夏の太陽がだいぶ西に傾き始めた頃、魔術師組合の建物の前で二人の若者が落ち着かない様子で往来を見渡していた。ペテルとルクルットの二人である。
「彼女、本当に来てくれると思うか?」
「そう思うなら帰れよ。俺は何時間でも待つし」
「俺だってそうしたいけど今夜は次の仕事の打ち合わせだろ」
「……わかってるよ。でもギリギリまで待つ」
サトリとの約束を信じた二人はあれからずっと往来を見張っていたが、未だにそれらしき少女が現れる様子はない。それでも飽きもせず人混みを睨み続ける彼らは、その中によく知った人間が混じっているのに気づいて手を振った。
「おーいニニャ、ダイン、こっちだ」
「あれ、珍しい場所で会いますね。ペテル、ルクルット」
「お前たちもマジックアイテムを見に来たのであるか」
一人は十代前半の中性的な顔立ちの少年で、一人は立派な髭を蓄えた優し気な大男だ。往来の邪魔にならないように道の端に移動した4人は親し気に挨拶を交わすが、ペテルとルクルットの二人はその間も周囲を見渡すのを止めない。
「ここで人と待ち合わせをしてるんだけど見てないか?さらさらの黒髪のすんごい可愛い子なんだ」
「生憎見ていないが、この国で黒髪とは珍しいであるな」
「……また女性に声をかけたんですかルクルット。待ち合わせなんて言って体よく断られたんですよきっと」
呆れ顔で肩を竦めたのは4人の中で最年少のニニャだ。しかしルクルットはにんまり笑って得意げに腕組みをする。
「それが違うんだな今回は。あの子はピンチを救った俺に向かって「ルクルットさんありがとう、再会したら結婚してください」って……」
「そんなこと言ってないだろ。お前が助けたのは本当だけどその後で台無しにしてたじゃないか」
口を挟んだペテルにニニャの呆れた視線が飛んだ。
「ペテル。どうしたんですか
「ルクルットが屋根から落ちてきた女の子を助けて、お礼したいから後で魔術師組合の前で待ち合わせしようって一旦別れた……そんな所だな」
「屋根から?なんとも奇妙な話であるな」
「なんか怪しくないですか、その女の子。シルバーの冒険者プレートを見れば少しはお金を持ってると思うでしょうし、良くないことを考えてるのかもしれませんよ?」
「いや。そんなことはないと思うぞ。見るからに裕福そうだったし、上品で礼儀正しくて、笑顔が本当に綺麗で可愛くて」
「……ペテルまでルクルットと同じ病気になるなんて、相当ですね……」
「お前だって会えばわかるよニニャ。俺だってラナー王女様に並ぶような美人がこの世にいるなんて思ってなかったんだからな」
ニニャはうんざりして肩を落とした。ルクルットはともかくペテルがそこまで言う美人に興味が湧かないでもないが、そんな相手がたかだか銀級冒険者をまともに相手してくれるはずがない。二人そろって騙されているか、何かに利用されているとしか思えなかった。しかしこの様子ではそう言ったところで聞き入れはしないだろう。
ならば二人が致命的な間違いをしないよう、近くで見張るしかないとニニャは決断する。どうせ明後日からは仕事で街を出る予定なので、今日明日さえ凌げばどうにかなるだろうという予想もあった。空約束ですっぽかされるのが一番楽だと思っていたニニャだが、その期待はすぐに裏切られることになる。
「……き、きたっ!!ほら見ろ!彼女は嘘なんてついてなかったんだよ!」
突然歓声を上げてぶんぶんと手を振り始めたルクルットに、周囲の奇異の視線が集まるが本人はまるで気にしていない。そんなルクルットの前に恐ろしく高価そうな黒いドレスを着た少女がゆっくりと降りてくるのを見て、魔法詠唱者であるとニニャとダインは目を大きく見開く。
「
「すごい……私とあまり変わらないように見えるのに」
魔法詠唱者として大成したものだけが扱える第3位階魔法。同時に常人の限界でありこれ以上は余程の才能に恵まれなければ一生かけても手が届かない壁だ。そんな領域に自分達とさほど変わらない年頃の少女が立っているのを見て、魔法詠唱者である二人の心に羨望と嫉妬が湧いてくる。
そんな二人の心など知る由もないと言った顔で、黒髪の少女はドレスの裾を押さえて優雅に石畳に着地した。
