フォーサイト、魔導国の冒険者になる   作:塒魔法
<< 前の話 次の話 >>

4 / 31
闘技場にて

4

 

 

 

 

 

 

 

 ヘッケランとイミーナとロバーデイクの三人は孤児院を出て、珍しくも帝国闘技場を訪れていた。

 だが、ヘッケランたちはワーカーとして観戦される側ではなく、ただの観客として、アリーナのほとんど外枠に位置する立見席に。金に余裕があればちゃんとした席を取りたくもあったが、そんなことをぼやいても仕方がない。ガラの悪そうな……おそらく同業のワーカーたち……様々な武器を携行しているが、冒険者の証(プレート)のない連中も多いが、それだけ今回の帝国闘技場で催されるイベントに、誰もが注目せざるを得ないというところか。

 

「悪いな、二人とも。付き合わせて」

「いいえ。皇帝陛下の天覧試合、おまけに久々の武王の一戦なのですから、興味は尽きないのが“男”というもの」

「私も。(いち)ワーカーとして、武王の相手がどんな奴なのか、知りたいしね」

 

 ワーカーであれば誰もが知っている。

 この帝国闘技場の王たる存在──最強の武力を持つ王として君臨する者を、その戦いを、この目に焼き付けておきたいと思わない者はいないだろう。

 

「アルシェさんも来れたらよかったのですが」

「さすがに、妹さん二人(ウレイとクーデ)を連れて、闘技場はちょっと──ねぇ」

 

 イミーナの主張に、いやちょっとどころではないだろうとヘッケランは無言で笑う。

 場合によっては、血が飛び肉が裂かれ、死体が転がることもあり得る場所に、あんな幼い双子を連れて歩ける奴はいないだろう。

 

「にしても、闘技場の奴も憎い演出するぜ。武王の対戦者はいまだに“謎”とは」

 

 急遽、今日のプログラムに組み込まれた武王戦。

 ちょうど依頼らしい依頼のない非番の日である以上、ワーカーとして、力の研鑽を積むためにも、圧倒的強者たる闘技場の主の一戦は、生の目で観戦しておきたい。おそらくだが、グリンガムたち“ヘビーマッシャー”の何人かも、この広い闘技場内で観戦しているはず。

 ロバーも興味津々という眼差しで顎髭を撫でる。

 

「武王は歴代の中でも最強と言われる戦士ですからね。もう帝国内部では、相手になるような猛者(もさ)はいないと言われていますが」

 

 それこそ、とんでもない“伝説のモンスター”でもぶつけなければ、あの巨体、あの巨腕に対等な勝負を挑むことは不可能だろう。無論、帝国闘技場の、普通の人間たちに御しきれるモンスターなど、たかが知れている。そんなワーカーの一個チームにやられる程度のもの、あの武王が相手をするまでもないのだ。

 ヘッケランたち“フォーサイト”は、ワーカーチームの例にもれず、闘技場で人間やモンスター相手の興行……見世物の殺し合いという汚れ仕事に駆り出されたこともあるが、そんな彼らでも「打倒不能」と言うしかない武王の戦闘力は知っている。知っていて当然。仮にも同じ舞台、同じ死闘の演者だった者同士。舞台袖ですれ違ったり、控室の前を通りがかることは何度かあった。

 だからこそ、言える。

 あの武王には、最低でもアダマンタイト級の力は必須だ、と。

 

「さて、どんな相手なのかしらね?」

 

 なんだかんだで血の気の多いイミーナが、野伏(レンジャー)の目を鋭く研ぎ澄ませながら舞台の中心を見据える。

 と、観衆の喧騒をかき消すほどの大音量が、本日最大の戦いの開催を告げてきた。

 

「この一番の大試合を、エル=ニクス皇帝陛下もご観戦です」

 

 進行係の声に従うでもなく、ヘッケランたちは貴賓室を見やる。

 市民たちの歓声に迎え入れられ、讃美の歓声に手を挙げて応えた皇帝陛下。女性たちの黄色い声援が飛ぶのも頷ける端正な顔立ちは、まさに圧政者の麗笑そのもの。帝国内に蔓延する変化……騎士団の異変……市民には判然としない“死”の気配を知らぬ様子で。──いいや、帝国皇帝という圧倒的智者・全騎士団を掌中に治める男が、騎士たちの恐怖する「何か」を知らないはずがないだろう。それを隠し通しているとしたら──そんなに気にする必要はないということ、なのか?

