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お兄様は無事、希望する学部への進学が決まった。
なのでここは、どーんっとお祝いをするために、私は金庫の蓋を開けようと思う!
「お兄様!私が大学の合格祝いにプレゼントをします!何が欲しいですか?」
最初はサプライズでいろいろ考えたんだけど、なかなか良い案が浮かばなかったのだ。
時計とかがいいのかな?なんて思ったけど、吉祥院家の御曹司が身に着ける時計は、さすがの私のへそくりでも、手が届きそうになかったのであえなく断念。
いや、本当は全額はたけば出せるかもしれないんだけど…。
あーでもないこーでもないと考えても、素敵なプレゼント案が何も出てこなかったので、結局これはもう本人に直接聞くしかないと結論を出したのだ。
さぁ、お兄様!お年玉も使わず貯めてあるので、私結構持ってますよ!ご遠慮なく!
将来のためのタンス貯金だけど、ほかならぬお兄様のお祝いなら使いますとも!
「お年玉を貯めてあるのです。だから欲しいものを言ってください!」
「えっ!麗華のお金を使うの?!」
これまでのクリスマスプレゼントや誕生日プレセントはお母様と一緒に買いに行ってるから、吉祥院家のカードで買って自腹は切っていないのだ。
そしてお兄様は私がお年玉をコツコツ貯めていることを知らなかったらしい。
金額を聞いて驚いていた。実際はもっとあるんだけど。
「そうだなぁ。その気持ちだけで充分だけど…」
「そうはいきません。私はどうしてもお祝いしたいのです」
お兄様が頑張っているのに、何もしてあげられなかったからね。
遠慮するお兄様を説き伏せ、選んでもらった品は白星でおなじみの高級筆記具メーカーのボールペン。
想像していた予算より少なく済んで肩すかし。
でも、確かここの万年筆やボールペンをすでに何本か持っているはずだけど。
「ここのペンは書きやすくて好きなんだ。せっかくだから、大学では麗華からプレゼントされたペンを使おうと思って」
おぉ!それはいいですね!
プレゼントした物をお兄様に毎日愛用してもらえれば、私も凄く嬉しいです。
そうと決まれば、早速買いに行きましょう!
お兄様とふたりでお店に行き、いろいろ試し書きをして気に入った物を購入。
お兄様はとっても喜んでくれた。喜んでもらえて、私もとっても嬉しい。
そしてその後はお兄様とイタリアンでランチ!
お兄様はずっと受験勉強で忙しそうだったし、その後は車の免許を取ったりお友達と出かけたりと、最近あまり相手をしてもらえなかったので、今日はうきうきだ。
「麗華は何にする?」
「そうですわね~」
メニューを見ながらあれこれ悩む。お、ラビオリ。おいしいんだよね~。
オーダーも決まり、お兄様と楽しくお話ししていると、
「失礼。もしかして吉祥院様のご兄妹ではありませんか?」
女性に声を掛けられた。
「───!!」
「これは鏑木様。ご無沙汰しております。この子は妹の麗華です」
お兄様が立ち上がって挨拶をしたので、私も慌てて立ち上がってご挨拶をした。
か、鏑木のお母さんだーーー!!
鏑木のお母さんはキリリとした美人で、1,2回パーティーでお会いしたことがあった。
その時も、ちょこっとご挨拶しただけだったけど。
「えぇ、もちろん覚えておりますよ。麗華さん、お久しぶりね。前にお会いした時より背が高くなられたわね?」
私を見て微笑んでくれる鏑木母に、緊張して引きつった愛想笑いしかできない。
私のことなんて覚えていなくていいですから。むしろ一生忘れていて欲しい。
お兄様と鏑木母がいくつか会話をした後、鏑木母がそういえばと、私を見た。
「麗華さんは、私の息子の雅哉と瑞鸞で同級生なのよね?雅哉とは仲良くしているのかしら?」
げーーっ!
「いえ。残念ながら雅哉様とはクラスも別ですし、あまり親しくする機会がありませんの」
親しくする気もありませんの。
「あらそうなの?だったら今度うちにぜひ遊びにいらして。雅哉ったら家に呼ぶのは円城家の秀介君くらいなのよ。女の子が来てくれたら華やかでいいわ」
ぜぇったいに嫌だーーー!
それに女の子は優理絵様がいるでしょう!優理絵様が小さい頃から遊びにきてるはずだ!
断固拒否!断固拒否だ!
鏑木母は私の内心の大パニックをよそに、それではと美しい笑みを残して去って行った。
なんてこった…。
さっきまでの楽しい気分は吹っ飛び、呆然としながら着席する私をお兄様が不思議そうな顔で見ていた。
「どうしたの?様子がおかしいけど」
「…いえ、突然鏑木様が現れたので驚いてしまって」
鏑木母に名前を覚えられてしまった。存在を覚えられてしまった。
別に大したことではないけど、小心者の私にとっては、鏑木に関するすべてのことが怖いのだ。
あのお母さん、何度かマンガに登場してるし…。
あっ、そうだ!
「お兄様、今日ここで鏑木様の奥様とお会いした事、お父様とお母様にお話しするわよね?」
「そうだね」
「その時、鏑木様が私におうちに遊びにおいでって言った事は、お父様達には言わないで。だってあれは社交辞令だし!お父様達が本気にしたら困るし!」
「…麗華は鏑木家に行きたくないの?」
もちろん絶対に行きたくない!
「まぁそれくらいなら伏せておいてもいいと思うから、言わないけど。麗華は雅哉君が嫌いなの?何かされたとか」
「いえ、そういう事では!ただお父様とお母様は私が鏑木様と親しくなるのを期待していますし、前にも変な誤解をされた事もありますし。そういうのは私はまだちょっと…」
「そうだね。麗華にはまだ早いよね」
お兄様ぁ。お兄様だけが私の頼みの綱だよ。
その後運ばれてきたお料理は、大好きなイタリアンだったにも関わらず、ショックで味もよくわからなかった。
家に帰り、自室のベッドにだらしなく寝そべると、私は『君は僕のdolce』に出てきた鏑木母を思い出した。
確か鏑木父の仕事のサポートなどもしている、優秀な人だったはず。
鏑木が小さい頃は、いたずらをしたりすると、容赦ない鉄拳制裁を与えるパワフルなお母さんエピソードもあった。
華やかな美貌で、目力があるところは鏑木にそっくり。鏑木はお母さん似なんだな。
ってそんなことはどうでもいい。
跡取りでもあり可愛い一人息子でもある皇帝が、庶民の主人公と付き合うのに難色を示して、何度が皇帝を窘める事もあった。
吉祥院麗華とその両親の嘘と口車に押され、息子と麗華の婚約披露パーティーを開くものの、そこで息子の覚悟と主人公の一途な思いに心を打たれて、ふたりを祝福するんだ。
一家まとめてボコボコに再起不能にされた麗華を尻目に…。
うわぁ…、絶対関わりたくない。