ここに来てからずっと、居心地の悪さを感じている。
それも仕方がない。
この場に自国の者が少なく、周囲が敵だらけなのが原因だ。
招待客を確認すると、一番多いのは帝国の貴族で、次いで聖王国の貴族と続き、王国の貴族は片手で数えられるほどしかいない。
王国民という意味では他にも幾人かいるようだが、商人や組合の長ばかりであり、自分との繋がりは無いに等しい。
唯一確実に味方と言えるレエブン候の姿も見えない。
ただ漫然と周囲を見回しながら、時々お決まりの挨拶をしにくる者たちと会話するくらいしかできない。
本来は一刻も早くアインズとの繋がりを深めなくてはならないのだが、そのアインズは初めに挨拶に来たきりだ。
それも皇帝や聖王女相手にはこれからの商談も見据えた話を行い、後に二人きりで会う約束を取り付けていたというのに、自分には決まりきった挨拶だけ済ませると、さっさと次の招待客のところに移動していった。
(やはり、未だ怒りは解けていないということか。それとも私からの謝罪を待っているのか?)
ガゼフにはこの招待に応じた段階で謝罪を受け入れると言っていたそうだが、とてもその様には見えない。
むしろ自分を晒し者にするために呼んだのではないか。と邪推してしまうほどだ。
だがこのパーティーに出席したことで、魔導王の宝石箱の実力はハッキリした。王国を救うためにはどうしてもこの力が必要だ。それも三国に平等ではなく、王国のみに注力して貰うことでようやく他国と対等になる。その為ならばランポッサはアインズにハッキリと謝罪をすることも吝かではないと思い始めていた。
しかし、それが分かっていながら、こちらから動くこともできない。
もはや貴族派閥との完全な対立は覚悟しているが、ここで弱みを見せれば他国から侮られ、付け入られる隙を作ることになる。
故に謝罪はあくまでアインズと自分が一対一で会話する場を設定してからの話だ。
そのための手土産も用意してある。
まさかこのままパーティー終了まで放置されていることも無いだろうし、今はこの屈辱に耐えるしかない。と心に決めたところで、ようやくレエブン候が戻ってきた。
隣にはまだ年若い青年の姿があり、ランポッサは顔を見て直ぐにその名前を思い出す。一度会ったことのある者の顔と名前を覚えるのは、王として最低限持ち合わせなくてはならない能力だ。
そしてその相手が渦中の人物ならばなおのこと。
(ビョルケンヘイムの領主か)
トーケルという名の青年で、王国内では自分の直轄領以外で唯一、魔導王の宝石箱が店舗を構えている領地の主だ。
王国とアインズの間を取り持つ切り札にもなり得る存在である。
「ガゼフ」
護衛として黒子に徹していたガゼフを呼び寄せる。
「はっ。如何なさいましたか?」
「私の護衛は良い。一度この場を離れ、ゴウン殿の下に出向き、頃合いを見てこちらに誘導してくれ。恐らくガゼフが傍にいればゴウン殿から私に会いたいと提案してくるはずだ。それを待つのだ」
「しかし、護衛が長い間お側を離れるわけには──」
ガゼフの言いたいこともわかる。例え安全が確保されていようと、王が護衛も付けずに居るのは危険云々以前に見栄えとして良くない。
「良い。これは命令だ」
再度強い口調で告げる。元から自分はガゼフの代わりに招待されたに過ぎない。
最低限、王としての威厳さえ保っていればそれ以外は全て擲っても構わない。
「……かしこまりました。少しの間、失礼いたします」
こちらに来たレエブン候と交代するようにガゼフが離れていく。
「陛下。よくぞ──」
「何、今更だ」
周囲のことも考え、はっきりとは言わないレエブン候に苦笑を返す。
青年は少し離れた位置で待機し、こちらの様子を窺っていた。
先ずはレエブン候からの伝言があると言うことだろう。
「彼はゴウン殿とは関係がありません。漆黒のモモン殿からの繋がりでした」
「何?」
