「何だお前」
ビルスの不機嫌な声を聞いてウイスは突然因縁を付けてきた相手に心の中で嘆息した。
嘆息した理由は勿論ギルガメッシュの不遜な態度にあったのだが、そこはビルスも似たところがあるので別に性格そのものに対してウイスが呆れたわけではない。
問題は性格を窺わせる前に行った彼の行いだ。
ビルスだって普段から偉そうではあるが、初対面の相手にいきなり話しかけもせずに攻撃するような物騒なことはしない。
そんなビルスでもしないような高圧的な行いをギルガメッシュは間が悪い事に、今その場では最もしてはならない相手にしてしまったのだ。
ビルスは怒りでこめかみに一筋の血管を浮き上がらせつつも、そんなギルガメッシュに話しかけている辺り、まだ分別のある態度だと言えた。
だがそこからは傲岸不遜を字で行く男
「戯け。誰が口を開くことを許した? 獣のような成りをした雑種以下の分際であまつさえ我に言葉を掛けるなど。本来はこうやって見上げられる事すら不快なのだぞ? 身を弁えろ」
「……ふっ」
ビルスはギルガメッシュの言葉に最初はポカンとした顔をしていたが、彼の言葉を最後まで聞き終わると今度は目を閉じて小さく鼻で笑った。
これは不味かった。
それはビルスの怒りが頂点を通り過ぎて最早笑うしかその場ではできなかったという事を表していた。
ウイスは今までビルスを怒らせてきた者は数多と見てきたが、ここまで見事に彼の怒りの琴線に食べ物絡み以外で触れた者を彼は本当に久しぶりに見た。
故にウイスは速やかに行動する事にした。
かつてない程危険なビルスの怒りを宥めるための行動を。
「ビルス様」
「無駄だぞウイス。僕はもう赦さない」
「ええ、ええ。それは承知しております。しかしですね、だからこそ私から面白い提案があるのですが」
「……言ってみろ」
「全部破壊するだけではつまらなくないですか?」
「……うん?」
「ですから星ごと破壊してもあの人の懲りた顔は見れないじゃないですか」
「誰が星だけ破壊すると言った? 今回は銀河ごと消すつもりだったぞ」
「それは結構。あ、今『だった』と仰いました?」
「……確かにあのムカつく奴の悔しがる顔は見たいな」
「でしょう? それにですね」
「?」
ビルスはウイスがにこやかな顔で指差す方向を見た。
そこにはビルスと同じくギルガメッシュの無礼な行いにプンプンといった形相で抗議しているイリヤの姿があった。
耳を澄まして聴いてみると何やら紳士の行いとか無礼なのはそっちでしょのような事を言っているようだった。
「……愚かさもここまで来たら道化の如くだな。だが微塵も笑えぬ。不快だ消えろ
「!」
ギルガメッシュの剣呑な雰囲気を一瞬で察知したセイバーがイリヤを護る為に駆けつけようとした時だった。
それよりも速く、恐らくウイス以外では成し得ない速さでビルスが瞬時イリヤを庇うように現れ、予想通りイリヤに向けられて放たれた武具を掴んで止めた。
「おい、
「……」
セイバーは、本来であれば己の不甲斐なさに深く反省をするところであったが、初めて見るビルスの魔術的なもの以外の実戦的な強さの一端を見て深くにも僅かに呆けた顔をしてしまった。
それはその場にいたウイスとイリヤ以外も同様だったようで、セイバーと同じくイリヤの危機を感じ取って守りに入ろうとしていたランサーとライダーもビルスの真似できない神速を目の当たりにして言葉を失って驚いていた。
「……何ともはや」
初めて自分の筆では追いつけない展開にシェイクスピアもまた、彼らと同じような顔をしていたが、しかし筆を持つ手だけは驚愕の展開に喜び震え、無意識に白紙のページ文字を記していた。
「おい、大丈夫だから放せ」
「え?」
ビルスが下を見ると目をぎゅっと瞑ったイリヤがギルガメッシュの攻撃に驚いてビルスの足を抱きしめていた。
彼女は目を開けてポカンとした顔でビルスを一目見ると「ありがとう!」と満面の笑顔で再び彼の足に抱きついた。
「放せと言ってるだろ。おいセイバー」
「は、はい」
セイバーはそそくさとビルスからイリヤを譲り受け、ビルスの健闘を祈って手を振る彼女を手を繋いで連れて行った。
「さて、待たせたな」
「……」
穏やかな一部始終だったがそれを傍観していたギルガメッシュの心中は正に真逆だった。
怒り心頭といった様子で肩を震わせ、ようやく自分に注意を向けたビルスに普通の人間なら殺気だけで殺せるのではないかというほどの視線を向けていた。
(なるほど。こういうやり方も悪くないな)
ビルスはウイスの言っていた方法の効果に機嫌を良くすると、楽しそうな顔でギルガメッシュに言った。
「どうした?」
「貴様……おのれ……。獣の分際で我が下した裁定を無下なものにしたばかりか、我の至宝に手まで触れおって……」
「いちいち口上がくどいやつだな。やりたい事があるならさっさとやればいいだろう」
「貴様……!!!」
ギルガメッシュの怒りが頂点に達した時、その様子を使い魔を通して把握していたギルガメッシュのマスターである魔術師遠坂時臣は、よもやそこで彼が
だが後に時臣は、この時に令呪を使ってでも
「眩しいな」
ギルガメッシュの背後の上空に発生した黄金の輝きにビルスは目を細める。
「あれは……」
