最近の日本の男は、
なんで女を買わないんだ!九龍の裏道に立ち続けて20年、ポン引きゲンさんの嘆き
一昔前の台湾や韓国、そしてつい最近までのタイ、フィリピンじゃあるまいし、香港を観光で訪れる日本人男性で、最初から「オンナ目当て」の人はほとんどいないと思う。
とはいえ、旅先で「やっぱり、どうせなら女遊びがしたい!」というワガママな男のために、あえて「奉仕」し続けている人がいる。日本人相手にポン引き稼業一筋20年の堅(ゲン)さんだ。
ゲンさんの「仕事場」は、ホテルが集中する香港随一の観光客スポット・尖沙咀(チムサーチョイ)の裏通り。夕方から深夜まで、雨の日も風の日も、毎日路地に立ち続ける。そして日本人男性が通りかかれば、小指を立てて「女、キレイね」と声をかけ、相手が興味を示せば「見るだけ、タダヨ」を連発し、近くの雑居ビルへ案内する。
ボロボロになった歯、少しビッコを引いて歩く足取り。全身からいかにも胡散臭さを発散させているゲンさんに、右も左もわからないような観光客が、よくついて行くものだと思うが、小柄でやせぎすなゲンさんの体型が、「いざトラブルになっても、こんな男ならやっつけられる」と安心感を呼ぶのかも知れない。
――狙い目の日本人男性って、どんな感じの人なんですか?
「狙い目なんかないよ。声をかけるのは手当たり次第」
――それじゃあ、効率悪いでしょう?
「取りあえず声をかけて、反応を見るんだ。通り過ぎるにしても、チラッとこちらを見た目付きとか、わざと足早になったりとかを見てね。そういうのは興味がある証拠だから、追いかけて声をかけ続けるんだ」機会あらば香港で「悪い遊び」もしてみたいけど、自分から探す勇気はない。どこかから誘いの声がかからないものか・・・、と期待しながら歩いている観光客は、プロのゲンさんにはひと目でわかってしまうのだそうな。
良心価格でも、「商品」に偽りあり?
料金は1回1万円。ゲンさんは「20年間据え置きだ」と良心価格を強調するが、そのカラクリは円高。1万円を香港ドルに換えると、20年前は200ドル足らずだったが、今では600ドル以上になる。「据え置き」と言いながら、ゲンさんの実入りもちゃっかし3倍以上になっている仕組み。それに日本人観光客の数だって、20年前と比べれば格段に増えているはず・・・。
ところがゲンさんは、まったく不景気だとこぼす。客は1日に良くても3人。もちろんゼロの日もある。「近頃の日本人はオンナを買わなくなったネ」とこぼすことしきりだ。
かつての「東洋の魔窟」という香港のイメージも、最近では「グルメにショッピングとエステの街」と明るくなり、家族連れで来る男性が増えたためらしい。「ホテルに女房子供がいたら、オンナ遊びもしにくいよネ」。
そして女性観光客が増えたこと。せっかくゲンさんの誘いに乗りかけた男性も、「ねぇねぇ、今晩何食べようかぁ~」「北京ダックにしましょうよ!ガイドブックに載ってたじゃない」だなんて同胞女性の声がまわりで聞こえると、バツが悪くなって逃げてしまうんだそうな。
ゲンさんは今年51歳。もともと紡績会社の社長だったが、経営に失敗して会社を潰してしまった。「もう1回、会社を経営したかったけど、会社をツブして信用もツブしたね。だからもう商売はできなくなったんだよ・・・」。
日本との取引もあったので、もともと日本語も少しできた。それを生かして手っ取り早く稼ごうとしたのが、ポン引き稼業に入ったきっかけ。もっともポン引きで稼いだところで、会社の倒産で抱えた借金の穴埋めには、はるかに及ばない。「周囲の人たちにいろいろ不義理なことをしてしまった」ので、二度とまっとうな仕事に就けなくなったとか。
そんなゲンさんと、現在「提携関係」にある女性は3人。雑居ビルの1階で客を待たせ、7階の別墅(ラブホテル)に待機している女性を電話で呼び出し、「顔見せ」させる。商談がまとまればそのままエレベーターに乗せて開房(チェックイン)させる。部屋代は料金に含まれているので不要だ。
ゲンさんが「ハタチ」と太鼓判を押す女性は、どう見ても20代後半。「ハタチ過ぎ」と保証する女性は、30歳は越えていそう。残る1人は「「中国からやって来た雲南大学の女子学生で18歳」で、「学費を稼ぐために香港でアルバイトしてるんだ。まじめな娘でサービスいいよ」と繰り返すが、そんなの真っ赤なウソだって、実物を見なくてもわかる。最初から見え透いたウソはつかないほうがいいんじゃないの?
「そんなの仕方ないね。日本人向けは経営効率が悪いんだし、近頃は日本の男がオンナを買ってくれないんだから」
「もっと若いコはいないのか!」とダダをこねる客は、地下鉄で3駅先のネオン街・旺角(モンコック)に連れて行く。ここの店には本物の「若いコ」がいる。地元向けの価格は350ドルで、ゲンさんはちゃっかり半分近くも上前をはねてしまう仕組みだ。
中国返還後のフーゾクはおしまいだ
返還後の風俗産業について、ゲンさんはまったく悲観的だ。「風俗店はどんどん潰れているネ。返還後はもっとダメ。おしまいだ」。
中国共産党の下では、売春取り締まりが強化されるから?いやいや、まったく逆なのである。今や香港人が中国へドッと「女遊び」に繰り出す時代。香港の風俗産業が不景気なのはこのためだ。返還で出入境手続きが簡素化されたら、中国への買春はもっと手軽になるだろう。
ゲンさんの唯一の望みは、中国からの観光客が増えそうなこと。上海生まれのゲンさんは、北京語だってベラベラだ。「大陸の中国人は、日本人と違って気前がいいヨ。でも領収書をくれって言うのが多くて面倒だ。どうせ出張の経費として国に請求するんだろうな。だから気前がいいんだネ」。
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文:吉田一郎@ヤジ研初出:月刊『香港通信』1997年3月号
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