それは今回のパーティーにおける王国側の数少ない手札が無くなったことを示していたが、ランポッサは意志の力で表情には出さないように努めた。
「ですが、モモン殿はゴウン殿にとっては息子も同然の存在と聞いています。直接対面すれば彼のことに触れない訳にはいかないでしょう」
「ではガゼフが戻った後、例の話を振るか」
「ええ。そうすべきかと」
今回アインズに対して用意している手土産は、店舗数の有利を利用し、ランポッサの直轄領やレエブン候を初めとした王派閥が管理する村や町全てでゴーレムを借りるという提案だ。
他の国ではまだ国策としてゴーレムを導入しているところはない。
帝国は貴族の力を制限するために必要最低限しか貸し出しを許さず、現在は復興のために多数のゴーレムを借りている聖王国も、ヤルダバオトにより経済面でも大きな打撃を受けてしまったため、一時的な借り入れしかできていないはずだ。
そこで王国が先んじて国策として大量のゴーレムを借りる。しかし国が直接借りることをアインズは良しとしていないそうなので、形式上は各村に魔導王の宝石箱で借りるように指示を出し、それすら払えないところには王国から助成金を出す形を採る。
これがレエブン候から提案された策だ。
慎重な帝国や、予算的に借りることのできない聖王国に先んじてこの話を纏めれば、アインズの中で王国の重要性は一気に増すだろう。
「……それと、ビョルケンヘイム卿から話があるそうです。彼の領地、そしてその近隣に突如強大なモンスターが現れたとのことですが。いつぞやの件に絡んでいるかもしれません」
「もしや、かの国か?」
ガゼフを暗殺するために帝国の仕業に見せかけて村を焼いた法国のやり方に似ている気がする。
帝国との戦争中に、周辺諸国最強の軍事力を持つ法国と事を構えられるはずもなく、正体不明の一団として処理された案件だ。再び同じようなことがあったのならば、これもまた法国の仕業である可能性が高い。
「陛下の行動を知った貴族派閥、あるいは帝国が今度は法国の仕業に見せかけるため、という可能性もありますが、どちらにせよこれはチャンスです。ゴーレムの件を推進する理由になるかと」
話を聞いて遅まきながらランポッサも理解した。確かにそのモンスターへの対策ということにすれば、国策として各地にゴーレムを導入する理由付けとしては最善だ。
「そうか。では私はどうすればいい?」
「はっ。既に布石は打ってあります。彼は各地の惨状を語り領民を守るためと対策を求めるはずです」
そこまで言われれば何をすべきかランポッサでも分かる。
「私はそれを受け、領民のためにゴーレムが大量に必要だと気がついた。と思わせればよいのだな?」
レエブン候が無言で肯定する。この策はアインズ側には損のない、それこそ手土産だ。
だがあからさまなご機嫌取りだと思われないように、今話を聞いて領民のためにここで思いついた形にした方が良いと言っているわけだ。
そのまま一礼し、自分の下を離れたレエブン候が青年に近づき声を掛けてこちらに連れてくる。緊張しているのがここからでも手に取るように分かった。
まだ領主に成り立ての若い地方貴族はこのようなものだ。
皆彼くらい分かりやすければ自分ももっと楽ができるのだが──
いやそれはそれで苦労が増えるだけかもしれない。
どちらにせよ、これで交渉の準備はできた。
後はこのまま何事もなく進むようにと強く願いながら、それは表に出さず、レエブン候に連れられた青年を出迎えることにした。
・
(随分色々な契約をしてしまった気がするが、大丈夫だろうか)
パーティーにおけるホストの役割として一番の基本となるのは、常に会場内外を気にかけて要望に応えることだ。
今回のようなビジネス向けのパーティーでは、楽しませるよりもアインズ自身が様々な客と会話をし、商談に繋げる方が客の要望に応えていることになる。
