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「むふ~ん」
私は目の前の箱を開けて、にんまりと笑う。
誰もいない自分の部屋で夜、私は時々クローゼットの奥にしまってある、この鍵付きの箱を引っ張り出して、中身を確かめる。
「なかなか順調に貯まってきてるね」
箱の中には札束。
私、今タンス貯金しています。
吉祥院家では、私の常識では考えられない額のお小遣いをくれる。
毎月、決まった金額ではないけれど、その額だいたい1度に数万円。
小学生に渡すお小遣いの金額ではないよね。
子供のうちからこんなに大金渡してると、将来ろくな人間にならないと思う。
友達との交際や、何か入用になった時の為にって事でくれるみたいだけど、放課後は習い事で学校の子と遊びに行く事なんて皆無だし、使う場がない。
学校に必要な物は家が買ってくれるし、外で欲しいものがあった時にはお付きの運転手兼お世話係の人が出してくれる。
おかげさまで貯まる一方だ。
このお金は将来、万が一にも没落した時の備えにとっておくんだ。学費の足しにしたい。
ただ私にもこっそり買いたいものがあったりするので(主に駄菓子)、自分で毎月のお小遣いの金額を決めた。月500円だ。
小学生のお小遣いとしては、これくらいが妥当だと思う。
そして残りのお金は、この鍵付きの大きめの宝石箱に。
子供が金庫を欲しがるのは怪しすぎるので、鍵が掛けられる代わりの物がないかなぁと探していた時、ジュエリーショップで見つけたのだ。
大きさも子供が両腕に抱えられるサイズで、お札を入れるのにぴったり。
早速、一緒にいたお母様にねだったね。
周りは、いかにも女の子が好きな、キラキラとしたきれいな宝石箱のデザインに魅かれたと思っていたようだけど、実用性のみで選んでます。
せっかくだからと、この宝石箱に入れるピンクサファイアのネックレスまで買ってくれたのは誤算だったが。
その日の夜にはもう、宝石箱の中にある、柔らかいビロードでできた指輪差しや仕切りをためらいもなくベリベリと引っぺがし、ただの四角い箱に戻した。
そして、今まで辞書の間に挟んで隠していたお金を、元宝石箱、現金庫に移し替えた。
想像通り、お札が余裕を持って収納でき、充分金庫の役割を果たしてくれそうだ。
良いものを見つけたな。
鍵だけはなくさないように、机の引き出しの裏にテープで貼っている。
そして現在、私は時々夜になると、床下に隠してある小判の入った壺を確認してほくそ笑む悪代官のような状態になっている。
「1枚、2枚…」
うっふっふっふっふ…笑いが止まらない。
学院では学年が上がるごとに、院内カーストが大ざっぱだが、はっきりと表れ始めてきていた。
上位に属するのは、もちろんプティピヴォワーヌメンバー。一学年に男女合わせて10人前後しかいないので、揺るぎない。
瑞鸞初等科に入学できている時点で、ある程度の上流の子供達ではあるので、家の力よりも本人の資質で中位と下位に微妙に分けられる。
中位でも上のほうの子達は、上位の取り巻きになり幅を利かせる。
下位のおとなしい子達は、静かに暮らしている。
そして私は、女子の中では最大勢力のトップメンバーだ。
おかげでいじめられるような事はないけど、おとなしい子達に恐れられているのが悲しい。どちらかというと、私はああいう子達とのんびりおしゃべりしたいんだけどな。
私の属するグループは、子供なのにすでに気位が高い。
コンビニの駄菓子なんて、間違っても食べた事のなさそうな子達ばかり。
プティピヴォワーヌメンバーが何人かいるので、グループは伝統と格式を重んじる。本人よりも取り巻きがそれをひけらかすので、結構疲れる。
いつ、ニセお嬢様の化けの皮がはがれるか、ヒヤヒヤものだ。
吉祥院家の体面を潰すわけにはいかないので、周りの話に笑って合わせている。
小学生なのに、すでに人間関係で大変だ。
そんな子達といつもの様に連れだって廊下を歩いていた時、向こうから秋澤君がやってきた。
秋澤君は、私に気づいて一瞬笑って手を振ろうとしたが、周りの女子達の迫力に気圧されたのか、ちょっと怯えたように目を逸らして通り過ぎて行った。
…うっ、やっぱり。
女子の集団って怖いよね。しかも私達のグループは特に。
ごめんねごめんね、秋澤君。
最近は塾でもずっと隣同士で結構仲良くなれて、せっかく初の男友達ゲット?!って思ってたのに、これで怖がられて塾でも避けられたら哀しいなぁ。
今日、塾に行ったら謝ろう。
「いや別に気にしてないよ。僕こそ無視しちゃったし、おあいこじゃない?」
塾に着いたら早速「話しかけづらい雰囲気でごめんね。無視しちゃってごめんね」と謝ったら、秋澤君は笑って許してくれた。いい子だ。
「女子が集団でいるところに話しかけるのって、勇気がいりますよね」
「確かに。それに特に吉祥院さんのグループはなぁ」
そうだろうな。
秋澤君は院内カーストでいえば男子の中位グループで、上位の取り巻きをするでもなく、下位のようにおとなしいわけでもない、まさに中の中といった子だ。
私としては、そのあたりの位置が一番自由で楽そうなので、羨ましい。
「僕が吉祥院さんと同じ塾に通っていること、周りの友達は知ってるの?」
「いえ。そもそも私が塾に通っている事自体、話してませんわ」
「あ、そうなんだ。もしかして言わない方がいい?僕、友達の何人かにはしゃべっちゃったけど」
「特に隠していたわけではないんですけど…。まぁあえて話す事もなかったというか」
嘘です。思いっ切り隠してます。
だってバレたら一緒に通おうとする子が出てくるかもしれないし。
そしたら本来の目的、コンビニで駄菓子買いが出来なくなってしまうから。
「ふぅん。だったら学院では吉祥院さんに話しかけない方がいいのかな。なんで知ってるのか理由言わないといけなくなるし」
「そんな、別に気を遣わなくても大丈夫よ」
それじゃあ、なんだか日陰の身にさせてるようで申し訳ない。
それに塾にはすでに秋澤君がいて、コンビニ通いは諦めているので、今はもう塾がバレてもそんなに問題ないし。
「うん、でもまぁやっぱりこのままでいいよ。吉祥院さんも学院と塾とではなんか違うしね」
「そう?違う?」
「うん。元々僕から話しかけたんだけどさ。吉祥院さんがこんなに話しやすい人だと思わなかった。もっとこう、お前ごときが話しかけるな的な態度取られると思ってた」
「えーーっ!」
「あはは」
私って、そんなイメージなんだ…。
いえ、薄々気づいてはいたけどね。
でもやっぱりショック。
「私って、そんなに嫌な感じに見えます?」
「えっ、ごめん傷ついた?えっとその、悪い意味じゃなくて。なんていうかさ、ピヴォワーヌの人って僕らとは世界が違うっていうか。吉祥院さんも友達から麗華様なんて呼ばれてるし」
「あー…」
様呼びは「ごきげんよう」と同じく、瑞鸞の古くからの伝統の名残なんだと思う。
ピヴォワーヌメンバーは特に様呼びされやすいし。
「あ、僕も吉祥院様か麗華様って呼んだ方がいい?」
「絶対やめて」
人の気も知らないで、秋澤君はあははと笑っていた。