「待たせたかしら。ルクルット、ペテル」
「いやいや全然待ってないって!俺達今来たばっかり!」
「え?あ、その通りです。サトリさんが気にするようなことは何も」
「そちらの二人は?」
サトリの紫の瞳がニニャとダインの顔を捉えてにこりと微笑みかけると、他の多くの人々と同じようにニニャとダインも我を忘れて固まってしまう。ペテルは二人の反応に自分の姿を重ね合わせて笑いを堪えつつも、勢ぞろいした自分達のチームを紹介しようとルクルットを連れてサトリの前に並んだ。
「紹介します。サトリさん。大きい方がドルイドのダイン。小さい方が魔力系魔法詠唱者で
「レンジャーの俺、ルクルットと!」
「戦士の私を加えた4人が銀級冒険者チーム「漆黒の剣」です!」
それぞれの紹介に合わせて漆黒の剣のメンバーはポーズを決めた。ペテルは腰の
しかし最後に我に返ったニニャだけはその勢いについていけず、顔を赤くして恥ずかしそうに俯いた。
「ちょっ!?ちょっとみんな往来で何やってるんですかっ!?それにその二つ名、恥ずかしいからやめてくださいって言ったのに!!」
「へえ……
サトリが口元を押さえて笑うのを見て、ニニャはさらに顔を赤く染めて慌て出した。こんな綺麗な人にみっともない所を見られるのは余計に恥ずかしく感じるし、自分だけ二つ名付きということでさらに恥ずかしさが増してしまう。
「ほっ、ほらっ!!笑われちゃってるじゃないですか!!早く止めてください、こんな恥ずかし……」
すっかり気が動転して真っ赤な顔でぱたぱたと手を振るニニャの後ろで、サトリは目を閉じて俯きがちに肩を震わせた。
「ならば私も応えましょう」
「……えっ」
ニニャは耳を疑った。そんなはずはないと思いながら世にも美しい黒髪を凝視する。
そして─
「私は魔法を統べる者。大いなる世界樹の葉より生まれ、幾多の世界を旅する魔法詠唱者。この世にただ一人のアーケインルーラーにして漆黒の魔人、サトリ。この地の人は私をこう呼ぶ。漆黒の戦乙女と!」
サトリは一句ごとに次々とポーズと表情を変えていく。その踊るような動きは舞台女優のようであり、付け焼刃ではなく洗練されていた。言い切ると同時に左手を胸に、右手は空へ、視線は遥か遠くへ。しばらくしてペテル達と目を合わせたサトリは、どうだと言わんばかりに得意げに微笑む。
ペテルは、ルクルットは、ダインは、ニニャは、行き交う人々は目を奪われて息を呑んだ。往来で女の子がいきなり踊り出した事に仰天したのはもちろんだが、その容姿に、衣服や装飾品に、名だたるバードのような美声に、堂に入った動きと圧倒的な存在感に心を虜にされたのだ。
それは伝説の名舞台の1シーンか、はたまた歴史に残る名画か。まるでそこに切り取られた一つの世界があるようた。
「……惚れた……」
ルクルットが魂を抜かれたような顔で呟いたのをきっかけに、止まっていた時が動き出す。周囲を取り巻いていた野次馬が歓声を上げてサトリを取り囲んだ。
「サトリちゃんって言ったっけ?うちの劇団に入らないか!?君ならきっとトップスターになれる!」
「息子の嫁になってくれないか!?これでもうちは大手の武器商で」
「うちで働かない?「琥珀の蜂蜜」っていうこの街でもトップの店だよ!君ならあっという間にナンバーワン間違いなし!」
飛び掛かるような勢いで勧誘してくる人々にも余裕の笑みを崩さず、サトリは唇に人差し指を立てて人々を黙るのを待つ。そして漆黒の剣の4人に意味ありげな視線を送った。
「悪いけど先約があるの」
詰め寄った人々は不満そうな呻きを上げるが、一般人の彼らが腕っぷしで銀級冒険者にかなうはずがないのは明らかだった。集まった群衆の半分ほどが肩を落としてすごすごと解散し始める。逆に喜色満面の有頂天になったのはペテルとルクルットだ。人混みを掻き分けてサトリの前後を守るように立つと、どさくさに紛れてサトリの身体に触れようと伸びてくる手をひねり上げて押しのける。
「皆さんお騒がせしました。危ないので腕は伸ばさないようにしてください」
「ほらほら、握手したけりゃ未来のアダマンタイト級レンジャーの俺がしてやるぜ」
