第五話:転生王子は交渉を持ちかける
日が完全にくれたあと、ようやくクロハガネの街に戻って来られた。
門番はすでに帰り、門は完全に締め切られている。
どうするものかと見ていたら、先頭を歩くサーヤは門を素通りし、さらに鉱山のふもとまで降り、街から完全に死角になっている場所で立ち止まる。そして、軽く土をどけると隠し扉があった。
どうやらそこは隠し通路らしく、そこから街へ入るようだ。
俺も似たようなものを作っているだけあって地下道にはうるさい。
その俺から見てもいい出来だ。
どうやら、土や鉱石を操る魔術を持って掘り、そうして出来た道を特殊な釉薬のようなものを塗ったあと、焼き固めることで補強し強度を確保している。
「街に続く隠し通路なんてものを外部のものに見せて良かったのか」
「これからの展開を考えると教えておいたほうがいいと思って」
……そういうことか。
たしかに、そっちのほうが良さそうだ。
サーヤはノリで生きているように見えてなかなか頭の回転が速い。
「効率的だが、そうするには俺が味方であることが大前提になる」
「さっきも言いましたよ。船を見に行くと決めたときから、あなたが味方じゃなければ終わりのギャンブルをやっています。今更、そこを疑っても始まりません」
「腹が座っているな。この地下通路もドワーフたちが作ったのか」
「ドワーフたちっていうか、私ですね。先祖返りって私だけですし」
「さっきから気になっていたが、先祖返りってなんだ」
「私のようにキツネ耳と尻尾があるドワーフのことです!」
どや顔で、尻を突き付け、尻尾をぶんぶんと振る。
可愛らしいし、ちょっとエロい。
「その耳と尻尾、何か役に立つのか」
「耳と尻尾があるからすごいんじゃなくて、それが発現するぐらい色濃くドワーフの血が出ているからすごいのですよ。古の時代のドワーフと同じく、炎と土を手足のように操れるのです。えっへん」
「伝承通りの力か。それはすごい」
魔力にはそれぞれ適性というものがある。
四属性にも得手、不得手がある。
体に魔力を纏うのが得意なもの、放出するのが得意なもの。
出力自慢もあれば、制御に自信があるものもいる。
ドワーフというのは、錬金術師の助手に必要な炎と土を操る能力に特化させた種族。
ただ、そちらに特化しすぎたことで錬金魔術そのものに対する適性はない。
……いや、違うのか。きっと錬金術師たちはあえて錬金魔術師のものを使えなくした。
道具が錬金術師を上回らないように。
彼らは高炉がないと不可能な出力の炎を生み出す力や、土や鉱石を感知・操作する能力を持つ。普通の人間には大よそ不可能な領域。
なにより、その炎と土を操る術式を、意識的に組み立てるのではなく、あたりまえな行動として無意識に行えてしまう。
助手としては非常に便利だ。
大雑把で、魔力消費の大きい部分を彼らに任せ、精密さが要求される仕上げだけに集中出来る。
それこそが錬金術師の助手として作られたドワーフの特徴。
「尊敬してください。あと、私ほどじゃないですけど、ドワーフはみんな魔力を持ってますし、炎と土の魔術が使えます。手先がすっごく器用で人間の何倍も力持ち。これだけすごい種族だから目をつけられたんでしょうね」
「そうだろうな。利用価値もそうだが、彼らは恐れたのかもしれない。人間より優秀なドワーフを」
「怖がらなくてもいいのに。私たちは人間に関わるつもりなんてないですよ」
「その気があるなしは関係ないさ。牙を剥かれれば危険だって事実だけで、迫害するには十分だ」
「納得できないです」
それはドワーフだけじゃなく、俺たちカルタロッサ王国と隣国の関係にも同じことが言える。
【できてしまう】。
そう思えば、不安の種を取り除かなければいられないのが人間だ。
いよいよ地上にでる。
どこかの倉庫の中が出口になっていた。
「集落にある秘密の地下倉庫です。こっちから地上に出られますよ」
中から外の様子が見られるようで、慎重に周囲にだれもいないことを確認してから外に出る。
扉を閉めると、そこに扉があることがまったくわからないほど巧妙に隠れる。見事なものだ。
「今日は付き合ってくださってありがとうございます」
サーヤが門番に頭を下げる。
