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愛羅様からは土曜日の夜にメールがきた。
何度かやり取りした内容をまとめて、箇条書きにしたのがこれだ。
・優理絵様は自分の行動を逐一見張り、中等科の生徒を使ってまで、優理絵様に話しかける男子生徒を妨害する、行き過ぎた行動に怒っている。
・優理絵様に告白してきた他校の生徒に対しても、いきなり飛び蹴りするような乱暴な行動にも怒っている。
・なぜ優理絵様が怒っているのかきちんと理解し、反省したら許すつもりであること。
・その場合、優理絵様の考えを尊重し、行き過ぎた監視や妨害行為はしないと誓う事。
そして、ここが大事なポイント。
・優理絵様の為に周りの人間を巻き込まない事。
これは当然、私の事も含まれていますね。
実際、愛羅様が優理絵様に、鏑木が私にスパイさせた事を話したら、私に申し訳ないと言っていたそうなので。
それと愛羅様は、私が鏑木に携帯を持っていないと嘘をついた事に対して、だったらこの話は、月曜日の早朝に会って話した事にしましょうと提案してくれた。
さすが愛羅様。
このスパイの報告書を持って、私は意気揚々と登校した。
報告は、昼休みか放課後にサロンに行って渡せばいいやと軽い気持ちでいた私は、ヤツの我慢のきかない性格を忘れていた。
私が登校してしばらくすると、鏑木が私の教室まで乗り込んできたのだ。
クラスメートは騒然として、特に女子生徒達は嫉妬と羨望で大変な事になっていた。
なにしろあの、女子にはほとんど無関心で相手にしない鏑木雅哉が、自ら女子生徒(私の事)に会いに、よその教室までやってきたのだから。
なんて事してくれてんだ…。
「おい、どうだった?」
朝の挨拶もなしに、いきなりそれかい。
「おはようございます、鏑木様。ここではなんですから、昼休みにでもお話しますわ」
周囲に動揺を悟られないように、あくまでも余裕ある態度で接する。
お願いだから、この場で余計な事は言わないでよ。
このストーカーはバカだから、何言いだすかわからなくて危なっかしすぎる。
あぁ、クラス中に私がパシリにされてることがばれたらどうしよう。
そうしたら今の私の立場から転がり落ちる!
「いや、今話せ。待てない」
待~て~よ~。
その我慢しない性格が、優理絵様を怒らせたんだって、いいかげん気づきなよ。
それじゃいつまで経っても、許してもらえる日はこないよ?
「わかりましたわ。ここでは話せないので、別の場所に行きましょうか」
とにかく人の耳のない場所に行かなくては。ここで「パシリ」と鏑木が発言したら、私は終わりだ。
それに、周囲の視線が怖すぎる。
「よし、じゃあついてこい」
相変わらず偉そうだなー。
私達が連れ立って教室を出ると、後ろから女子達の「一体どういうことー!」という叫び声が聞こえてきた。
私の平和な日常は終わったらしい。
あぁ頭痛い…。
「さぁ、結果を話せ」
サロンまで行く時間はなかったので、廊下のすみっこ。
もちろん皇帝の睨み一発で、慌ただしい登校時間帯だっていうのに、この廊下のすみっこ一帯からは人がいなくなってしまった。
離れたところから大注目されてるのは、痛いほど感じるけどね。
「わかりましたわ」
私はポケットから畳んだ報告書を取り出した。
大体さー、「話は月曜日に聞いてくる」って言って、朝イチで結果報告を聞けるって普通考える?
本当に何も考えていないおバカさんなのか、それとも、誰もが自分のオーダーは最優先で叶えるものと思っているのか。
後者だったら、さらに嫌だな~。
ストーカー鏑木は渡した報告書を食い入るように読んでいる。
……一途っていえば一途なんだろうねー。
初恋の女の子が大好きで一喜一憂する小学生の男の子っていう姿は、関わりないところから見てた時は、甘酸っぱいわ~切ないわ~なんて微笑ましく思ってたけど、巻き込まれた今となっては迷惑なストーカーとしか思えないわ。
「…俺がここに書かれている事を反省して、これから先、優理絵を見張る様な事をしないと誓えば、優理絵は許してくれるんだな?」
「そのようですわね」
鏑木はジッと考え込んでいる。
「それはいつだ?」
「は?」
何言ってんだ、こいつ。
「ですから反省したら…」
「反省はした。凄くした。それと優理絵の行動を尊重すると誓う。ほら、優理絵の要求通りだ。今日か?明日か?それとも今すぐか?」
うへー…。
なんて面倒くさいヤツ。
皇帝の子供時代って、こんな面倒くさいヤツだったんだ?
いつも冷たい顔で退屈そうにしてる姿から、クールで素敵!なんて騒がれているし、私も小学生なのに冷めてるなぁ子供らしくないなぁなんて思ってたけど、どこがクールだ。ただのバカだ。
すっかり騙されてた。
「雅哉」
そこへ円城秀介がやってきた。
「こんなところで何やってんの。吉祥院さんまで」
あー、面倒くさいのが増えた。
「おぉ秀介!見てくれ、スパイがいい仕事をしてきた!」
「えっ。吉祥院さん、愛羅にもう聞いてきたの?仕事早いねー」
円城が鏑木の持っていた報告書を、横から覗き込んだ。
「ふーん、なるほどね。まぁ想像通りの内容じゃない?」
「今もこいつに話してたんだけど、俺は反省したし、優理絵の出した条件も飲む。だったらもう優理絵はすぐにも俺を許すよな?」
単純バカだな~。
「バカだな~、雅哉は」
うわっ、一瞬自分の心の声が外に漏れ出たかと思った。
「秀介てめぇ、ケンカ売ってんのか」
「ほら、反省反省。そういう短気なところも優理絵は怒ってるんだよ?」
「そんなこと書いてねぇだろ!」
「行間を読めって国語の授業でも言われてるだろ?ほらここ、他校の中学生に飛び蹴りしたこと。短気が起こした行動を、優理絵は怒ってるんだ。わかった?」
ググッと悔しそうに、鏑木が黙った。
「とにかく、反省したなんて口先だけで言っても信じてもらえないよ。態度で示さなきゃね」
「じゃあどうしたらいいんだよ」
「そうだね~。吉祥院さん、なにかいい案ある?」
「えっ?」
なんで私?
私は指示通りに優理絵様の気持ちを探ってきたんだから、もうお役御免でしょ?
頼りになる親友も来たんだから、私にはもう用はないはず。
っていうか、もう関わりなくないから。
ちょうどその時、始業のチャイムが鳴った。
「あら。私、教室に戻らなくちゃ。じゃあ」
そそくさ、そそくさ。
「待て、スパイ」
鏑木が私を呼び止めた。
「お前も何か案を出せ。昼休みまでの宿題だ」
はあーーーーー???
なんで私がそんな事?!
それに策謀はスパイの仕事じゃないんじゃないの?
もう勘弁してよ…。
円城は苦笑いしていた。
いや、話を振ったあんたのせいでしょ。
もう本当に最悪だ…。
教室に戻るとすぐに担任の先生が入ってきたので、クラスメート達の追求はとりあえず回避できた。
1時間目の授業が終わるまでの、つかの間の猶予だけどね。
鏑木との関係…。なんてごまかせばいいかな。
素直にパシリにされてますなんて、口が裂けても言えないし。
普通に「頼まれごとをしてたので」でいいかなぁ。内容を聞かれると困るけど。
あぁ、なんかもう週の初めからツイてない。