鈴木悟の妄想オーバードライブ   作:コースト
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13話

 魔術師組合の前でサトリとペテル達漆黒の剣の4人は槍を構えた十数人の衛士に取り囲まれていた。ペテルとルクルットが阿吽の呼吸でいち早く前に出て身構え、ダインはニニャを壁際に庇った。

しかし衛士相手に武器を抜くわけには行かず、緊迫した顔で取り囲んだ衛士の壁を鋭い目で見つめた。

 

「な、なんで衛士が!?」

 

「ルクルット!ついにやってしまったんですか!?」

 

「ニニャ!俺だってさすがに落ち込むぞ!?」

 

「二人とも、今はそれどころではないのである!!」

 

(事情も知らないのに余裕あるな。冒険者なんてやってるとこういう突発的な事態に慣れてくるのか?)

 

 普段は静かに話すダインの大声は体格が良いだけに迫力があり、取り囲んだ衛士達はびくりと震える。衛士の力は一般人とほとんど変わらないので、銀級冒険者であるダインの大声が獰猛な肉食獣の咆哮のように感じるのかもしれない。

 

 身構えるペテルとルクルットの後ろでサトリはつまらなそうに居並ぶ衛士達を見回している。その冷たい視線に晒された衛士達は寒気を感じるが、中には全く動じない者もいた。

 

「だから言っただろう。あんな連中に関わるべきじゃないって」

 

「意外と遅かったわね。ジェンター」

 

(受付の……やっぱりこいつがそうだったのか!)

 

 唯一サトリの視線を受け流しているジェンターは、はっきりとした上位者として数珠繋ぎになった衛士の後ろにいた。

 

「お役所ってのはそういうものだよ。これも仕事さ」

 

「ふふ……()()()の仕事かしら?」

 

 怪しく微笑むサトリを見て金髪の三枚目気取りは僅かに目を細める。この国では一般的な青い瞳に警戒の色が混じった。

 

「はて何のことやら。ああ抵抗はしない方がいい。君が強いのは知ってるが抵抗すればさらに罪状が増えるだけだぞ?」

 

 サトリを庇って前に出ているルクルットが、槍を突き付けてくる衛士達を気迫だけで威嚇しながら舌打ちした。

 

「どうなってんだ!?なんで衛士がサトリちゃんを」

 

「言っただろう。その娘には衛士二名の殺害容疑がかかってるのさ。君らも冒険者なら犯罪者を庇ったらどうなるかわかるだろ?」

 

 ジェンターは大げさに肩を竦めて首の前で縦に手刀を切る仕草をする。その仕草が何を意味するかは冒険者なら誰でも知っていることだ。犯罪に関与した冒険者への罰則は罪状にもよるが、もっとも重いもので冒険者プレートの剥奪と組合からの永久追放。刑期を終えて釈放されても冒険者としては死ぬのと同じだ。しかしルクルットは全く怯まなかった。

 

「うるせえ!だいたい人殺して逃げてる人間が往来であんな派手な自己紹介するかってんだ!」

 

「それを判断するのはこっちだ。なに心配はいらない。問題ないと分かればすぐに釈放されるさ。さて。そろそろどいてくれ。邪魔すればお前らも共犯だぞ」

 

 ジェンターの指示に従って周囲の衛士たちはじりじりと包囲を狭めてきた。ペテルと共に最前線に立つルクルットは一瞬目を閉じて歯を食いしばる。再び目を開いた時にはその茶色の瞳に不退転の意志が宿っていた。

 

「ペテル。頼みがあるんだが」

 

「……駄目だ。それだけは許さない」

 

「そうか……すまねえ。じゃあ勝手にやらせてもらうわ。俺は─」

 

 その先は言われなくても分かってしまった。ルクルットの性格は良く知っているだけに漆黒の剣の定番のネタとして定着していたくらいだ。いつか女で大失敗すると。ダインやニニャは口々に止めろと叫ぶがルクルットの覚悟は既に決まっていた。今彼を止められる者などこの場には一人しかいない。

 

(あ、これまずいぞ。脱退とかしちゃったら絶対しこりが残る……クラン時代でもあったけど、大抵ユグドラシル自体辞めちゃうんだよなーそういう人って)

 

