フォーサイト、魔導国の冒険者になる 作:塒魔法
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ヘッケランとイミーナとロバーデイクの三人は孤児院を出て、珍しくも帝国闘技場を訪れていた。
だが、ヘッケランたちはワーカーとして観戦される側ではなく、ただの観客として、アリーナのほとんど外枠に位置する立見席に。金に余裕があればちゃんとした席を取りたくもあったが、そんなことをぼやいても仕方がない。ガラの悪そうな……おそらく同業のワーカーたち……様々な武器を携行しているが、
「悪いな、二人とも。付き合わせて」
「いいえ。皇帝陛下の天覧試合、おまけに久々の武王の一戦なのですから、興味は尽きないのが“男”というもの」
「私も。
ワーカーであれば誰もが知っている。
この帝国闘技場の王たる存在──最強の武力を持つ王として君臨する者を、その戦いを、この目に焼き付けておきたいと思わない者はいないだろう。
「アルシェさんも来れたらよかったのですが」
「さすがに、
イミーナの主張に、いやちょっとどころではないだろうとヘッケランは無言で笑う。
場合によっては、血が飛び肉が裂かれ、死体が転がることもあり得る場所に、あんな幼い双子を連れて歩ける奴はいないだろう。
「にしても、闘技場の奴も憎い演出するぜ。武王の対戦者はいまだに“謎”とは」
急遽、今日のプログラムに組み込まれた武王戦。
ちょうど依頼らしい依頼のない非番の日である以上、ワーカーとして、力の研鑽を積むためにも、圧倒的強者たる闘技場の主の一戦は、生の目で観戦しておきたい。おそらくだが、グリンガムたち“ヘビーマッシャー”の何人かも、この広い闘技場内で観戦しているはず。
ロバーも興味津々という眼差しで顎髭を撫でる。
「武王は歴代の中でも最強と言われる戦士ですからね。もう帝国内部では、相手になるような
それこそ、とんでもない“伝説のモンスター”でもぶつけなければ、あの巨体、あの巨腕に対等な勝負を挑むことは不可能だろう。無論、帝国闘技場の、普通の人間たちに御しきれるモンスターなど、たかが知れている。そんなワーカーの一個チームにやられる程度のもの、あの武王が相手をするまでもないのだ。
ヘッケランたち“フォーサイト”は、ワーカーチームの例にもれず、闘技場で人間やモンスター相手の興行……見世物の殺し合いという汚れ仕事に駆り出されたこともあるが、そんな彼らでも「打倒不能」と言うしかない武王の戦闘力は知っている。知っていて当然。仮にも同じ舞台、同じ死闘の演者だった者同士。舞台袖ですれ違ったり、控室の前を通りがかることは何度かあった。
だからこそ、言える。
あの武王には、最低でもアダマンタイト級の力は必須だ、と。
「さて、どんな相手なのかしらね?」
なんだかんだで血の気の多いイミーナが、
と、観衆の喧騒をかき消すほどの大音量が、本日最大の戦いの開催を告げてきた。
「この一番の大試合を、エル=ニクス皇帝陛下もご観戦です」
進行係の声に従うでもなく、ヘッケランたちは貴賓室を見やる。
市民たちの歓声に迎え入れられ、讃美の歓声に手を挙げて応えた皇帝陛下。女性たちの黄色い声援が飛ぶのも頷ける端正な顔立ちは、まさに圧政者の麗笑そのもの。帝国内に蔓延する変化……騎士団の異変……市民には判然としない“死”の気配を知らぬ様子で。──いいや、帝国皇帝という圧倒的智者・全騎士団を掌中に治める男が、騎士たちの恐怖する「何か」を知らないはずがないだろう。それを隠し通しているとしたら──そんなに気にする必要はないということ、なのか?
