ちょっとハイスペックなアインズ様   作:アカツッキーー
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時系列としては前作の吸血鬼討伐からラストまでの空白の一ヶ月でのお話です。


#7.5 世界情勢

スレイン法国の最奥。この神聖不可侵の部屋に入ることを許された者たち、最高神官長を始めとした総勢十二名の間では重苦しい空気が漂っていた。

 

「これから人類はどうなるんだ……」

 

頭を抱える理由は一つ。つい先日、土の神殿の謎の爆発を破滅の竜王(カタストロフ・ドラゴンロード)の復活の予兆だと判断し、調査に行かせていた漆黒聖典が行方不明になったからだ。しかも六大神が残した至宝を二つ所持した状態で。

 

「神人たる第一席次がいた上に、至宝を二つも持っていたのだぞ?どうしてこのような事態になる…?」

「もはや、我が国最高の戦力である漆黒聖典は、別任務に就いていた第五席次と、待機していた番外席次しか残っていない。本当にどうなるんだ……」

 

全員が頭を抱える。本日の会議の進行役を務めている、土の神官長レイモン・ザーグ・ローランサンはため息こぼしたい気分だった。何故今日に限って自分が進行役なんだ、と叫びたい欲求に苛まれながらも義務を果たす。

 

「……強大な吸血鬼が二体、漆黒聖典が消息を絶った森で、同時期に確認されております」

「では、漆黒聖典はその吸血鬼たちに殺られたということか?それほどまでの存在なのか?」

「その吸血鬼たちを追ってきたという冒険者モモンの話によりますと、小国ですが一つ国を滅ぼしたそうです」

「国を滅ぼした!?……となると『国堕とし』関連か?」

「いえ。モモンは南方の出身という情報がありますので、おそらくは別口の存在だと」

 

その吸血鬼が国を滅ぼしたという話が本当だとすると、漆黒聖典を倒した可能性に真実味が出てくる。その上、その強大な吸血鬼がまだこの近郊にいるのだ。

 

「その吸血鬼たちは今、どうなっている?至宝まで所持していた漆黒聖典を倒したと仮定すると、人類の未来が危うい」

「それについてなのですが…吸血鬼を追ってきたという冒険者モモンが、二体のうちの片割れ、ノスフェラトゥを滅ぼしたそうです。彼はその功績をもって、王国三番目のアダマンタイト級冒険者になっております」

「何!?……それは本当なのか?」

「はい。風化聖典を使って確認させた確かな情報です。なお、その戦闘跡は凄まじく、広範囲に渡って砂漠化した大地が広がっているそうです」

 

一同はレイモンの報告に絶句する。漆黒聖典を倒したかもしれない存在を屠ったというだけでも驚きなのに、モモンという冒険者は、周囲を砂漠化させる程の力を持つというのだ。

 

「まさか、ついに来たのか?」

「その可能性が高い。二百年ぶりか?」

「神の降臨……」

 

スレイン法国が信仰する、人類を守ったと伝えられる六大神と同格の存在が現れた。そして、その存在は吸血鬼を滅ぼしたことから、人類を守る存在である可能性が大きい。悲観していた彼らにとっては、微かな希望を与えてくれる情報だった。

 

「冒険者モモンが神であるならば、すぐに接触するべきではないか?」

「ああ。漆黒聖典、神の至宝を失っている我々にあとはない。迅速に動くべきだ」

 

各々がモモンと早急に接触するべきだと提案する。しかし、進行役のレイモンは難しい顔をしていた。

 

「皆さん落ち着いてください」

「これが落ち着いていられるか。人類の存続がかかっているのだぞ?」

「……二つ程、懸念事項があります」

「!?」

 

突如もたらされた希望の光に浮き足だっていた者たちは、レイモンの言葉に押し黙る。彼の表情が未だに悲壮感を漂わせているものだったからだ。

 

「一つは、吸血鬼はもう一体いるということ。戦力が著しく低下している状態で、接触する可能性を広げるのは良くないと思われます」

「それは当然分かっている。だが、このまま大人しくしていても事態は好転しないだろう?」

「ええ。これは慎重に動くべきだ、という忠告にすぎません」

「であれば、もう一つの懸念はなんだ?君がそこまで表情を暗くする懸念とは」

「……我々とモモンとの間に、既に溝が生じている可能性があります」

 