そうして纏まった多数の商談も、その多くは積極的に招待客に話しかけるように注力した結果だが、同時に全ての契約が魔導王の宝石箱にとって利益になるものばかりだった。ということもある。
例えパーティーの場であろうと明らかにこちらが損をするような取引には応じる気などなかったが、どういうわけかすべての取引が魔導王の宝石箱にとって損がない、いや有利と言っても良い内容ばかりだったのだ。
帝国の闘技場で有数の興行主オスクとの商談など正にその一つで、こちらには全く損失がなく、武具の宣伝と戦闘訓練の成果を確かめる舞台としてハムスケを闘技場に送り込むことに成功し、いつか広めたいと考えていた高級オーダーメイド武具の顧客第一号も確保できた。
恐らくは今回、守護者の面々が企画したパーティーにより魔導王の宝石箱の実力を知ったことで、下手な取引をして敵に回す方が危険だと判断したのだろう。
(俺の中で事前に決めていた裁量を超える商談がなかったことも幸いだったな。あまり大きすぎる取り引きは判断するのも怖いし、商談はそろそろ終わりにして後は友好関係の構築に力を入れるか)
そんなことを考えながら、チラリと聖王国の人間が集まっている方に目を向ける。
他国の人間も交え、歓談する中心にいるのは当然聖王女である。
彼女が国内を上手く纏めているからこそ、ゴーレムだけではなく多数のアンデッドも借りて貰えたと考えると彼女の存在は重要だ。
デミウルゴスに言わせると実に素直に踊ってくれる存在とのことだが、その方がアインズにとってはありがたい。
もう想定外の事態に慌てふためくのはごめんだ。
その思いがアインズの足を動かし、聖王女のところに向かわせた。
本来最も重要な主賓であるジルクニフがいつの間にか会場を出て二階に向かったことや、場に入り込めず一人で壁の花になっているような客も居ないことも理由の一つだ。
ならば第二の主賓にして、今後長くなるだろう復興の手伝いをする聖王国との関係強化は重要な案件である。時間的に考えるとランポッサはその後でいいだろう。
(いや、その前に後で慌てないようにしておくか)
「シクスス」
アインズの代わりに周囲の見回りをさせて、問題が起こっていないか探らせていたシクススが戻ってきたことに気付き、次なる指示を出すことにした。
「はっ」
ホストが常にメイド連れというのもどうかと思うし、何よりずっと後ろで見られていると僅かな失言もできない気がして緊張してしまうということもあり、用事を思いつく度に指示を出している。
厄介払いしているようで気が引けるが、彼女たちからすればそうして忙しくしている方が良いらしいので気にしないでおこう。
「この後聖王女に会いに行くが、その後国王の下へも行く。お前は少し離れた位置にいて、合図を出したら私を連れ出せ。私から切り出しては角が立つからな」
カルカもそうだが、一応主賓扱いのランポッサとも話をしなくてはならない。
話している最中に自分から切り出し、相手に不快感を持たれずに穏便にその場を離れるのは中々難しい。特に話が盛り上がってしまうと切り上げるタイミングを計るのが大変で、パーティー慣れしている者は逆にそのタイミングを取らせずに敢えて話を長引かせる方法にも長けていると聞く。
聖王国としては王国や帝国より自国を優先して欲しいわけだから、そうした手段に出るかも知れない。となれば外部から無理矢理引き離して貰うのが一番手っ取り早く確実だ。
「かしこまりました。それと先ほどソリュシャン様から既にフールーダと会い、皇帝に連絡させたと報告を受けました」
小声で告げられた内容に、アインズは一瞬硬直する。
「ん?」
何故ここでフールーダとソリュシャンが出てくるのか、そしてジルクニフに報告させたとは一体。
フールーダが帝国を裏切り、秘密裏に情報を流していることは聞いている。