 仕込み済みだから心配する必要はないと伝えたいが、それを口にするとこの街の八本指を一網打尽にする計画をみすみす投げ捨てることになる。具体的なことを言わず「大丈夫だ、問題ない」と言っただけでは納得はしないだろう。時折サトリの顔を横目で見つめるルクルットの目には、燃えるような感情がありありと浮かんでいたからだ。

 

 その一途な視線は飼い主にじゃれつくペットのように見え、サトリは僅かに頬を緩める。悟の方はルクルットの様子に「若いなあ」としみじみしつつも、女性のためにここまで積極的になれなかったから自分は童貞のまま終わってしまったのだろうか、と後悔の念に駆られた。

 

 などと考えている間にも事態は悪化中で、そろそろ止めないと本当にまずい。<伝言>(メッセージ)の魔法は発声が必要だし、この世界では異常な程信頼されていないので身振りやアイコンタクトのような他の手段と併用する必要があるという。

 

(面倒だな。ここは困った時のロールプレイ任せでいこう。要は今だけルクルットを黙らせればいいんだ)

 

「俺は、ルクルット・ボルブは漆黒の剣を─」

 

「黙りなさいルクルット。さっきから鬱陶しいのよあなた」

 

 ぞっとするほど冷たく澄んだ少女の声が、ルクルットの言葉を途切れさせた。周囲はしんと静まり返り、野次馬のどよめきすら聞こえない静寂に包まれている。そこは今や舞台だった。今声を発することを許されるのは舞台上にいる役者だけだ。

 

「サトリちゃん、これは俺が勝手にやることで……」

 

「何か勘違いしているんじゃなくて?私とあなたはさっき偶然知り合っただけ。それなのに勝手に盛り上がって、全てを捨ててナイト気取り?」

 

「う……」

 

「ええ、あなたはそれでいいでしょう。でも仲間の気持ちは?あなたにとって彼らはそんなに軽いの?」

 

 図星を突かれたルクルットは言葉に詰まって唇を噛みしめた。その様子をペテルとダインは沈痛な面持ちで見つめ、ニニャは悲し気に顔を伏せる。

 

「お、俺は……」

 

「はっきり言うわ。鬱陶しいのよあなた。付きまとわれて迷惑なの。私、あなたみたいな軽薄な男は大っ嫌い」

 

 嘲笑を浮かべながら小動物を追い払うように手を振るサトリに、ルクルットはこの世の終わりのような顔であんぐりと口を開けた。

 

(うわ、ちょっと泣いてるぞ……言ってる方の胸が痛くなってくるんだが……まるで自分がこっぴどくフラれてる気分だ……)

 

「……」

 

 すっかりしょげて俯いてしまったルクルットと、悲し気な顔で見つめてくるペテルの間をサトリは悠然と歩いていく。すれ違いざまルクルットの足元にハンカチの包みが投げ捨てられた。ちゃりりという音と共に石畳の上に転がったその包みは、結び目の隙間から黄金の輝きが覗き見えた。

 

「助けてくれたお礼はそれで十分でしょう。これでもう私とあなた達は関係ないわ。さようなら」

 

 ルクルットの視線は一瞬だけ足元の包みを見たが、すぐに離れていく黒髪を追いかける。しかし呼び止める言葉はその口から出ることはなかった。向けられた槍の穂先など見えていないかのように、真っすぐ歩を進めてくるサトリの迫力に打たれ衛士達は慌てて構えを解いて道を開ける。ジェンターの前で足を止めたサトリは僅かに首をかしげつつにっこりと微笑んだ。

 

「それじゃ真面目な衛士さんは私をどこへ案内してくれるのかしら」

 

「物分かりが良いようで助かる。ああ、冒険者の皆さんも御協力に感謝しますよ。それではこれで」

 

 ジェンターはわざとらしくおどけてルクルット達に手を振ると、サトリを伴って歩きだした。

 

 

 衛士達がサトリを取り囲んで歩き去っていくのを、漆黒の剣の面々は為すすべもなく見送るしかなかった。がくりとその場に崩れ落ちたルクルットの目の前には、結び目の解けかけたハンカチの包みと何枚かの金貨が散らばっていた。

 

「うあああああ!!」

 

 ルクルットは雄叫びを上げながらハンカチの包みを拾い上げると、頭上に持ち上げた姿勢で身動きを止めてしまった。そのあまりにも悲壮な姿は見るに忍びずペテル達は悲し気に目を伏せるしかなかった。ルクルットもペテル達も分かっているのだ。なぜあんな言い方をしたのか。だからこそ誰も何も言うことが出来なかった。

