フォーサイト、魔導国の冒険者になる   作:塒魔法
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第二章 ────── 選択肢
出発の日 


9

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ、リリアさん。今までお世話になりました」

 

 魔導国行きを決めた数日後。

 フォーサイトたちは荷物をまとめ、孤児院から旅立つ日を迎えた。

 院長や先生たちをはじめ、孤児院の悪童たちも別れを惜しむように、ヘッケランたちを涙交じりに見送ってくれる。とくに、ウレイリカとクーデリカとの別れは、なかなか応えるものがあるようだ。元貴族の御令嬢とはいえ、双子の天使は短い間ながらに、孤児院の子供たちとの仲を深めていた。しかし、孤児たちにとって、孤児院から里親に貰われていく友達というのは多くいる。今度は、フォーサイトと共に魔導国へ向かう双子の番ということ。全員がそれを理解し、その旅路の安全と将来を祝福するのは、当然の儀式ともいえる。

 

「こちらこそ。フォーサイトの皆さまには、よく手伝っていただきました。なんとお礼を言ってよいか」

「いや、そんな気にしないでください。なぁ?」

「そうですよ。私たちも楽しかったですし。ね、アルシェ?」

「本当に、私の方こそ、たくさんお世話になりました。院長先生」

 

 旅装に着替えた妹たちと共に頭を下げる少女に、リリアは柔らかく微笑むばかりだ。

 そして、彼女は祈る。

 

「道中、気をつけてください」

 

 リリアはフォーサイトひとりひとりと手を握り、ウレイとクーデとも抱き合った。

 その最後。大荷物を担いでいる神官に対し、まるで太陽を仰ぐような表情で向かい合う。

 

「ロバー様も」

「ええ」

 

 二人の関係を、ロバーとリリアの過去を聞いているヘッケランは、二人のやりとりを黙って見守る。

 

「院の運営用の寄付金は、いつも通り銀行の口座へ振り込んでおきますから、安心してください」

「はい」

「魔導国に着いたら、手紙を書きます。二国間の流通も、ようやっと軌道に乗り出しているらしいですから」

「はい」

「しばらくリリアさんのアップルパイが食べられないのは残念ですが。落ち着いたら、こちらへ顔を見せに戻りますよ」

「──はい!」

 

 二人とも、涙は浮かべない。浮かべる理由などない。ただ穏やかな笑みを交わすだけ。永の別れというわけでもないのだから、当然である。

 まるで長い睦言を交わすように見つめ合い続ける男女に対し、ヘッケランはワザとらしく咳払いをする。

 

「ああ、ロバー。悪いけど、そろそろ」

「ええ。馬車の時間に遅れるわけにはいきませんね。それでは」

 

 ロバーとリリアは手を振って別れた。

 孤児院の子どもらや先生方に激励されながら、フォーサイトは旅路につく。

 

「いってきます」

 

「いってらっしゃい」

 

 

 

 

『魔導国行きの馬車は、コチラの列に並ぶように──』

 

 ヘッケランたちが目指したのは、帝都の中心。

 貴族サマ方が屋敷を構える帝国の一等地の中でも、さらに奥深く──帝国皇帝の城に程近い、豪華な建物だ。もとは大貴族などが住んでいたらしい物件だが、ジルクニフ帝の粛正により空き家となっていたそこには、魔導国の紋章旗が大量に掲げられており、屋敷の庭はロータリー……円を描く交差点のような広場の馬車だまりに改造されていた。おまけに、門番にはアンデッドモンスターの一種らしい死の騎兵(デス・キャバリエ)という番兵が控えている。

 その番兵は、魔導国への直通便となる馬車の御者台に座っている者や、壊れた弦楽器のような声を張り上げて列整理を行う者など、幾人も同じものが、それぞれの業務に励んでいる。全員同じに見えるのに、実は違う個体なのだろうか。それにしては全員が奏でる声はどれも同じな上、身振り手振りも作られたかのように揃いまくっていて、かなり不思議に思える。