「それじゃ中へ入りましょうか」
「場所を移すという事であるな。賛成である!」
ニニャを除いた漆黒の剣の3人とサトリは、なぜか一気に打ち解けた雰囲気を醸し出しながら魔術師組合の敷地の中へと入っていく。あまりの展開についていけず、一人残されたニニャは呆然とその後ろ姿を見つめていた。一行が入口のドアを開けたところでルクルットが一人振り返った。
「ニニャ、いつまでも呆けてると置いてくぞ」
「……な、なんで私だけ空気読めてないみたいな扱いなんですか!?こんなの絶対おかしいですよ!!」
納得いかないと口を尖らせるニニャだが心の奥ではああいう芝居っ気は嫌いではなかった。「漆黒の剣」といういかにもなチーム名の案を出したのは、他ならぬ彼女なのだ。
◆
魔術師組合のエ・ランテル支部は王都にある本部に次ぐ規模を持つが、王国が魔法に力を入れていないこともあってその規模はさほどでもない。扱われているマジックアイテムも本部で制作されたものが運ばれてきているが、その質も量も帝国などに比べればはるかに物足りない。
ただ、この都市が大きな交易路の中継地点であるため、様々な国や地方の魔法詠唱者が情報交換をする場としては近隣でも指折りの場所であった。行き交う人々の人種も服装も様々だ。彼らはちょっとしたスペースを見つけては、活発に情報交換や取引を交わしている。
そんな中を洒落たデザインの眼鏡をかけたサトリが興味深げに見て回っていた。すぐ隣には同じ魔力系魔法詠唱者ということで、なし崩し的に案内役を任されたニニャが付き、ペテル、ルクルット、ダインの3人は少し離れて後ろに続き、楽しそうなサトリの様子を見ては頬を緩めている。
ルクルットは脇を歩くペテルとダインにだけ聞こえるように声を落とした。
「なあなあ。サトリちゃんってさ。生真面目でお淑やかなタイプだと思ってたけどそうでもないよな。むしろノリが良くて天真爛漫なところもあって……ああ可愛いなホントに!」
「そうだな。きっと最初に会った時は緊張してたんだろう。お前が無理矢理キスしようとしたせいで」
「だから知らんっつーの!しつこいぞ!」
「まあまあ。この地には来たばかりということであるし」
3人の騒ぎに気づいたサトリが立ち止まって振り返ると、真っ先に気づいたルクルットは何でもないとジェスチャーを送る。微笑んで手を振ったサトリはニニャを顔を見合わせて何事かを話すとくすくすと笑い合った。
「「いいな……」」
ため息交じりのペテル達の呟きが綺麗に重なった。
彼らと知り合いになれたのはサトリにとっても都合が良かった。一人だったら邪魔とトラブルが列をなしただろうが、今はペテル達がいるおかげで心行くまで観光を楽しめている。サトリに声をかけようとする者をペテルとルクルットが威嚇して追い払うからだ。すっかり上機嫌のサトリは内装や掲示物、気になる人や物を見つけては隣を歩くニニャにあれこれと質問を繰り返していた。
「サトリさん、ここってそんなに面白いですか?」
動悸を静めようと胸に手を当てて目を閉じるサトリを見て、ニニャが不思議そうに首を傾げた。
「ええ。何もかもが新鮮で楽しいわ」
地元の人間からすれば見飽きた物かもしれないが、他所の人間からすればそうではない。ましてやサトリは違う世界から訪れた旅人なのだから。
(海外旅行なんてしたことなかったしな。自分が本当に別の国にいるっていうこの感覚、凄いわくわくするぞ。ユグドラシルでこんな気分を味わえたのは、いつだったかな……)
「ニニャ。ここでは魔法のスクロールやワンドは売っていないの?」
「売っていますよ。ただ値段が高いので……」
「見てみたいわ。案内してくれる?」
苦笑しながら頷いたニニャを先頭にサトリとルクルット達が続いた。少し歩いて組合の建物内の一角にある物販コーナーにたどり着いたサトリは、その品揃えの貧相さに落胆の表情をを隠そうともしなかった。鈴木悟なら多少オブラートに包んだだろうが抱いた感想は同じである。
「本当にここなの?随分狭いのね」
