ウェイトリフティングにおける'key muscle’

 

~競技規定の変更によるテクニックの進化~

 

1924年IWFは大会規約を変更した、ワンアームドスナッチをやめて3種目で争う方式を導入したのである。これは1972年まで続いた。練習すべき種目が減ったため、段々と技術が進化していった。その結果、この技術の進化に伴って、バーを挙げる時に使われる主要な筋肉群の相対的な役割が変わった。

 

テクニックの進化が始まったのは、'splot'(不明by木村)やバーの下で深くしゃがむ分割法からである。これに伴い、上肢の筋肉の重要性は薄れ、下肢の重要性は増大した。

 

1964年、規約が変わり、試技中、太腿にバーがあたっても構わない、ということになった。これにより、脚の筋肉の重要性が劇的に増大した。上肢の筋肉の重要性を最も低下させたのは、1972年にプレスがなくなった時である。

 

1964年の規約変更によって、バーが太腿をこすってもよくなった為、リフターは最も強い筋肉(胴や膝を伸ばす筋肉)を充分に使うことができるようになった。

 

従って、技術的に優れた選手は、より高重量をより低い位置で、(最大限の重量を挙げるときに)バイオメカ二クス的に利用価値の低い上肢の筋肉にあまり頼ることなく挙げることができるのだ。

 

技術上の役割が増大したハムストリング

 

以上のことを心に留めておいて、次は「ウェイトリフティングを理解するにはニュートンの運動の第三法則さえ知っていれば良い」という言葉について考えよう。単純に言えば、ニュートンの第三法則とは、全ての運動において、大きさが等しく逆向きの反応が伴う、ということである。ウェイトリフティングでいえば、即ち、バーベルにかかる重力以上の力で、床を脚で押す必要があるということだ。その結果起こる床からの‘反作用’はバーベルに伝わる。

 

これを最も効果的に行えるのは間違いなく大腿四頭筋である。しかし、大腿四頭筋の力を最大限に引き出し、バーベルに与える上向きの力を最大限にするためには、ハムストリングの力が決定的な役割を持つ。

 

ハムストリングは、ウェイトリフティングにおいて最も主要な筋肉とされる大腿四頭筋の拮抗筋として決定的な役割を持つ。スナッチやクリーンアンドジャークでハムストリングの果たす役割を知ることは非常に大切である。ハムストリングは2つの関節にまたがっているので、膝関節の屈曲、股関節の伸展と機能が2つある。

 

ハムストリングが最初に使われるのは、ファーストプルで、すねが垂直になる場面である。セカンドプル、つまり最初の加速局面で、傾いていた脛が段々垂直になるにつれて、ハムストリングは伸ばされて、緊張が強くなる。これは、バーベルの負荷の大部分が太腿の前から後ろに移動するためである。

 

すねが一旦垂直になると、ハムストリングは、股関節を安定させ、すぐに上体を立てる働きをする。このおかげで(ハムストリングが十分強いとして)、リフターは、最終加速局面または'explosion'を最も効果的に行える状態になる。

 

R.A.Roman によれば、(脚の伸展により)太腿の筋肉が次第に緊張することによって、膝が前下方に移動する。この動きにはハムストリングが主に関係している、膝を曲げているのである。バーの下に膝が移動するというのは反作用なのである。

 

笘が垂直になるにつれてハムストリングが急激に引き伸ばされ、ハムストリングに緊張が増すことによって、膝がバーの下に移動するのだ。実際、ハムストリングの伸張速度が大きいほど、続く収縮は力強く、速くなる。これはつまり、今度は大腿四頭筋が急激な伸張にさらされることを表す。そして、大腿四頭筋の力強く速い収縮が起こる。最終的には、床に対してより大きな力を与えられる。伸張から収縮への急な切り替えは、胸からのジャークの際にも利用できる。「伸張から収縮への切り替えを速くすればするほど大きな力を出すことができる」のだ。

 

