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そのまま鏑木家の車に拉致されると、早速スパイ活動の成果を聞かれた。
「どうだった。愛羅からちゃんと聞けたんだろうな?愛羅が入っていくのも見たんだからな」
なんという事だ。
この人、本物のストーカー気質だ。危険だ。
そしてもしかして暇人?
「愛羅様には、後で優理絵様に聞いてくださると約束して頂きましたわ。近々連絡をしてくださるそうです」
アドレス交換した事は絶対言わない。
そんな事言ったらこの皇帝改めストーカー予備軍は、絶対自分も私のアドレスを要求し、昼夜問わず催促のメールをガンガン送りつけてくるに決まっているからだ。
ストーカーとはそういうものだ。
「そうか。ほかには何か言っていたか?」
う~ん、あれはさすがに言っちゃまずいよね。
「なんだよ、答えろ」
うっ、睨まないで、怖いから。
「えっと、愛羅様がおっしゃるには、こうやって嫌がる人間を脅してこき使うような事をすると、余計に優理絵様が怒る、そうですわ」
わー言っちゃった。
でもこれは愛羅様が言ってたんだからね?私じゃないからね?
鏑木はきょとんとした。
「嫌がる人間って誰の事だ?」
えっ、この子バカなの?
ストーカーのうえにバカなの?
俺様でストーカーでバカっていう、残念な子なの?
「おい、お前。なんか今失礼な事を考えてただろう」
「いいえ、まさか」
だから人の心を読むな!
鏑木はしばらく私の顔をジーッと見ていたが、やがてふんっと鼻を鳴らした。
「まぁいい。愛羅からの連絡はいつ来るんだ?」
「さぁ。週明けくらいでしょうか?」
「どうやって連絡してくるんだ?お前が中等科に聞きに行くのか?」
「え…っとそれはどうなんでしょう?」
痛いところを突いてきたー!
「なんだよ。しっかり確認しとけよ。どうする、愛羅の英語が終わるまで待つか?」
冗談じゃない。
どうして私がそこまでしないといけないんだ。
「いえ。それでしたら月曜日にでも私が愛羅様に聞きに行きますわ」
とりあえずこれでごまかしておこう。
「ふーん。よし、わかった。月曜日だな。忘れるなよ」
「えぇ、わかりましたわ」
ではこれで帰ってもいいですね?
「あ、そうだ。お前、携帯持ってるか?」
「いいえ」
嘘をつくときは絶対に右上を見ない。
お兄様の教えです。
「本当か?」
「両親の教育方針ですの」
鏑木が疑わしげに見つめてくる。
そうだ、こいつは人の心が読めるんだ。平常心、平常心。
「そろそろ私、帰ってもよろしいですか?私の迎えの者が心配していますから」
これ以上ボロが出ないうちに撤退したい。
「え、あぁいいぞ。じゃあ月曜日にな」
「はい」
私が鏑木家の車を降りようとした時、鏑木が思い出したように聞いてきた。
「ところで、さっきの嫌がる人間って誰の事だ?」
円城のあの黒い笑顔を真似て、にっこり笑ってみた。
「それはもちろん私の事ですわね。では、ごきげんよう、鏑木様」
ぽかんとする鏑木を放って、私は吉祥院家の車へと歩いて行った。
言ってやった、言ってやったぞ、私!
……でも報復されたら、どうしよう。
爆弾を落とされたのは、帰りの遅いお兄様を除いた親子三人での夕食の時だった。
お父様がニコニコとご機嫌な様子で聞いてきた。
「今日、相模から聞いたんだが、麗華に会いに鏑木家の雅哉君が英語教室まで来たんだって?」
げーーーーーーっ!
先程からやたら機嫌がいいなと思ってたけど、理由はこれか!
相模さんというのは私を迎えに来てくれた運転手さんだ。
迎えに来た私が、よその車に拉致されたのに助けに来なかったのは、相手が誰だか知ってたからなんだな。
そしてそれを報告しちゃったんだな。
「いつの間に仲良くなっていたんだ?お父様は知らなかったよ」
「いいえ、お父様。鏑木様とはほとんど話したこともありませんわ」
駄目だ。ここは断固否定しておかないと、後で取り返しのつかない事になる。
「何を言っているんだ。あの雅哉君がわざわざ麗華に会いに来たんだろう?もしかして雅哉君は麗華の事を気に入ったのか?」
うわぁっ、とんでもない誤解している!
完全に夢見ちゃってるよ、お父様。
「ありえませんわ。鏑木様のご迷惑になりますから、絶対にそんな事は言わないでください!」
このままでは、婚約なんて野心を抱いてしまうかもしれない。
元々、マンガではそういう人だし。
あぁ、どうしよう。
こんな時、お兄様がいてくれたら!
「何をそんなにムキになっているんだ、麗華」
「だってお父様がおかしな誤解をしているから!」
まずい、破滅の足音が聞こえてきそうだ。
婚約披露パーティーで、大恥かかされる役回りなんて絶対に嫌だ!
「まぁまぁ、貴方。麗華はまだ、恥ずかしいお年頃なのだから、そっとしておいてあげましょうよ」
お母様がやんわりとお父様を止めてくれた。
しかしお母様も、こちらを期待した目で見ている。
もう勘弁して~!
こうなったのは、何もかもあいつのせいだ。ストーカー鏑木!
このモヤモヤした気持ちを誰かに聞いてもらいたくて、私は予備校から帰ってきたお兄様の部屋に突撃した。
「というわけで、お父様とお母様がとんでもない誤解をしてますの。どうしたらいいのでしょう、お兄様」
帰ってきたばかりで疲れているであろうお兄様には申し訳ないが、愚痴を吐き出させてもらう。
「誤解なら放っておけばそのうち二人も落ち着くさ。僕も軽率に煽らないように言っておくから。それよりも、その雅哉君との約束っていうのは大丈夫なの?」
お兄様には一応、鏑木が愛羅様から聞き出したい内容というのは伏せてある。
あとは脅されたっていう事も。心配かけたくないから。
優理絵様の事を話さなかったのは、相手はストーカーだけど、やっぱり人の恋をぺらぺらしゃべっちゃうのはどうかと思うので。
「多分それは大丈夫だと思いますわ」
「だったらいいけど」
お兄様がポンポンと頭を撫でてくれる。
はぁ~、やっぱりお兄様とお話しすると安心するな~。
「ねぇお兄様」
「なに?」
「お兄様は将来、吉祥院の会社を継ぐのでしょう?」
「まぁそうだろうね」
「真っ当な経営をしてくださいませね」
「なんだい、それ」
野心家のお父様を止められるのは、この誠実なお兄様しかいない!
どうかお兄様、私の平穏無事な未来を守ってね。