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私は最近、塾の理・社クラスで、とっても気になる子を見つけてしまった。
その女の子はちんまりとしたおとなしそうな子で、たまたま隣の席に座ったのだけど、私はその子のカバンに付いていた、ある持ち物に釘づけになってしまったのだ。
“とろろん芋タロウ”のぬいぐるみキーホルダー!
“とろろん芋タロウ”とは、その名の通りとろろ芋のゆるキャラだ。
とろろ芋を生産しているある町が作ったのだが、いくらゆるキャラといってもゆるすぎるだろうという、クオリティだ。
長芋に目、鼻、口をつけただけという代物。しかも顔が情けない。眉が垂れ下がっちゃってるし。
そんなちょっと微妙な外見で、人気も知名度もいまひとつなのは、本人(中の人?)も十分自覚があるのか、ゆるキャラ祭りのようなイベントでは、スターゆるキャラ達のお邪魔にならないように、端で小さくなっている。
みそっかす状態だ。
そして私は、そんな微妙なゆるキャラ、とろろん芋タロウが大好きなのだ!
もうちょっとどうにかならなかったのかという、あの手抜き感。
祭りで、スターキャラ達の人気に圧倒され、こそこそしている気の弱さ。
でも晴れの舞台にはせめてものおしゃれと、蝶ネクタイなんか付けてきて、さらに微妙な空気になってしまった物悲しさ。
初めて見た時には、これは人気でないだろうなぁ、地味すぎだし、顔が可愛くない、なんて思ってたのに、何度か見ているうちになんだか可哀想になってきちゃって、その内あの適当な顔も味があって可愛いじゃないかと思うようになったのだ。
町おこしの為に作られたキャラクターなのに、全然自己主張できてないし。
でもその小心者ぶりが、わかるよその気持ち、とろろんには私がいるよ!私が応援しなくてどうするよ!なんて母性本能がガンガン刺激されてしまったのだ。
そのとろろん芋タロウのグッズをぶら下げている子が隣にいる。
お友達になりたい!
こんな地味で目立たないゆるキャラを好きな子なんて、なかなかいない。
心ゆくまでとろろんについて語り合いたい。
っていうか、グッズ出してるって知らなかったし!
しかしお友達になる上手い方法が見つからない。
いきなり「お友達になってください」は怪しすぎる。
友達になるきっかけってどうやるんだっけ?
学院ではいつも周りが先に話しかけてきてくれてたから、自分から動いたことがないのだ。
うわ~、なんという役立たず。
とにかく、さりげなく話しかけるのだ。
そうだ、秋澤君の人懐っこさを思い出すんだ。まずはご挨拶…。
思い切って話しかけたくても、ちんまりさんはこちらを全く向く気配がない。
何か空気の壁を感じる。
いや、ここは勇気だ!
「あの、そのカバンの…」
「えっ」
こちらを向いた女の子は、私を見て顔を強張らせた。
「あっ、邪魔でしたね。すみません、すぐどかします!」
「いや、あの…」
「ごめんなさい!」
とろろん芋タロウのキーホルダーがぶら下がったカバンを、慌てて反対側に置き、その際に体も若干離された。
なんか私、怯えられてない?
もしかして私って、怖いの?
今度こそ完全に分厚い拒絶の壁を作られてしまったので、これ以上話しかける勇気は出なかった。
え~っ!なんでー!
しかし私は諦めなかった。
毎回、隣、もしくは近くの席に座り、私本当は全然怖くないんだよ~オーラを必死で出し、目が合えば、笑顔を心掛けた。
私がジーッと見ているのを気づいているのか、彼女が私の方を見ることはほとんどないけれど。
今の私って、ストーカー鏑木と同類?
「う~ん…」
ジッと鏡の中の自分を見る。
「う~ん…」
「麗華、鏡見ながら何をうんうん唸ってるの?」
リビングでひとり考え事をしていたら、お兄様がやってきた。
ちょうど良かった。お兄様に聞いてみる。
「お兄様、私の顔って怖いですか?」
「は?」
そこまで言うほど意地悪顔ってわけじゃないよね?