「いえ、姫様は我らの希望です。その、なんでしたら私も姫様の屋敷に泊まりましょう。その男が何をするか」
「ああ、それはないですよ。そういう人じゃないです。では、また明日」
「はっ、また明日。姫様、ご機嫌よう」
門番が帰っていく。
それから少し歩くと目的地についた。
「では、こちらにヒーロさん、ヒバナさん。広くて何もない我が家にご招待です。ちなみにお父様は留守なので、私だけ。気兼ねはいりませんよ」
「驚いたわ。とっても立派なお家なのね」
「見た目はそうですねぇ」
サーヤが掌で指し示すのは、この街でひと際大きな屋敷というべきもの。
いくら金を積んでも実現できない、高い技術力と芸術的センスの融合によって生まれた豪邸に、俺とヒバナは見惚れてしまった。
◇
部屋の中に入ると魔力灯がともる。
魔力灯の仕組みは簡単。魔力を流すと光る鉱石に魔力を循環させる。
材料さえあれば、わりと簡単に作られるので、魔力を持つものは愛用しているものが多い。
ただ、魔力石の加工がすばらしい。循環効率が非常に高い。 きっとサーヤが作ったのだろう。
しかし、それ以外は家具も調度品も、ほとんど見当たらない。
「なるほど、広くて何もない我が家なのはこういうわけか」
「外観が立派なのは、ドワーフの技術力を見るために人間が、家を建てるときに無茶ぶりしたからなんですよ。その無茶ぶりを全部こなしちゃったらこんな街ができちゃいました。でも、中は何もないんですよね」
彼女の言う通り、家具などは最小限のものしかない。
最小限のものもおそらくは彼女たちのお手製。
「ひどいんですよ。週に一回ぐらい見回りがあるし、半年に一回は家の中まで入ってきて、贅沢品は没収されるんです。私たちはドワーフの本能でいろいろと作っちゃうんですけど、それ全部持っていかれます。おかげで生きるのに必要な最低限のものしかないんですよ」
「徹底しているな」
「そうなんですよね。だから、いろいろ我慢が限界なんです」
作り笑いをしているが、目は笑っていない。
……本当に暴動一歩手前なんだろうなと想像できる。
「さて、夕食まだですよね。ちょっと待ってくださいね。この前、こっそり抜け出して森でとってきて塩漬けにしたキジ肉が。それに山芋もあったからすりつぶして焼きますね」
「あの地下通路、それ用か」
「そうですよ。狩りや、採取は禁止ですけど、配給だけじゃ飢え死にしちゃいます。そういうのが得意な仲間は夜な夜な抜け出して、ばれない程度に獲物をとって帰ってきてるんですよ」
「たくましいな」
「たくましいというか、やらないと死んじゃうだけですよ」
「そうか、ならその命がけで手に入れた食料はとっておいてくれ。土産があるから、それで夕食にしよう。船でここまで来る途中に大物を釣り上げてな。こいつがそれだ。けっこういけるぞ」
「お魚ですか! 滅多に食べられないんでうれしいです。ささっ、こちらがリビングキッチンですよ」
サーヤが急かすように俺たちを案内する。
そして、予想通り竈と流し台、それから石の机と椅子しかない殺風景なキッチンへ案内された。
そんなサーヤに、燻製したマグロ肉、それから保存用のパンを渡す。
「うわぁ、魚の燻製肉ですか。中心が赤いですけど……くんくん、あっ、大丈夫ですね」
「わかるのか」
「キツネなので、匂いを嗅げば食べられるかどうかは一発です」
もう三回ぐらい聞いたが、キツネなのでって言葉、便利すぎないか。
「浅めの燻製でも数日は持つんだ。きっちりやれば一か月とか保存できるが、そっちのがうまい」
「わかります! じゃあ、夕食を手早く作っちゃいます」
サーヤは人数分のパンに切れ目を入れた。
次に棚の隠しスペースに収納されていた山菜を軽くゆでる。
それからパンに燻製マグロと一緒に山菜を挟む。
皿に盛りつけつつ、干し肉を茹でて柔らかくしたものと、その茹で汁に塩を加えた簡単なスープを作ってくれた。
「姫様なのに料理するんだな」
「言ったじゃないですか、あくまで集落の長の娘ってだけですよ。取りまとめ役ってだけですからね」
そう笑いつつ、食卓にサンドイッチとパンを並べる。
「食べましょう。お腹空きました!」
「そうだな」
「そうね。今日は疲れたわ」
そうして、少し遅めの夕食が始まった。
◇