ハムストリングと伸張反射

 

Alexander Lukashev はファーストプルでハムストリングが引き伸ばされ緊張するということが、床にどれだけの力を与えられるという点で非常に重要だと考えた。彼は、以前ソビエトで選手だったA.Rappaport (110kg級、202.5/232.5)が変わったファーストをしているのを見たとされている。Rappaport は、ファーストで脛が垂直になった後一瞬静止し、それから、目にもとまらぬ速さで、脚を少しだけ伸ばした後、膝をバーの下に入れて'explosion'を行っていたという。

 

このいわゆる伸張反射は、誰もが生まれた瞬間から持っている機構で、筋肉に急速な弾性運動をさせることによって、筋肉の出力を大幅に上げるというものである。文献にもよく登場する。しかし、伸張反射の最適な利用法は、現場ではあまり理解されていない。

 

国際的なコーチでさえ、選手に注文することといえば、決まって 、膝と体幹を完全に伸ばせ、シュラッグでバーを上げろ、ということだけである。恐らくリフターは、最も効果的なポイント(例えばバーが最大速度に達した瞬間)をずっと過ぎた後でこれ(シュラッグ?)を行うことになるだろう。

 

例えば、スナッチを行う約一秒間に、人間の組織がそのような動作に効率よく集中するのは不可能である。リフターが、脚や体幹を完全に伸ばし、バーを高く上げるためにつま先立ちになり、シュラッグをしようといくら頑張っても、これらの動作はその性質からお互いに邪魔をしあうのである。

 

Zhekovによれば、「テクニックの形成過程でリフターは、‘すでに’使っている大腿の筋肉を何度も使うことによってバーベルの速度を上げる方法を見つける。したがって、ハムストリングスの相対的な力、そして実は膝を曲げる他の筋肉も非常に重要なのである。選手がスナッチやクリーンアンドジャークの最中に行う、膝の伸びた状態から曲げて、もう一度伸ばして曲げてという切り替えの速さは、技術的な能力に大きな影響を及ぼす。

 

拮抗関係にある筋肉と動作速度の研究

 

リフターのハムストリングスの相対的な強さと垂直跳びの高さの間には高い相関がある事が分かった。さらに、リフターの垂直跳びは高いが、バーの下に膝を入れるスピードと反比例(ここは正比例になるはずby木村)する。ハムストリングスが強いほど、リフターの垂直跳びは高くなり、‘explosion’においてバーの下に膝が入るスピードも速くなり、これに対する反作用が速ければ速いほど‘explosion’は力強くなり、挙がる重量が増えるのである。

 

関節の動くスピードを上げようという研究によって分かったのは、拮抗関係にある筋肉の相対的な強さが、動くスピードに影響を与える可能性があるということだ。ハムストリングスは大腿四頭筋の拮抗筋である。ハムストリングスは、脚の伸展の際に、大腿四頭筋のブレーキの役目を果たす。関節が危険な速さで伸展するのを防いでいるのである。

 

この分野での研究によれば、「ある筋肉がその拮抗筋よりも強ければ、神経の働きによって、拮抗筋が安全にブレーキをかけられる程度にスピードを抑えてしまうのだ。たとえ、もっと速く動ける力があるとしても、である。」

 

したがって、「選手のスピードを上げたいのなら、拮抗筋を重点的に鍛える」ということをお勧めする。「スクワットをやりすぎるとスピードが落ちる」というウェイトリフティングにおける経験的な言説は、たぶんこのことと関係がある。大腿四頭筋とハムストリングスの強さに大きな差ができてしまうことがその言説の裏にある理由であろう。

 

ハムストリングスの鍵となる役割はいわゆる伸張反射と、大腿四頭筋によって作り出される垂直方向の力を増幅することである。スナッチが行われる約一秒間に、ハムストリングスは伸ばされ、ファーストプルにおいてはかなりの緊張状態になる。そして同時にハムストリングスは膝を曲げてバーの下に膝を入れる働きもする。そして最後にバーの下にしゃがむ際にも膝を曲げるように働く。

