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皇帝と呼ばれるようになってから、鏑木の人気が更に上がった。
騎馬戦での活躍で、男子生徒の信者も相当増えたようだ。特に下級生から。
皇帝の騎馬を務めた男子達がどさくさにまぎれて、我こそは皇帝の馬だと自慢しているらしい。
よくわからない自慢だけど、本人達が幸せならそれも良し。
皇帝の名前は初等科だけに留まらず、中等科にまで届いているようで、愛羅様から「雅哉が皇帝って呼ばれてるらしいわね」とメールがきた。
浮かれた生徒が、鏑木本人に「皇帝」と呼びかけ、氷の視線を浴びせられてからは、皇帝呼びはあくまでも非公認、本人の前では使わない事という、暗黙の了解が出来た。
鏑木は賢明な判断をしたと思う。乗せられて自分で「俺、皇帝!」なんて得意げに言ったら、将来思い出すたびに頭を抱えたくなるような黒歴史になる事うけあいだ。
愛羅様には「本人は皇帝と呼ばれるのを認可していないようなので、気を付けてください」とメールしておいた。
しかし、皇帝ってあだ名が、ナポレオンからきてたとはな~。
いんちきロココの女王の私とは、相性が悪いはずだ。
『君は僕のdolce』では、最初から当たり前のように皇帝と呼ばれていたし、なんでそんな風に呼ばれているか、あまり気にした事なかったな。きっと学院に王者の如く君臨しているからなんだろうなって思ってた。
それが、小学生の頃からのなかなか年季の入ったあだ名だったとは。
しかも、その由来が運動会の騎馬戦って…。大人になって説明する時、ちょっと間抜けじゃない?うぷぷ。
ちなみに私の縦ロールっていうのも、本人完全非公認だから。あれ、あだ名っていうよりただの悪口だし。
そんな私の心の声とは裏腹に、私の周りの子達は「皇帝」という呼び方に夢中だ。
「鏑木様にふさわしいあだ名よね」
「騎馬戦の活躍は、私達のクラスにとってまさに英雄だったわ~」
「あの時の皇帝は本当にかっこ良かったー」
「はぁ~、皇帝、素敵」
窓から入ってくる風も涼しくて、私は秋が一番過ごしやすくて好きだな~。
おいしい給食も食べておなかも満たされると、なんだか眠たくなっちゃうね。
「麗華様もそう思いません?」
「えっ」
なにが?ほとんど聞いてなかったけど。
「麗華様も皇帝のことかっこいいと思いますよね?」
「え、えぇ、そうですわね」
長いものには巻かれる。
「ですよねー」
その場にいる全員が、納得したように頷き合う。
女の子はみんな一緒が好きだもんね。
「私、麗華様だったら皇帝とお似合いだと思うわ」
は?
「そうね。悔しいけど、麗華様だったら許せるわ」
「普通の子が皇帝とくっついたら、絶対に許せないけど、麗華様なら家柄も教養も皇帝にふさわしいもの」
「でも、まだ鏑木様には誰のものにもなって欲しくないわ~」
「私、麗華様だったら応援しますわよ」
「そうね。麗華様、頑張って!」
……ちょっと待て。なんでいきなりそんな展開になってる。
第一、鏑木には優理絵様がいるだろう。鏑木の完全な片思いだけど…。
「皆様、なにか誤解なさってません?」
「あら何がですか?」
「私は別に鏑木様とお付き合いしたいとか、そんな大それた事は考えていませんわ。あくまでも素敵だなって憧れているだけですもの。私なんてとてもとても」
絶対やめてよ、その誤解!
こっちの人生がかかってるんだからね!
「でも、皇帝がお好きなのでしょう?」
「憧れですわ、憧れ。好きという気持ちとはまた別です」
女の子達は首をかしげた。
「では円城様?運動会では一緒に実行委員をしてましたよね?」
「ま、麗華様は円城様派なのね。やだぁ私のライバルだわ。でも優しくて素敵ですものねー。私、前にぶつかってしまった時、大丈夫?って微笑みかけられたの!」
「ちょっとそれ、わざとぶつかったんじゃないの?」
「違うわよー」
楽しく盛り上がっているところ悪いけど、それも誤解だから!
「私は円城様のことも特別な感情は抱いてませんわ。もちろん皆様と同じく憧れはしますけど」
「あら、そうなんですか?」
「そうですわ」
ここはきっちり訂正しておかないと。
「じゃあ麗華様はいったい誰が好きなんですか?」
「え…、別に特には」
「麗華様、好きな人いないんですの?」
「えぇ、まぁ」
「誰も?」
「いませんわね」
「今までは?」
「今までも特にいませんでしたわね」
うん、初恋もまだだしね。
みんなの顔が、なんだかちょっと可哀想な子を見る目になった。
「麗華様は、まだお子様でいらっしゃるのね…」
がーーーん!
子供に子供って言われた!
なんか地味にダメージ食らったよ…。
だって、私のハートを撃ち抜く王子が現れないんだからしょうがないじゃないか!
私の理想は、優しくて私のわがままも笑って許してくれて、笑顔が素敵な穏やかな人。
君ドルの皇帝みたいな強引なタイプは、マンガを読んでるぶんには「きゃ~っ、皇帝素敵すぎる~っ」なんてキュンキュンしたけど、リアルじゃいろいろ面倒くさいよね。
好きな子の家まで押し掛けるとか、ありえないし。家族やご近所の目が気になって大迷惑だぞ、あれ。
人通りの多い街中で告白されるとかね。いやー、ムリムリ。
顔が良ければなんでも許されるのは、マンガの中だけだ。少なくとも私にとっては。
そういう意味でも、常識的で優しい人が一番だね。
そんな私の理想の人、どっかにいないかな~。
あれ?
理想が我が家で受験勉強しているじゃないか。
どうしよう。もしかして私って、本当にブラコンなのかな…。
初恋もまだのお子様麗華は、放課後職員室に呼び出された。
「吉祥院さん、学習発表会の実行委員やってくれないかな」
「お断りします」
運動会より大変な学習発表会の実行委員なんて誰がやるもんか。
内職の達人は引退したのです。
おだてようがなだめようが絶対にお断りです。
おじさんの嘘泣きなんかに心は全く動かされません。
私は運動会の経験から、断るという勇気を覚えました。