良質のフォークソングや歌謡曲の歌詞には、聴く者に風景や物語を想起させる力がある。
それはまるで歌詞とメロディによって、別世界へと誘われるような体験となって、一本の映画を見た後のような心地よさを聴く者に与える。
そんな60年代、70年代の歌にも通じる歌詞で注目されているのが、女性シンガーソングライターのあいみょんだ。
彼女のルーツは、幼少期に出会ったシンガーたちにある。
兵庫県の西宮市に生まれたあいみょんは父親が音響の仕事をしていたこともあって、幼い頃から音楽に慣れ親しんでいた。
そして歌と音楽に衝撃を受けたのは、まだ小学生の時だった。
昭和30年代から40年代の日本を描いたアニメ映画『クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ モーレツ!大人帝国の逆襲』で、吉田拓郎の「今日までそして明日から」が流れてきた時に、心を掴まれたのだという。
そこから程なくして、父親の部屋に入ってCDをこっそり聴くようになる。
好んで聴いたのは、浜田省吾、尾崎豊、小沢健二といった男性のシンガーソングライターたちだった。
彼らは一つの曲で歌詞に比喩や韻を巧みに使い、短編映画のようなストーリーを作り出すところが共通している。
あいみょんが聴いてきた言葉たちは、自然と彼女が作る楽曲の血となり肉となっていった。
高校生になって自らソングライティング始めた彼女は、友人の勧めでオーディションに参加し決勝まで進出する。
そこでの賞は逃したものの、その時の動画がインディーレーベルの目に止まり、19歳でデビューを果たすことになった。
そのストレートな歌詞と力強い歌声が話題を呼び、「あいみょん」という不思議な名前は音楽ファンの中に広まっていった。
より豊かな歌詞表現を模索し、彼女はデビュー後も映画や小説からヒントを探していたという。
その試みが結実したのが、2016年にリリースされたメジャーからのデビューシングル「生きていたんだよな」である。
彼女が最後に流した涙
生きた証の赤い血は
何も知らない大人たちに
二秒で拭き取られてしまう
立ち入り禁止の黄色いテープ
「ドラマでしかみたことなーい」
そんな言葉が飛び交う中で
いま彼女は何を思っているんだろう
遠くで 遠くで
泣きたくなったんだ 泣きたくなったんだ
長いはずの一日がもう暮れる
家の近くで飛び降り自殺をした少女に想いを馳せるという歌詞が、まくしたてるような口調で歌われる。
そして人の死を目の当たりにした主人公の思考や感情が、淡々と情景を描写していく言葉と情熱的なあいみょんの歌声によって、一つの物語として浮かび上がってくる。
この曲を皮切りに、あいみょんは次々とシングルをリリース。
それらの曲を収めた2017年のアルバム『青春のエキサイトメント』は、ロングヒットを続けている。
なかでも「君はロックを聴かない」は、ラジオやSNS、ストリーミング配信を通じて多くの人に広まった。
ロックが好きな男性が、ロックを聴かない女性に想いを伝えようとする姿を歌った歌詞は、一組の男女の関係性を自然に想起させる描写が光る。
この歌で紡がれる物語には、かつて吉田拓郎の「結婚しようよ」がそうであったように、新たな価値観と普遍性があると感じさせる。
「君はロックを聴かない」のヒットにより、あいみょんは初めて人気音楽番組「MUSIC STATION」に出演する。彼女はそのステージで、自分が聴き続けてきたロックの名盤のジャケットとともに演奏した。
吉田拓郎、浜田省吾、小沢健二、エレファントカシマシ、THE YELLOW MONKEY、スピッツ、andymori。
日本の音楽シーンを彩ったシンガーソングライターたちのジャケットをバックに歌うことによって、あいみょんは自分の音楽を形づくった先人たちへリスペクトを捧げたのだった。
あいみょんは2018年に3枚のシングルをリリース。
「満月の夜なら」は現代的なR&Bのビートに、70年代のフォークや歌謡曲のエッセンスを持った官能的な歌詞を乗せるという意欲的な楽曲だ。
そして8月にリリースした「マリーゴールド」がApple Musicのランキングで1位を獲得した。
郷愁を誘うフォーキーなメロディ、儚い恋模様を夏の風景に重ねて描写した歌詞、これまでの集大成といえるものとなった。
麦わらの帽子の君が
揺れたマリーゴールドに似てる
あれは空がまだ青い夏のこと
懐かしいと笑えたあの日の恋
吉田拓郎のような、普遍性の中に新しさを感じさせる彼女の歌は、多くの若者たちに支持されているのである。
(文・吉田ボブ)
(注)本コラムは2018年5月14日に公開したものを、12月28日に改題および改訂いたしました。
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