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謙虚、堅実をモットーに生きております! 作者:ひよこのケーキ
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 もう夏だというのに、私と塾のあの子には全く進展がない。

 しかし名前はわかった。頼野葵(よりのあおい)ちゃん。

 例によって、教材に書いてある名前を盗み見た。

 葵ちゃん、ぴったりな名前だ。

 私のストーカー指数はどんどん上がっていってる気がする。

 もう鏑木を笑えない…。



 しかしチャンスは突然やってきた。


 いつものように、私は葵ちゃんの隣の席を確保し、様子を窺っていた。

 すると、授業の用意をしていた葵ちゃんがペンを落としたのだ!

 私は光の速さでそれを拾った!


「あ…」

 ペンを奪われた葵ちゃんは、私を見て狼狽した。

 チャンス!一世一代のチャンス!


「あの…」

「わ、私、吉祥院麗華と申しますの!ごきげんよう!」


 葵ちゃんの手は、私がしっかり握っているペンに向かって宙を泳いでいるけど、これは大事な人質。そう簡単には返せない。


「あの…」

 あぁ怯えてる。

 なぜ?私の目が獲物を狙ってギラギラしてるから?縦ロールだから?

 やだーっ、私怖くないよ?!

 突破口、突破口…


「私も、とろろん芋タロウが好きなんですわ!」

「えっ」


 私は直球勝負に出る事にした。

 そもそも、私が葵ちゃんと仲良くなりたいと思ったのは、カバンに付けられてた人気のないゆるキャラを見たからなんだ。


「貴女のその、とろろんのキーホルダーを見た時から、お話ししたいと思ってましたの」


 あぁなんだか告白してる気分だ。

 緊張して手が震えてきた。心臓がバクバクする。


「だから、あの、私とお友達になってくれません?」

「……」


 うわぁ、緊張で涙が出そうだよ。

 お兄様、地道に近づくつもりが、一気に間合いを詰めてしまいました!

 どうしよう、助けにきてーーー!


「………あの、ペン、返してください」

「………………」



 あー…終わった。


 葵ちゃんはカバンのとろろんと同じように、眉が下がっていた。

 やっぱり私みたいな子とは、仲良くしたくないんだ。

 そりゃそうだよね。いんちきロココの女王なんて、葵ちゃんみたいな子が一番苦手なタイプだもんね。

 どうせ私は縦ロールだし。

 そっか、そっか。

 ごめんよ。もう付き纏わないよ。縦ロールは静かに撤退するよ…。

 私はペンを葵ちゃんに差し出した。

 絶対、泣くもんか。


 お兄様、私、振られてしまいました。

 がっくし……。


「……こちらこそ、よろしくお願いします」


 私が返したペンを握りしめながらしばらく考え込んでいた葵ちゃんが、顔を上げて私を見ると、こう言った。


 なにが?


「私、頼野葵です」


 知ってます。ストーカー予備軍ですから。


「お友達になってください」


 葵ちゃんはそう言って、笑った。


 えーーーーーっ!!


「本当に?」

「うん」


 えっ、なんで?!あんなに怖がってたのに。どうして?!


「でも、私の事、避けてましたわよね?」


 葵ちゃんがちょっと気まずい顔をした。

 余計なことを聞いてしまった。


「これ、好きだって言ってくれたから」


 そう言って、カバンのとろろんを指差した。


「とろろん、好きだって言ってくれた人、今までいなかったの」

「私も!」


 直接周りに聞いたことはないけど、とろろん芋タロウを好きだという子どころか、話題にすらならなかった。たぶん存在を知らないのだろう。


「私も、とろろんの事、おしゃべりしたいな」

「うん!」


 やった!やったよ!

 お兄様!私、頑張りました!

 葵ちゃんと、お友達になれたようです!


 授業が始まったので話は一時中断したが、終わるとすぐに葵ちゃんとのおしゃべりを再開した。


 葵ちゃんのお祖父ちゃんの住む田舎が、とろろん芋タロウ発祥の地だということ。

 キーホルダーは去年、そのお祖父ちゃんの家に遊びに行った時に買ったということ。

 とろろんグッズは地元でしか売っていない事。


「なるほど~。私もネットで探してみたんですけど、とろろんグッズはどこにも売ってなくて、一体頼野さんはそのぬいぐるみキーホルダーをどこで手に入れたんだろうって思ってましたのよ。もしや手作り?と思ったり」

「あはは。たぶん知名度がないからネット販売もしないんだと思う。種類も少ないし、あんまり売れてないみたい」

「そうなんですの?」

「うん。地元で売ってるとろろ芋の袋には、とろろんの絵がプリントされていたり、お店にパネルが置いてあったりもするんだけど、私が行った時にはとろろんグッズを買っている人が私以外いなかった」

「あら~」


 やっぱりとろろんは不憫な子なんだ…。

 葵ちゃんがとろろんを好きになったのも私と同じく、あまりに冴えない姿にだんだん可哀想になったからだという。

 同情票からしか、とろろんはファンを獲得できないのか。


「よく見ると、味のある顔してるんですけどねー。パッと見は地味ですものねー」

「うん…」


 ベースの色が薄茶色っていうのも、地味なんだと思う。


 その後も2時間目が始まるまでずっととろろん話で盛り上がった。

 とっても楽しかった。

 葵ちゃんとは来週も隣に座ろうと約束した。嬉しいな。



 帰って早速お兄様に報告した。


「やりましたわ、お兄様。葵ちゃんとお友達になりましたの!」

「葵ちゃん?前に話してた、塾で仲良くなりたい女の子?」

「そうですわ。今日はとろろんの話で盛り上がりましたの」

「あぁ、あの麗華が好きだという、微妙なゆるキャラ…」


 前にお兄様にネットでとろろん芋タロウを見せたことがあるのだ。

 お兄様、その時も「微妙…」って言ってたな。


「お兄様にはとろろんの魅力がまだ伝わりませんか~」

「そうみたいだね。たぶん伝わる事はないと思うよ」

「えーっ」


 お兄様には、どうしてこの可愛さがわからないかなー。

 でも葵ちゃんとの事でアドバイスしてくれたもんね。

 今度お礼に、またお夜食を作ってみようかな。

 お兄様、楽しみにしていてね!


 あー、今日はとってもいい日だった!

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