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2019-03-12

糸井重里が毎日書くエッセイのようなもの今日のダーリン

今年の3月11日は、いままでのこの日と、
 ちょっとちがった感じになりました。
 過去のことをたくさんしゃべり合いました。
 最初に会ったときどうだった、というような話やら、
 あのころはこういう状態だったよねとか、
 あったものなかったもの、考えたこと工夫したこと、
 おもしろかったこと、きつかったこと…こんなに、
 思い出ばなしをしたことはなかったような気がします。

 ぼく自身もそうだったかもしれませんが、
 東北の友人たちも、なにかに決着をつけようとしている。
 そんなふうにも感じました。
 「忘れない」と「忘れられない」そして「忘れないで」、
 そういうことばがずっと繰り返されてきたけれど、
 もう「忘れないことは忘れないよね」と、
 自信を持ってしまったほうがいいのではないか。
 だから、「忘れたほうがいいことは忘れよう」と、
 あらためてじぶんに言い聞かせているようでした。

 8年目の、8という大きな数字が、
 なにかの決意を求めていたのでしょうか。
 「日常のなかであの日を思おう」というモードに
 切り替えを仕掛けているようにも思えました。
 そして、今年はぼくの記憶しているかぎりでは、
 はじめての雨の3月11日でした。
 それぞれの人が、家のなか、クルマのなか、傘のなか。
 個の思いを見つめるための天気だったかもしれません。

 ぼく自身も、はじめての経験をしました。
 気仙沼のホテルで少し早めに眠りについたのですが、
 夜中や朝に、何度も目覚めてしまって困りました。
 そして、当日になってからは、こころが曇天になって、
 どうにも晴れることがなかったのです。
 それはそうだとも思います、この日は、
 失われた命を偲んで喪に服す日なのですから。
 正直に言うと、実はけっこう落ち込んでいました。
 かつて気仙沼にくるたびに感じていた無力感が、
 ひさしぶりに戻ってきたような気がします。
 元気でやっていこうと話し合っていたのにね。
 さぁ、ぼくは3月12日を、どう迎えるのでしょうか。

今日も、「ほぼ日」に来てくれてありがとうございます。
東日本大震災、つくづくでかいものに遭ってしまったなぁ。


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