フォーサイト、魔導国の冒険者になる   作:塒魔法
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Q.孤児院の院長先生の正体とは?
(ヒント:原作では名前だけ登場しています)


四人の思い

7

 

 

 

 

 

 

 

 帝国、帝都の夜は更けた。

 孤児院の屋上は、かすかな月明かりのみに照らされている。

 

「ふっ!」

 

 屋上で木剣を振るう男は、潜めた声で、だが力を込めた体のしなりと共に、一人で戦闘の真似事を繰り返す。

 双剣を扱うことを主とするヘッケランだが、今は一本だけ。胴体に重りをぶら下げた状態で、訓練用の木剣を素振りし、虚空にいる仮想敵のモンスターめがけて振り下ろす。

 そうして、迫りくる敵を次々と薙ぎ払い蹴散らして、その奥にいる敵の頭領……司令塔役を叩き切る位置に踏み込んだ。

 

「シッ──!」

 

 旋風を伴うような木剣の一撃。

 廃材で出来た棒人形がガシャリと崩れ、屋上の床に置いた、廃棄処分行きのベッドマットの上に散乱する。音を必要以上に散らさない装置だ。

 この場合、〈斬撃〉などの武技を叩き込むのが定石なのだが、さすがに施設の屋上でそんな派手なことはできなかった。

 

「──よし。今日は、このくらいでいいか」

 

 その夜、ヘッケランは珍しいことに、鍛錬に明け暮れていた。このくらいと言いつつ、ほとんど休みなしで、二、三時間は練磨を続けていた。昼間、同業者(ワーカー)に拘束された時の負傷も、仲間(ロバー)の治癒のおかげで問題なし。玉のような汗を濡れ布で拭い、雨水を溜め込む水瓶(ロバーの魔法で洗浄された)に備え付けの柄杓(ひしゃく)で喉を潤す。

 

「ふぅ……」

 

 今日の昼のことが脳裏を過ぎる。

 買い出しと武器整備(メンテナンス)に出かけた際のこと。

 フォーサイトはアルシェたちの借金問題が完全に収束し、代わりに、とある冒険者の旦那から、とある提案を持ち掛けられたのだ。

 ヘッケランは見事な全身鎧(フルプレートメイル)の意匠を隅々まで思い出す。

 

(魔導国の、アダマンタイト級冒険者……“漆黒”)

 

 モモンから、アルシェたち救出の報酬として要求されたものは、単純な金銭ではなかった。

 冒険者組合に属しながらも、一冒険者の裁量でそういった特例を設けることは滅多にない。

 だが、魔導国の冒険者組合は、今までの近隣諸国のそれとは一線を画すものだと、他ならぬ組合の統括に抜擢されたというモモンが告げていた。

 冒険者組合は、国家の枠にとらわれず、国の傭兵として扱われることのない自由な立場を良しとするもの。でなければ、各国は優秀な戦力となる冒険者たちを利用し、国家間の代理戦争じみた状況に発展、それがもとで強力な冒険者が根絶される事態に陥り、最悪、誰にも対処不能な“モンスターという圧倒的脅威”の危機が諸国に迫ることになりかねないからだ。

 しかし、魔導国には懸念されるような兵力や武力──軍事力の面における不安が一切なく、冒険者を戦争の道具にして消耗することはありえないと、簡単な説明を受けた。

 

(詳しくは魔導国で開かれる講習で話す、だったか)

 

 そうして、モモンは一通の封書を──“漆黒”の紹介状を──魔導国への招待状となるものを、ヘッケランたちに手渡したのだ。

 よほど見込みがあると思われるものにしか渡していないというそれを、ヘッケランはポケットから取り出し、眺め見る。

 王国語寄りの流麗な筆致には、朱文字で魔導国冒険者組合の発行物であることが記されている。

 現実が、戦闘訓練で息ひとつ乱さなかった戦士の肺を重くした。

 

「魔導国の冒険者に──」

 

 俺たちが、

 フォーサイトが、

 

 ……本当になれるのか?