 

                   ◆

 

 サトリを護送していた衛士達は詰所の前で解散して持ち場に戻っていくが、ジェンターはそのままでサトリを連れて詰所の近くにある大きめの一軒家に入った。入口の見張りの横を通り過ぎて家に入ると、中はかなり広く15人ほどの男がいたが、サトリの顔を見るなり一様に驚いた表情を浮かべた。

 

「ここだ。そう警戒するな。取って食う訳じゃない。デイバーノック、居るか?」

 

「貴様が急に短期で雇われろと言うからここにいるのだぞ」

 

 部屋の片隅にいた黒いローブの人影が人とは思えない怖気の走る声を発した。深くかぶったフードのせいで顔は全く見えないが、纏う空気は極寒の吹雪のように見た者の背筋を凍らせる。他の男達はデイバーノックを恐れるように離れた場所に腰を下ろしていて、その周りだけが空白地点になっている。

 

 全員が武装しているが抜く様子はなく、周りを見渡すと大きな部屋の壁には沢山の武器がかけられており、ありふれた剣やナイフ、盾、弓に混じって三日月刀(シミター)が引っかかっている。サトリはその中に魔法の武器がいくつか混じっていることに気づいて、八本指の羽振りの良さを実感した。

 

 全ての魔法武具が分かりやすく発光したりするわけではなく、普通の人間の目にはそれと分からない物もある。武具によっては魔法が掛かっていることを悟られたくない場合もあるからだ。それを見抜くためのスキルであり魔法である。

 

 部屋の観察を終えたサトリの視線はデイバーノックに向いた。フードに隠された顔は見えないが全身から色々な魔法のオーラを感じさせ、いくつものマジックアイテムを装備しているのが分かる。その割にはいかにも人外という空気を丸出しにしているあたり、気配を隠蔽する手段がないのだろう。

 

「どうせ仕事終わりで暇してたところだろうが。小遣い稼ぎになりゃお互い得だろう」

 

「ふん。休息など私には必要ない。ヒルマの手前今回は手伝ってやるが、次は知らんぞ」

 

 アンデッドを発見するスキル、不死の祝福が消滅してしまったのでそちらで確認することは出来ないが、こんな怪しいローブ姿で顔を隠し、化け物じみた声で話す存在などそうはいない。かつてのモモンガと同じスケルトンメイジがエルダーリッチ系統のモンスターだろう。サトリは無詠唱化した<敵識別>(ディサーンエネミー)を使いこっそりと確認する。

 

(やっぱりエルダーリッチか)

 

 エルダーリッチなら手の内など知り尽くしているので怖くはないが、逃げられることだけは注意しなければならない。<敵感知>(センス・エネミー)の反応を見る限り今の所敵対する気はないようだが、此方の目的を考えれば戦闘は避けられない。

 

「さて。待たせたな。サトリ、いや漆黒の戦魔と呼んだ方がいいか?」

 

(……おい、混じってるぞ!ちゃんと伝えろよ!そこ一番大事だろ)

 

「私は漆黒の魔女と聞いていたぞ。確かに二つ名の通りの出で立ちではあるがな」

 

 デイバーノックが訂正を入れるがそれでも微妙に違っている。

 

(近い、近いけど……そこまで行ったならもうちょっとがんばれよ。マフィアなんだから情報が命だろ)

 

「まあ、どっちでもいい。一応言っておくが─」

 

「漆黒の戦乙女」

 

「逃げら……え?」

 

「漆黒の戦乙女」

 

「……」

 

 サトリは譲らない。ここは譲れない。このまま話を続けさせたら間違った二つ名が広がってしまうかもしれない。どうせこの連中はみんな墓場か牢屋行きだが、それでも名前という物にはこだわりたい。本気の圧力を込めた瞳で見つめられたジェンターは言葉に詰まり、そして折れた。

 

「さて。待たせたな。サトリ、いや漆黒の戦乙女と呼んだ方がいいか?」

 

「ふふ……まさか城門で受付してた不良衛士が八本指の幹部だったなんて」

 

 二人のやり取りを見ていたデイバーノックは何か言いたげに身じろぎするが、結局何も言わずに元の姿勢に戻った。

 