一同は固まる。もしその通りだとすれば、彼らの希望は完膚なきまでに閉ざされる。

 

「……詳しく話してくれ」

「同時期に現れた謎の魔法詠唱者アインズ・ウール・ゴウン。彼とモモンが仲間であった場合、我々に不快感を抱いている可能性があります」

 

レイモンが語った根拠に一同の顔が一気に暗くなる。その可能性は考えていなかった。

 

「ゴウンが『近くで騒ぎを起こすな』と忠告した直後に、陽光聖典が消息を絶っていることから、彼の怒りを買っている可能性は高いです。土の神殿の爆発もその一つであるかもしれません」

「……神であれば容易いか…。ゴウンとモモンが仲間である可能性はどれ程ある?」

「現れた時期と場所がほぼ同じであり、二人とも顔を隠しているという共通点があります。可能性は高いかと……」

「なんということだ……」

 

彼らの間に再び重苦しい空気が漂う。いや、希望を垣間見ただけにより重い空気になっている。

 

「……神の力を借りられないとなると、彼女を出すしかないのか?」

「彼女が動けばあの竜王が黙っていまい。戦線を一つ抱えている状況である上に、戦力が低下している現状で、竜王まで相手にするのは無謀だ」

「現状を維持しつつ、国力を回復するのが最適か……」

「ゴウンとモモンの関係については推測の域を出ませんが、最悪を想定して動くしかないでしょう」

 

一同は重く頷く。現状は厳しく、何より情報が少なすぎる。人類の未来を背負っている立場として、迂闊な行動はこれ以上できない。彼らは先が見えない現状を嘆くように、深い深い溜息を吐いた。

 

 

会議室が重い空気に包まれている頃、同じく最奥に位置する宝物庫の前で、壁にもたれかかるように立っている少女がいた。

 

漆黒と白銀のオッドアイを持ち、髪も同じく左右で色が違う彼女──“絶死絶命”。

 

スレイン法国最強の番外席次である彼女は、ルビクキューと呼ばれる玩具を玩んでいた。その顔は神官長達とは正反対の、満面の笑みに覆われている。

 

「あの子を倒し、六大神の至宝すらはねのけた存在…そして、それすらも倒した男……」

 

同じ部隊に所属している仲間、それも自身と同じ神人が死んだかもしれないというのに、彼女には一切の憐憫の感情が見受けられなかった。そこにあるのは、好奇心であり、喜悦であり、戦闘衝動だ。

 

「私とその男、どっちが強いのかしら?」

 

彼女はさらに口角を上げる。血に塗れたような表情で笑う。

 

「私に敗北を教えてくれるかしら?」

 

そう呟きながら彼女は下腹部に手を当てる。

 

「私に勝てる男なら、どんな不細工でも、性格が捻じくれていても…人間以外だって問題ない」

 

彼女は先程までとは違う、ひたすらに純粋な笑みを浮かべた。

 

「あぁ、早く会いたいわ……」

 

 

 

 

 

リ・エスティーゼ王国、王都。その最奥に位置する王城ロ・レンテ。その敷地内にあるヴァランシア宮殿の一室には、幾多の大貴族や重臣たちが集まっていた。

そこには王国戦士長ガゼフ・ストロノーフの姿もあった。

 

本日の宮廷会議の議題は、ガゼフの命を救った魔法詠唱者アインズ・ウール・ゴウンと、王国三番目のアダマンタイト級冒険者になった“漆黒の英雄”モモンについてだ。

何故、ガゼフとアインズが会ったのは一ヶ月以上前であるのに、今になってなお議題に上がるのかというと──

 

曰く、胡散臭い人間だ。顔を隠す怪しげな存在。変な名前の魔法詠唱者。果ては、自分を売り込むための自作自演だと。

 

──大貴族派閥の者たちがアインズを侮辱する発言を繰り返しているからだ。本日の会議でもそれは変わらない。ガゼフは恩人が謂れのない暴言を吐かれることに怒りを覚え、同時に弁護できない自分を情けなく思っていた。

 