 

N.A,Bernstein によれば、「体の動きはより経済的に、従ってより理性的になろうとする、反作用や外部の力をより多く利用したがり、筋肉の力を引き出すことへの依存度は小さくなる」

 

ウェイトリフティングでは、技術的に突出した選手は、伸長反射による特別な力を最大限に利用している。バーの弾性を利用できるように体を動かす。Bernsteinのいう内部の力とは伸長反射が生む力であり、こうして生み出される力は、バーの弾性を利用できるようにうまく調整される。

 

もしリフターが、プラットにすばやく力を与えられるようなもっとも効果的なテクニックについて注意を向けたなら、反作用の力をもっとうまく利用できるようになるだろう。

 

まとめ

 

ウェイトリフティングのテクニックは選手の実践・実験や、大会のルール変更による変化などから、長い年月をかけて進化をしてきた。肉体のほうでさえも、今日のリフターは、下肢から上肢重視への変化を反映しているのだ。

 

1964年のルール変更は特に、伸長反射などの後天的な力の利用を可能にした。旧ルールのままであれば、知られることも認識されることもなかったであろう。

 

ハムストリングスは大腿四頭筋に比べて、テクニックにおいて統合的な役割を果たす。スナッチやクリーンアンドジャークにおいて、膝の曲げ伸ばしが速ければ速いほどテクニック上効果的なのである。

 

タ曹span lang=EN-US>

 

条件が同じなら、大腿四頭筋とハムストリングスという拮抗関係にある筋肉を調和させながら鍛えるのに最も効果的な方法は、古典的なスナッチやクリーンアンドジャークである。しかし、普通負荷はスクワットなどによって大腿四頭筋にかかるから、ハムストリングスを鍛えるために練習時間を割くべきである。

 

ここで、床を脚で押す動きに注目すべきである、たとえばバーベルを挙げるときに使われる筋肉の実際の動きを真似するなどである。Johnny Schubert は、オリンピックで二回優勝したChuck Vinci の指導に当たった有名なコーチであるが、スクワットのセットの中でハムストリングスのエクササイズを1レップはすべきだと言っている(*)。

 

スナッチやクリーンアンドジャークのファーストプルでは、セカンドプルやしゃがみこみのために最良の状態になるように床をできるだけ速く、強く押すべきである。

 

力強いファーストプルや続く最大の力が発揮されるセカンドプルを力強く行うことは、ハムストリングスの緩和/緊張から膝の速い屈曲という一連の反応を有利にし、バーの下への膝入れも小さな振幅で行うことができる。だから、膝の伸展も速く、力強く行うことができ、床に対して大きな力を与えることができるのだ。

 

一流のリフターはバーベルを床から上げるスピードをわざと落としているということが指摘された。こうすることによって、最大の力を発揮できるセカンドプルまで力を貯えておくことができるのだ。おそらく、バーベルに大きな力を与えるためには、バーの速さがある程度小さくなければいけないのだろう。

 

しかしこれを最適なテクニックだと考えてはいけない。なぜならこれは、いわゆる反作用、を自動的に利用する度合いを減らすし、プルを二段階に分けてしまうからだ。セカンドプルのために、バーが膝を越えるまで力を温存させておくやり方は、時間と機械的な潜在力の浪費である。したがって、今求めている大きな力を発生させるためには更なる努力が必要だ。なぜなら、バーが故意に低速になっているため、一連の動作の調和性を考えたとき、低速のバーベルが負担になるからである。

 

*)これにはルーマニアンデッドリフトは含まれない。今も昔も、そしてこれから先も。おそらくルーマニアンデッドリフトはルーマニア人が地球上に存在する前からあっただろう。だから、バリエーションが可能とはいえ、どれも、単なる体幹の屈伸に比べて特別な発明であることを連想するような特別な名前を付するに値しないからだ。


⇒戻る