「その割にはあまり驚いてないようじゃないか。俺の演技力もまだまだだな」

 

「そうでもないわ。予想していただけ」

 

 武器を下げた15人の男に周囲を囲まれデイバーノックの放つ鬼気に晒されていても、自信と余裕に満ち溢れたサトリの態度は崩れない。

 

「……そっちは演技や虚勢とは思えないくらい雰囲気が違うな。それとも今のが素で、あの頭の弱い()()みたいな態度が演技なのか?」

 

(きっ……)

 

 「なまむすめ」ではなく「きむすめ」である。相手はサトリの事情を知らないのだからそんなはずはないのだが、暗に童貞と指摘されたような気がして鈴木悟は絶句した。このジェンターという男はSRルクルットとでも言おうか、それなりに顔が良いのが余計にサトリの苛立ちを煽る。

 

 クリスマスにログインしなかった男は爆発するべきだとペロロンチーノと気概を上げたことがあったが、こいつは間違いなく爆発する側だ。

 

(糞っ!糞がっ!イケメンで非童貞だからって偉いわけじゃないんだぞ!)

 

 しかしここで動揺したら負けだ。幸い鈴木悟はともかくロールプレイ(闇のサトリ)の胆力はその程度では揺らがない。

 

「さあどうかしら。わざわざこんなところに呼んだからには話があるんでしょう?」

 

「そうだな、まあ座れ。一応言っておくが逃げようなんて考えない方がいい。その時はこの街どころか国中にお前の似顔絵が貼られることになる」

 

 こうなったらこの男をギリギリまで調子に乗らせてからどん底に突き落とし、その顔を見て笑ってやらないと気が済まない。今ここにいる時点でこの男の運命は決まっているが、頭の黒いネズミというのはいつもどこかに逃げ道を作っているものなのだ。

 

「ふふ……怖い。あなたも私の身体が目的なの?ジェンター」

 

「そっちがいいなら願ってもないけど今はスカウトだ。お前が頷くなら一つ仕事をこなしてもらう。それが終われば正式に仲間だ。この国で八本指に出来ないことはない。肩書や身分、家や兵隊、酒や薬、男でも女でも用意してやる。金はあんまり要らなそうだが」

 

 サトリが身につけている品々を見ればそう思うのだろうが、サトリの財布はさほど余裕があるわけではない。ルクルット達に見栄を張ってしまったせいだ。ユグドラシルの金貨ならあるがそれはなるべく使いたくない。危険性がどうというより、同じ用途でいくらでも手に入るものがあるのならそっちを使いたいという貧乏性からだ。

 

(まあ、この連中から奪えばいいだけなんだけどな)

 

 明確な敵や犯罪者から奪う事には何のためらいもない。いずれ犯罪で得た金だろうが持ち主に返すというのは不可能に近いしパナソレイへの点数稼ぎはもう十分している。自分を襲ってきた犯罪者などまさにカモだ。金貨入りの袋だと思えばこの男への苛立ちも少しは収まろうというもの。

 

「マフィアの使い走りなんてお断りだわ」

 

「ふん。お前はこの国来たばかりらしいが、八本指についてどこまで知ってる?」

 

 王国に根を張る巨大犯罪組織。あらゆる犯罪や違法行為に手を染め、多くの大貴族と繋がりがあって国さえ手が出せないほどの勢力を持つ。名前通り8つの部門に分かれているが、各自が独立性の強い組織でしょっちゅう内紛もしている。サトリが知るのはそれくらいだ。

 

「そうだ。そして俺は麻薬部門のヒルマの派閥だが、組織の拠点がいくつか冒険者に潰されたってんであの年増はカンカンで、近く腕利きを集めて暗殺しようって話になってるんだ」

 

「それで?」

 

「手が足りない。それぞれの部門ごとに腕利きはいるがアダマンタイト級冒険者に対抗できる奴となると、警備部門の最精鋭である六腕くらいしかいなくてな。そこのデイバーノックもその一人だ」

 

 ジェンターが指で指し示す先でデイバーノックは無言で突っ立っている。疲労という概念がないアンデッドは丸一日突っ立っていたとしても疲れるという事はないだけに、本人は構わないのだろうがこんな嫌なオブジェクトが部屋の中にあって気分が良い人間はいない。

 