 

 思うたび心臓が震え上がるのを感じる。

 あのアダマンタイト級冒険者と剣を並べる時が来る……とまでは思わないが、自分たちのような、帝国のワーカーの地位に甘んじている汚れ家業が、本当に、冒険者の道を歩めるのかと思うと、それだけで不安が胸を貫くのを実感する。

 あの、モモンの見せた、力。

 おそらく魔導国で、魔導王陛下サマの下で働くには、彼ほどの技量は必須になるだろう。

 だが、想像がつかない。

 どうやったら、あれほどの戦士になれるのか。

 そう思うと、ヘッケランは鍛錬に打ち込まずにはいられない。子供たちが寝静まる時間を見量(みはか)らい、この院で生活してから適当に仕立てた訓練場で、いつもよりも長い訓練に勤しむほどに。

 

 

 屋上での訓練を終え、訓練道具を片付け、そのまま軽く水浴びをしてサッパリと着替えたヘッケランは、院の暗い階段を降りる途中、ふと気づく。運動後の空きっ腹を刺激する食べ物の、におい。

 嗅げば嗅ぐほど甘い香りが鼻に心地よい。食堂の廊下窓から、中を覗き見る。大きな背中に見覚えがあった。

 

「ロバー?」

 

 大人用の席についていた神官が、ゆっくりと振り返る。

 

「へ…………ッ、ヘッケラン、でしたか。ああ、ビックリさせないでくださいよ」

 

 ロバーデイクはフォークとナイフを握りつつ、頬袋ができるほど大量のアップルパイを口に含んでいた。何を隠そう、この三十路(みそじ)男は大の甘党。依頼中は(げん)(かつ)ぐと言って、断食ならぬ断甘(だんあま)をするらしいが、効果のほどは不明である。

 

「どうして食堂に?」

「そっちこそ、何をうまそうに食ってるんだよ?」

 

 一人で完食するには無理そうな大皿の上のパイだが、この男ならばペロリと平らげるだろう。実際、ロバーの前のパイは四分の三も食い尽くされているのに、食った本人は余裕がありそうだ。

 ロバーは口元をもごもごさせながら告げる。

 

「彼女……院長からの差し入れというか、何というか」

「なるほどな。おいおい、何もそんな慌てて食うことはないぞ? 俺はそんな甘党じゃねぇし?」

「いえ。というよりも、その、子供たちの、誰かに、見つかったら、かなり、絶対、まずいですので──もぐ」

 

 ああ、だろうなとヘッケランは納得を得る。大の大人がこんな量のデザートをひとりじめしているのを発見したら、甘いものが大好きな子供達には垂涎(すいぜん)の光景に違いない。一人だけならば買収も可能だろうが、これが大人数ともなれば、鮫の群れが一匹の獲物に(たか)るがごとく、ロバーの至福の贅沢品はあっという間に貪り食われるだろうと想像がつく。

 何より夜──就寝時間中は、大人でも飲食禁止になっているのに。

 

「はは。神官の足長おじさんが規則を破るのは、いろいろと問題ってわけな?」

「内緒ですよ?」

 

 そう言って、ロバーデイクは神妙な面持ちでパイの一切れをヘッケランに差し出す。対面の席に座ったヘッケランは迷うことなく、指先につまんだアップルパイの甘味と香りを口内に運ぶ。買収成立である。

 

「それで。ヘッケランは屋上で訓練ですか?」

「まぁな。ワーカーたるもの、日々訓練は欠かせないからな」

「それにしても、今夜はずいぶんと念入りだったんじゃないですか? 音が少し大きかったような」

「あ。ヤバいか?」

「いえ。あの程度でしたら、よほど耳が良い子か、同業ぐらいしか聞き取れないでしょう」

 

 ワーカーの日々の依頼には、危険がつきもの。なので、日頃から(かす)かな気配や音、戦闘の空気に敏感になるのは、当然の機能に過ぎない。

 

「やはり。昼間にお会いした、モモン殿の影響で?」

 

 ロバーは布巾で口元を拭いつつ、正答を導き出してしまう。

 

「まぁ……な。同じ双剣のスタイルなのに、あっちは大剣(グレートソード)が二本ときてる」

 

 いったい、どんな膂力(りょりょく)のなせる技だ。あんな重量で繰り出される〈双剣斬撃〉などがあれば、あるいは闘技場から消えた──魔導王陛下に敗れ、配下に下ったという──武王でも、撃ち負けるのではないか。モモンという男の実際の戦闘を目にすることが出来たら、どれほど戦士にとって素晴らしいものが得られたことか、想像に難くない。無論、モモンという冒険者が、属国の人間に乱暴を働くというのは、いろいろとアレである。

 それほどの冒険者を配下として掌握している王が、この帝国の上に位置している。

 

「いや、ほんとう凄いな、魔導国は──」

 

 ヘッケランはロバーデイクを(うかが)うように見る。

 

「昼間の、モモン殿からの“勧誘”の話、ですね?」

「……バレたか」

「一発でわかりますよ」

 

 ヘッケランが窺っていたこと。

 ロバーは、フォーサイトの中で、魔導国行きを完全に拒絶し続けていた。

 神官という職業柄、アンデッドというモンスターが統治すると噂の異常な死都に向かうのは、「愚かな自殺行為」であると主張して。

 しかし、今はその時ほどの強弁は、彼の口から零れない。

 

「モモン殿の話では、魔導王陛下は神官を──信仰系魔法詠唱者(マジックキャスター)も、広く受け入れる準備があるとか」

「それは寛容だな」

「ただし、神殿勢力などには嫌われているので、そういった後ろ盾が必要なものは、相応の覚悟が必要だろうとも」

「そりゃあな……って、あれ?」

 

 てことは?

