
「どした、アルシェ? 忘れ物か?」
「モモンさんに、……ハンカチ返すの、忘れてた」
少女がションボリしつつ取り出したのは、洗濯して〈
だが、アダマンタイト級は多忙を極める。今から戻っても迷惑になるかもしれない。
「また今度、講習とかで会ったときにしとけ」
「モモン殿たちは、すぐに都市を出る任務があるという話ですし」
「私らが魔導国にいる以上、もう二度と会えないってこともないだろうし、ね?」
「──うん。そうする」
ヘッケランたちは互いに笑いあった。
ついに、“フォーサイト”の魔導国での生活が始まる──その事実を前に全員、胸の鼓動がいやというほど高鳴るのを感じて。
ヘッケランは空を見上げた。
どこまでも広い魔導国の空を──
・
誰もいなくなった応接室で。
「ふぅ」
自分には不要なはずの息を吐くように、モモンはひとまず椅子の上に腰を据え直した。
「お見事でした、モモンさ──ん」
ナーベの指に輝く探知防御の指輪。
外へ出る時の習慣として、モモンもまったく同じものを装備していた。
常に傍に控えていた黒髪の乙女が讃辞を送るのに対し、モモンは問いを投げる。
「久しぶりにこの姿になってみたが、どうだった? ナーベラル?」
「完璧でございます。連中、何かに気付く素振りすらありませんでした」
フォーサイトを勧誘……推薦したのは、ここにいるモモンではない。
替え玉役であるパンドラズ・アクターと情報共有はしていたが、細かい仕草や会話などでバレる可能性を危惧していた。しかし、特に問題はなさそうだ。相棒役であるナーベラルのお墨付きもあれば、心配には及ぶまい。たぶん。
「ここへ来たのは正解だったな。とてもいい話が聞けた」
フォーサイトが世話になっていた孤児院の話は、ユリが運用する予定のものにも流用できる。知識だけ知っているのと、実際に経験した人間の話では、どちらが有用になりえるかは、あまりにも瞭然としている。ただ記憶を覗き込むよりも楽だし。
そうして、モモン改めアインズ・ウール・ゴウンは、先ほどのフォーサイトという冒険者志望者たちのことを思い返す。手の指を組み合わせつつ、今回の面接結果を、その
あの心地よい絆の深さは、アインズに懐かしいものを思い出させてくれた。
「仲間、か……」
フォーサイトが同時に紡いだ、モモンからの最後の質問の答え。
彼らが思う、真の冒険者のチームにとって大切なものとは?
金でもなく力でもなく、名誉でもなければ知識欲でもない。
『仲間です』
『仲間ですね』
『仲間ですよ』
『仲間、だと思います』
リーダーである戦士からはじまり、
調べによれば、“フォーサイト”はミスリル級冒険者に匹敵する程度の、ワーカー。だが、金を稼ぐだけの徒党とは思えないほど、互いが互いに対する敬愛と尊重の念は、本物であった。
「なんというか……あいつが推薦したにしては、いい仕事だったな」
ナーベラルが聞き逃すほどの小声をこぼすアインズ。
アルベドたちを説得して、モモンの姿で面談したのは、我ながら最良の判断であった。魔導王アインズとして謁見していたら、間違いなく彼らを委縮させ、ここまでのことを話すことはできなかっただろう。
ワーカーなど、金に汚い冒険者くずれだと聞いていたが、なるほど、探せば彼らのようなマシな人材もいるようだ。ナザリックに金銭欲だけで侵入した連中だけではないという、その好例と見ていいだろう。
それとは別に、アインズは思い出す。
アインズの仲間たち。
ついで、この異世界、この都市、この組合を最初に訪れた時に出会った、一組の冒険者チーム。
彼らと共に焚火を囲んだ。
仲間たちのことを思い出させてくれた。
食べられはしなかったが、同じ食事を分け合った。
仲間同士で和気あいあいとしていた──今はもういない──銀のプレートの冒険者たち。
「彼らも生きていたら、この魔導国で、冒険者になってくれたのかな?」
昔、このエ・ランテル近郊にいたという
そして、
「……そういえば。“漆黒の剣”と言えば、王国の──」
アインズは何かを思いついた。
漆黒の剣?
王国の?
つまり
某血姫「ウチのチームが呼ばれる気がする!」