「これより挑戦者の入場です!」
ヘッケランは貴賓室奥に消える皇帝陛下サマから視線を外す。
司会者は朗々と、闘技場の入場口を手で示す。
「魔導国国王アインズ・ウール・ゴウン陛下です!」
しばし、闘技場には困惑の天使が舞い込んだ。
「はぁ?」
「魔導国、国王?」
「“陛下”って、うそでしょ!?」
ヘッケランたちは言葉を失う。
南に位置する挑戦者入場口……黒く重い鉄格子の向こうから現れた人物は、どう見ても人間ではない。
それは異形。
アンデッドの
その手に握られた
「あれが、魔導国の王」「ジルクニフ帝の同盟者」「騎士たちが噂していた?」「──本当にアンデッドだったのか」「王国軍数万を、一撃の魔法で葬ったというぞ」「そんなまさか」「デマじゃないのか?」「どうして闘技場に?」
……一体、何がおこっているのか、判断が付きかねる。
「ロバー。あの魔導王、陛下……どう思う?」
ヘッケランは隣に立つ仲間に問い質した。
ロバーは、「神官としては」神の信仰に漏れたアンデッドに対して、あまりいい感情はありませんと言いつつ、「ワーカーとしては」絶対に“お相手”したくないですね、と震える掌で口元を覆い、呻いている。
「イミーナ、は──?」
聞くまでもない。女はヘッケランの片腕に縋りついて、小さな子供みたいにプルプル震えかけている。ただし、恐怖の源泉から目をそらす真似はしない。これが実際の戦場であれば、ワーカーとしての気概で踏みとどまることもできると言わんばかりに。
(ここにアルシェがいたら)
どんな反応をしたのか、少しだけ想像を巡らせてみる。たぶん、イミーナと同じか、それ以上に恐怖したはずだろう。何せ凄腕の魔法詠唱者である前に、十代半ばの少女に過ぎないのだから。
「何なんだ、あの
人間にはありえない骸骨の見た目。黒い眼窩の奥には、感情を窺わせない煌く火の瞳が浮かぶのみ。
魔導王陛下は、貴賓室にいる皇帝に〈飛行〉で近づき、何やら国家元首同士の挨拶を交わしている様子。どうやら、あのアンデッドが「一国の王」であることは事実らしいと判る。なにしろカッツェ平野での戦いでは、共に王国と戦った同盟者なのだ。あんなことを平然と行って、警備連中からお咎めを受けない姿は、そういう約束事があってのことか。
魔導王陛下が挨拶を終えて挑戦者の位置に着き直した時、
「北の入り口より、武王の入場です!」
恐怖と絶望と混乱に
「おおお!」
現れた巨人の姿は、分厚い全身鎧に、極太の棍棒を握って現れた、要塞のごとき存在。
魔導王と武王。
二人の王が闘技場の真ん中で相対し、何やら歴戦の勇士が交わすような笑みの気配を漂わせる。あまりにも遠目で、観客の大声援などに遮られるから、詳しくは判らない。
アンデッドの王は
試合開始の鐘が鳴り響く。
武王の巨体からは考えられない速度で、アインズ・ウール・ゴウン魔導王に肉薄。
耳に痛いほどの歓声が、場内の熱気を沸騰させている。「やれ! そこだ!」と子どものように興奮した声までもが、熱戦のボルテージ上昇を示した。交錯する杖と棍棒。見事に回避する魔導王。武技を炸裂させる武王。
ヘッケランは、その戦いに目を奪われた。
炎を纏う杖が、四本のスティレットが、魔導王の繰り出す攻撃の全てが、帝国最強と謳われた超級の戦士──武王ゴ・ギンを悉く打破していく。
あらゆる攻撃をはじき返す〈外皮強化〉や〈外皮超強化〉を、あらゆる敵を撃ち伏せてきた〈剛撃〉〈神技一閃〉を、アインズ・ウール・ゴウンはすべて上回っていく。
いつの間にか、闘技場は静寂に陥った。
あれほどの歓声と興奮が、まるで観客ごと消滅したかのごとく。
もはや勝敗は明らか──闘技場の中心にいる二人の交わす言葉すら、耳聡い者には聞き取れそうな、無音。
そして、
武技による強化で超速度を伴った大重量の一撃。
それを、魔導王アインズ・ウール・ゴウン陛下は防御や回避をするでもなく、武王の攻撃を一身に受けて──まったくの無傷。
まるで無人の野を渡り歩く賢者の歩みと共に、武王の連撃をそよ風ほどの障害とも感じない調子で、緩やかに穏やかに接近。
武王は──兜のバイザーの奥にある表情は、笑ったようだった。
敗者には「死」を。