 魔導国との直通便という馬車というものも、なんだか奇妙だ。

 

「……おねえ、さま」

「……あれ、なに?」

 

 小さな荷物を持つウレイとクーデが指さした、馬車。

 だが、馬車なのに馬がいない。馬がいるべき場所で車体と繋がっているのは、馬に似ているが──断じて馬ではない。冒険者界隈で風説されている“沈黙都市”の化け物……魂喰らい(ソウルイーター)と酷似していた。だが、伝説が本当なら、生命が近くにいるだけで死の嘶きをあげて突進し、その疾走とオーラにあてられた生者はバタバタと即死していくはず。なのに、目の前のアンデッドは実に大人しく馬車の乗客たちを待っていた。馬車だまりで列を作る帝国の商人たちは魂喰らい(ソウルイーター)を知らないのか、あるいは慣れているのか、実に従容としている。あれは確か、オスクの──闘技場運営者の商人たちだったはず。彼らが運び込んだ物資を、アンデッドの馬車馬(ばしゃうま)が牽引するわけだ。

 ヘッケランは考える。

 もしかすると。魂喰らい(ソウルイーター)にも気性の大人しい奴がいて、そいつを魔導王──魔導国は飼っているとか、そんな感じなのだろうか?

 それにしてはかなりの量のアンデッドがいるのは、いったい。

 イミーナやロバーを見れば、かなり緊張した様子だ。ヘッケラン同様、そういうモンスターの事情に通暁していなければ、ワーカーなどやっていられない。

 アルシェは、震える妹たちの手を握った。

 

「怖い?」

 

 幼い子供には未知に過ぎる、危険極まりない世界が広がっていた。なのに、

 

「ううん。平気、だよ。ね、クーデリカ」

「おねえさまたちが一緒だもの。ね、ウレイリカ」

 

 健気な勇気を振り絞る双子を見ていると、ヘッケランは怖気(おじけ)づく自分を叱るように荷物を担ぎ直した。

 そして、

 

「あのー、すいません」

『何用かな?』

 

 列整理をしている死の騎兵(デス・キャバリエ)に、チームの中心たる男は率先して声をかけた。

 

「俺たち、魔導国の冒険者志望者で──えと、これを、持ってるんですけど?」

 

 そう言って、取り出してみせた漆黒の書状を、死の騎兵に掲げみせる。

 モモンから受け取っていたそれを、ここで見せるようにと、他ならぬ彼から言い渡されていた。

 アンデッドの騎兵は理知的に頷きを返す。

 

『“漆黒”の推薦状。なるほど、承知した。一番の旗が掲げられている、あの馬車に乗っていただくが、乗員数は……六名でよろしいか?』

「ああ、はい。俺と、イミーナとロバーデイク、アルシェとウレイリカとクーデリカの、六人」

『承った』

 

 言って、死の騎兵は一番馬車の御者に声をかけた。死の騎兵同士で話を通す光景は、なんだか不思議で奇怪な光景に見えるが、当の本人たちは職務に忠実であるだけ。それくらいのことはヘッケランにもよくわかった。

 

『お待たせした。では六名様、乗られよ。其の方らの荷物は、骸骨(スケルトン)たちが固縛させていただく』

「あ、はい、えと、どうも」

 

 ヘッケランたちの中で一番の大荷物──ワーカーとしての装備(アイテム)類や回復用ポーション、あと必要になるだろう生活物資を担ぐロバーに、骸骨たちが歩み寄っていく。

 聖印をぶら下げた神官に対して、アンデッドたちは別段特別な感情を懐いている様子がまるでない。カッツェ平野で、生命を貪ることに情念を燃やし、自分たちを打ち砕きに現れた人間たちを殺そうとする野良のアンデッドたちとは、まったくもって違う。空虚な眼窩に浮かぶ色は、ただの暗闇の色だけ。

