フォーサイト、魔導国の冒険者になる   作:塒魔法
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アニメ・オバロⅢの六話のせいで筆を執った。
彼らがあんなことやこんなことになると思うと──
今から楽しみです


第一章 ────── 分岐点
依頼不受理


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「さて、今回の依頼を受けるか、どうか?」

 

 ──ロバーデイク。

 

「構わないと思います」

 

 イミーナは?

 

「いいんじゃない? 久方ぶりのちゃんとした仕事だしね」

 

 四人チームのうち、二人の意見が一致。リーダーであるヘッケランにしても、今回の依頼でいただける報酬量は魅力的に思えた。前金で金貨200、後金で金貨150の合計350金貨。金券板を帝国銀行に持っていけば、いつでも現金に換えられる。今回の依頼は、必要経費等をさっぴいて、チーム全体で考えると、一人あたり60金貨ほどの収入が見込めた。これだけの額の仕事を貴族様に頼まれるのは、上位のワーカーとして築いてきた信頼と実績があってこそ。そもそもワーカーの高額な仕事そのものが、そう都合よく舞い込む仕組みではない──正規の冒険者組合に属していないものだから。投げる理由はどこにもないように見える。

 ヘッケランは「なら──」決まりだなと言いかけて、最後のチームメイトが律儀に抗弁してくる声に止められる。

 

「私に気を遣っているとしたら、遠慮したい。もし今回の仕事を受けなくても他にも手はある」

 

 黙って頷いておけばいいのに。

 アルシェは借金があると告白した直後に、かなりの報酬が約束されている仕事を受理しようとする仲間たちへ、当然ながら引け目を感じていた。イミーナは報酬がっぽりという実利を示し、ロバーは未知の遺跡に対する好奇心を主張するが、二人ともアルシェの家庭事情……多額の借金を返済している事態に同情している点は否めない。

 そしてそれは、ヘッケランにしても、そう。

 

「────」

 

 ヘッケランはリーダーとして、イミーナとロバーにたやすく同意してもよかった。

 未発見未探索の遺跡調査で、発見者として名が上がらないのは残念だのなんだの冗談すかして言うつもりだった。

 しかし──

 

「…………」

 

 

 ***

 

 

【分岐点】アルシェに気を遣って、遺跡の調査依頼に加わるか?

 

 

 ***

 

 

     はい

  >> いいえ

 

 

 ***

 

 

【いいえ】を選択。

 決定「遺跡の調査へは行かない」

 

 

 ***

 

 

 

 

「……そうだな。アルシェの言う通りだ」

 

 ヘッケランは重く頷いてみせる。

 

「今回の依頼は流そう。金券板は今日中にでも返却しちまうか」

「いいの、リーダー?」

 

 遺跡調査という文面だけを信じれば、今回の話ほどウマい依頼はないだろう。

 たとえそれが王国領──ヴァイセルフ王家の領土を侵す行為だとしても、それを含めて“ワーカー”なのだ。

 しかし、ヘッケランは頭を振る。

 ミスリル級の戦士の直感が、やけに不愉快な警報の笛を鳴らしている。

 

「どうにも胡散臭すぎる……『いい話には裏が必ずある』っていうだろ? その墳墓に乗り込んで、御伽噺の魔神とか化け物なんかと出くわしでもしたら、間違いなく全滅しちまう。そんな終わり方なんて、さすがに嫌だろ?」

「魔神ですか……確かに、それは恐ろしい可能性ですな」

「正直、魔神がいるかどうかなんて冗談はおいておくとして――確かに報酬が破格すぎるわよね。まるで最初からその遺跡には、それ以上の価値のある財宝が眠っているって、知ってるんじゃないかって感じ」

 

 ──あるいは、ただ単純にうまそうな御馳走に群がる生贄を集めているとか?

 そんな、いやに鮮明な予感をヘッケランは覚える。考えるだけ無駄な発想ではあるが、この仕事を依頼されているグリンガム……同職で親交も深いヘビーマッシャーたちあたりには、忠告くらいしておいてやろう。

 

「だろう? 別にチームとして今すぐ金が必要ってわけでもないし、な?」

「──うん。それがいい」

 

 アルシェは言葉の上ではヘッケランたちの判断を支持していたが、彼女の借金が消えることはない。今日現れたような闇金野郎、借金取りにしつこく迫られることになるだろうと思えば、今すぐにでも金になる話に食いつきたいところだろう。

