フォーサイト、魔導国の冒険者になる   作:塒魔法
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疑問…………モモンさんの中身は?


緊急依頼

6

 

 

 

 

 

 

 

「聞こえなかったのか? ──何をしているのかな?」

 

 漆黒の戦士は三度(みたび)目の問いを投げた。

 しかし。

 誰も答えられない。

 誰が答えたものか、わからない。

 

「ふむ。質問の仕方が悪かったかな? ではもっとわかりやすく訊こう……おい、そこのおまえ」

 

 偉丈夫は一人のゴロツキを指さす。

 

「おまえはここで、彼らに何をしている?

 私の見たところ、女子供をイジメているように見受けられるが?」

「はぁ? なんだ、テメェ? こっちはあくまで仕事でやってるんだ。部外者はよそへ行きな」

「仕事……少女を組み敷き、女児に短剣を突き付けるような仕事が、帝国では一般的なのか?」

 

 黒い戦士は腕を組んで考え込む。

 

「帝国が属国になったからと、コチラに派遣されてきたが、──上に聴いていたよりも、野蛮な国だったのか」

「おい? なにを一人でブツクサ言って──」

 

 裏路地の闖入者へ歩み寄っていくゴロツキ。

 手中のハンマーを軽く振るうのは、本能的な威嚇行動だろうか。

 偉丈夫とタメをはる程度の巨漢が、鎧の襟首を、プレートの輝きを掴みあげようとした──

 

「痛、で、てててててッ!」

 

 瞬間、

 全身鎧の背後に控えていた筈の黒髪の美女が、男の手首を()めていた。

 その目に宿る眼光は、その言動以上に冷酷な、刃の色を閃かせている。

 女の声は、ゴロツキの耳を削ぎ落とさんばかりに硬く、何より冷たい。

 

「ダニが。その汚い手で、この方に触れてよいと思わないことね」

「イ゛ッ! 痛い痛い、イデデデデ!」

「チッ──黙りなさ」

「よせ、ナーベ」

 

 主人のごとく命じる男に肩を叩かれ、ナーベと呼ばれた女は頬を朱に染め、あっさりと引き下がった。尋常でない関節技と豪力で半泣きになったゴロツキの様子は、まるで大人に本気で殴られた子供のあり様だ。

 偉丈夫は次の質問相手を探す。

 

「ふむ。次は、そこの男。そう。金髪に赤いのが混じっている」

「あ……え?」

 

 彼に指さされたのは間違いなく、取り押さえられているヘッケランであった。

 

「そう、君だ。君は、こいつらに何をされている? 君らが、何かしたのか?」

 

 ヘッケランは天啓を受けたかのように語り始める。

 

「す、すまん! アダマンタイト級の、旦那! 助けてほしい!」

 

 これを好機と、フォーサイトの中心柱は、無様に聞こえようが構うことなく、懇願の声を吐き連ねる。

 

「こいつら、悪徳な闇金と、そいつらに雇われたワーカーたちだ! 俺の仲間……アルシェと、その妹二人が、親の借金のかたに売り飛ばされかけている!」

 

 黙れというふうに拘束する腕力が、骨を砕きそうなほどに押さえつけてくる。

 が、ヘッケランはそれも一切無視して、アダマンタイト級冒険者に頼み込む。

 

「アルシェたちは父親に売られたんだ! 俺たちのことは、ッ、俺たちでどうにかする! でも、せめて仲間を──アルシェを、そこの金髪の女の子と妹たちは、助けてくれ!」

「ほう……仲間?」

「報酬も支払う! だから!」

「なるほど。了解した」

 

 アダマンタイト級冒険者は、軽く会釈するように頷いてくれる。

 

「では、即席の緊急依頼ということで、受理するとしましょう」

 

 マジかよ。

 言いかけて、さすがに拘束の力が強くなりすぎた。感謝の代わりに苦痛の声をあげるヘッケランが横目で見る間に、偉丈夫は悠然と歩を刻み始める。背にしていた両手剣のうち一本を、片手の握力で易々と握りながら。

 

「は。アダマンタイト級っていっても、たったの二人。しかも相棒は女と来た!」

「そ、そうとも。帝国にいる最高位冒険者に大した強さの奴はいねぇもんなぁ!」

「大層なグレートソードだが、ただのハリボテって可能性もある! 怯むんじゃ」

 

 ドゴン────路地の石畳を穿ち砕く、大重量の音色。

 