「相手はあの「蒼の薔薇」。アダマンタイト相手じゃ兵隊なんてほぼ無意味だ。罠にかけようにも一味に暗殺者上がりの女がいる上に、こっちの手の内を知ってて嵌るような連中じゃない」

 

「その蒼の薔薇とかいうのを倒すのに力を貸せと。よく知りもしない女を随分買ってるのね」

 

「カルネ村でスレイン法国特殊部隊の殲滅に手を貸し、召喚された巨大な天使を一瞬で消し去った黒髪の女。お前の事だろう。漆黒の……戦乙女」

 

 サトリは何も言わずに微笑んだ。そっちについては口止めしていない、というか広まってほしかったので王国戦士団からエ・ランテルの応援を経由して話が広がったのだろう。それにしてもなかなか耳が早い。まだ昨日の今日のはずだ。力を認められつつ二つ名で呼ばれたことで心の中の悟は感動に打ち震えているが、それが表情に現れることは決してない。

 

「強力な切り札を持っているそうじゃないか。お前にはそれであの連中の最大戦力を引きつけてもらう」

 

「……イビルアイ、だな。あれに対抗できる魔力系魔法詠唱者はこの国にはいないだろう。悔しいが私ではとても敵わん。フールーダが帝国の最上位魔法詠唱者なら、イビルアイは王国の最上位だ……が」

 

 最大戦力とは何か問う前にデイバーノックが口を開いた。アンデッドとはいえ同じ魔法詠唱者にはそれだけ関心が高いのだろう。先程から感じていたが、無口かと思えば結構喋る方らしい。

しかしその不気味で耳障りな声が部屋に響くたびに周囲の男たちは揃って顔を歪める。

 

「漆黒の戦乙女よ。貴様がその比類なき装具に相応しいだけの実力を持っているなら、王国どころか近隣国最上位の魔法詠唱者は貴様になるだろう」

 

(分かる奴には分かるんだな。全身神器級(ゴッズ)で埋めるのはかなり大変だったし)

 

「囮役だけど重要。新入りですらない女に任せるものかしら」

 

「組織の為に危険な役目をこなすからこそ信頼が得られる。もちろん十分なサポートもつけよう」

 

「監視の間違いではなくて?」

 

(蒼の薔薇ねえ……)

 

 陽光聖典の隊長が語った情報の中に蒼の薔薇についての話もあった。任務で亜人の集落を襲撃した際に戦闘となり、危ういところで撤退する羽目になったという。その話を聞いたとき、全員が女性で構成されるアダマンタイト級冒険者チームという肩書に興味をそそられたものだ。容姿についての話は聞けなかったが、女性だけのチームという響きに少し心を惹かれるものがあった。

 

「一応聞いておくけどザインとカイアスはあなたが?」

 

「あいつらは極上のスープを床にぶちまけかけた間抜けだ。隠れ蓑に良かったが邪魔になってきたしな。最後にお前の力を確かめるという意味でも役に立った」

 

 驚くほどすんなりと殺人への関与を認めたジェンターを前にしても、サトリの胸中には濡れ衣を着せられた事以上の怒りは湧いてこない。悪党同士が殺し合いをしただけの自業自得としか思わなかった。自分の手で報復が出来なかったことは少し残念ではあるが。

 

「魔術師組合に寄っていたようだが、あんなところで手に入るマジックアイテムなんて子供だましもいいところだぞ。八本指で実力を示せばもっと珍しい物だって手に入る」

 

「断ったら?」

 

「お互いにとって不幸な結果になるだけだな。俺達は戦力を補充できないしお前はここで死ぬ」

 

 そう言い終わるや否や敵感知(センス・エネミー)に大量の反応が生まれた。恐ろしいほどの割り切りの早さである。ジェンターがテーブルを蹴倒して素早く後ろに飛びのき、デイバーノックがサトリに干からびた指先を突きつけてくる。

 

<魔法抵抗突破化>(ペネトレートマジック)<電撃>(ライトニング)!」

 

「……ふふっ」

 

 青白い電撃が一直線に伸びてきてサトリの身体を撃つが、彼我の圧倒的な能力差によって易々と抵抗(レジスト)に成功する。無数の強化魔法までかかっている今は上位魔法無効化能力がなくとも、デイバーノックの魔法がサトリにまともなダメージを与えることは出来ない。しかしそんなことは織り込み済みとでも言うように、剣を振りかざした男たちが一斉にサトリを取り囲んだ。その刃にはドロリとした液体が塗りつけられている。