 

「……お願いする」

 

 ロバーもまた、こうしてアンデッドと対面しても、実に冷静でいてくれる。

 ここで無用の争いや騒ぎを引き起こしても、魔導国での評判に悪い影響を与える……以上に、今現在のフォーサイト全員を危険にさらすような真似など、心優しき神官が犯すはずもなかった。

 荷物を受け取った骸骨(スケルトン)たちは、どこでどう覚えたのか、手慣れた様子で荷を馬車の屋根や後部に括り付けていく。乱暴乱雑に扱われることはなく、もちろん、フォーサイトを油断させ急襲するといった行動も一切とらない。それはまるで、貴族家に仕える下男──召使いのごときありさまだった。自分たちの知るモンスターの姿からは、あまりにも遠い。遠すぎて眩暈すら覚える。

 

「──すげぇな、魔導国」

 

 ヘッケランやイミーナ、アルシェたち三姉妹分の荷物も固定した骸骨たちは、整然とした動作で馬車を離れる。

 フォーサイトは戦々恐々、馬車の扉を開けて中へ。そして、

 

「うわ」

「これって」

「まさか、そんな」

「こんなの、私も見たことない」

 

 驚く仲間たち。ヘッケランも、ひきつった笑みを浮かべた。

 床どころか壁にまで張られた柔らかい絨毯。六人が座っても余りある座席は、まるで絹のような触り心地で、座ると羽毛に包まれるような感じだ。まるで、車輪の付いた高級宿屋。これなら長旅でも身体が痛くなることはない。

 無論、こんな馬車に乗った経験は、元貴族のアルシェたちも含めて、全員が初めてのこと。

 

「え、ええ、ちょ、あの、乗る馬車、間違えた?」

 

 庶民が乗るようなそれとは、何もかも違いすぎる。普通、中は木材が剥き出しで、粗末な椅子があるのがせいぜいだ。だが、フォーサイトの乗る馬車は、外装には魔導国の紋章旗以外の装飾はなく、ごく質素な造りをしていただけに、中と外とのギャップについていけない。こんなの、帝国貴族の中でも、かなりの重鎮ぐらいしか味わえない(ぜい)の極みと言う奴だ。絶対にヘッケランたちの乗るべきものではない。

 だとしたら早いところ荷物を解いた方がいいのでは──そう報告するヘッケランに対し、魔導国の御者は首を横に振る。

 

『いいえ』きっぱりと告げる死の騎兵(デス・キャバリエ)。『あなた方は“漆黒”のモモンより推薦状を頂いた方々。おさおさ無下に扱うことがあっては、魔導王陛下の名に(きず)がつくというもの』

 

 言われたヘッケランたちは、何とも言えない表情で、その現実を受け入れた。

 特に、死の騎兵に手を取られ乗車したウレイリカとクーデリカは、アンデッドに怯えていたのが嘘のように、早速未知の世界たる高級馬車の質感に身を預けていた。「すごいすごい!」とはしゃぎ跳ねるのを、姉がどうにか落ち着かせつつ、ヘッケランたち大人組も席に着いた。

 御者台に座る死の騎兵が、最後の確認も込みで声をかけてくる。

 

『忘れ物はありませんな? では、これより魔導国都市エ・ランテルに向け出発する』

 

 ヘッケランは全員を見回し、ゆっくりと頷いた。

 

「出発してくれ」

 

 

 

 

 

 魂喰らい(ソウルイーター)(いなな)きと共に帝都を出発したフォーサイトは、快適な旅路を愉しんでいた。

 よく整備された帝国の街道を行き、以前までは荒野や草原だった大地に、いつの間にやら帝国のそれと遜色ない──進めば進むほど、よく整備されているのが解るほど平らな道が──魔導国の街道が舗装されていたのだ。帝国と魔導国は、属国支配を受ける前からの同盟者。両者の間で国交が樹立され、その時点で街道を繋ぎ整えておくというのは、むしろ自然な流れだったのだろう。