セイバーは自分達にも届く眩い輝きに言い表せぬ警戒心が働き、イリヤをしっかりと背中に庇いながら念のため臨戦態勢を取った。
「見たところあいつはアサシンでもバーサーカーでもなさそうだな。とするとキャスター……でもないだろうな」
「同感だな。キャスターは恐らくセイバーの連れにいた男だろう。となるとアーチャーで間違いない。鎧も着ているし、自分を王だと言った。三大クラスのアーチャーに相応しい威圧感と言えるが……」
「どうしたの?」
アーチャーから感じる威圧感を何処と無く嫌っているように直感で感じたイリヤが不思議そうにランサーに訊いた。
ランサーはそんな彼女に優しく微笑みながらなるべく声が強張らないように努めて答えた。
「いや、何というか……私はあの男から感じる雰囲気がどうも苦手なようです。王としてのカリスマは間違いなくあるのですが、どうもあれは度が過ぎている。配下が主に心酔や忠義を感じるものではなく、それよりもっと強い……まるで呪いのような行き過ぎた強制力とでもいいましょうか……」
「そ、それって……じゃあアイツは、アーチャーは英霊になる前から人じゃなかったって言うの?」
アーチャーの行動を見守る一同の只ならぬ雰囲気に緊張した面持ちのウェイバーが自分のサーヴァントに訊いた。
ライダーは初めて見るような真剣な表情でアーチャーを見ながら答える。
「まぁ少なくとも余とは性質が異なる王であるのは間違いないだろうな」
「我の逆鱗に触れたこと、蟲の如く地に磔となって悔やむがいい!」
「本当に無駄口の多いやつだ。さっさとやれと言っているだろう」
「おのれ尚も
かくしてまるで流星のような勢いで黄金の輝きを放つ無数の武具がビルスめがけて天より降り注いだ。
その武具の数は間違いなく圧倒的で、しかもサーヴァントであるならひと目でそれら一つ一つが宝具である事が判ったので、セイバー達はその威力が如何ほどのものか考えるだけで戦慄した。
そんな破壊力を持つ宝具を無数に、しかも乱暴にも単に天より投げ放つという攻撃は確かにアーチャーらしいといえばそうであったが、だとしてもそんな事を平然とやってのけるあのアーチャーのサーヴァントは、その存在と強さが規格外のものであるという事は誰の目から見ても明らかであった。
ビルスが立っていた場所に放たれた宝具が一斉に着弾し、轟音と土煙が辺りに立ち込める。
そこにはアーチャーの攻撃の威力でビルスが存在したという痕跡の一切合切がなくなり、後にはその破壊力の凄まじさを物語る巨大なクレーターのみがあった―――という風になる筈だった。
「?」
アーチャーは自分が放った星の光が不意に突如として消滅した事が理解できず、訝しげに首を傾げた。
「………………何?」
彼が見下ろす先には光で見えなかったビルスの姿が変わらず其処にあった。
彼は特に変わった様子もなく、ただじっと、自分を興味なさげに見つめていた。
「それがお前の攻撃か?」
「……何?」
「それがお前の力、攻撃の仕方かって訊いたんだ」
「……」
アーチャーはまだ状況を上手く整理できなかった。
当然だ未だ自分の最大の怒りを具現化した攻撃が霧散した事実が理解できていなかったのだから。
だが無情にもビルスはそんなアーチャーを気にかけることもなく、彼にこう言い放った。
「ならこれでお終いだな。自分で何かするでもなく、ただ物を投げるだけだなんて本当につまらない奴だ」
「な――」
アーチャーは「何を言っている?」と言いたかった。
だがそれもまた叶わなかった。
何故ならアーチャーは自分の背後に感じた違和感に気付き、自らその台詞を中断させたのだ。
「………………は?」
振り向くと自分の財宝が消えていた。
自分を眩く照らし、彼が天上天下唯一人の王である事を下々の者に知らしめる証が。
音もなく光の消失のみをもってそれを気付かせるという何の面白みもないその現象は無慈悲といって差し支えなく、異変に気付いて振り返ったアーチャーの背中は、それを見るものに悪寒めいた寂しさを感じさせる程だった。
「なぁ、お前はさっきのやつが無いと本当に何もできないのか?」
「……」
それは本当に純粋な疑問から出たビルスの言葉だったのだが、後ろを振り返ったままのアーチャーはそれに答えることはなかった。
だがよく見ればようやく握りしめた拳が小刻みに震えているのが見て取れた。
ビルスはそれに気付いて結論した。
「何だそうか。はぁ、本当につまらない奴だな。あぁ、もういいよ。なんか怒っていたのも相手をするのも馬鹿らしくなった」
アーチャーはそんなビルスの言葉に次は体全体を震わせ始めたが、既にビルスの興味は彼から完全に失せていたので気にする様子もなくイリヤ達の方へと歩いていった。
(……これは、好機と見ていい……よな)
そんな様子の一部始終を人目につかないコンテナの影でじっと身を潜めて観察していた者がもう一人いた。
「……よし、いけバーサーカー。あいつだ、時臣のサーヴァント、アーチャーを殺せ」
「―――――」
果たして声になっていない雑音にも聴こえる音を発する黒い靄のような影が躍り出て、アーチャーへと襲いかかった。
さて、流石に次の話の展開はまだちゃんと浮かんでません。
でも今度もできるだけ間は空けないようにしたい、と思います。