ガゼフは平民から、その実力だけでのしあがってきた。だからこそ、純粋な貴族たちは彼を良く思っていない。そのため、言葉尻を取られ、尊敬する国王に迷惑をかける訳にはいかないのだ。

 

毎回と同じように大貴族派閥がアインズに対して、好き勝手に言い、ガゼフが口を挟み、最終的に国王が諌めるという流れをとった後、王国三番目のアダマンタイト級冒険者モモンについての話に移る。

 

「続いて、エ・ランテルで誕生した王国三番目のアダマンタイト級冒険者についてですが……」

「確か、強大な力を持った吸血鬼の片割れを倒したのでしたか。南方の国から追いたててきたとか」

「ふん。余計なことをして、その尻拭いをしただけだろう。だから、冒険者は信用ならんのだ」

「然り。そのモモンとかいう冒険者が追いやってきたのですから、始末して当然。褒め称える必要性を感じませんな」

 

こちらの議題でも大貴族派閥の者たちは暴言を吐く。それしか脳はないのか、とガゼフは苛立ちを感じる。ここで一人の男が口を開く。

 

「吸血鬼の方はともかく、秘密結社ズーラーノーンが引き起こしたとされる、数千のアンデッドが発生した事件を解決したのはその御仁。墓地の衛兵も彼は伝説の英雄だと称しているようです。王国の要所であるエ・ランテルを守ったことを素直に称賛すべきでは?」

 

その発言に、今まで好き勝手言っていた者たちは口を閉ざす。その様子を見てガゼフは意外感を募らせていた。

 

冒険者モモンを擁護する発言をしたのは、六大貴族の頂点である男──レエブン侯。王派閥と大貴族派閥の間を蝙蝠のように動く、信用できない男が大貴族を諌めるような発言をするとは思わなかった。

 

ガゼフの視線に気が付いたレエブン侯は薄い唇をより一層薄くする。その挑発的な態度にガゼフが表情を固くしていると、王が疲れたように口を開く。

 

「……レエブン侯の言う通りだ。都市長からも褒賞の打診が来ている」

「むぅ…陛下がそうおっしゃるのならば……」

 

貴族達がそれを受け、矛を一時的におさめた。

 

 

毎回行われる権力闘争やおべんちゃらが蔓延する会議が終わり、ガゼフは王と共に宮殿の廊下を歩く。牛歩の歩みで廊下を進み、王家の者の部屋が近くなってきた辺りで、ポツリと王が口にした。

 

「……帝国の侵攻を阻止するためには貴族どもの力がいる。問題は奴らに危機感の欠片もないことだが…正面から言っていれば、帝国を待たずして国がわれる」

 

唐突ではあったが、ガゼフは王の言いたいことが手に取るように分かった。

 

毎年、王国と帝国の間では戦争をしている。いや、小競り合いと表現する方が正しいか。互いに過度の損失はなく、そのため貴族どものおめでたい頭は帝国を甘く見ている。その小競り合いが王国の国力低下を狙ったものだと気付きもせずに。

 

「ガゼフよ、ゴウン殿とはまた会うことはできないのか?お前が敵わないと言うゴウン殿が仕えてくれるなら、この状況を打破できるかもしれんのだが」

「……それは難しいかと。ゴウン殿は国家と繋がることを嫌っているような様子だったので」

「そうか…ではせめて、直接感謝を告げたいものだ。私の最も忠実なる側近を救ってくれて、心から感謝すると」

「……その言葉だけでも仁徳厚きかの御仁であれば、満足されると思います」

 

ゴウン殿であればそうに違いない、とガゼフは思っていた。物腰が柔らかく、報酬も全て村人に渡して欲しいと言ったかの御仁ならば、と。

 

 

 

 

 

絢爛豪華という言葉を体現する部屋。室内に置かれた長椅子には、一人の男性がすらりと伸びた長い足を放り出し、深々とかけていた。

 

彼はジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクス。

 

齢、二十二にしてバハルス帝国現皇帝であり、貴族からは畏怖され、臣民からは尊敬の念を寄せられる、歴代最高と称される皇帝である。

 

ジルクニフはしばらくの間眺めていた数枚の紙から目を離し、視線を空中に固定する。まるでそこに黒板があり、考えを書き込みだしたかのようだ。

やがてふん、とジルクニフは一つ鼻を鳴らした。嘲笑とも興味を惹かれたとも取れるそんな鼻息だ。王国の内通者からもたらされた情報は、ジルクニフにそんな態度を取らせるに値した。