だからソリュシャンが会ったのは何らかの情報共有があったということだろう。しかし何故そこでジルクニフまで出てくるのか。とそこまで考えてソリュシャンとジルクニフを繋ぐ糸に気がついた。
(ああしまった! 帝国の舞踏会か。ソリュシャンに礼をさせていなかった)
今回のパーティーは舞踏会ではないので、パートナーは必要なく、ソリュシャンも単独で行動している。
特に指示は出していないが、ソリュシャンならば問題ないだろうと思っていたし、何よりアインズ自身がホストとしてパーティーを成功させることばかりで、他のことを考えている余裕がなかった。だがよく考えてみれば、帝都での舞踏会に招待されたのは自分とソリュシャン。ならば当然ソリュシャンもジルクニフに礼を言わなくてはならない。
そしてその場合はパーティーでの女性の役割を考えると、ソリュシャンが個人でジルクニフに挨拶に出向くのは難しい。つまりアインズがソリュシャンを伴い改めて礼を言いに行くのが一番自然だ。
しかし一向にアインズが呼びに来ないので、帝国で唯一魔導王の宝石箱と通じているフールーダを使って皇帝と会う約束を取り付けたのだろう。それで問題が無いか確認するためアインズに報告してきた、と言うことだ。
(ああ、くそ。今から直ぐに……いや、カルカに会いに行くと言った後だし、ここは……)
「そうか、分かった。では命令変更だ。シクススはまずソリュシャンに会いに行き、ジルクニフの下には行かず国王の近くで待機するように指示を出せ。その後お前は先ほどの指示通り聖王女の近くで待機、私の合図を待て。国王と話をした後、今度はソリュシャンが国王の下から私を連れ出して二人でジルクニフに会いに行く。その為にアルベドにも連絡し、ジルクニフの位置を把握させておけ」
忘れていたわけではなく、ジルクニフと会う時に一緒に連れて行くつもりだったことにする。ここまで問題なくホストとしての役割をこなせているのだ。自分の知らないところでソリュシャンが動いてはまた何か予想外の事態に繋がりかねない。
それならば多少わざとらしくても目の届く位置に居て貰い、その後一緒に会いに行く方が良い。
アルベドに知らせたのは、ジルクニフがいつまでも個室に籠もっているとは限らないからだ。ランポッサと話している間に別の所に移動していたら、ソリュシャンと礼を言いに出向く際に慌ててしまう。
「承知いたしました」
一礼し離れていくシクススを見ながら、アインズは心の中でだけ盛大にため息を吐いた。
しかし、突発的な事態にも自分でも驚くほど冷静に対処できた。
(これも練習の成果か、いやソリュシャンがちゃんと報告してくれたおかげと言うべきか)
報連相が皆に伝わっている事に密かに満足しながら、アインズは今考えた内容を実行に移すべく、先ずはカルカの下に向かうことにした。
カルカの下に移動してしばらく経つとどうも奇妙なことに気がつく。
ホストとしてこちらから話を振るつもりが、いつの間にかカルカが質問をしてアインズがそれに答えるのが基本になっている。
初めはこちらの情報でも探ろうとしているのかと思ったが、その内容が非常に個人的というか、アインズそのものに関する質問ばかりなのだ。
(何を考えているのかいまいち分からん。普通のパーティーならともかく、商談も自由のこの場ではもっと商談を絡めた話がくるものだと思っていたが……)
恐怖公や指導の元でフォアイルに客役をして貰った際には、こんな質問は予想していなかった。
とは言え、聖王国に出向く際にパンドラズ・アクターと一緒になって考えた、人間としてのアインズ・ウール・ゴウンの趣味趣向を話せば良いだけなので楽ではある。が、目的が読めないのは気持ちが悪い。
「……ところでゴウン様?」
「何でしょうか?」
今度は何だ。と言いたい気持ちを押さえ、仮面越しでも伝わるように必死で練習した如何にも会話を楽しんでいますよ。という声の演技をしてみせる。
「ゴウン様のご家族は?」
「ん?」
