ジャカルタの国電で、暴動の爪痕見物へ

 ジャカルタヘは今年6月、東ティモールに行く途中に寄りました。ちょうど民主化選挙が行われた時で、暴動が起きるんじゃないかと外務省が渡航自粛勧告を出し、日本人観光客は激減していました。実際に投票日の数日前までは、選挙運動で熱を上げた支持者同士の小競り合いが発展し、暴動が相次いでました。
 インドネシアでは、暴動となるとまず中華街が狙われます。わずか人口の3%でありながら、経済の実権を握っている華人(中国系)への不満が爆発する形になるのです。政府側も「民衆のガス抜き」という意味で、それを暗に見過ごしていた、というよりも煽っていたとも言われています。民主化の引き金となった98年5月の大暴動では、ジャカルタの中華街は放火、略奪の嵐でゴーストタウンとなり、多数の死傷者が出ました。
 さて、選挙の投票日、電車に乗って中華街の様子を見に行きました。もし暴動が発生したら、日本人は中国人と顔が似ているし、香港に10年近く住んでいる私は、ついうっかり中国語が出てしまうこともあるので、下手をすると襲われかねません。しかし幸いなことに、街はいたって平静でした。

ジャクサという安宿街に泊まったのですが、道の真ん中に投票所が設置されていました。独裁政権が倒れてから初の「民主化選挙」ということで、投票する人に加えて「投票を見物する人」も集まり、屋台が出るほどの賑わいでした。

駅に着きました。ジャカルタ近郊のインドネシア国鉄は日本の援助で高架化と電化が行われたそうですが、ホームの雰囲気は一昔前の東京の「国電の駅」にウリ2つですね。「間もなく1番線に電車がまいります。危ないですから白線の内側まで下がってお待ちください…」なんてテープが流れて来そうです。

ジャカルタの国電には普通電車と快速電車があり、2等車と3等車があります。快速電車はオール2等車なので、運賃が3倍くらい高く、車内は超ガラガラです。

電車は日本製ですが、いつもガラガラで乗り降りする人が少ないためか、ドアの所にも座席が…(笑)。

一方、こちらは普通電車です。車内はけっこう混んでいて、物売りがひっきりなしにやって来ます。ちょっと驚いたのが瓶入りジュース売りで、客がジュースを選ぶと栓を開けて渡し、そのままどこかへ姿を消してしまいます。で、ジュースを飲み終わった頃を見はからって、空きビンと代金を受け取りに来るのです。ジュースをもらったまま電車を降りてしまったらどうするのでしょう? 意外とおおらかですね。

3等車は走行中もドアは開けっぱなし。車内には冷房がないから涼しくていいですね。駅に着くとまだ完全に止っていない電車から飛び降りたりして遊ぶ人も多いです。私もやってみました(笑)。

  

流しのバンドもかわるがわるやって来て賑やかです。1曲歌った後にはお金を集めにまわります。

中華街がある終点のコタ駅に着きました。「コタ」とは町という意味で、インドネシアや言語が似たマレーシアにはコタバル、コタキナバルなど、コタの着く地名が多いですね。右は快速電車で走ると古い京浜東北線の電車そっくりの音がし、左は普通電車でこちらは新しい京浜東北線の電車とそっくりな音がしました。

コタ駅からは長距離列車も出ていて、上野駅と似た構造です。そういや何だか、一昔前の日本の急行電車とよく似た電車も止っていますね。なんでも近々ジャカルタ国電では、都営三田線でいらなくなった電車が走り始めるとか。

中華街へ行く

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