 

「これより挑戦者の入場です!」

 

 ヘッケランは貴賓室奥に消える皇帝陛下サマから視線を外す。

 司会者は朗々と、闘技場の入場口を手で示す。

 

「魔導国国王アインズ・ウール・ゴウン陛下です!」

 

 しばし、闘技場には困惑の天使が舞い込んだ。

 

「はぁ?」

「魔導国、国王?」

「“陛下”って、うそでしょ!?」

 

 ヘッケランたちは言葉を失う。

 南に位置する挑戦者入場口……黒く重い鉄格子の向こうから現れた人物は、どう見ても人間ではない。

 それは異形。

 アンデッドの骸骨(スケルトン)としか言いようがなかったが、単純なスケルトンとはあまりにも違いすぎる。一瞬だが仮面か何かでスケルトンに化けている可能性を疑うが、ヘッケランの戦士の直感が「本物だ」と警報の鐘を打ち鳴らしていた。

 その手に握られた(スタッフ)。身に着ける衣服や宝飾の数多(あまた)。すべてが一般的なアンデッドモンスターにはありえない壮麗な造りをしている。これがただのスケルトンだと認知するような戦闘者は、ありえない。頭の足りていないバカでも、あれがただの動く骸骨と侮る者は、あまりの愚かしさで死んでしまうだろう。周囲を見れば、沈黙が支配する場内に、かすかなどよめきが大きく響いて聞こえてしまう。

 

「あれが、魔導国の王」「ジルクニフ帝の同盟者」「騎士たちが噂していた?」「──本当にアンデッドだったのか」「王国軍数万を、一撃の魔法で葬ったというぞ」「そんなまさか」「デマじゃないのか?」「どうして闘技場に?」

 

 ……一体、何がおこっているのか、判断が付きかねる。

 

「ロバー。あの魔導王、陛下……どう思う?」

 

 ヘッケランは隣に立つ仲間に問い質した。

 ロバーは、「神官としては」神の信仰に漏れたアンデッドに対して、あまりいい感情はありませんと言いつつ、「ワーカーとしては」絶対に“お相手”したくないですね、と震える掌で口元を覆い、呻いている。

 

「イミーナ、は──?」

 

 聞くまでもない。女はヘッケランの片腕に縋りついて、小さな子供みたいにプルプル震えかけている。ただし、恐怖の源泉から目をそらす真似はしない。これが実際の戦場であれば、ワーカーとしての気概で踏みとどまることもできると言わんばかりに。

 

(ここにアルシェがいたら)

 

 どんな反応をしたのか、少しだけ想像を巡らせてみる。たぶん、イミーナと同じか、それ以上に恐怖したはずだろう。何せ凄腕の魔法詠唱者である前に、十代半ばの少女に過ぎないのだから。

 

「何なんだ、あの(ひと)は──あ、いや、人じゃあない、のか?」

 

 人間にはありえない骸骨の見た目。黒い眼窩の奥には、感情を窺わせない煌く火の瞳が浮かぶのみ。

 魔導王陛下は、貴賓室にいる皇帝に〈飛行〉で近づき、何やら国家元首同士の挨拶を交わしている様子。どうやら、あのアンデッドが「一国の王」であることは事実らしいと判る。なにしろカッツェ平野での戦いでは、共に王国と戦った同盟者なのだ。あんなことを平然と行って、警備連中からお咎めを受けない姿は、そういう約束事があってのことか。

 魔導王陛下が挨拶を終えて挑戦者の位置に着き直した時、

 

「北の入り口より、武王の入場です!」

 

 恐怖と絶望と混乱に(こご)っていた闘技場の空気が、割れんばかりの歓声で少し吹き飛んだように思う。何やら耳をすますと、貴賓室の方からも喉が張り裂けんばかりの応援が聞こえるが、これはまさか、皇帝陛下も武王のファンだったのか?