 

「戦乙女が天界(ヴァルハラ)に誘うのは勇者だけ……あなた達の行先は冷たく暗い冥府の底よ」

 

 今やサトリは色々と絶好調であり、もはや誰も止めることは出来ない。猛毒の刃を悠々と躱しながら歌うように死の宣告を行うサトリの手には、いつしか()が握られていた。半透明の黒い素材で出来た鈍器にしか見えない杖だ。陽光聖典との戦いで天使の群れを粉砕したあの()だ。

 外見通り杖とは思えない破壊力と攻撃速度を持つ代わりに、攻撃ごとに魔力を消費するというデメリットのせいでユグドラシルではまったく使われなかったが、今のサトリにはデメリットにはならない。新たに得たスキルによって直接攻撃で魔力を若干回復することが出来るからだ。

 

(名付るならそう……「嗜虐の愉悦」……ふふ)

 

 ついに漆黒の戦乙女の反撃が開始された。横なぎに一閃された()は斬りかかってきた男たちの3人に当たる。不幸な犠牲者達は吹き飛ぶどころか上半身が爆発したように消し飛んで部屋中に中身を飛び散らせた。仲間の凄惨すぎる死に様を見た他の男達は、足が竦んで動けなくなる。

 

「ああ汚い。これはちょっと強すぎかしら」

 

 部屋の壁と飛び散った臓物の描く前衛的なアートにサトリは眉を顰める。臭いは問題ないが気分が良いはずもない。紫の瞳を薄っすらと発光させながら、巨大な得物の具合を確かめるように軽々と振り回す。以前使った時は相手が天使だったので全て綺麗に消えてくれたが、生ものとなるとそうは行かない。

 

「やはり……<第四位階死者召喚>(サモン・アンデッド・4th)

 

 デイバーノックの魔法によって<三日月刀>(シミター)<円形の盾>(ラウンド・シールド)を持った<骸骨戦士>(スケルトン・ウォリアー)が4体、床から湧き出るように現れた。それらは即座に行動を開始し、恐怖で動きを止めてしまった男達に代わってサトリに斬りかかった。

 

 骨なら粉々にしても汚れないと喜んだサトリは再び()を叩きつけた。<骸骨戦士>(スケルトン・ウォリアー)の1体は攻撃を防ごうとした盾ごと潰されて粉々になり、跡形もなく消えていく。部屋の出口まで移動したジェンターが大声で叫んだ。

 

「エドストレームッ!」

 

 それを合図に壁際にかかっていた5本の<三日月刀>(シミター)がひとりでに動き出す。放たれた矢のように空中を駆けた魔法の曲刀は、<骸骨戦士>(スケルトン・ウォリアー)を容易く粉砕しているサトリ目掛け全方位から襲い掛かった。六腕の一人であるエドストレームが別の部屋に潜んでいたのだ。

 彼女は針のように小さな覗き穴からでも、魔法の<三日月刀>(シミター)を正確に操作することができる能力の持ち主である。そしてデイバーノックも同時に魔法を放った。どうせ抵抗(レジスト)されることは想定済みであり、一瞬足止めできればいいという判断だ。

 

<魔法二重化>(ツインズマジック)<魔法の矢>(マジックミサイル)!」

 

 魔法で生み出された回避不能の6発の光弾が一斉にサトリに襲い掛かるが、所詮は第1位階魔法。サトリの足をほんの一瞬止めることしかできない。だがその一瞬の間に勝負を決められるはず。八本指の幹部達はそう思っていた。

 

<魔法三重化>(トリプレットマジック)<黒曜石の剣>(オブシダント・ソード)

 

 サトリの頭上に黒く輝く剣が3本現れると、それぞれが意志を持ったように動いて飛来した<三日月刀>(シミター)を弾き返した。驚愕する男達の前でサトリは<骸骨戦士>(スケルトン・ウォリアー)の最後の一体を破壊する。魔法で生み出された存在は破壊されたり効果時間が過ぎると跡形もなく消えてしまうので、残骸が残ることはない。

 

 <舞踊>(ダンス)の魔法付与を施された<三日月刀>(シミター)は、エドストレームの意志に従って弾き返されてもなお執拗に食い下がるが、輝く黒剣と撃ち合っている内にボロボロになっていく。刃毀れや刃先が欠けるだけならまだしも、2本は刀身の半ばからぽっきりと折れてしまっていた。