告げられた言葉の意味が理解できず首を傾げる。
「ご結婚はされているのですか?」
隣に立つレメディオスが後を引き継ぐように口を開いたことで、ようやく意味を理解した。
「レメディオス失礼ですよ、私はそういった意味で言ったのでは……」
窘めるように言うカルカだが、質問自体の撤回はしない。むしろ明らかに知りたがっているが聖王女がそのようなことを直接聞くわけにはいかないのでありがたく思っているように感じた。
同時に周辺だけではなく、もっと遠くにいた者たちもこちらに意識を向けているのが伝わる。
この手の話を公衆の面前で直接聞くのはマナー違反だったはずだ。それをカルカがしたのなら問題だが、貴族ではないレメディオスがしたところで問題はないと考えた上での発言とも取れる。が、レメディオスの事だからそのことすら知らないまま、思いついたことを口にしたのかもしれない。
そうした失言に対するセーブ役だったはずのネイアは、休憩時間となったシズとユリに会うためこの場を離れていたのも災いした。
などと現実逃避をしている間にも時間は過ぎる。
返答まであまり時間を空けてはそれこそ、おかしく思われる。
(いないというと、恐らく政略結婚とかそういう話を振られるんだよな? 断るのも面倒だし、いると言うべきか。しかしそうなると相手役が必要になる、それに……)
どこからか強い視線を感じる気がした。
ここでの様子は、パーティーには参加していない守護者たちも窺っている。
つまり、アルベドとシャルティアも見ているわけだ。下手なことを言うとそれこそ相手役争奪戦に発展しかねない。
そしてどちらがその座を射止めたとしても、ろくな結果にならないのは目に見えている。
練習のためとか言って押し倒されそうだ。
となれば──
「……んんっ。いや、そうした相手はいませんが、私には今しなくてはならないことが多いのでね。全てはそれが済んでから。と言ったところですか」
(これなら、いけるか? 興味がないと言っても政略結婚ならば関係ないとなりそうだから、その気はあるがその前にすることがあると言い訳する。これなら相手役も必要ない)
「するべきことですか? ゴウン殿には大変お世話になりました。私どもでお役に立てることでしたら手伝いますよ?」
間を空けずにレメディオスが告げる。
(この女。本当に空気読めないな。いや、むしろワザと読んでないな!?)
後ろで笑っているカルカは否定も肯定もしない。
しかし不味い。このまま質問攻めを受けてはボロが出そうだ。シクススに合図を出して逃げだそうかという思いが頭を掠める。
「失礼。少し宜しいか」
その考えを実行する前に背後から届いた聞き覚えのある声に、アインズは心の中で歓喜の声を上げながら振り返る。
「おお。これはガゼフ殿。久しぶりだな」
その姿を確認したレメディオスが反応を示す。この二人は顔見知りだったのだろうか。
まあよく考えれば互いに自国の最高戦力。王国と聖王国は仲が悪いわけでもないとなれば、ランポッサとカルカが会談することはあるだろうし、その席に二人が護衛として同席するはずだから、不思議はない。
「カストディオ殿。お久しぶりだ。ベサーレス聖王女陛下。ご挨拶が遅くなり申し訳ございません」
今気づいたとばかりの態度で、ガゼフがその場で深く礼を取り、カルカに挨拶をする。
「ストロノーフ殿。折角のパーティーの場でそのような堅苦しい挨拶は無用です」
軽く微笑みながら口にする。
確かにパーティーの場でいちいち各国の王に正式な作法で挨拶をしていては、いつまで経っても本題に入れない。
だからこそ、ここにいる者たちは例え相手が王でも軽い挨拶だけで直ぐに会話に入る。
それもパーティーの心得としては当然のことだが、下手をすればアインズ以上にパーティー慣れしていないガゼフは知らなかったのだろう。
「はっ。ありがとうございます。では、失礼をして」