 

その時──

 

「──厄介ごとですぞ」

 

ノックもせずにゆっくりと入ってきた老人が開口一番、外見とは似つかわしくない若さの残る声でそんな台詞を吐き出した。興味を湛えたジルクニフの視線が、眼球だけで動く。

 

「どうした、じい」

「調査しましたが、発見は不可能でした」

「つまりそれはどういうことだ?」

「……陛下。魔法もまた世界の理。知識を修めること──」

「ああ、分かった。分かった。じいの説教は長い。それより単刀直入に言ってくれ」

「……本当にアインズ・ウール・ゴウンが実在する人物であれば、かなりのマジックアイテムを保有する、もしくは私と同等か、あるいはそれ以上の魔法を行使する者か、と」

 

皇帝と老人を除き、室内に緊張感が走る。帝国歴史上最高位の魔法詠唱者、主席宮廷魔術師である“三重魔法詠唱者(トライアッド)”フールーダ・パラダインに匹敵する存在という言葉に耳を疑ってだ。

 

「なるほどな。だから嬉しそうなのか」

「当然です。私と同等、もしくはそれ以上の力を保有する魔力系魔法詠唱者とは、この二百年会ったことがありませぬ」

「二百年前には会ったのか?」

「そうですな。御伽噺の十三英雄。そのうちの一人、死者使いのリグリット・ベルスー・カウラウ。かの御仁一人ですな」

「なら今は爺より上の魔力系魔法詠唱者はいるのか?」

 

フールーダの目が遠くを見るように彷徨う。

 

「さて…。今ならば彼女よりも高みに昇っているでしょうが…確証はありませぬな。魔法の術理とは、単純な優劣を決められるものではございませぬゆえ」

 

ゆっくりと長い髭をしごきながら紡がれた言葉とは裏腹に、含まれていた感情は確かな自信を感じさせるものだった。

 

「そのアインズ・ウール・ゴウンなる人物がそれに値することを望んではおります」

 

ジルクニフはニンマリと笑みを浮かべると、長椅子に転がっている数枚の紙から一枚を選び出し、それを突きつけた。訝しむようではあったが、フールーダはそれを受け取ると目を走らせる。

 

「なるほど、これが私に探させた、アインズ・ウール・ゴウンなる人物がなしたことですか。非常に興味深い。おそらくはかの法国の特殊部隊数十人を二人で相手にして…ふむふむ。これは会って魔術について討論したい御仁ですな」

 

そこにはガゼフ・ストロノーフが王の前で語った内容が記載されており、記入者が個人的に感じたことまでが書かれていた。

 

「それで陛下、この村には誰かを送ったので?」

「そこまではしていない。送れば目立つ」

「……私の弟子を…いや、この書簡が真実だとするならば、できれば友好的な関係を築きたいものですな」

「その通りさ、じい。制御の利く強者であるならば、帝国に迎え入れたいからな」

「非常に素晴らしいと思いますぞ。魔法の深淵を覗こうとするには様々な智者が必要。……できれば道を切り開いた者に会いたいものですが」

 

声には渇望があった。ジルクニフはフールーダの夢を知っている。

フールーダの願いは魔術の深淵を覗くこと。そのために自分の先に立つ者に師事を乞いたいのだ。

だか、こればかりはジルクニフにもどうすることも出来ない願いだ。だからこそ別の話題を口にする。

 

「あと、エ・ランテルに現れたというアダマンタイト級冒険者に関しても情報を集めたい。協力してくれるか?」

「勿論ですとも、陛下」

 

 

 

 

 

鼻先で突如生じた、ふわりとした空気の流れの変化に、ツアーは浅い眠りから意識を取り戻す。覚醒した意識を占めたのは驚きという感情。驚愕と言っても良かった。

ドラゴンの知覚能力は人間を遥かに凌ぎ、竜王たる彼の知覚はそんな一般のドラゴンとは一線をかくす。長い時を生きた彼ですら、ここまで近寄れるほどの能力を持つ者は数えるほどしか知らない。