多種多様なスクロールやマジックアイテムが所狭しと山積みにされているのを想像していたのに、その場にあったのは安価な使い捨ての低級マジックアイテムと、魔法の力が込められていないローブ等だけだ。違うところと言えば王国魔術師組合のエンブレムが描かれていることくらい。スクロールやワンドなどどこにも見当たらない。
「店員に言えばリストを見せてもらえます。それを見て欲しい物を持ってきてもらう形になりますね」
「思っていたのとかなり違うのね……」
「第1位階の魔法のスクロールでも金貨1枚に銀貨10枚ほどしますから」
(えーと……銀貨20枚が金貨1枚と同じで、金貨1枚が一般人の平均月収なんだっけ?そう考えると確かに高いな。たかが第1位階のスクロールなのに……)
高価すぎてとても山積みになどしておけないのだろう。0位階の生活魔法のスクロールすら、屋台で軽食を買う気分で買えるものではないようだ。サトリとしてはかなり拍子抜けだった。それでも気を取り直してカウンターの店員に声をかけると、お決まりの忘我状態から立ち直った後で女性店員がやけに愛想よく対応してくれる。
(俺の格好を見て金持ってそうに見えたのかな?悪いけどこっちの世界のお金はそんなには持ってないぞ)
カルネ村で倒した偽装兵や陽光聖典から奪った分があるだけだ。少ない額ではないにしても金持ちと言うほどではない。しかしここまで愛想良くされたら、何も買わないわけには行かないだろう。店員が商品のリストが書かれた冊子を持ってくるのを見て、サトリは人差し指の先で眼鏡の位置を直した。
マジックアイテムはサイズが自動調整されるので気になる程ずれている訳ではない。だが眼鏡をかけた以上この仕草はやらなければいけない気がした。渋い男性キャラや怜悧で大人な女性キャラがやると特にかっこいい仕草だ。ナザリックのNPCにも眼鏡着用のキャラは何人かいた記憶がある。
(あって良かった解読用マジックアイテム。これ一つしかないから大事にしないと)
蒼氷水晶から削り出されたレンズを持つこの魔法の眼鏡は、この世界に転移した時点で他の大量の装備品と同じく形状が変化していた。元は目立つ外見をしていたが、今は常にかけていても奇異に思われないデザインになっている。おかげで組合内を見て回るときに重宝したのだ。今更目立ったところで、と言われればそれまでだが。
リストに並んだ魔法の名前に目を通していたサトリは、そこに未知の魔法を見つけて目を見開いた。
「へえ……こんな魔法があるのね」
(俺の知らない魔法、ユグドラシルにはなかった魔法が色々あるな!全部欲しいけど金が足りない……)
今のサトリは
(だからってこういうところで盗む奪うは何か違うよな。仮に盗むとしてももっとこう、国家の財宝とかそういうのなら……でもそれでお尋ね者になって街に居られなくなるのもちょっとな)
サトリがこの世界に来てからまだ数日だが、この世界に慣れてくるにつれ感情の振れ幅が大きくなって来たように思う。でもそれを悪い事とは思わなかった。
(まあ性欲は解放するためのモノごと無くなっちゃったけどな!はっはっは……)
もはや童貞だった前世の恨みはどう頑張っても晴らせなくなったのだ。超位魔法の
じゃあ女性としてはそれはどうなのかというと、サトリにはそういう感覚がよくわからない。数日しか経ってないせいかもしれないが、分からないなら分からないで良いとさえ思っている。むしろ理解してしまうのが怖かった。筋金入りの童貞だったが故のもはや魂にこびりついた呪いに近い。
(しかし本当なのかね……信じられないんだけど)
サトリは自分が心の底で、あるいは無意識のどこかで男とのそういう行為を求めている、などという信じがたい、信じたくない事実を聞かされてかなりのショックを受けていた。それが心理的な代償行為という物なのか、女性の身体のせいなのかは分からない。単純な興味かもしれない。何にせよそれは成人男性だった鈴木悟の意識には認めがたく、何としても拒絶したいものだった。
かといって抑圧しすぎて今回みたいに暴走というのも困る。気が付いたらベッドで知らない男と寝てた、なんて話でしか聞いたことのない状況は御免だった。
(どうすりゃいいんだよ!童貞にはハードすぎるだろ!)