頭を上げ、改めてガゼフがこちらを見る。
「ようこそガゼフ殿。パーティーは楽しんでいただけているかな?」
「アインズ殿。楽しませて貰っている、招待いただき感謝している」
「それはそれは。何よりだ」
「お二人はお知り合いなのですか?」
カルカの問いかけにアインズは大きく頷く。
「本日ここに招待した方々の中ではガゼフ殿が最も古くからの付き合いでしてね。大変お世話になりました。その縁で王都に店を出すことを決めたくらいですよ」
「何を言う。世話になったのはこちらの方だ」
法国の件はわざわざこちらから話す必要もないだろうと、誤魔化しつつガゼフも交えて歓談が再開した。
先ほどと異なりカルカもレメディオスも突っ込んだ話をすることはなく、当たり障りのない会話とパーティで出している商品や、
これはこれで余計なことを考えずに済むので楽なのだが発展性はない。これ以上この場にいても得る物はないだろうと、気取られないように周囲に意識を向ける。
そろそろシクススに合図を出して移動しよう。
そう考えたところで、カルカが先んじて声を上げた。
「皆様、申し訳ございませんが私は少し失礼させていただきます。ストロノーフ殿。国王陛下は今どちらに?」
そう告げたカルカの言葉にアインズは内心で反応し、シクススに出そうとした合図を取りやめた。
「……ご案内いたします」
一礼し、カルカをエスコートしようとするガゼフに、アインズもまた一度咳払いした後口を開く。
「では私もご一緒させていただこうか。国王陛下には今一度ご挨拶をしなくてはならないと思っていたところだ」
この場においての主役であるカルカとホストのアインズが同時に居なくなるというのは、ここにいる者たちに対しては失礼な振る舞いだが、ここでカルカに付いて行けばシクススに割り込ませる手間も省ける上、ランポッサとの会談でも有利に働く。
ランポッサがバルブロの件で、こちらに対し謝罪をしようとしているのはラナーを通じて聞いていた。
だからこそ、アインズは挨拶をした後は意識的にランポッサの下に一人で行くような事はしなかった。
護衛であるガゼフがランポッサの傍を離れたのは元々アインズを連れ出すためだったに違いない。
カルカが先に提案したのは予定外だったはずだが、カルカとランポッサを会わせた後、改めてアインズを連れ出す算段をしたのだろうが、そうはいかない。
ガゼフには悪いが、今回もアインズは謝罪を受け入れる気はない。
ランポッサもまた、アインズ一人ならばともかく、他国の王が居る前でアインズに謝罪など出来るはずもない。
その後、ソリュシャンに合図を出して、アインズはジルクニフの下に移動すれば、もう一対一で会う時間も無くなるわけだ。
全ては予定通り、それでこそ今回のパーティーを企画してくれた守護者の皆に面目も立つというものだ。
ガゼフが先導し、その後ろを歩くアインズとその隣に立ったカルカ。護衛として当然のように付いてくるレメディオスという一団はパーティーの来客の視線も大いに集める。
これでますますランポッサは自分に謝罪など口にはできないだろう。ガゼフには悪いことをしていると思うが、それも今の間だけだ。
王国、というよりはガゼフ個人については全てが終わった後も優遇すると決めている。
それは単純にガゼフの貴重性や人格を気に入っているからということもあるが、もう一つ彼の義理堅さが理由だ。
この期に及んでガゼフは自分の持つカードを切ろうとしてこない。カードとは即ちシャルティアの存在である。
シャルティアが人間ではなく、吸血鬼であることはガゼフのみが知っている。
それはアインズの弱みになる。
だというのにガゼフは、一度としてその話題を口にすることも、脅しとして匂わせることすらなかった。