同格の竜王、既に亡くなったが十三英雄の一人、暗殺者イジャニーヤ。そして──

 

「久方ぶりじゃな」

 

感じた気配の先に堂々と立っていたのは腰に立派な剣を下げた人間の老婆だ。彼女の皺だらけの顔には、無邪気な悪戯に成功した者特有の笑みが広がっていた。

返事をせずにツアーが老婆を眺めていると、彼女の眉が危険な角度で吊り上がる。

 

「なんじゃ?わしの友は挨拶すら忘れてしまったのか?やれやれ、ドラゴンもボケるということかのぉ」

 

ツアーは牙を剥き出しにし、柔らかな笑い声をあげる。

 

「すまないね。かつての友に会えて、感動に身を震わせていたんだ。……久し振りだね、リグリット」

 

巨体からは想像も出来ないような柔らかな声に対するリグリットの返答は、ツアーが予見した通りの皮肉だった。

 

「友ねぇ?わしの友はあそこにいる中身が空っぽの鎧なんだがのぉ」

 

昔、ツアーがリグリットたちと共に旅をしていたときは、がらんどうの鎧を遠隔操作していた。そのため、正体を明かした時には、仲間から騙されたと憤慨されたものだ。その時の恨みは未だ晴れておらず、今でもこうしてチクリチクリと責められる。

そろそろ勘弁して欲しいと思いながらも、その反面、懐かしい友とのこういったやり取りが楽しいのも事実だった。

 

ツアーは変わらぬやり取りににやけつつも、老婆の指に目をやる。

 

「あれ?指輪がなくなったようだけど、あれはどうしたんだい?君から奪えるような者はいないと思うが…あれは人の域を越える力を持つアイテムだ。下手な者の手に渡ってほしくはないからね」

「話を変えるつもりかのぉ。しかし目ざといの、ドラゴンの財宝に関する知覚力かねぇ。……まぁ良いて、あれは若いのにやったよ。安心せい」

 

やるなどと簡単に言って良いアイテムではない。あれは“始原の魔法(ワイルドマジック)”によって作り出された物。魔法の力が汚れ、歪んでしまった今日では、もう同じものは作れない。だが──

 

「そうか、君が判断したならば、それで良いのだろうね。……ところで噂に聞いてはいたが、君は冒険者をやっていたんだよね?その仕事でここに来たのかい?」

「まさかじゃ。ここには友人として遊びに来たんじゃよ。冒険者なんかは引退じゃよ。わしの役目は泣き虫に譲ったよ」

「泣き虫?……もしかして彼女のことかい?」

 

ツアーの口調に含まれた微妙な感情に、正解を読み取ったリグリットはニヤリと笑う。

 

「そうさ、インベルンの嬢ちゃんさ」

「……彼女を嬢ちゃんと言えるのは、君ぐらいだね」

「そうかい?あんたの方が言えるだろうよ。わしはあの娘とはほぼ同じくらいの歳じゃからなぁ。あんたはもっといっとるじゃろ?」

「まぁそうだけども…。でも、よくあの娘が冒険者をやることに納得したね?」

「はん。あの泣き虫がぐちぐち言っておるから、わしが勝ったら言うこと聞けといってな、ぼこってやったわ!」

「……あの娘に勝てる人間は君ぐらいだよ」

 

カカカと心底楽しそうに笑うリグリットに対し、人であれば冷や汗を流していそうな声でツアーは頭を振った。

 

「まぁ、仲間たちも協力してくれたしの。それにアンデッドを知るということは、倒すすべも知るということ。地の力がどうであれ有利不利の関係があれば覆せるわい。泣き虫が強いといっても、より強きものはおる。例えばおぬしであればあの嬢ちゃんも容易く倒せよう。己に縛りさえかけてなければ、おぬしはこの世界でも最強の存在なんじゃからな」

 

リグリットの視線が動き、白金の鎧へと向かう。ツアーは苦笑いを浮かべながら軽く答える。

 

「ははは。この間、僕よりも強い人物と会ったばかりだよ。おそらく八欲王や六大神よりも強い人物にね」

 

そんなツアーの答えに、リグリットは驚愕の表情を浮かべる。ツアーはそんな彼女の様子を、日頃の仕返しができたと言わんばかりの笑みを浮かべて見ていた。

 