 

 今やジェンターは自分達の失敗を悟った。必勝の作戦を正面から食い破られたという衝撃に顔を青ざめさせる。

 

「……いいわ、その表情。全てが上手く行ったと確信した後で失敗を悟って絶望する顔。とっても素敵」

 

 魔法を帯びた<三日月刀>(シミター)が四方の壁に掛かっていることに、サトリは最初から気づいていた。壁に掛けられた他の武器はそれを誤魔化すためのフェイクであろうということも。だが最初から目論見を潰してしまっては芸がない。分かっていながら知らぬふりをしていたのだ。

 

(だってその方が楽しいしな)

 

「ちぃ……<魔法二重化>(ツインズマジック)<火球>(ファイアーボール)!」

 

 デイバーノックはサトリに向けて<火球>(ファイアーボール)を放つ。こんな状況で広範囲攻撃魔法を使えばどうなるかなど分かり切っている。味方を巻き添えにしてでも逃走を図るつもりなのだ。意図に気づいた男たちが一斉に逃げ出し始めるが、<火球>(ファイアーボール)の魔法が炸裂する方が早い。

 

 数秒後には炎上する家の中に焼け焦げた死体が転がる凄惨な光景が生み出されるはずだった。しかし飛来した炎の玉はサトリの身体に命中する寸前に掻き消える。

 

「なに……?」

 

 デイバーノックはアンデッドだけに激しく動揺することはないが、自分が見た光景の分析に僅かな時間を必要とした。破裂して炎上するはずの魔法が何事もなく消えてしまったからだ。<火属性防御>(プロテクションエナジー・ファイヤー)で軽減したというわけではない。未知の武技あるいは魔法、生まれながらの異能(タレント)

 何にせよ第三位階の攻撃魔法を消し去るほどの能力。

 

「連発はできないと見た……ならばもう一度」

 

「あら、今度はこっちの番でしょう?<魔法最強化>(マキシマイズマジック)<善なる極撃>(ホーリー・スマイト)

 

 それは威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)との戦いにおいて、アーケインルーラーのスキルによって新たに習得した魔法。信仰系魔法であるため、特殊な手段を使わない限り決して使うことが出来なかった分野の魔法だ。そんな魔法を行使できる興奮と恍惚がサトリの胸の中を駆け巡る。

 

 そして光が満ちた。屋根と天井を破壊しながら落ちてきた光の柱が黒いローブの人影を完全に包み込む。アンデッドの弱点である神聖属性の眩い光の中で、デイバーノックという存在は一瞬のうちに跡形もなくこの世から消滅した。

 

 眩い光の柱が嘘のように消え去ると家の床は無くなっており、焦げた地面が剥き出しになっていた。その真ん中あたりにはデイバーノックが装備していた幾つものマジックアイテムが散らばっている。

 

 サトリはおもむろに勝利のポーズを決めるが、それを目に出来た者はいなかった。

 

 しつこく纏わりついてきていた5本の<三日月刀>(シミター)は、全て床に落下して動かなくなっている。操っていた術者が逃亡したのだろう。攻撃目標を失った3本の黒い剣はサトリの頭上に戻ってふわふわと漂っているが、その刀身には僅かな刃毀れすらなかった。

 

 サトリの魔法的感覚の中でいくつかの<敵感知>(センス・エネミー)の反応が遠ざかっていくが、この家の周囲はパナソレイの指示で衛士達によって完全に包囲されている。エ・ランテルで衛士を統括しているハミルトンまで八本指に抱き込まれていたため、その場での解任から逮捕取り調べということになり、今回の作戦は新任による指揮だったが思ったより上手くやっているようだ。

 

 そしてこの一帯での転移は封鎖している。ここから逃げるには衛士の包囲を突破するか、隠れてやり過ごすか、秘密の脱出路のようなものを使うかだ。予想通り遠ざかる反応の中に地下と思しき方向へ向かうものがあった。

 

「ふふ……早く顔が見たいわ。絶望に染まりきったあの男の顔を」

 

(そうそう。絶対笑ってやる決めたからな)

 

 サトリは対情報系魔法を使って守りを固めると<生体発見>(ロケート・クリーチャー)の魔法を発動させる。探す相手は言うまでもなかった。

 

 


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