王都での舞踏会でバルブロがアインズを怒らせた時や、その後謝罪をするために何度も店に通いつつも、一度としてアインズと会うことが叶わなかった時、謝罪しようとしている王の言葉を受け入れようとせずに、晒し者同然の扱いでこの場に招くと言った時、その何れでもガゼフはそのカードを切ることが出来た。
しかし彼はそれをしなかった。あの時に吸血鬼として王国に伝えることはしないでおく。という言葉を律儀に守っているのだ。
(安心しろガゼフ。その誓いを守る限り、お前とその周囲の安全は保証される)
だからこそ、これが最後だ。
今からアインズがしようとしているランポッサに謝罪をさせないという策。ここでもその意志を貫き通せたのならば、ガゼフだけではなくその主君であるランポッサにも、それなりの待遇を約束するつもりだ。
しかし逆に、ここでそのカードを使ってしまったら──
(そうならないと良いがな)
・
ようやく実現した歓談は、ランポッサの想定とは違い、アインズだけではなく聖王女も共に現れた。
それそのものはさほど問題ではない。
例のゴーレムを国策として組み込む話を他国に宣伝すると考えれば、居て貰った方が助かるとさえ言える。
だがそれは常にこちらの顔色を窺い、話を合わせようとしていた聖王女が相手ならばこそだ。
今日の彼女はいつもと違う。携えている慈愛に満ちた笑みは何ら変わりないというのに、こちらがアインズと話をしようとすると、途端に話題を変え話を逸らし、まるでこちらの邪魔をしているかのようだ。
帝国の皇帝が居ない、今が最大のチャンスだというのに。
貴重な時間ばかりが流れ、早く早くと気持ちばかり焦ってしまう。
そうこうしているうちに、王同士の会談を邪魔できないとばかりに、アインズは同席させていたトーケルに話しかけ始めてしまった。
「そう言えば。ビョルケンヘイム領でモンスターが出たと聞きましたが、問題はなかったのですか?」
「え、ええ。ゴウン殿からお借りしたゴーレムの活躍で被害はありませんでした。感謝しています」
(ここだ!)
良くやった。と心の中でトーケルを称えながら、ランポッサは再度話しかけてこようとするカルカが口を開く前に咳払いをして視線を集める。
その瞬間、レエブン候が渋面をしているのが目に入ったが、もう止まることはできない。
「ゴウン殿。その件は私も聞きましてな。大変危惧すべき事態だ。今後もそうしたことが続く可能性を考え、我々リ・エスティーゼ王国は魔導王の宝石箱のゴーレムを各地の村々に行き渡らせたいと考えている。無論以前話があった通り我々が纏めて借り上げるのではなく、各地の村に貸し出しを義務づけ、金銭的に難しいところへは国から助成金を出すつもりだ」
これ以上余計な横入りを入れさせないために一気に全て口にする。
今日アインズが纏めたどの契約よりも大口の取引であり、闘技場の観客席に映ったゴーレムによって、在庫も十分にあるのも確認済み。アインズほどの商人がこの取引を見逃すはずがない。
これでこのパーティーの主役は自分だ。
そう勝利を確信したランポッサだが、アインズからの反応が返ってこない。
不思議に思いその仮面をまっすぐに見つめると、やや時間を置いてからアインズはゆっくりと首を横に振った。
「領民を守らんとする国王陛下のお考えには、このアインズ・ウール・ゴウン感銘をお受けしました。ですが、それほど大きな取り引きとなりますと、今日この場での返答は難しいですな。大変申し訳ないが、少し考えさせて下さい」
「っ。そ、そうか。そうだな、突然このような申し出をしてしまって済まない。後ほど正式に注文書を提出しよう。考えてみてくれ」
「畏まりました」
優雅に一礼するアインズ。同時に周囲から向けられる嘲笑じみた視線に、ランポッサは怒りと屈辱を感じながら拳を握りしめた。
(何故だ。何故断る。奴にとってこれほど魅力的な商談はあるまい。損は一つもない。十分な在庫もそれを纏めて運ぶ術も奴は持っている。在庫を遊ばせておくよりよほど良いはずだ。なのに何故!)
