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冬になり、お兄様の受験勉強もラストスパートに入った。
お兄様の行きたい学部は内部推薦枠が小さく厳しいので、大変そうです。
でも余裕のない姿は見せません。さすがお兄様。
お兄様のために私になにか出来る事はないか考えて、やっぱり夜食を作ろうかと思ったけれど、お手伝いさん達に受験勉強のリズムを崩すのは良くないと止められ、心で祈ってあげるのが一番だと諭された。
心で祈るかぁ。う~ん、お百度でも踏んでみるべきか。
いつものように塾の国・算クラスに行くと、隣に座っているはずの秋澤君の姿がなく、蕗丘さんだけが一人ぽつんと座っていた。
あれ?どうしたんだろう。
すると、私に気がついた蕗丘さんが小さくお辞儀をしたので、私もお辞儀をし返しながら、蕗丘さんの元に行ってみた。
「ごきげんよう蕗丘さん。今日は秋澤君は一緒ではありませんの?」
「ごきげんよう。匠は今日は風邪でお休みなんです。熱も出てしまって寝込んでいるので。学校もお休みしているはずですけど、知りませんでしたか?」
「秋澤君とはクラスが違うので休んでいることは知りませんでしたわ。でも風邪ですか。いつからですの?」
「ひきはじめは一昨日から。それからどんどん悪化したみたいで。インフルエンザではないらしいのですけど。あ、良かったら座ってください」
そう言って蕗丘さんが隣の席を勧めてくれたので、座らせてもらった。
今日はこのまま隣の席で勉強させてもらってもいいのかな?
「秋澤君ももうすぐ冬休みだというのに、大変ですわね。私のクラスでも風邪とインフルエンザで何人か休んでいますわ」
「私のクラスも」
その後、お互いのクラスの事をポツポツと話していると、蕗丘さんがしばらく黙りこみ、
「……あの、ごめんね」
「えっ」
なにが?
「えっと、なんのことかしら?」
「……匠を取られたくないから、意地悪しちゃったこと。塾でも、今まで匠と隣同士で座ってたのに、私が取っちゃって、吉祥院さん、ひとりで離れた席にずっと座ってたでしょ。匠が一緒に座ろうって言ってたのに、私がヤな顔したから…」
あぁ、そのことか。
「別に気にしてませんわよ」
これは本当。
最初は少し寂しいと思ったけど、コンビニにこっそりお菓子を買いに行ったりしてたし、すぐに慣れた。
基本的に私は、前世の頃から食べ物に関すること以外で怒りが持続することはあまりない。
逆に言えば食べ物の恨みは恐ろしいのです。
元々蕗丘さんに関しては最初から怒ってないし。ちょっと怖い子とは思ったけどね。
「匠には吉祥院さんとは塾での友達だって説明されたけど、私の知らない学校での匠を知っていると思うと……。ごめんね。今日、匠がいなくてひとりでいたら、凄く心細くなっちゃって。吉祥院さんも、きっとずっとこんな気持ちだったんだなって思ったの」
いや、私は特に心細い思いはしてなかったけど…。
「本当に気になさらないで。私、普段からひとりでも割と平気なの」
「強いのねー、吉祥院さんは」
蕗丘さんが尊敬の眼差しで見つめてきた。
和風美少女にそんな目で見られると照れます。
「私ね、匠がいつか吉祥院さんのことを好きになっちゃうんじゃないかって不安だったの。ううん、本当は今も少し心配。だって吉祥院さん、可愛いし」
えっ、私可愛い?!
いや~、そんなことないと思うけど。えへへ。
「秋澤君が私を好きになるなんて、ないと思いますけど」
「…そうかしら?」
「と、思いますわよ。私も秋澤君を友達以上に思ったことは一度もありませんし」
秋澤君は、とってもいい人だけどね。優しいし。
でも胸がキュンとした事はないんだよなぁ。
考えてみれば私の理想にかなり近いはずなのにどうしてだろう。理想と現実は違うってことなんだね、きっと。
「本当に、好きにならない?」
「えぇ」
蕗丘さんはほっとした顔で笑った。
心配性だなぁ。世間じゃ、女房の妬くほど亭主もてもせずって言うぞ。
いや、秋澤君がモテないって言ってるわけじゃないよ?