確かに親しみやすいって感じではないと思う。
まぁ、隙はないかなって思うけど。
お母様の趣味で髪はいつだってきれいに巻かれているし、服もすべてブランド物だ。
子供服なんて成長してすぐ着られなくなるのに、こんな高い服ばかりもったいないって思うけど、まぁ吉祥院家の令嬢がファストファッションというわけにはいかないしね。
その服もたくさんあるから、塾には同じ格好で行った事はほとんどないかもしれない。
やっぱりそこかなぁ。
その隙のなさが怖がられる原因かも。
なんていうか、迫力がある?
顔が意地悪そうっていう理由でないといいな…。
目、つりあがってないよね?
「麗華の顔が怖いって、誰かに言われたの?」
「いえ、そういうわけではないのですけどね」
お兄様の顔を見る。
お兄様の顔は内面が滲み出ているのか、甘ったるくはないけど優しげな感じがする。
私と話している時のお兄様は、いつも口角が少し上がっていて、そこが親しみやすさに繋がってる気もする。
「目だけじゃなく、口角も大事か」
鏡を見て、ニッと口角を上げる。
うん、怪しい。
「僕は麗華の顔は別に怖くないと思うよ。今やってる百面相は確かに怖いけど。で、突然そんな事を気にするようになったのはなぜ?」
「…仲良くなりたい子がいるのですが、なんだか怯えられている気がするのです」
「ふーん。それは学院の子?」
「いえ、塾の子です。なるべくフレンドリーを心掛けて近づいてるのですが、動けば動くほど、怯えてしまいます。なぜでしょう?やっぱり私の外見が怖い?」
「その子は、どういうタイプの子なの?それによって対応の仕方が変わってくるんじゃない?」
どういうタイプか。
「おとなしくて、こう小っちゃい感じの子です。でも小動物みたいで可愛いですわ」
「普段、麗華が一緒にいるような子達とは違うタイプだね。そしたらあまり積極的に押すと、確かに怖がられてしまうかもね。自分がもしその子の立場だったらって考えてみたら?」
私があの子だったら?
あの子は地味ってわけじゃないけどおとなしそうで、クラスの中心グループではなさそう。
昔の自分だったら、たぶん簡単に仲良くなれた気がする。
私はおとなしくはなかったけど、周りにはあの子みたいなタイプの友達もいたし。
だったら、昔の私が吉祥院麗華みたいな子と仲良くなったかというと…
…ないな。
だって話が合わなさそうだし、麗華みたいな隙のないお嬢様は怒らせたら面倒くさそうだし。
あー、確かに自分は仲良くする気がないのに、麗華にグイグイ来られたら怖いかも
スパイ騒動のときのストーカー鏑木の積極的すぎる行動にびびった私と同じか。
でも私は待ち伏せなんてしてないけどなー。
「髪を切って、服ももっとラフにしたら警戒されなくなるかしら」
「それはきっと許してもらえないと思うけどね」
だろうな~。
お母様は私に良家のお嬢様然とした姿を求めている。
きっとお母様には自分の娘はこうあるべきっていう理想像があるのだろう。
でもお母様の趣味って、巻き髪といい、結構クラシカルだよね。
もしかして本当に、私をロココの女王みたいにしたいのか?
「じゃあ、どうしたらいいのですか?」
「そうだなぁ。地道に麗華をわかってもらうしかないんじゃないか?本当の麗華は素直でいい子だからね」
お兄様!!
「わかりましたわ!私頑張ります!」
「うん。本当に麗華は素直だね」
久しぶりにお兄様に頭を撫でてもらってしまった。
気分も上昇。
とろろん芋タロウの話が出来るあの子と、早く仲良くなりたいと焦っていたけど、お兄様の言う通り、 徐々に近づいて行ったほうがいいかもしれない。
鏑木を反面教師にして、頑張るぞ!