その瞬間、思い出す。
以前王国で開催した舞踏会でも似たようなことがあった。ラナーが提案した街道整備というアインズにとって得しかない提案をすっぱりと切り捨てた件だ。その話もいつの間にかたち消えてしまった。
後にあれはバルブロがアインズに無礼を働いた謝罪の代わりとして思いついたものだとレエブン候から聞かされていたが、アインズはそれを受け取らなかった。
その結果、アインズはこのトブの大森林を自分のものにすると決めた。それがなければもしかしたらアインズは今も王国を中心に商売していたかも知れないと聞かされたことも、ランポッサがバルブロを切り捨てると決めた理由の一つだ。
つまりアインズは利益よりも、プライドを優先する男なのではないか。と推測できる。
だからこそ、これほど美味い話に飛びつかなかった。
(先ずは謝罪しろと言うのか)
婉曲な謝罪ではなくこの場での正式な口頭での謝罪を望んでいる。
先ほどのレエブン候の態度も、それに気付いたからこそ自分を止めようとしたのだとすれば説明は付く。
だが、既にこれほど注目を集め、更には聖王女が目の前にいる状況で王が商人に謝罪などできるはずがない。
(だが、そうしなければ王国の未来は──)
唇の裏側から血が滲むほど強く噛み締め、覚悟を決める。
そうして口を開こうとしたその時。
「両陛下。御前失礼いたします」
涼やかな声が、それを邪魔する。
思わず怒りを込めて声の方を見ると、美しい金髪の女性がスカートの裾を持ち上げ挨拶を口にしていた。
王都内で密かにラナーの美しさに比肩すると評判の立っている、魔導王の宝石箱の王都支店代表、ソリュシャン・イプシロンだ。
必死に笑顔を作りながらその挨拶を受け取り、こちらも返す。
カルカとも同様のやりとりをした後、ソリュシャンは早々にアインズの隣に移動した。
「アインズ様。私、皇帝陛下にもご挨拶をしたいです。以前の舞踏会に招待いただいたお礼もまだですから」
来たばかりでろくに話もせずにそんなことを言い出すソリュシャンに、ランポッサは内心で不快感をしめす。
仮にも二国の王の前にいるというのに、挨拶だけしてさっさと皇帝の下に行きたいなど、失礼どころの話ではない。そう言えばこの娘はワガママ令嬢として有名で、店の代表というのもお飾りでしかないと聞いた覚えがあった。だからといって、このような態度をアインズが許すはずがない、早々にこの場から追い出すだろう。
「そうだな。ジルクニフ陛下とは約束もしてある。両陛下、誠に申し訳ございませんが、私はここで失礼させていただきます。引き続きパーティーをお楽しみ下さい」
そう思っていたからこそ、アインズがあっさりとその提案に乗った時、ランポッサは今まで何とか保っていた無表情を解き、驚愕によって目を見開いた。
(何故行く? 私に謝罪をさせたかったのではないのか? まさか初めから許す気など──)
「待っ──」
「あら。それでは仕方ありませんね。皇帝陛下にもよろしくお伝え下さい」
引き留めようとしたランポッサに先んじてアインズを送り出そうとする聖王女の発言で確信した。
聖王女は間違いなく悪意を持ってこちらの邪魔をしている。彼女は今までの誰にでもいい顔をして強硬な政策の取れない弱い王ではない、自国のためならどんなことでも厭わない王に生まれ変わったのだ。
それを見抜けなかった自分の失態。しかし、このままアインズを行かせてはならない。
「アインズ殿!」
ランポッサの思いを代弁するように、強い口調でガゼフがアインズを引き留める。
「……何かな? ガゼフ殿」
振り返ったアインズとガゼフの視線が交差する。
ガゼフが何かを口にしようとして、アインズはそれを待っているかのようだ。
何度か口を開き掛けたガゼフだが、やがて何も口にすることなく、唇を強く結び直し、ゆっくりと首を振った。
それを見てアインズは何故か満足げに頷くと、再度挨拶を口にして後はもう振り返ることなく、会場中央の階段を登って行ってしまった。
「国王陛下。どうなされました?」
聖王女の声は、相変わらず慈愛に満ちた優しいもので、どことなく自分を心配してくれるラナーと重なって聞こえた。
それになんと答えたのか、自分でも良く覚えていない。
だが、王国の未来にまた一つ暗い影が落ちたことだけは、自分のような愚かな王でも理解できた。
今回も謝罪をさせて貰えなかった王国ですが、アインズ様がガゼフに出した最終テスト自体は合格となりましたのでアインズ様の中では今後の王国の使い方が決まりました
次は帝国側の話になる予定です