 

「私が『魔導国にいけない』理由は、ほぼなくなったと言えますね」

 

 ロバーはコップの中の水を口に含んだ。まるで酒を呷るように。自分の愚かさを噛み締めるように。

 

「神殿勢力の後ろ盾がないということは、必然的に、神殿の介入が一切ないということ。私は、魔導国で、私の意志で、人々を癒す力を行使できるわけです」

 

 ロバーデイク・ゴルトロンは、チームのリーダーたる男に頭を下げた。

 

「すいません、ヘッケラン。私が、もっとはやく、魔導国行きを決意できていれば、今回のようなことにはならなかったでしょう。アルシェさんや妹さんたちに、あんなひどい目を」

「いやいやいや。そこは、おまえのせいじゃねぇよ」

 

 誰のせいでもない。

 むしろ、もっと早くチーム全体の方向性を統一できなかったリーダーの責任と言えるだろう。

 

「おまえが乗り気になってくれて、俺は大助かりだよ」

「ええ」

「でも、本当にいいのか? アンデッドの王がいる国に──」

「アンデッドにも交渉可能な知性の持ち主は、普通にいますしね。第一、あれだけの御仁──“漆黒”の英雄──アダマンタイト級冒険者が『安全は保障する』と言ってくれたのです。これ以上の確度ある情報は、他にないでしょう」

 

 これで、フォーサイトは全員、魔導国に行くことができる。

 

「あとはアルシェ……というか、ウレイとクーデだな」

「ええ。ですが、それもモモン殿の話では、寮や託児所の用意もあるとのこと」

「すげえよな。なんだよ、寮って。普通、冒険者に寮住まいなんてさせねぇだろうに、なあ?」

「それも、お優しい魔導王陛下の働きによるものらしいですよ?」

 

 ヘッケランとロバーは笑い続けた。

 久々に酒でも酌み交わしたい気分だったが、下戸であるロバーは酒など一滴も飲めない。無理に飲ましたらエラいことになる。酒杯のかわりに、二人は水入りのコップを打ち交わす。

 フォーサイトのリーダーは今後の具体的な行動に思いを馳せる。その中で──

 

「院長先生には世話になりっぱなしだったな。ロバーのおかげで、仮宿(かりやど)としては最高な場所だったよ」

 

 近日中に、ここを引き払わねばならないだろう。

 いかに帝国が魔導国の属国とはいえ、彼我の距離では毎日の通勤など不能なもの。

 ヘッケランは年若い女性が、優しい孤児院の長が、フォーサイトとの別れを、とても名残惜しんでくれる光景をありありと思い浮かべる。

 

「そういえば、聞こうと思ってたんだが。

 ロバーは院長先生と、どうやって知り合ったんだ?」

 

 ロバーよりは年下だが、ヘッケランたちより年上っぽい、若い女性。

 神官は、遠い場所を見るような瞳で天井を見上げ、訥々と語りだす。

 

「…………昔、10年ほど前。私がフォーサイトに入る前の、冒険者だった頃に、ある偶然から、奴隷として娼館に閉じ込められていたのを保護した()なんです。そう。ちょうどアルシェさんたちのように、親に奴隷商へ売り飛ばされたのでしょう──自分の名前以外の、それ以前の記憶も何も思い出せず、ひどく虐待されていたのを、私が独断で治癒し、そのまま救出して、それで私は神殿から追われました」

「……その話、聞かない方がいいか?」

「ですね。私としても、あまり思い出したくはありません。でも、彼女や他の性奴として扱われていた少女らを保護し、それで冒険者の地位を──神の信徒の席を追われたことは、今でもまったく後悔しておりません」

 