秋澤君はリスみたいで可愛い顔してるし。うん。
「学校では、ほかに匠と仲の良い女の子っています?」
「さぁ?私は同じクラスになったことないから。たまに廊下で見かける時には、男子の友達とばかりいますけどね。秋澤君と噂になったり、好きだって言う子の話も聞いたことはないですわね~」
「そうなんだ…」
安心したかね。良かった良かった。
「そもそも私達の学年には、飛び抜けてモテる二人組がいますから。あまりほかの男子に目が向かないのですわ」
「あっ、その話は匠から聞いたことがあるわ。それに私の学校でもその噂を聞いたことがあるもの。凄くかっこいいんですってね」
「…そうですわねぇ」
他校にも噂が出回っているのか。凄いな。
蕗丘さんの通う百合宮女子学園は、カソリック系だから瑞鸞とは少し違うけど、お嬢様学校として有名だから、上流階級の子女ネットワークで繋がってたりするのかも。“ごきげんよう”仲間だし。
「もしかして、吉祥院さんもそのふたりのどちらかが好きなの?」
蕗丘さんがワクワクした顔で聞いてきた。
恋する乙女は、他人の恋バナにも興味津々のようだ。
「特にそういう気持ちはありませんわ。私、好きな人いませんし」
蕗丘さんはちょっとつまらなそうな顔をした。
ご期待に添えず申し訳ない。
しかし、誰もが皆、自分と同じく好きな人がいるのが当然と思っちゃいけないよ。
「せっかく共学に通っているのに…」
「う~ん」
共学に通ってても、縁遠い子は縁遠いと思うけど。
前世の私のように。
あっ、涙が…。
「ふふっ、なんだか吉祥院さんて最初の印象と違うわ」
「そう?」
「うん。発表会の会場で見た時は、もっとこう近寄りがたい雰囲気があったわ。これぞ瑞鸞のお嬢様って感じで、私、絶対匠取られちゃう!って焦ったもの」
「近寄りがたい…。やっぱりこの髪型のせいかしら」
「髪型っていうより、全体の雰囲気かな。百合宮にも吉祥院さんみたいな子がいるから。でも話してみると、全然違うのね。匠が友達になれたのもわかった気がする。…あのね、私とも友達になってくれますか?」
えっ!まさかの友達ゲット?!
いやしかし、君の場合は半分以上が私を情報源に使おうと考えてるでしょ。
スパイは引退したんだけどなー。
「えっと…、私、秋澤君とは本当にクラスも違うから学院の様子とか全然わかりませんわよ?」
「あ、私が吉祥院さんを利用しようとしてると思ってる?そういうんじゃないですよ。吉祥院さんともう少しお話ししてみたいなって思っただけです。そりゃあ教えてくれたら嬉しいけど。ふふっ」
「そうなの?」
「えぇ」
だったら、友達になってもいいかな。
私も敵視されてるより、仲良くできた方が楽しいし。
「じゃあ、友達になりましょう」
「本当?良かった!」
胸の前で手を叩いて笑う蕗丘さんは、さすが守ってあげたい和風美少女。可愛い。見習いたい。
その後は、お互いの学校の話や秋澤君の話をした。
秋澤君とは家が近所で親同士も仲が良く、記憶のない赤ちゃんの時代から一緒にいたそう。いつも秋澤君が手を引いて遊びに連れ出してくれて、初恋に目覚めたのは幼稚園の時。
でも秋澤君は蕗丘さんの気持ちに全然気づいてくれなかったらしい。「匠は鈍感なのよ」だって。それは私も思った。
でもその鈍感さが、幼馴染モノの王道なんだよねー。
大好きな秋澤君と学校が離れるのが嫌で、蕗丘さんも瑞鸞に行きたかったけど、お母様の出身校である百合宮に行かなきゃいけなくて、秋澤君の前で大泣きしたんだって。
それに百合宮はカソリック系なのに、蕗丘さんの家は代々仏教徒で、気分は逆隠れキリシタンだとか。
入学した当初は、バレたら魔女裁判にかけられるんじゃないかってドキドキしてたらしい。
葵ちゃんとは全然違うタイプだけど、新たな友達ができました。