今こうしている分には抱きしめるなら女の子が良いと思っているし、そういう事をするとしたら女の子としたいとも思っている。しかし心の奥底のことまでは分からないし、将来的にどうなるかなんてそれこそ想像もつかない。
(男か……うーん無理……だよな……特にキスはなー)
男の顔が間近に来るのを想像するだけで怖気が走る。反射的に即死魔法を使ってしまいそうだ。
悟の意識が悶々としている間。カウンターの上で魔法のスクロールのリストが書かれた冊子をめくりながら、サトリは何とも言えない笑みを浮かべていた。紫の瞳は冊子に向けられてはいたが、どこか遠くを見ているようで書かれた文字を追っていない。だがそれに気づいたのは何気なくサトリの顔を覗き見たニニャだけだった。
「っ……」
「何かしら?ニニャ」
視線に気づいて振り向いたサトリは怪訝そうな顔で首を傾げる。何故か見てはいけない物を見てしまった気分のニニャだったが、サトリの様子がまるで変わらないのを見て、今しがた見た光景を頭の外へ追いやった。
「い、いえ……その、気に入ったスクロールはありましたか?」
「ええ。決めたわ」
サトリは低位階魔法のスクロールを幾つか購入して満足そうな微笑みを浮かべる。その顔にニニャはほっと胸を撫で下ろした。
「おっ、買い物はもういいのかい?もっとゆっくりでもいいんだぜ?」
「ええ。次は冒険者組合に行こうと思っているの」
「もしやサトリ殿も冒険者になるのであるか?」
ルクルットの横からずいっと身を乗り出してきたダインの顔を見上げたサトリはこくりと頷く。
「ほ、本当ですか!?それなら初仕事は私達と一緒しませんか!?」
「私は願ってもないことだけど、そちらは良いのかしら?」
「第3位階魔法を使えるサトリ殿なら、こちらからお願いしたいのである」
「そうそう!そんでもって気に入ったら俺達のチームに入ってもらって」
一斉に色めき立ったペテル達がサトリの前で拳を握りしめてガッツポーズをする。店員は迷惑そうな顔をしているが、高い買い物をした後ということもあって咎めてくることはなかった。
「ちょっと!サトリさんは女性ですよ?男の中に一人だけ女性なんて大変じゃないですか」
ニニャが鋭い目でルクルットを睨みつける。口調は丁寧だが言葉の端々に棘があり、矛先を向けられたルクルットが可哀想に思えるほどだ。サトリとしては屋外に出た時の休憩や就寝時は個室が完備されたグリーンシークレットハウスを使うつもりだし、どうしてもという場合は
「そりゃ、そうだな……」
落ち込んだルクルットの後をペテルが引き継ぐ。
「チーム云々はともかく、サトリさんの初仕事を一緒にっていうだけなら良いと思うんだ。それでもニニャは反対か?」
「い、いえ。それなら反対はしません。……その、ごめんなさい。決してサトリさんがどうって訳じゃないんです。ただ男の中に女性一人はやっぱり……良くないと……」
「気にしないで、ニニャ。分かっているから」
(なんだよ。ものすごくいい子じゃないか。職場にはこんな素直で礼儀正しい子はいなかったな)
素直で礼儀正しい年下の男の子というのは、色々と世話を焼いてあげたくなるものだ。もちろん変な意味ではなく。しかし二次性徴が始まっていそうなのに、声は高いし顔立ちも体つきも少年というより女の子みたいに見える。これで完全に女装させたら「男の娘」というやつになるのだろう。かつてのギルドメンバー、ぶくぶく茶釜が作ったNPCであるダークエルフの少年のことが頭に思い浮かんだ。
(いたよなあ、双子の弟で名前は確かマ……マーラ?違うな……マール?も違った気がする……マウラ?うーん、どうみても女の子なのに男の子っていう設定だったから印象に残ってたんだけど)
悟の考えなどいざ知らず、じっと見つめられ続けていたニニャはどこか気まずそうに顔を伏せてしまう。そんな様子を目にした悟は不意に心をかき乱された。不覚にも可愛いと思ってしまったのだ。ならば
「私を気遣って言ってくれたのでしょう?感謝こそすれ、あなたを恨んだりしないわ」
「い……いえ、私は……」
ニニャは頑なにサトリと目を合わせようとしなかった。そんな様子では「何か嘘をついてます」と言っているようなものだが、ニニャの態度に面白そうな予感を感じたサトリは、追及を切り上げてにっこりと微笑む。恥じらう少年の一部始終を見ていた悟の意識は、己の内で前触れもなく燃え上がった衝動に戸惑っていた。
(なんか本気でかわいく見えるんだが……やばいのかな俺)
そんな悟の知られざる苦悩はルクルットが上げた歓声でかき消される。
「おっしゃ決まり!すぐ組合行って登録して準備して、そんでもって酒場でパーッと前夜祭と行こうぜ!」
「それなら今日のお礼に支払いは私が持つわ」
「ホント!?やったあああ!」
サトリのお大臣な一言にルクルットに続いて歓声を上げたペテルとダインを見て、ようやく顔を上げたニニャも曖昧な笑みを浮かべた。
腕を振って意気揚々と先頭を歩くルクルットの後に続いて一行が魔術師組合の建物を出ると、そこには異様な空気が漂っていた。槍を持った十数人の衛士が周囲をぐるりと取り巻いていたからだ。彼らの視線の先にいるのはもちろんサトリだ。包囲の外に立っていた衛士の一人がわざとらしい咳払いの後で大声を張り上げた。
「サトリ・スズキ!お前を衛士2名殺害の容疑で連行する!」