 しかし、それもチームが無事でいることが前提条件。

 ここで妙な依頼に飛びついて、痛い目を見て多額の治療費用や、治癒に専念する=仕事ができなくなる期間が空いたりすれば、目も当てられない。下手をすればヘッケランたち全員が借金まみれになるという馬鹿なオチがつくかもしれない。

 そして、そういった馬鹿話も、命あっての物種である。

 

「ところでよ、アルシェ」

「何?」

 

 見るからに悄然とし、頭の内で金策に意識が向きそうになっていた少女の顔に、ヘッケランはわざとらしいほど歯を剥いて笑い出した。

 

「いや~……実はよ……俺ってば、超~運が良くてな! なんとなんと、この前に買っておいた富籤が当たってたんだよ! これが!」

「……? ヘッケラン、何を?」

 

 言っていることが理解できないニブチン娘に、ヘッケランはリーダーとして、『チームにとって』必要な措置を施す。

 

「いや本当チョー運がいいな! しかもその富籤、もう銀行の俺の口座に納金されてるんだわ!」

「へ、ヘッケラン待って! そんなお金!」

「あん? リーダーのいうことが信じられない? じゃあ、しょうがねぇな! ちょっくら行って、金おろしてくっから!」

 

 それで当面の借金取り対策ぐらいにはなるだろう。

 だが、アルシェは席を立って声を荒げる。

 

「待ってってば! いくら仲間でも、線引きは大事! やっていいことと悪いことはあるし、助け合いにも範疇がある! それに、そもそも私の借金は両親が返すべきもので、間違ってもヘッケランのお金でかえすものじゃない!」

 

 アルシェの言い分は至極当然のもの。

 ここでヘッケランが善意で金を恵んでやっても、根本的な解決からは程遠い。場合によっては、事態を悪化させかねない。アルシェの両親が調子に乗って散財を続けたら? その借金を繰り返しチームリーダーが払うことになったら?

 

「わかってるよ。ていうか、わかってるだろうが、これ一回こっきりだかんな?」

 

 ヘッケランは宿屋の入り口に向かうべく席を立ち、涙を一杯にためたチームメイトの頭に手を置いた。

 

「俺たちは本当の仲間だ。仲間が苦しいときに、助け合うのはあたりまえだろう?」

「……リーダー」

「アルシェの妹さんたちには、お姉ちゃん(アルシェ)が絶対に必要だろう。な?」

「……ヘッケラン」

 

 少女は借金のせいで、少なからずメンバーに迷惑をかけてしまった。チームを追い出されないだけマシというもの。なのに目の前の男はニッカリと笑って、アルシェを受け入れるだけ。

 今にも喚き倒れそうなチームメイトの金髪を二回ほど撫で叩いて、ヘッケランは歩き出す。

 

「じゃ。ついでに、依頼の金券板も返してくるわ!」

「いってらっしゃい」

「気を付けて」

 

 イミーナとロバーデイクは「しようがない」という風にリーダーを見送る。

 残されたアルシェは、何とも言えない表情で、ヘッケランの背中に頭を下げていた。

 

「ありがとう……」

 

 こぼれる雫を、アルシェは我慢できなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ヘッケランは金券版を返却し、少女に自分の口座にあった金を持たせて、家に帰した。

 さすがに、家に乗り込んでクズ以下な両親とやらに一発ヤキをいれてやることはしない。そんなことをしても、クズはクズだ。クズがクズを殴ったところで何にもならないし、下手をすればヘッケランというクズだけが、悪者になりかねない。

 依頼のため……遺跡調査のために必要な買い物や情報収集はすべてストップ。

 ついでにヘビーマッシャーたちへの忠告も済ませたフォーサイトは、どこぞの伯爵からの依頼からは、完全に離脱を遂げた。

 

 その夜。

 宿屋の二人部屋の寝室で。

 

「この宿とも、今夜限りだな」

「明日から野宿ね」

「悪いな。せっかくのデカい仕事を蹴って」

「ほんと。考えなしよね、あんたは」

 

 そう非難し鼻や頬を突っつきながら、イミーナはリーダーの……ヘッケランの決断を快く受け入れていた。

 

「アンタ、富籤なんて、いつ買ったっていうのよ?」

「あ……バレた?」

「当たり前でしょ? 何年アンタなんかと付き合ってやってると思ってるわけ?」

 

 おまけに、ついこの間、“一生を添い遂げる”という誓いまで果たしたのだ。

 タイミング的に仲間の他二人には打ち明けていなかったが、ロバーデイクあたりは「どちらからなのです?」と、半ば祝福を受けている。

 

「あれ、アルシェに渡した金。マジックアイテムを買うために、せこせこ貯金しておいたものでしょ?」

 