「……百年の揺り返しが来たか。おぬしの反応を見る限り、リーダーのように世界に協力するものだったのか?」

「野望という面では八欲王側だろうね。でも、彼──アインズが目指す先はとても良いものに思えた。アインズが本格的に動き出す前に、彼と会って考えを聞けたのは幸運だったね。もし、会っていなければ敵対していたかもしれないし」

「ふむ、おぬしがそこまで言うのじゃったら信用できるのじゃろ。ところで、そのアインズという御仁について詳しく教えてもらえるのかの?」

「……教えてもいいけど、他言無用だ。あと、アインズが行うことには、協力ないしは、不干渉を約束している。君はそれを守れるかい?」

 

リグリットは暫しの間考え込む。ツアーの真面目な口調に、非人道的なことであっても目を瞑れるか、という言外の確認があったのを感じ取ったからだ。

 

「……おぬしが不干渉を貫くなら、わしは何もせんわい。その御仁が語った“先”とやらに繋がるんじゃろ?」

「察しが良くて助かるよ」

「なら問題はない。その御仁について聞かせてくれ」

 

ツアーはもう一度リグリットを見据え、彼女の覚悟を確認する。そしてアインズが、信用できる相手なら話しても良い、と言った内容を語る。

 

「彼の名前はアインズ・ウール・ゴウン。今は王国で冒険者をしていて、モモンと名乗っているそうだ」

「ほう、王国で冒険者をか。それは嬢ちゃんには言って良い内容なのかの?」

「……いきなり約束を破りそうな発言は止めてくれる?まぁ、あの娘が、彼の強大な力を疑って尋ねてきたら言っても良いと思うよ。アインズからも、信用できる相手なら話して良いと言われているからね」

 

アインズは情報漏洩の可能性も感じながら、ツアーに信用出来るものなら話して良いと言っていた。これは、プレイヤーの存在を知る者と敵対する可能性を下げ、あわよくば協力してもらおうと考えたからだ。

 

「自分から喋れんのはつらいのぉ。それで、御仁が目指す先はなんじゃ?」

「人間種、亜人種、異形種。すべての種族の共存共栄。幸福による世界征服だと彼は語っていたよ」

「ほぉー、それは確かに凄まじい野望じゃな。おぬしが八欲王に近いと言ったのも分かるわい」

 

リグリットは再び、カカカと楽しそうに笑う。どうやら彼女はアインズの目指す先に興味を抱いたようだ。

 

「おぬしよりも強いというのに、好き勝手に力を振るわんとは、随分理性的な御仁のようじゃの」

「彼にとっては、えぬぴーしーの安全が一番らしいからね。敵を増やすようなことはしたくないと言っていた」

「なるほどな。おぬしがその御仁を信じた理由はそれか。分かった、約束は必ず守ろう」

「よろしく頼むよ。それにしても、楽しみなことがあるというのは良いね」

 

ツアーはそう呟きながら、昔の冒険を思い出す。リグリットやあの娘を含む、友人たちとの冒険。世界を救わんとして魔神たちと戦い続けていたあの日々。そんな輝かしい思い出に匹敵するようなことが、今から起こるかもしれない。

ツアーはその未来を想像しながら、新しくできた友に思いを馳せていた。

 

 

 

 

 

ナザリック地下大墳墓第九階層スイートルーム。その一角にある、副料理長がマスターを務めるショットバーに、ナザリックが誇る智者三人の姿があった。

 

「お二人ともお忙しい中、わざわざありがとうございます」

 

一番奥に座るパンドラズ・アクターが軽く頭を下げながらそう切り出す。

 

「構わないとも。私としても君の話には興味があるからね」

 

真ん中に座るデミウルゴスは酒を注文しながらそう答える。

 

「それで一体何の話なの?正直、検討がつかないんだけど」

 

パンドラズ・アクターとは反対の端に座るアルベドは、早く本題に入れと急かす。

 

「そんなに急かさないで下さい、統括殿。まずは乾杯といきましょう」

 

しかしパンドラズ・アクターはあくまでもマイペースだ。このドッペルゲンガーには何を言っても無駄だろうと、早々に諦めたアルベドはデミウルゴスにならい、一杯注文する。

 