水とサンドイッチと干し肉スープという質素な食事をする。
質素ではあるが、なかなかにうまい。
レアに仕上げた脂の乗ったマグロは燻製にしても、絶品だ。
「うううううんん、美味しいです。甘くてとろっとして、ほっぺた落ちちゃいます。海って、こんなに美味しいお魚が泳いでいるんですね。船を作ったら、毎日魚を獲りますよ」
「そっ、そうか」
……これが魔物肉で、錬金魔術で瘴気を取り除かない限り食べられないことは伏せておこう。
がつがつと嬉しそうにサーヤはサンドイッチを頬張る。
ここまで美味しそうに食べてもらえると材料を提供した側としても嬉しい。
「サーヤ、食べながらでいいから聞いてくれ。船を作り、集落のみんなを乗せて移住先を探すという計画だが……あまりにも無謀すぎる。やめたほうがいい」
サーヤがサンドイッチを置き、俺の目を真っ直ぐに見つめる。
「どう無謀なんですか?」
「まず、この集落全員、二百人強、それから二百人強が航海中に必要とする物資。それだけのものを搭載できる船だ。かなりの大型になる。それを秘密裡に作れるか? そもそも、その材料をどう用意する? 鉄は指定された武器のノルマで持っていかれるのだろう? おまえも言っていたな。ノルマがきつく、安全な場所でもう鉄はとれなくなったと。日々のノルマをこなしながら、それだけの鉄を捻出できるとは思えない」
二百人で長期間航海する船はかなり大型になる。
大きいということは大量の資材が必要だ。
命がけでないとノルマが達成できない状況で、さらにそれだけの資材を集めるのは現実的ではない。
そして、それだけの大きさの船を気付かれずに組み立てるなど夢物語にすぎない。
「材料にあてはあります……組み立ては、これから考えます」
「まだある。俺の船を参考に設計できると言っていたな。そんなサーヤならどれだけの工数かわかるだろう。いくら炎と鉱石を操る魔術があったところで一人じゃ、いったい何年かかるか」
「概算で、九か月ほどです」
「それは、サーヤがそれだけに専念しての数字だ。抜け出せるわずかな時間で計算すれば、その十倍はかかる」
サーヤが言葉に詰まる。
「もし、奇跡的に船が完成したとしよう。どうやって二百人全員が抜け出して船に乗り込む? 見つからずに船まで乗り込めるか?」
「……」
「まだある。船に乗り込めたとしよう。じゃあ、次はどこに向かう? この大陸しか知らないサーヤたちが、なんの目印もなく航海にでて、新たな住処を見つけ、手持ちの食料を失う前に、生活環境を整えられると思っているのか?」
可能性はゼロじゃない。
しかし、限りなくゼロに等しい。
「わかっているんです。無茶なことだって。でも、それしかないじゃないですか。私はウラヌイの人たちを全部倒すより、海に逃げたほうがマシだって。だから、こうして」
「そうか、船で逃げるのは妥協案か。なら、もし、もっと現実的な方法があったとしたら?」
「……それをあなたが用意するって言うんですか? なんのために」
「鉄、それからサーヤとドワーフの力を俺の国が得るために」
サーヤを助けるためなんて言わない。
今日やってきたばかりの来訪者が、見返りを求めないほうがどうかしている。
それに、俺もカルタロッサ王国の代表として、国の利益にならないことをするわけにはいかない。
俺はカルタロッサのために鉄を手に入れる。
そのためにここに来た。
「仮に、あなたの提案した方法でうまくいったとしても、ウラヌイに支配されているのが、あなたとあなたの国に支配されるようになるだけじゃないですか」
「まあな、だが、俺はもっとましな暮らしを約束するし、対等な相手として付き合っていきたいと考えている。サーヤ、君は姫なのだろう。目の前に民が救われる可能性があるのに、聞きもしないうちに切り捨てるのか?」
まだ出会ったばかりだが、彼女が民を愛し、民に愛されているのはわかった。
だから、こういうずるい言い方をした。
「……聞きましょう。あなたの提案を」
「ああ、俺とサーヤ、カルタロッサ王国とクロハガネ。みんなが幸せになる、そんな素敵な未来を提案しよう」
そうして、俺は第三案について話し始めた。
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