「おっと。うっかり、手が、滑ってしまった」

 

 偉丈夫は大地に突き立つ形になったグレートソードを、「これは恥ずかしいな」などと囁きながら、目にも止まらぬ速さで抜き払う。石畳を鋭く破壊した大剣は、小さな刃こぼれすら生じていない。ありえない硬度と重量──完全な業物と見て間違いなく、そんなものを片腕で軽々と操る男の力量は、間違いなくここにいる全員を凌駕する。

 

「さて。とりあえず自己紹介をしておこうか。

 私は、アダマンタイト級冒険者、“漆黒”のモモン」

 

 背後に控える女はナーベとも紹介した最高位冒険者。

 

「アインズ・ウール・ゴウン魔導国の“法の執行者”として選ばれ、同時に今は、魔導国冒険者組合の、統括のような地位も任されている」

 

 言っていることがわかる者が何人いるだろう。

 帝国は現在、魔導国の属国である。

 つまりそれは──実質上、そのまま帝国の冒険者としても最頂点に位置しているということ。

 

「さらに、『真の冒険者』を募る魔導王の勅命により、冒険者の指南役──いわば、冒険者育成学校の教官職も拝命している」

 

 ただの冒険者が担うには、あまりにも過剰に思える肩書の数々。

 ふと、ワーカーのひとりが「漆黒──そうだ。噂に聞いたことがあるぞ」と語り始めた。

 

「漆黒の英雄……エ・ランテルでアンデッド数千体を退け、骨の竜(スケリトル・ドラゴン)二体を撃破、強大な力を持つ吸血鬼(ヴァンパイア)の討伐、ゴブリン部族連合の掃討、超稀少薬草の採取に成功、ギガント・バジリスク打倒、カッツェ平野でアンデッド師団を滅ぼした挙句…………王都で、難度200以上の悪魔を打ち倒した、とか」

 

 眉唾にしか思えないほど過量に過ぎる、武功の総覧。どれひとつとっても、並みの冒険者などでは一生を費やしても達成不能にしか思えない偉業ばかりだが、目の前に存在する本物を見れば、それが嘘偽りでないことを嫌でも理解してしまうもの。

 

「嘘だろ、おい」

「実在していたのか」

「難度200以上って、そんな」

 

 ワーカーたちは一様に委縮してしまった。

 目の前に存在する魁偉(かいい)の風貌。あまりにも見事な全身鎧と双振りの大剣。(かも)し出される雰囲気は、強者という言葉だけでは説明しきれない、絶対的な何かを含んでいた。

 何人かのワーカーが逃亡を図るかどうか迷う最中、

 

「殿~! (それがし)がこの者達の逃げ道を封じたでござるよ~!」

 

 いつの間にか、全員が漆黒の英雄二人に気を取られていた反対側の路地に、見たこともない強大な魔獣が立ちはだかっていた。

 白銀の体毛に蛇のようにうねる尾、叡智を讃えた強い瞳が特徴的なモンスターだ。

「ご苦労、ハムスケ」と言って、事も無げに頷く偉丈夫。とすると、彼はこの魔獣を支配下に置いているということ。つまり、魔獣の言った通り、これでは逃げ道などない。

 いよいよワーカーたちゴロツキ共の表情がパニックに彩られ始めた、その時。

 

怖気(おじけ)づくな!」

 

 戦々恐々となる野郎たちを、まるで歴戦の戦士のごとく、たったの一声で喝破してしまう闇金のボス。

 優男は整然と微笑み、一人の冒険者を見据えた。

 

「お初にお目にかかります。漆黒の……あー」

「モモンだ」

「失礼、モモンさん。ですが──こちらには、正当な手続きで結ばれた契約が、この契約書があります。彼女の父親は、多額の借金を私たち金融に負いまして──つまり、彼女たちを私どもがどうこうしようとも、冒険者のあなたには関係のない話です」

 

 一理ある。

 実際として、一冒険者が──たとえ魔導国のトップに近いと言っても、帝国のそういった金融契約に口出しをできる裁量があるものか。聞けば、モモンは“法の執行者”と言ったが、裁判長官や法政大臣と、死刑執行者はまったくの別。

 ヘッケランは(ほぞ)を噛んだ。

 いくら魔導国の冒険者といっても、属国の民間人を手当たり次第に殴り飛ばすなどの暴力沙汰は、ありえない。そんなことが知れれば、冒険者としての威信や名誉に傷がつく。下手をしたら、最高位冒険者の証を返上することも。