 だろうな。

 ロバーはそういう男だ。

 目の前でくたばりかけていた──性暴力に酔いしれた豚共の慰み者となっていた憐れな女の子を、だが、冒険者の地位にある者は、勝手に癒し治すことは許されない。無論、助け出すなど論外だ。そんなことをすれば、神殿の規則に、組合のルールに、神が決めたとされる人間の法律に、著しく抵触してしまう。帝国で奴隷に関する法律が厳罰化し、取り締まりが強化されたのは、ジルクニフ帝の統治が始まってからしばらくのこと。十年前は、まだギリギリ先代皇帝の時代。ある意味、ジルクニフが十代前半の若さで皇帝になったおかげで、院長たちは奴隷商どもに怯えるような暮らしから解放されたとも言える。

 その一方で。

 ロバーは確実に、神殿の定める掟の上での“悪”となった。

 けれど、ロバーはそうした。そうしなければ、救えない命があった。

 そして、彼の救った命は、今この施設で、今たくさんの子どもたちを救っている。

 ふと、食堂にロウソクを持った院の長──焦茶色の髪の美しい女性が、施設の見回りに現れた。

 

「あら。お二人とも、どうしたんです? フォーサイトの会議でしょうか?」

「ああ、リリアさん」

 

 ちょうど良かったと言って、ロバーは院長先生に──自分がかつて救った女性に対し、柔らかく微笑む。

 

「折り入って、お話したいことが」

「あら。なんでしょう?」

 

 そう言いながらも、リリアという女性は、長年連れ添った神官の言わんとしている内容を察したような笑みを浮かべている。

 ロバーと院長先生をそのまま食堂に残して、ヘッケランは自分の部屋へと戻った。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 少しだけ時を(さかのぼ)る。

 

「こうして、人間のお姫様とゴブリンの王子は、末永く暮らしましたとさ」

 

 普段は二つに結う髪は、すべて寝間着姿の背中に落ちている。

 ヘッケランが鍛錬に勤しんでいる微細な音を、半森妖精(ハーフエルフ)の女は、その長い特徴的な耳で確実に聞き取りながら、子どもの寝かしつけという、将来絶対に必要になるはずの仕事をやり遂げていた。

 

「めでたし。めでたし。……と。はい、おやすみ、二人とも」

 

 もはや、御伽噺の絵本の読み聞かせも手慣れたものだ。

 イミーナは女子用の相部屋のベッドで寝入る、双子の天使の頭を撫でた。

 それと、もう一人。イミーナが肩にかけてやった毛布にくるまれ包まれる、少女の頭も。

 本当を言えば、起こさないであげてもよかった。

 この仮宿、院での生活は充実していたが、二人の妹を匿い養う立場にいたアルシェは、心身ともに疲弊しつつあった。双子を取り戻そうと両親がここをかぎつけてきたら。あるいは冒険者や騎士がアルシェたちを連行しに来たら。そういう不安に押しつぶされそうな環境でも、アルシェは気丈に振る舞っていたのを、少女をサポートしていたイミーナは理解していた。

 そして、今日、その不安から完全に解放されたワーカーの女の子は、ヘッケランの戦闘訓練などに気付かず、あまつさえ、幼い双子よりも先に寝落ちするほど、安堵の心地に緩みきっていた。

 

「ほら、アルシェ。いい加減、そんなところで寝ないの」

「う……うん?」

 

 ベッドの脇でうたたねを打つ少女の肩を少し強めに揺さぶってやる。

 

「ほらほら、起きた?」

「うん……ごめん……イミーナ。私、寝て、た?」

「もう盛大に。グースカね。いい夢でも見てた?」

「ゆめ──────!」

 

 羞恥故か、頬を真っ赤に染める。そんなに恥ずかしい夢だったのか。一応はかってみた感じ、熱はないようだが、昼間のことも考えれば無理は禁物だ。そうして、妹たちよりも先に眠りこけてしまって、イミーナがしかたなく……半ばは望んで、絵本の読み聞かせを代わったのだ。

 姉を気遣ったウレイリカとクーデリカが「起こさないで」というので、とりあえず放っておきはしたが、さすがにこんな姿勢で寝ては身体に悪い。風邪をひかないよう、せめて空いているベッドで寝なさいと、イミーナは手を貸すが、

 

「え。いや待って。ベッドは、イミーナが使うべき」

 

 ウレイリカとクーデリカが眠るベッドこそが、本来アルシェの使うはずの寝台であった。が、さすがに孤児院のシングルベッドに、姉妹三人が川の字になって眠るのは無理がある。アルシェはいつものように、床で毛布にくるまろうとするが、今夜だけはベッドで寝かせておきたいと、イミーナは抱き上げるようにして、少女を自分のベッドに運んだ。

 

「今日は私が床で寝るから。あんたはそこで寝なさい。いい?」

「で、でも」

「アルシェ。無理してきたでしょ? ……それに、今日は、あんなことまで……」

 