闘技場の古き因習に倣うかのように、魔導王は一切の容赦なく、魔法のスティレットを巨人の胸に突き刺した。
要塞と見紛うほどの力感を失い、
投げ出された武王の全身が、その「死」を明確に教えてくれた。
「……武王が、負けた?」
ヘッケランは茫然としつつ、戦いの最中、なんとなくそうなるだろうなと予感しながらも、実際に目の前で起こった試合の結末を呑み込むのが、難しかった。
他の観客達も、剣闘試合の勝者に対する讃辞や歓喜を忘れ、帝国闘技場の王の死を、まったくの無言で、見つめた。
魔導王は、伏した武王を、敗者の死体を見下ろしつつ、借り受けた魔法の拡声器で、宣する。
「聞け! 帝国の民よ!」
静寂の中に響き渡る、絶対的な王の声。
名乗りを上げるアインズ・ウール・ゴウン魔導王。
「私は己の国に国家が運営する冒険者育成機関を作ろうとしている」
ヘッケランは、信じがたいことを聞いた。
冒険者の育成と保護を掲げる魔導王の主張。魔導国が求めるのは、世界に旅立つ「真の冒険者」たち。現状において冒険者たちに課せられている不自由と危険。才能が開花する前に訪れる悲劇の可能性を、本気で憂慮する仁君の姿。魔導国と魔導王──圧倒的武力を有する国家故に、戦争の道具化にはされないという保証。未知を探求し、世界を知悉せんと欲する冒険者への夢と希望。
過日の思い出が脳裏を過ぎる。
商家の四男だったヘッケラン。家を継ぐのは兄たちの役目。末っ子に与えられる未来など、家に縛り付けられ、父や兄たちの言うように家業を手伝うだけの、惨めな仕事。そんな将来を言い渡されたヘッケランは、家を飛び出した。それが十代半ばのこと。
そして、商家の四男坊は、冒険者の道を一度は目指した。
御伽噺に登場する冒険活劇に憧れ、それを体現する冒険者になることを夢見た、幼き日。
けれど、現実はそうではなかった。有名無実化した業態。未知を求める冒険に繰り出すのではなく、既知のモンスターを討伐する傭兵としての意味合いばかりが強いという事実。ヘッケランは家から逃げ出した先で見つけたはずの、冒険者への夢を、いつの頃からか捨てていた。そして、好きな金を集められる請負人──汚れ家業のワーカーになり
そうして、ヘッケランはイミーナと出会い、チームを組んだ。
ロバーデイクも加わり、最後にアルシェという妹のような女の子が、“フォーサイト”の仲間になった。
「見よ!」
真実、冒険者を求め欲する魔導王は、ロッドを取り出していた。
そのアイテムが起動した瞬間、微動だにしていなかった武王の肉体に生気が戻った。呼吸し上下する動き。自分の身に起こったことを確かめるように、突き焼かれた胸元を探る巨腕。
武王は、生き返った。
生き返ったというのだ。
あの恐ろしいアンデッドの手で。
「死を
死の超越者が堂々と宣布する。
この闘技場に、帝国に、世界全土に届けと言わんばかりの、威風。
「我が国に来たれ、真なる冒険者を目指す者よ!」
ヘッケランは雷の魔法を受け取り、
最後に、皇帝への挨拶のため貴賓室へと〈飛行〉する魔導王の後ろ姿を、冒険者を目指していた男は愕然と見送るしか、ない。
「は、ははは……」
過去に置き去りにしたはずの、未知への新鮮な探求心──子どもじみた冒険への憧れが、心臓の奥底で再び燃焼する感覚を得る。
ヘッケラン・ターマイトは、かつて冒険者を目指した。
フォーサイトの仲間たちと依頼をこなす時にも、ほんの僅かに懐くこともあった、夢の名残。
そんな男の目の前に、唐突に現れた魔導国。
アインズ・ウール・ゴウン魔導王の、啓示。
「やばいな」
「ヘッケラン?」
震えから解放されたイミーナの瞳に笑いかける。
振り返ると、ロバーデイクも信じがたいものを聞いた表情で、ヘッケランの言わんとしていることを理解していた。理解しながらも、何か言いあぐねている渋面で、チームのリーダーの意志を確認しているようだった。
魔導国の冒険者に──なる。
今の“フォーサイト”にとって、かの王の示してくれた道筋は、この状況を打開するための最良の策……おかしな話だが、
やはり闘技場で出会うことになった
ヘッケランたちとアインズ・ウール・ゴウン……
ヘッケランの過去の生い立ちについては、
書籍7巻のキャラシートで説明されたものからの空想です。