 ……あの闇金野郎、単純な力押しでどうにかできるタイプではない。

 

「その契約書、拝見させてもらっても構わないか?」

 

 正当な契約であるというのであれば、見せない方がおかしい。仮にも魔導国の冒険者の最頂点に君臨する相手に、拘泥するのはいろいろと問題もあるだろう。優男は警戒しつつも、羊皮紙を広げて、全身鎧の男に手渡した。

 受け取ったモモンは剣を背負い直し、そして兜を脱ぐ。現れた顔つきは意外と普通というか、言っては何だが、おっさんの面構え。彼は兜を姫のように美しい従者に預け、どこからか眼鏡を取り出し顔にかけた後、じっくりと書面を閲覧していく。まぁ、おっさんなのだから、老眼ということもありえるだろう。

 

「ふむ────なるほど」

 

 モモンは羊皮紙の一節を指さした。

 

「帝国の法は最近勉強したばかりだが──帝国臣民を無理矢理に金銭にて売買することは、奴隷に関する法に抵触するのではないか? ジルクニフ帝の今代から、帝国は自国民が奴隷として扱われる際、奴隷主が奴隷となった帝国民を過度な危険にさらすような行為はご法度となっているはず。無論、性的暴力などを働くことも含めて禁じられていたと思うが?」

「──確かに。おかげで帝国の奴隷売買制度も下火にはなりましたね。ですが、あの三人──アルシェさんたち三姉妹は、父親からそのように扱っても良いという風に契約を結んでおりますので」

 

 それくらいの品でなければ、とても返済しきれる額ではなかったのだと、優男は注釈する。

 無論、奴隷をどう扱うかの項目においても、奴隷自体が望めば……自由意志で“同意”を示しさえすれば、娼館などで働くということも一応は可能。アルシェたちがサインをせざるをえない状況に陥りさえすれば、それで後はどうとでもなる……そういう抜け穴は、確かにあるのだ。

 しかし、モモンは抗弁を続ける。

 

「そこが一番の問題だな。子は、親の所有物と見做す法など存在しないはず。無論、保護管理という名目では、親と子は切っても切れない間柄だが、親の都合で子を売りさばくというのは、著しく法に触れているのではないか?」

「そうは言いましても。こちらも多額の金利を回収しないことには、商売があがったりなので。フルト家に私たち金融が善意で貸し出したあれだけの金を、今になって踏み倒されでもしたら──」

「ふむ。それもそうだな。では」

 

 問答を続けることに飽いたかのように、モモンは契約書を優男の手もとへ返した。

 その上に、ジャリンと響く包みを乗せて。

 

「その借金とやら、私が返済しよう」

「……………………ええぇ?」

 

 書面に記載されていた分はこれぐらいだったなと言いながら、モモンは金貨入りの袋を積み重ね始める。

 

「受け取れ。私の計算だと、釣りはないはずだ。あと一応は言っておくが。この三人を私が買うのではなく、あくまで私が個人的に、彼女たちの境遇を憐れんで、馬鹿みたいに金を恵んでやっただけのこと……それでいいな?」

 

 言外に、何か文句を言ったら“殺すぞ”という語気を感じさせられる。

 それに気づいているのか否か、優男は調子の外れかけた声色で、五つの袋の中にある金額を勘定する。

 

「た、確かに。これだけいただければ、とりあえず金利分もご返済いただけました。あ。証文もお書きいたしましょうか?」

「そうだな。そうしてくれると助かる」

 

 一行を置き去りにして、金のやりとりをする二人。

 宿に催促に来ていた男が取り出した証文……これだけの金額を受け取りましたという証を残すところは、さすがにジルクニフ帝の世で生存を続けてこれた闇金業者というところか。

 モモンは証文を受け取り、それをナーベに託した。

 

「では。今回はご迷惑をおかけいたしました。モモンさん」

 

 良い商売が出来たと嬉しそうに笑う闇金の優男に連れられて、ヘッケランやアルシェたちを抑え込んでいたワーカーたちも、ぞろぞろと引き上げていく。彼らはハムスケという魔獣の横をすり抜け、完全に姿を消した。

 そして、モモンはナーベの方をかすかに振り返る。

 

「ああ、忘れていた。ナーベ。ちょっとあいつらと“お話をしてこい”。それと、デミウルゴス殿に〈伝言(メッセージ)〉を。帝国の闇金融のシッポを掴んだ、と──」

「かしこまりました」

 