 

『見えましたぞ、御客人方』

 

 馬とは違い、まったく疲労しない馬──魂喰らい(ソウルイーター)に牽かれた馬車は、驚くほど早くエ・ランテルの都市近郊にたどり着いた。下手をすれば馬車の故障や馬の休息などでかなりの時間を車内で過ごすことになっただろうが、魔導国の整備された交通手段に、そういった心配は無用なようだ。

 はしゃぎすぎて疲れて眠った双子が眼を覚まし、締め切っていた窓を開けて外を眺める。

 

「あれって、まどうこく? おねえさま」

「あれが、エ・ランテル? おねえさま」

「うん。……だと、思うよ、ウレイ、クーデ……」

 

 アルシェが自信なさげなのも無理はない。

 イミーナもロバーも、ヘッケランですら、「あれがエ・ランテルだぞ」と断言できない。

 

「あれ、なんだろう? 城門の」

「大きな、像、のようですが?」

 

 いや、巨大な像もそうだが、もっと注目すべきことがある。

 

「あれは、巨人……霜の巨人(フロスト・ジャイアント)か?」

 

 通常の人間の縮尺ではありえない、そびえる城門と背丈が同じくらいの、異形。肌の色は氷のように青白く、髭も髪も雪のように白一色。なめし皮の衣服の上に、どうやって作り上げたのやら、巨人サイズの鎖着(チェインシャツ)を着込んでいた。

 

『あれらは、アゼルリシア山脈にいた一族のもの。魔導王陛下に恭順し、霜竜(フロスト・ドラゴン)などと共に、我らが魔導国の発展に寄与している』

「フロスト・ドラゴン……って」

 

 冗談だよな。

 そう問い返そうとした矢先──

 

「なに、この音?」

 

 イミーナが耳をそばだてる。

 長い耳を忙しなく動かし、音の発生源を探っているが、もちろんヘッケランたちには何も聞こえない。

 それが聞こえだしたのは、数秒後のこと。

 

「違う、音じゃない!」

 

 イミーナが後部座席から後方の窓をのぞき込む。

 そうして、イミーナが音と思っていたものの正体が、ヘッケランたちにもわかった。

 

「ドラゴンの声!」

 

 雲を、天を、突きさすような、竜の咆哮。

 ワーカーとして警戒せざるを得ないモンスター。

 御伽噺に謳われ、吟遊詩人が風説を広める、異形の王。嘘か真か、アーグランド評議国には竜の王様が何匹もいて、竜王国の女王の父祖は竜なのだと噂されている。200年前、実在していたという十三英雄、その最後の敵として登場するのは“神竜”であったというのは、寝物語を聞いた誰もが知っていること。

 

『落ち着かれよ』

 

 武器を手にとって戦いの準備をしようか迷うヘッケランたちに、死の騎兵は事も無げに告げる。

 

『言ったであろう。霜竜(フロスト・ドラゴン)は魔導国発展に貢献するもの。畏れる必要はない』

 

 近づく竜の暴声に、空を引き裂く翼の音色が付随し始める。

 ヘッケランはとにかく状況を確かめるべく、窓から身を乗り出した。

 

「おいおい、マジか──」

 

 ヘッケランたちの乗る馬車の後方──上空を滑るように飛行する白亜の竜が一匹。

 太陽の明かりに照らされる翼は、降り積もった霜の輝き。巨大な翼を広げ、空を悠々と舞うモンスターは、地上を行く馬車にまったく頓着することなく、そのまま追い越していく。

 そうして、竜が向かった先は、魔導国の都。

 何やら巨大な箱のような荷物を持って降下していく影を、ヘッケランは愕然と見送るしかなかった。

 いつまでも窓から身を乗り出していた男の横で、御者は整然と職務を果たす。

 

『まもなく、エ・ランテルに到着する』

 

 

 

 

 

 

 

 



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