 

「おおお!」

 

 現れた巨人の姿は、分厚い全身鎧に、極太の棍棒を握って現れた、要塞のごとき存在。

 魔導王と武王。

 二人の王が闘技場の真ん中で相対し、何やら歴戦の勇士が交わすような笑みの気配を漂わせる。あまりにも遠目で、観客の大声援などに遮られるから、詳しくは判らない。

 アンデッドの王は(スタッフ)を剣士の構えのように握り、対する武王も巨大棍棒を慣れた様子で構えた。

 試合開始の鐘が鳴り響く。

 武王の巨体からは考えられない速度で、アインズ・ウール・ゴウン魔導王に肉薄。

 耳に痛いほどの歓声が、場内の熱気を沸騰させている。「やれ! そこだ!」と子どものように興奮した声までもが、熱戦のボルテージ上昇を示した。交錯する杖と棍棒。見事に回避する魔導王。武技を炸裂させる武王。

 ヘッケランは、その戦いに目を奪われた。

 炎を纏う杖が、四本のスティレットが、魔導王の繰り出す攻撃の全てが、帝国最強と謳われた超級の戦士──武王ゴ・ギンを悉く打破していく。

 あらゆる攻撃をはじき返す〈外皮強化〉や〈外皮超強化〉を、あらゆる敵を撃ち伏せてきた〈剛撃〉〈神技一閃〉を、アインズ・ウール・ゴウンはすべて上回っていく。

 いつの間にか、闘技場は静寂に陥った。

 あれほどの歓声と興奮が、まるで観客ごと消滅したかのごとく。

 もはや勝敗は明らか──闘技場の中心にいる二人の交わす言葉すら、耳聡い者には聞き取れそうな、無音。

 そして、

 武技による強化で超速度を伴った大重量の一撃。

 それを、魔導王アインズ・ウール・ゴウン陛下は防御や回避をするでもなく、武王の攻撃を一身に受けて──まったくの無傷。

 まるで無人の野を渡り歩く賢者の歩みと共に、武王の連撃をそよ風ほどの障害とも感じない調子で、緩やかに穏やかに接近。

 武王は──兜のバイザーの奥にある表情は、笑ったようだった。

 敗者には「死」を。

 闘技場の古き因習に倣うかのように、魔導王は一切の容赦なく、魔法のスティレットを巨人の胸に突き刺した。

 要塞と見紛うほどの力感を失い、(くずお)れた巨人の脚。

 投げ出された武王の全身が、その「死」を明確に教えてくれた。

 

「……武王が、負けた?」

 

 ヘッケランは茫然としつつ、戦いの最中、なんとなくそうなるだろうなと予感しながらも、実際に目の前で起こった試合の結末を呑み込むのが、難しかった。

 他の観客達も、剣闘試合の勝者に対する讃辞や歓喜を忘れ、帝国闘技場の王の死を、まったくの無言で、見つめた。

 魔導王は、伏した武王を、敗者の死体を見下ろしつつ、借り受けた魔法の拡声器で、宣する。

 

「聞け! 帝国の民よ!」

 

 静寂の中に響き渡る、絶対的な王の声。

 名乗りを上げるアインズ・ウール・ゴウン魔導王。

 

「私は己の国に国家が運営する冒険者育成機関を作ろうとしている」

 

 ヘッケランは、信じがたいことを聞いた。

 冒険者の育成と保護を掲げる魔導王の主張。魔導国が求めるのは、世界に旅立つ「真の冒険者」たち。現状において冒険者たちに課せられている不自由と危険。才能が開花する前に訪れる悲劇の可能性を、本気で憂慮する仁君の姿。魔導国と魔導王──圧倒的武力を有する国家故に、戦争の道具化にはされないという保証。未知を探求し、世界を知悉せんと欲する冒険者への夢と希望。