 青い瞳が開かれた。イミーナの言いあぐねたことを理解したのだ。

 実の父親に、妹たち共々、売り飛ばされた。もしも、助けが間に合わなければ、アルシェたちに待っていたのは、娼館でこき使われ、雑巾のように(よご)され(けが)され消耗されるだけの人生を強要されていたはず。親に売られるということは、そういうこと。

 

「あんなことの後だもの。今日ぐらい、あんたが“妹たちを守るお姉さま”でいることはないから…………ね?」

 

 金色の髪を撫でさするたびに、アルシェの瞳が潤み滲んでいくのを、蝋燭の小さな明かりに淡く輝いていくのを、見とめる。

 だが、アルシェは首を振り続けた。

 

「違うの、イミーナ。私────私、おかしいのかな」

「おかしいって──何が?」

 

 アルシェは体を起こし、イミーナは椅子に座った。二人は向かい合う。

 

「私、あの時……今日、モモンさんに助けられた時、とても、とても嬉しかった。モモンさんから、このハンカチを受け取った時、とても、とても……頬が熱くなって、……あの人を直視、できなかった」

 

 寝間着のポケットにしのばせていた、肌身離さず持ち続けた──涙に濡れる布切れを、アルシェはとても美しい表情で眺めている。

 その熱っぽい視線は、頬の染まる表情は、神官が癒せる病では、ない。

 

「モモンさんの力を見た時も。モモンさんの見せた(ヘルム)の下の顔を思い出しても。私、あの、なんでだろう──今でも、あの時、あの昼間の時のことを思い出すたび、ウレイとクーデもすごく怖い目にあったっていうのに、その、私、胸が、すごく、熱くなって……へっ、変だよね? おかしいよね?」

「……」

 

 はは~ん。

 イミーナは感づいた。

 頬が緩んできてしまって、仕方がない。

 

「な、なんで笑うの?」

「……いや、だって、あんた、それ────プふッ!」

 

 思わず吹き出してしまう。

 こっちが心配していたのをよそに、この娘っ子ときたら。

 まぁ。

 あれだけの救出劇をされては、たいていの女はときめいて当然である(・・・・・)。既に相手のいる(・・・・・)イミーナは例外だろうが、その当事者である十代の少女にとっては、もう、つまり、そういうこと。

 

「あー。う~ん。……確かに、年齢差的には、おかしいのかしら?」

「? 年齢、サ?」

「下手したら30歳は離れてそうだもんね~?」

 

 言っていることを理解しきれないアルシェに、女の先輩として、イミーナはもう一言を添える。

 

「ま。いっても、そういう年齢差の開いた男女関係も、普通にあることなんじゃないの?」

「──男、女………………ってぇ!」

 

 あ。

 やっと気づいた。

 

「ち、ちちち、違う! そそ、そそそそんなこと、あああああああああアルわぇなッ?!」

 

「あるわけない」という文句を、盛大に噛んだ少女。

 イミーナは大きく笑いだすのを、片手を口に当てて、片腕で腹を抱くようにして抑え込む。初心(うぶ)な少女を、本当の妹や家族みたいに思いつつある少女の成長を、言祝(ことほ)いだ。後ろで眠る双子の天使は、微笑みを浮かべて眠りの世界を羽ばたいている。

 だめだ。

 笑いすぎて、涙が。

 

「ッ、ッ……あー。でも。はは。相手は、アダマンタイト級──おまけに。ハハ。あんな黒髪の、美しいお姫様みたいな従者さんが、ライバルになるとすると?」

「え……え、えええ?」

 

 いやはや。

 アルシェの勝率はどれほどのものか。

 しかし、イミーナは全力を尽くして、アルシェの味方に付くと心に誓う。

 

「魔導国に行って、がんばって冒険者にならないと、ね?」

「あ──うん。それは、絶対にがんばる」

「あと、ついでにモモン様との関係も」

「いやいやいやいや。そ、そうじゃないから。違うから!」

 

 はにかんだり、首を振ったりする妹分(アルシェ)の頭を、姉貴分として励ますように撫でた。

 

 なに。

 恐れることはない。

 なんと言っても────恋する乙女は、無敵なのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




原作での明確なキャラ年齢は不明ですが、

 ロバー   31歳
 ヘッケラン 25歳
 イミーナ  25歳
 アルシェ  17歳 ウレイとクーデ 7歳 くらいのイメージ

モモン様(中身違うけど)に恋心を懐く少女が、また一人
──こっちも絶対に成就しなさそう


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