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夏休みには、面倒な親族の集まりがある。
子どもは基本、子供達だけでいる事が多いが、そこには私の天敵がいる。
「貴兄様~。会いたかった!」
つまりは私達の従妹だ。
「リリ、ずっと貴兄様に会いたかったのにぃ。貴兄様、どうしてリリに会いに来てくれなかったの?」
「学校が忙しかったからね」
「え~っ、だってリリが会いたかったのに!そのかわり、今日はずっとリリと一緒にいてね!」
……。
「そうだね。麗華も一緒にね」
完全無視を決め込んでいた璃々奈が、やっとこちらを向いた。
「あぁ麗華さん、いたの」
「ごきげんよう、璃々奈さん」
いたよ。お兄様の隣にさ、しっかりと!
あんた、お兄様に抱きつく時に、わざと私を突き飛ばしたろう。
くっそ~、こいつ、可愛くないっ!
璃々奈はひとりっ子でお兄様が欲しかったそうで、昔から
ちなみにお姉様(私)はいらないらしい。
ふんっ。
「ねぇ、貴兄様ぁ。あっちでおしゃべりしましょうよ。リリ、貴兄様に話したい事いっぱいあるのよ」
そう言って、
引き離された私は、ぽつんとひとりぼっち。
我慢、我慢。私は大人。私は大人。
年下の我がままなんかに、怒ったりするなんて大人げない。
どうせ今日一日の事なんだから、構わない。貸してあげるわよ。わ・た・し・のお兄様をね!
「麗華もおいで」
お兄様が振り返って私を呼んだ。
うわ~ん、お兄様ぁ!
敵は巧みに二人掛けソファーを選び、しっかりお兄様の隣を確保した。
話題は璃々奈の自慢話一色だ。
どこどこに行っただの、何々を買ってもらっただの、発表会で褒められただの。
優しいお兄様は、笑顔でそれを聞いてあげている。
「あーぁ、リリもお兄様と同じ学校に行きたかったな。そしたらいつも一緒にいられたのに」
瑞鸞初等科は、受験資格に通学時間1時間以内という制限があるので、璃々奈は受けられなかったのだ。
正直、私はほっとしている。同じ学校なんて絶対ごめんだ。
その後も璃々奈の自慢話は続く。
私の存在をまるっと無視して。
最初に璃々奈に会った頃は、私も年下の従妹ということで仲良くしようとしたのだ。
しかし奴は一目見た時から私を邪魔者と認識し、敵視してきたので、そのうち私も仲良くする事は諦めたのだ。
いやぁ散々、無視や嫌味や意地悪されたもんなぁ。
せめて売られたケンカは買わないようにしているけど、無言の目だけの火花の飛ばしあいは止められない。
涼しげで温和な顔立ちで、性格も優しく人当りもいいお兄様は、璃々奈以外の親戚の子供達にも、もちろん人気だ。
徐々にお兄様の周りに子供達が集まってくると、璃々奈の機嫌が急降下した。
全方位に睨みをきかす。
その中でも、遠縁の中学、高校生の女の子達は璃々奈の最大のライバルだ。
純粋にお兄様に憧れている子もいるが、この子達の中には、親にけしかけられているのか、吉祥院家の跡取りの結婚相手の座を狙っているように見える子もいる。
「貴輝様、お久しぶりです。私の事、覚えていてくれてますか?」
「もちろん覚えているよ。カスミさん」
「私もお会いするのを楽しみにしてたのよ、貴輝様」
「そうですか。ありがとうございます。マヤさん。お元気そうですね」
「ちょっと!私が貴兄様と話してるのよ!割り込んでこないでよ!」
璃々奈が、お兄様の腕にしがみつきながら吠えた。
「璃々奈さん、相変わらずねぇ。貴輝様をあまり困らせるものではないわ」
「何言ってるのよ!貴兄様が困るわけないでしょ!貴兄様はリリの事が大好きなんだから!勝手なこと言わないで!もうあっち行って!」
璃々奈が癇癪を起した。
所詮小さな子どもの戯言と、聞き流してあげればいいのだけれど、日頃から璃々奈の我がままに、みんな大なり小なり迷惑を蒙っていて苦々しく思っているのと、貴重な、お兄様と親しくなるチャンスをモノにしたいという理由から、引かない年上女子組と璃々奈はよく対立している。
「貴輝様、夏休みの宿題でわからないところがあるの。数学を教えてくれませんか?」
「はぁ?塾か家庭教師に聞きなさいよ!」
「貴女に言ってないわよ。貴輝様、駄目ですか?」
「う~んそうだね。じゃあ少しならいいよ。ほかにも宿題を持ってきている子は一緒にやろうか」
「貴兄様!」
「璃々奈さんは宿題持ってきていないの?だったらあちらで絵本でも読んでたら?」
「なんですって!絵本なんて読む歳じゃないわよ!」
小さな子ども組が璃々奈たちの争いに怯えていたので、呼び寄せて用意しておいたおもちゃで遊んであげる。
女の争いは怖いので、私は早々に戦線離脱。お兄様、頑張れ。
さて、わかりやすく遊べるトランプでもしましょうかね。
「璃々奈、落ち着いて。璃々奈も隣にいていいから。ただしおとなしくね」
「だって!貴兄様はリリの貴兄様なのに!どうしてこの人達が一緒なの!」
璃々奈はお兄様を独占できないのが、どうしても我慢できないらしい。
「リリの貴兄様って。貴輝様には麗華様というれっきとした妹さんがいるでしょう。貴輝様は麗華様のお兄様」
あ、それは禁句。
一番言われたくない事を言われて、璃々奈は悔しさにぶるぶる震えて、ギンッとなぜか私を睨みつけてきた。
いやいや、言ったの私じゃないし。
「あんた達、絶対許さない!お母様に言いつけてやる!」
顔を真っ赤にして涙ぐみながら叫ぶと、璃々奈は部屋を飛び出した。
「僕が璃々奈と話してくるから、みんなは先に宿題をしていて」
お兄様が璃々奈の後を追うと、残された子達が一斉に文句を言いだした。
「なんなの、あれ。我がままもいいかげんにして欲しいわ」
「貴輝様が優しいと思ってつけあがってるのよ」
「気に入らないことがあると、すぐに親に言いつければいいと思ってるんだから!」
せっかくのお兄様と仲良くなるチャンスを奪われて、不満大爆発だ。
「麗華様だって、あの子に目の敵にされていいかげん頭にきてるんでしょ?」
「そうそう。さっきもあからさまに無視してたわよねぇ」
おっと、こっちにとばっちりがきた。
「まぁ毎日会うわけでもありませんし。私は気にしませんわ。璃々奈さんはひとりっ子で寂しいのでしょう」
無難に答えておく。
ここで悪口に乗ったら、後々面倒なことになりそうだから。
私が乗ってこなかったので彼女達は不満そうにしつつも、私抜きで璃々奈の悪口大会だ。
怖い。
本当は璃々奈は年下だし、陰口をやめさせるようにフォローしないといけないんだろうけど、いくら考えても璃々奈の良いところが思い浮かばなかったので、聞かなかった事にした。
これだから親族の集まりは疲れる。