 ヘッケランは前衛の剣士。仲間たちを護るために体を張って敵やモンスターと相対する壁役なのだから、魔法のアイテムを身に帯びて、防御や耐性などを多くしておくことは堅実な戦略と言える。

 だが、マジックアイテムは一朝一夕に揃えられる代物ではない。少なくともワーカーなどという汚れ仕事の一般人が、買い集めることは不可能に近いだろう。

 

「ああ。あと一応は、おまえへの“贈り物”……指輪用の貯金でもあったんだがなぁ」

「一応とは何よ。一応とは」

「まぁ……それでも……別に、アルシェに同情したわけじゃねぇよ」

 

 ヘッケランは寝返りをうって、イミーナとは逆方向を剥く。

 月明かりに照らされる窓辺をぼうっと眺める。

 

「でも、こんなことで仲間がバラバラになったりしたら、それこそ意味ないだろ? 折角、俺ら四人でここまでやって来れたんだ……」

 

 ヘッケランは思い出す。

 仲間にしてくれと懇願してきた少女の、いかにも金だけが目当てで、今にも死んでしまいそうな、それほどに追い詰められた、細い姿を。

 何か事情があるのだろうとは察しがついていた。だが、深く追及することはしなかった。それこそがワーカーとしての常識であり、同業者に対する礼儀でもあったから。

 だが、アルシェは今や、本当の仲間だ。

 個人的には、ヘッケランたちのかわいい妹のように思っているくらいに。

 

「このままじゃ、アルシェは泥沼の底だ。何とかしてやりてぇし、何とかしなきゃとも思う。あんな小さい()が、俺たちみたいな泥家業ごときで一生を棒に振るなんて、それこそ馬鹿げた話だ」

 

 十代なんて、青春ど真ん中だ。恋に花を咲かせ、友達と一緒に魔法学院に通ってる姿の方が、あの少女にはずっとお似合いな姿だ。しかも、アルシェには才能がある。魔法の才能が。そして、実力もある。何気にコネもある。看破の魔眼の異能(タレント)まである。

 ヘッケランのような、アルシェの年の頃から路地裏の掃き溜めで飲み食いをし、馬鹿でマヌケで喧嘩っ早い、腕っぷししか取り柄のないクズ野郎と、まったく同じ道を突き進むなんて間違っているし、そんな生き方はどこかがズレている。彼女には、ワーカーとして生計を立てるよりも、ずっと素晴らしい役目に生きる道こそが、似つかわしいというものだろうに。

 ──同情というよりも、嫉妬なのかもしれない。

 才能と未来に満ちた少女に対する、何も持っていなかった男の、羨望の思い。自分では掴みようのない、手に入れようのないものを、自らの意志で放棄しなければならないというアルシェの苦境が、ヘッケランのような馬鹿なクズには、心底ガマンならないという──そんな感情。

 思ったが、それを口にすることはない。

 

「ほんと、馬鹿よねアンタは」

 

 不貞腐れる男の背中に、イミーナは身体を重ねた。

 いつも自分を守ってくれる、大切で愛しい男の背中を抱きしめる。

 そんな彼を存分に感じ取れるよう、かすかに膨らんだ己の乳房を押し当て、互いの心臓を共有するように。

 そんな愛しく恋しい旦那様に、イミーナはとびっきりのご褒美を用意していた。

 

「ほら、これ」

「あ? 何?」

 

 ロバーデイクからの差し入れだと──ワーカー引退後でも苦労しないようにため込んだ、同僚の金。大きな金貨袋がひとつ。

 ヘッケランは目を丸くした。その重みはかなりの額になると容易に想像できる。中を覗けば、金と銀の輝きが月明かりを受けてキラキラと輝いている。

 

「あと、これは私からね」

 

 さらに、彼女の胸と同じく控えめな包みが手渡される。貨幣がぶつかり合う音色が耳に心地よい。

「合わせれば富籤の当たりくらいにはなるわね」と、イミーナは事も無げに言い放つ。

 

「おまえ、……何で」

「あんたが言ったんでしょ? 『仲間』なんだから」

 

 ヘッケランはイミーナを胸に抱いて、接吻を交わし喜んだ。

 

「恩に着る」

 

 男の腕の中でとろけたように微笑む半森妖精(ハーフエルフ)の乙女は、間違いなく、世界一美しい女だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ヘッケランが【分岐点】で「はい」を選んでいたら?
原作書籍七巻・P71から読んでください。



ハッピーエンドにしたい(願望)


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