 主人から小声で命じられたナーベは謹直に頷く。女従者がモモンへ兜を返却し、〈透明化〉の魔法によってか、姿を完全に消した。ゴロツキの一人を軽くあしらっていた力量で、魔法詠唱者(マジックキャスター)だったということに驚愕するヘッケラン。ハムスケと呼ばれていた魔獣は「ナーベ殿! 自分もお手伝いするでござる~!」と言って家の壁面を駆けあがっていく。魔獣の嗅覚には、女性がどこへ行ったのかもわかるというところだろうか。そうして追っていった魔獣の声に「痛い!」という音色が遠く聞こえたのは、何かの聞き間違いと思っておこう。

 裏路地にとり残されたヘッケランたちは、完全に腰が抜けてしまった。

 

「ウレイリカ! クーデリカ!」

 

 アルシェだけは、妹たちを両腕に抱いて、わんわん泣き喚く双子に謝り続けた。

 

「ごめんね。怖い目にあわせて──ごめんね」

 

 姉さまのせいじゃないと言って咽び泣く双子は、歩み寄ってくる全身鎧の足音に振り返る。

 

「全員、無事で何よりだな」

 

 兜をかぶり直したモモンに対し、アルシェは大粒の涙を流して平身低頭する。

 

「ありがとうございます。妹たちを助けていただいて、本当にありがとうございます!」

「気にすることはない、お嬢さん。こちらとしても、──いや、その話はいいか」

 

 片膝をつく最高位冒険者は、アルシェの肩を叩いて、取り出したハンカチを差し出していた。綺麗な漆黒の布切れをおそるおそる受け取った少女は、濡れた顔を感激にか俯かせつつ涙をぬぐう。

 ヘッケランは痛む関節をさすりながらイミーナを助け起こし、ロバーデイクと共に散らばった自分たちの武器を手早く拾い集める。

 そして、フォーサイト全員で、命の恩人に頭を下げた。

 

「ありがとうございます、漆黒のモモン殿。おかげで、自分たち全員、なんとか助かりました」

「いやもう本当、ありがとうございます。私たちだけじゃ、どうにもなりませんでしたよ」

「この出会いをもたらしてくれた、あなたと神に対し、感謝を捧げさせていただきたい」

 

 ヘッケランたちの感謝に対し、モモンは謙遜するように手を振った。

 

「いえいえ。私は『困っている人を助けた』まで。──それよりも」

「ええ。報酬の件ですね?」

 

 彼は淡々と頷いてくれる。

 魔導国のアダマンタイト級冒険者への緊急依頼。これは破格な値段を覚悟せねば。

 しかし、ヘッケランは一も二もなく、この御仁への恩義を、何らかの形にしたかった。

 アルシェたちの代わりに支払った以上の金銭であろうとも、何とか工面するよう努力するつもりだ。

 

「その件で、まずひとつ尋ねておきたいことが……君たちは、帝国のワーカー、だな?」

「はい……それが、何か?」

 

 ヘッケランたちは主武装ではないが、それなりの予備武器を携行している。だが、冒険者の証──プレートは持っていない。故に、モモンはヘッケランたちをワーカーだと看破できた。

 モモンはしきりに頷いてみせた。

 

「私が帝国の冒険者組合を訪ねた件とも重なるのだが──私が魔導国の冒険者組合に属していることは?」

「ええ、先ほど聞きましたが?」

「魔導国かぁ。いったいどういう国なんです?」

「アンデッドの治める国で、あなたほどの英雄が冒険者をしていられるとは──それほど安全な地なのでしょうか?」

 

 ヘッケランは無論のこと、イミーナもロバーも、アルシェですら興味深々の眼差しをモモンの方へ。

 アダマンタイト級冒険者は、歌うかの如く告げる。

 

 

 

 

 

 

 

「私が、君たちに望む報酬は────『魔導国で冒険者になってもらうこと』だ」

 

 

 

 

 

 

 

 




帝国法の奴隷うんぬんは、Web版を参考にしております。

あと、モモンの肩書について。
書籍11巻P19で、『冒険者育成の学校』のことを考えているアインズ様。
『教師は今なお残っている冒険者を採用する』とも記述されているので、これで最高位冒険者のモモンが指南役に採用されないことはないと思われますので、この話では「そういった肩書を与えられた」感じになっております。


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