乾杯を交わし、それぞれ一口飲んだところで、デミウルゴスも本題に入るように促した。

 

「それで一体何の話なんだい?私とアルベドを誘ったということは、それなりに厄介事ではないのかね?」

「ご安心下さい。厄介事ではありませんから。デミウルゴス殿も統括殿ももう少し肩の力を抜いてください」

「それじゃあ一体何だというの?まさか私たちとお酒を飲みたかっただけ、とは言わないでしょうね?」

 

アルベドの訝しむような視線を受け、パンドラズ・アクターは、それもありますよ、と肩を竦める。

 

「……まぁ、お二人を相手に引っ張るのもよくありませんね。単刀直入に言いますと、先日の報告会では伏せられていた内容についてです」

「……先日の報告会というのは、アインズ様がアダマンタイト級冒険者になられたことと、あの“白金の竜王”に遭遇して友好関係を結んだということが周知されたやつよね?」

「ええ、その通りです」

 

パンドラズ・アクターの肯定を受け、デミウルゴスとアルベドは伏せられていた情報とはなんだろうと考える。しかし、二人とも思い付くものはない。パンドラズ・アクターも二人が思い付くとは思っていなかったので、早々に答えを出す。

 

「アインズ様が目指す“先”についてです」

「「!?」」

 

デミウルゴスとアルベドは目を見開く。ナザリックのシモベにとってアインズの目指すものは、シモベの目指すことだ。それほど重要なことが自分たちに伏せられていたとは思わなかった。

 

「……パンドラズ・アクター。伏せていたのは、アインズ様のご判断かい?」

「ええ。私も偶然耳にした、というのが正しい立場なので。今日、お二人に伝えようとしているのは、私の独断です」

「……それはアインズ様のご意志に背いているということ?」

 

アルベドはパンドラズ・アクターを見据える。その目に映るのは、アインズの意思に背くわけにはいかないという忠誠心と、アインズの真意を知りたいという素直な欲求だ。デミウルゴスも同様の視線を送ってくる。

 

「アインズ様は我々に、自分たちで考えることを奨めています。であれば、今後の作戦立案に携わるお二人に伝えるだけでしたら、アインズ様もお許しになるでしょう」

 

パンドラズ・アクターの言うことは正論である。作戦立案に携わるデミウルゴスとアルベドが、アインズの目指す先を知ることは必要だろう。

二人が覚悟を決めたのを確認したパンドラズ・アクターはゆっくりと語る。

 

「アインズ様が目指すのは、恐怖ではなく幸福による支配。あらゆる種族の共存共栄です」

「……なるほど。つまり、アインズ様は意識改革の猶予をもうけられたというわけだね」

「ナザリックの者たちは人間を始めとする他種族を下に見る傾向がある。アインズ様がおっしゃられることに反論する者はいないでしょうけど、アインズ様はそれでは意味がないとお考えなのね」

 

二人はこれだけでアインズが懸念していたことに気が付いたようだ。

 

「お二人の考えている通りです。アインズ様は今後を見据えられています」

「我々には寿命がない。長いスパンで見れば、必要なことだろうね」

「おそらくクレマンティーヌを迎え入れたのもその一貫じゃないかしら?私達と同じくアインズ様に仕える者であれば、受け取り方も違うでしょうし」

「ええ。それと、一番は我々のことを大切にして下さっているからでしょう。アインズ様は『敵を増やして、NPCを危険に晒すことこそ最も忌むべきこと』とおっしゃられていましたから」

「おお…何と慈悲深い……」

「あぁ、アインズ様が…私のことをそんなに愛して下さっているなんて……」

 

デミウルゴスは尻尾を、アルベドは腰から生える翼を忙しなく動かし、感動にうち震える。若干アルベドが言っていることがずれている気もするが、そこには突っ込まない。

 

「お二人とも。分かっているとは思いますが、今日私が話した内容は他言無用です」

「ああ、分かっているとも。アインズ様のお考えを邪魔するような愚行は犯さない」

「ええ。これは私達三人だけの秘密。あなたが私たちだけに話した理由は、ちゃんと理解しているわ」

 

三人は静かに笑い合い、それぞれ自分のグラスを掲げる。

 

 

『アインズ様の栄光に──乾杯!!』

 

 


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