「宿題代行」ビジネスの歴史

 子どもたちの宿題を、業者が代わりに引き受ける「宿題代行」ビジネス。賛否両論で話題を呼んでいますが、一体いつ頃から存在するのでしょうか?データベース「日経テレコン」により新聞・雑誌等の文献を調査し、その歴史を探りました。大雑把に要約すると、韓国「朝鮮日報」の報道が、その後の日本の新聞報道のスタイルの原型となっています。日本の新聞報道の着火点となったのは、フランスAFP通信の報道です。日本の新聞社で「宿題代行」の認知度を大幅に引き上げたのは、産経グループです。


 データベースでは、既に1980年代には「宿題代行」という言葉が使われています。1982年6月28日付の「日経ビジネス」誌の「ニューズレター ニュービジネス」のコーナーでは、「便利屋」ビジネスが流行し始めている、という文脈において、「宿題代行」が取り上げられています1。しかし宿題代行という言葉はありますが、詳しい説明はありません。「修理」や「清掃」、「ペットの世話」などの業務と並置されています。宿題代行が出現した当初は、便利屋のメニューの一部に過ぎなかったようです。


 次に「宿題代行」の話題が出現するのは、なんとお隣、韓国「朝鮮日報」の記事です。2002年2月2日付の「朝鮮日報」紙は「500ウォンで宿題を解決?」という見出しで報じています。導入部では中学生の息子を持つ主婦が、「有料インターネット宿題サイト」に金銭を支払い、息子の宿題を解決したという出来事が語られています。「2万ウォン」で「40種類の読書感想文をダウンロードした」と報じています。2万ウォン。グーグルで調べると、1960円と計算されます。安すぎる気もします。あるサイトの会員は1万人を超えるとの事で、相当のニーズがあるようです。教育関係者による苦言で、記事は締めくくられています。


 その次に出現する記事も、やはり朝鮮日報です。2003年8月22日付の朝鮮日報は、「子供の夏休み宿題に明け暮れる親たち」というタイトルで、父兄が子どもの夏休みの宿題を肩代わりし、苦労している様子を伝えています。この記事では業者ではなく、家族による「代行」がメインテーマとなっています。しかし最後に、業者による宿題代行よりは教育的だ、という父兄の反論を伝えています。2002年2月2日の記事と比較すると、業者による宿題代行についての詳しい説明がありません。朝鮮日報は、宿題代行ビジネスがかなり常識化していると認識し、説明を省いたのではないでしょうか。


 この次に「宿題代行」の言葉が登場するのは、2003年9月3日付「朝日新聞」夕刊です。しかし「社会問題」として取り上げられるのではありません。この点が少し変わっています。ある翻訳会社社長の生い立ちを紹介している記事です。今では数十カ国の翻訳を請け負う人物です。この方は、大学時代になんと「宿題代行サークルの代表」でした。3500人の学生・院生に仕事をあっせんしたと紹介されています。このサークルに興味を持ったある企業の社長が彼に接触し、翻訳会社を立ち上げたそうです。普通の人物伝風の報道記事であり、「宿題代行」への批判的・批評的要素は殆どありません。


 さて、1982年から2003年にかけて散発的に、「宿題代行」を盛り込んだ報道がされてきた事を伝えました。私の使用したデータベースでは、宿題代行を取り上げた記事は約20年間に3本。極めて僅かな報道しかされて来なかったと言えます。この状況が大きく変化するのは2007年からでした。着火したのは恐らく、「フランス通信社」AFP通信です。


 2007年8月27日付の記事に、「宿題代行ウェブサイト、韓国で大流行」という見出しが躍っています。またしても韓国。最初に報じたのは、27日付の英字紙コリア・タイムス(Korea Times)のようです。AFPはその記事の内容を紹介しています。これによると、韓国では宿題代行サイトがインターネット上で500サイト以上存在しています。なんと12歳の児童が直接、業者に依頼をしているようです。また依頼⇒執筆型のみならず、すでに出来上がっている宿題をダウンロードさせるタイプの宿題代行も、紹介されています。批判的観点からは専門家の声を取り上げ、「欲しいものは何でも買える」という間違ったメッセージを子どもに伝えるのではないか、と懸念しています。