 

 過日の思い出が脳裏を過ぎる。

 

 商家の四男だったヘッケラン。家を継ぐのは兄たちの役目。末っ子に与えられる未来など、家に縛り付けられ、父や兄たちの言うように家業を手伝うだけの、惨めな仕事。そんな将来を言い渡されたヘッケランは、家を飛び出した。それが十代半ばのこと。

 そして、商家の四男坊は、冒険者の道を一度は目指した。

 御伽噺に登場する冒険活劇に憧れ、それを体現する冒険者になることを夢見た、幼き日。

 

 けれど、現実はそうではなかった。有名無実化した業態。未知を求める冒険に繰り出すのではなく、既知のモンスターを討伐する傭兵としての意味合いばかりが強いという事実。ヘッケランは家から逃げ出した先で見つけたはずの、冒険者への夢を、いつの頃からか捨てていた。そして、好きな金を集められる請負人──汚れ家業のワーカーになり(おお)せた。薄給でこき使われる嘘の冒険者よりも、大金をガッツリ稼げるワーカーの方が、偽物の「正義の味方」として終わるよりも、ずっとマシだということに気づいたのだ。たとえ、その仕事が、時には同業の……人の命を奪うクズ仕事であろうとも。

 

 そうして、ヘッケランはイミーナと出会い、チームを組んだ。

 ロバーデイクも加わり、最後にアルシェという妹のような女の子が、“フォーサイト”の仲間になった。

 

「見よ!」

 

 真実、冒険者を求め欲する魔導王は、ロッドを取り出していた。

 そのアイテムが起動した瞬間、微動だにしていなかった武王の肉体に生気が戻った。呼吸し上下する動き。自分の身に起こったことを確かめるように、突き焼かれた胸元を探る巨腕。

 武王は、生き返った。

 生き返ったというのだ。

 あの恐ろしいアンデッドの手で。

 

「死を超克(ちょうこく)した私がバックアップして諸君らの成長を補佐しよう!」

 

 死の超越者が堂々と宣布する。

 この闘技場に、帝国に、世界全土に届けと言わんばかりの、威風。

 

「我が国に来たれ、真なる冒険者を目指す者よ!」

 

 ヘッケランは雷の魔法を受け取り、麻痺(パラライズ)されたように立ちすくんだ。

 最後に、皇帝への挨拶のため貴賓室へと〈飛行〉する魔導王の後ろ姿を、冒険者を目指していた男は愕然と見送るしか、ない。

 

「は、ははは……」

 

 過去に置き去りにしたはずの、未知への新鮮な探求心──子どもじみた冒険への憧れが、心臓の奥底で再び燃焼する感覚を得る。

 ヘッケラン・ターマイトは、かつて冒険者を目指した。

 フォーサイトの仲間たちと依頼をこなす時にも、ほんの僅かに懐くこともあった、夢の名残。

 そんな男の目の前に、唐突に現れた魔導国。

 アインズ・ウール・ゴウン魔導王の、啓示。

 

「やばいな」

「ヘッケラン?」

 

 震えから解放されたイミーナの瞳に笑いかける。

 振り返ると、ロバーデイクも信じがたいものを聞いた表情で、ヘッケランの言わんとしていることを理解していた。理解しながらも、何か言いあぐねている渋面で、チームのリーダーの意志を確認しているようだった。

 

 

 

 魔導国の冒険者に──なる。

 

 

 

 今の“フォーサイト”にとって、かの王の示してくれた道筋は、この状況を打開するための最良の策……おかしな話だが、不死者(アンデッド)の王よりもたらされた福音のようにさえ思われた。

 

 

 

 

 

 

 

 




 やはり闘技場で出会うことになった
 ヘッケランたちとアインズ・ウール・ゴウン……

 ヘッケランの過去の生い立ちについては、
 書籍7巻のキャラシートで説明されたものからの空想です。


※この小説はログインせずに感想を書き込むことが可能です。ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に
感想を投稿する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。