 AFPの報道から数日後、産経新聞が「宿題代行」の報道を「継承」します。2007年9月1日付「産経新聞」大阪夕刊では、夏休みの宿題を請け負う「宿題代行業者」が賛否を読んでいると、1,000文字ほどを費やし大きく報じます。「読書感想文2万円/工作5万円 いま代行業者繁盛 親も子供も宿題丸投げ」という見出しですが、大学生のレポートや卒業論文の代行も取り上げています。宿題代行の内容に、「レポート代行」と「卒論代行」が加わった点が、小中学生の宿題を報じた以前の記事からの変化です。文科省や教育委員会からの批判の声も取り上げています。また代行業者側の、あくまで参考用でありそのまま提出する事は禁止している、との抗弁も取り上げています。AFPの記事と同様、最後は教育専門家による「何でも金で解決できる」という考え方への批判で締めくくられています。宿題代行を報じる視点が多様になっている事が伺えます。


 産経新聞は9月2日の東京朝刊でも、ほぼ同様の内容を伝えています。これにより、東京の読者にも「宿題代行」の話題が広まりました。産経による宿題代行への批判は続きます。9月6日付の「FujiSankei Business i.」では「よのなか万華鏡】石橋眞知子 学びとは一から成し遂げる喜び」において、エッセイストの石橋氏が批判的エッセイを執筆しています。やはり「大学の卒論」代行も取りあげられています。産経の報道により、宿題代行の定義が、大学生の「レポート代行」「卒論代行」も含むものとして認知されたようです。


 2007年9月12日「産経新聞」大阪朝刊では、「【iZa paper! この話題に一言】」という見出しで、先述した9月1日産経記事への読者コメントが寄せられています。宿題代行業を法律で潰すべき、という声から、自由研究なんていらない、という宿題批判まで。様々です。
 これまでの記事も含め、「金でなんでも済ます」事への反発が、人々の宿題代行への批判の核心にある心情だと言えます。2006年まで続いた小泉内閣は、当時人々の記憶に新しかった事でしょう。小泉改革を象徴として、日本社会が日に日に「新自由主義」的に変化し続ける事への不安も、報道の社会的背景にあるのではないでしょうか。


 産経グループの宿題代行報道キャンペーンにより、2007年以降は各社が宿題代行を報じるようになりました。2007年9月23日付「東京新聞」朝刊の「ひろば」では、60代読者の声として、お金で何でもOKという考え方への釈然としない思いが綴られています。2007年10月1日付「信濃毎日新聞」朝刊では、「コンパス=世界で過保護化 夏休みの宿題、業者に外注」という見出しで報じています。今年の夏から様子が一変し、「宿題代行」に依頼する親が目立ち始めたといいます。また韓国や中国でも同様のサイトがあると伝えられています。


 2007年10月7日付「朝日新聞」朝刊では、「(声)若い世代 宿題請け負う業者がいた! 【名古屋】」という見出しで、ある高校生読者が宿題代行批判を寄稿しています。興味深いことに、「ゆとり教育」のせいで、子どもは勉強ができなくなった。そして塾で成績を落とさないために、宿題を業者に代行させているのではないか、と彼女は背景を考察しています。朝日新聞は2007年10月21日付(朝刊)の記事でも、再び宿題代行への読者の声を取り上げています。


 さて、その後は様々なメディアで宿題代行を扱った記事が急増しています。2007年8~9月付近が宿題代行報道のターニングポイントだと言えるでしょう。まとめると、宿題代行は日本でも僅かに報じられていました。それが2000年代、インターネットの普及で新たなブームが起こります。
 このブームを背景に、まず韓国で宿題代行が報じられます。韓国の報道が日本に伝わり、日本でも宿題代行業者の存在が「発見」される事になりました。そして新聞各社は専門家や読者の声を広く集め、宿題代行に対する人々の注目や議論を喚起しました。私見を前面に出して、より一般的な社会事象と関連付けるならば、宿題代行報道の背景には、教育をお金に還元する事への釈然としない思いが強く存在するようです。
 このくらい分量があると、「宿題代行」をテーマにしたレポートや卒論が書けそうな気もします。


(文:レポート代行、便利屋ラッコ)

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